中野みどりの紬きもの塾

染織家中野みどりの「紬きもの塾」。その記録を中心に紬織り、着物、工芸、自然を綴ります。

個展の感想ー堅牢の美とは精神のアーシンーグ

2021年12月28日 | 工芸・アート
今年も残り少なくなりました。
個展後も工房へお越しくださる方もあり、ありがとうございました。
私も本日このブログを書き上げて、仕事納めです。
たくさんの方の支えがあったおかげでコロナ禍にあっても仕事を続け、個展も終えることが出来ました。
お世話になりました皆様にこころよりお礼を申し上げます。

今年前半は半巾帯連作プロジェクトに明け暮れ、6月以降は45周年展の最後の作品作りに追われ、力を振り絞って心身ともにやり切った思いでいます。
来月ひと月は頭を無の状態にして45年の紬の仕事から少し離れて脳も肉体もほぐしたいと思います。

個展の会場で作品の感想、コメントを下さる方もたくさんいらっしゃり大変嬉しく思いました。
また言葉はなくとも明るい表情でうっとりご覧下さる方、真剣なまなざしでご覧下さる方、お金があれば買いたい!と率直に言ってくださる方、初めて見てこんな世界があるのかと驚かれる方、通りがかりに作品に魅かれて入ってきてくださる方など様々です。プロの作り手として嬉しいひと時です!

一言、今後のために苦言を呈させてください。
挨拶もなく入ってきて見るだけ見て黙って帰る方がたまにいますが、こういう振る舞いは個展会場では礼を欠きます。見る価値がないと思ったらサッと出ていくのは構いませんが、展覧会は作家のいのちを懸けた発表の場、あるいはギャラリーの生存をかけた展示・販売の場です。
織物の世界はアマチュア、セミプロの方が多く、マナーが悪く盗み見が野放しです。見たいなら礼は身に付けておきましょう。それさえわからないなら大したものは作れません。毎回必ず2~3組います。

私がいれば私と、いなければギャラリースタッフに一言素直な自分の言葉で感想を言いましょう。
織り物勉強中の方でも、一般のただ見てみたいという方もいらしてくださって構いません。実際今回そういう方にもこちらからも何人か案内も差し上げました。その方たちと作品について会場で話ができ楽しかったです。ジャンルの違う美術家の方もいらしてくださり刺激を受け合いました。

私は織り物以外でギャラリーで作品を見せてもらうことがよくありますが、作品について作家やギャラリーの方と話をしてきます。作者の思い、意図も伺いつつ自分の受け止めも話します。
手の届く気に入った作品があれば購入することもあります。見るとは作品を自分に引き寄せたり、作品の中へ入っていったり、やり取りをすることです。それが楽しみだし、このことが見る人も創る人も育つのです。文化を向上させます。

さてそんな中、私が不在の時にお越しくださった方が感想をスタッフに伝えてくれていたのですが、改めてメールで送ってくださいました。
とても的確に素直に見てくださり、書いてくださり、普遍性をもつものは共有するのが良いと思いますので、ご本人の許可も頂き公開します。

「アーシングというプラクティス」という言葉が文中にありますが、今までの個展や呉服店でのお客様の反応などで、似たようなことを見たり聞いたりしました。
呉服屋さんからは「中野さんの紬は体調の悪い時に着たくなる」というお客様が多いとか、病にある方が、医者から美しいものを見なさいと言われたと、個展をしていた時にいらして作品の前に長いこと佇みご覧になり、桜染めの花織の振袖(60歳近くの方)を買っていかれたこともあります。
また、首を傷めてギプスをはめている方が個展にいらして、本当に重病人のような表情でいらしたのに、帰りがけには別人のように明るくなって袱紗を一枚買って帰られたこともあります。
逆に作品の前で涙を流される方も今まで何人かお見かけしました。何かがほぐされていく涙のようにお見受けしました。
私にはもちろん他人様の病を直す力などありませんが、多分、大地から生まれてくる自然発生的なものからくる力なのではないかと思います。

翻訳家で出版社を経営する鄭基成さんです。

鄭さんは
「優れたアートには、人々の間にスピリチュアルな交流を促す力があり、それこそがその作品の真の価値ですね。現在の世界で最も必要とされる価値です」とも仰られていました。
作品を通してみなさんと交流できるよう真摯に自然や制作に向き合いたいですし、みなさんと交流できたらと願っています。

ではじっくりお読みください。そしてよいお年をお迎えください。

*************
中野みどりさんの作品に接して

ギャラリーに一歩入り、中野さんの作品群が視界に入った時、周りの空気が一瞬にして変化したのを覚えている。清浄、落ち着き、安堵、自然、工夫、てらいのない確実な技術。いろいろな言葉が頭を過ぎる。
作品を間近に観て、そっと触ってみることで、一つの想念から二つ目へ、そしてシャボン玉が増えていくように止めどなく思考やイメージが広がっていく。   
なぜそうなるのか。作品を前にして、他にすることもないということかもしれない。
それだけではないだろう。思い出や、謎解き、普段あまり考えることのない想念やイメージ。
それらはどれも実は、自分が生きることにおいてかなり大切なこと、深いところに仕舞い込んでいるテーマや命題だということに気がつく。
自分の体と精神が、中野さんの作品との出会いによって、それらが意識の表面に引っ張り出されてきたということかもしれない。
「バイアスのバランス」、「堅牢な美」という笹山央さん(註)の言葉に共感するものがある。

ところで、健康管理のためのアーシングというプラクティスがある。
不調なときや、時差ぼけのときに、土の上を裸足で30分ほど歩くだけのことだが、そうすることで、体調が戻り、時差ぼけも早期に治るそうだ。
素足を通じて、地球のプラス電極と体のマイナス電極がバランス良く中和され、地球のエネルギーを体内に取り込むことができた結果だという。
中野さんの作品に触れて、生きることの本質に関わる想念が呼び起こされたのは、体と精神にバランスとエネルギーが取り戻され、本来あるべき体制になったからだと、ほぼ確信している。
「堅牢な美」という概念を僕はそのように理解した。
中野さんの作品は、だから、まさに、精神のアーシングのための地球なのだ。これ以上に堅牢な美が、他にあるだろうか。    
                             鄭基成               


(註)笹山央―工芸評論家で今回の私の展覧会企画者



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