中野みどりの紬きもの塾

染織家中野みどりの「紬きもの塾」。その記録を中心に紬織り、着物、工芸、自然を綴ります。

「女わざの会」会誌、櫻工房オンラインショップに登場!

2019年04月19日 | 女わざの会


すっかり遅くなってしまいましたが、「女わざの会」会誌を櫻工房オンラインショップに上げましたので、お知らせいたします。

岩手県の森田珪子さんが主宰されている「女わざの会」が活動の記録として、1983年から年1冊まとめてこられた会誌全23号のうち第1~20号および第22号を櫻工房オンラインショップでご購入いただけます。

「女わざの会」主宰の森田珪子さんは、結婚をきっかけに東京から岩手県の前沢(現・奥州市)に移り住み、地域に伝わる様々な暮らしの「わざ」と出会いました。
そこで衣食住にまつわる手わざや愉しみ、民話や伝承、遊び、行事などを近隣の方達と共に次世代へつないでいく「女わざの会」の活動を長年続けてこられました。
毎回10人ほどの方が集まり、地域の様々な伝承の“わざ”を実践しますが、その会報を楽しみに待つ読者も全国におられました。

会誌の中では、季節の料理や郷土菓子、針仕事、染織、昔話、地域の行事や遊びなど様々な話題が、森田珪子さんの温かく力強い文章でつづられています。
また、装丁、手書きの文字、豊富な挿絵は全て夫の版画家森田純(故人)さんによるものですが、優しい眼差しを感じる挿絵達もこの会誌を読む大きな愉しみひとつです。
タイトルは「女わざ」ですが、「技(わざ)」のみならず「芸(わざ)」であり、「態(わざ)」である。
つまり、暮らし方、生き方に通じるメッセージがこめられています。
性別、年齢を問わずお読み頂きたいと思います。男性にも読んでもらいたい内容です。



全21冊セット(1から20号+22号) :  6,400円(税込)
後半11冊セット(11から20号+22号):  3,400円(税込)
送料 : 510円 (レターパックプラス) ※振込確認後の発送となります。
櫻工房オンラインショップはこちら→



この会誌は、見方によっては料理や裁縫のレシピ集であり、興味のある号だけ抜き出して読みたい、という思いを持たれる方も多いかもしれません。
しかし通読して、この会誌の面白さ、東北の生活文化の奥深さ、森田さんの活動の本質にふれて頂きたいので、敢えて全冊まとめての販売とさせて頂きます。

様々な知識や情報が詰まっていますが、実践を重んじる会ですので、過去の号を参照しながら記述されている箇所もあります。
昔ながらの「わざ」が掘り起こされ、時にはアップデートされていく様子も面白さのひとつです。
巻頭と巻末では時勢や会の様子とともに森田さんの思いが語られ、号を重ねるにつれて、活動に賛同する人々からの反響や、やりとりの様子が読みとれます。ローカルな交流の中から、海外の「女わざ」もしばしば登場することにも驚かされます。

森田さんの、知的で、力強く、温かな、そして時に痛快な語り口にハマると次また次と読み進めたくなります。全冊まとめてお手元に置かれることをおすすめいたします。
工房内でもご覧いただけます。紬塾や工房展などの際によかったらご覧ください。

紬塾染織実習コースの方は、その中から一つ選んで実践したいと思っています。

紙のメディアを作ることは大変なエネルギーがかかります。
珪子さん、純さんの底力があったからこその会報ではありますが、賛同する多くの方の支えもこの会報の背後に見えてきます。

25~26年前、この冊子を岩手のギャラリーで見つけて買ってきた『かたち』の笹山さんが以前のブログで「現代の生活文化の死角を衝いてきているところもあるのです。」と書いています。
SNSの情報発信は瞬発力があるかもしれませんが、こういう活動の情報から時間を掛け、じっくり身につけていくことも今の時代こそ忘れてはならないと思います。

過去の「女わざ」の記事も初めての方は参考になさって下さい。





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今年の締めくくりは――吉野帯と女わざ

2018年12月28日 | 女わざの会
今年も押し詰まってまいりました。
今年もたくさんの方にお世話になりました。ありがとうございました。
着物や私の紬織りに関心を寄せ、理解してくださる方との新たな出会いもありました。


今年最後の仕事は来年向けに緯吉野の帯の織り付けにかかっています。足し算をして、引き算をして、小物などの取合せを考慮しながら落とし所を探ります。
結果、、、大人な帯になりそうです。。(*^^*)

さて話は変わりまして、時々当ブログで話題に出る“女わざの会”代表の森田珪子さんから本が届きました。


森田さんたちが一年に1冊発行(1983~2007年)されていた女わざの会の会誌が一冊の本にまとめられました。
冊子の構成とは違って、内容を春夏秋冬に分類、再編集されています。

正直、本を見てがっかりしました。。。私は冊子のままを合本してほしかったのですが、冊子表紙のデザイン、絵もとても良かったので、どこかに表紙だけでもまとめて見せてくれるページも欲しかったです。
季節や衣食住、行事などに分けたりしないほうが、本来なのですが、初めて接する方には季節で分けるのが馴染みやすいと考慮されたのかもしれませんが、、。森田さんは編集にはタッチされてないようですが、以前にも一年を通しての流れを読んでもらいたいという趣旨のことを伺ったことがあります。

それでも内容はもちろんとても良いですのでぜひお正月休みにでもお読み下さい。学びがたくさんあります。単なるレシピ本ではありません。
森田さんたちが何をして、何を伝承、残そうとしているのか、私も一緒に考えたいです。
ネットでも購入できます。『女わざ』新泉社 2000円+税


その中の一つ「正月料理」の箇所だけ写真でご紹介します。文字と挿し絵は今は亡き夫君の森田純さんです。挿し絵を見るだけでも生き生きとした人々の様子を想像させてくれます。純さんの絵や文字、いい味してます‥。

おせち料理に込められたものは自然の恵みをその土地々々に与えて下さる神に供え共に食するとー。

また、年末に作り置くのは料理に携わる人も、鍋や釜、様々な身の回りの道具たちも休めてあげる思いやりの気持ちも込められていると私は思ってます。なので年末だけは毎年頑張ります。
左ページの大晦日のお膳も質素ですが滋味豊かでいいですね、、。ヘルシ~!

豆の味、昆布の味、芋の味、魚の味・・・海の幸、山の幸に感謝しながら、程々の飲物も(*^^*ゞ愉しみたいと思います。

それから“女わざ”は女性だけの仕事を言うのではなく、男性、女性、子供、大人などを分けているのではありません。
男わざも、子供わざも暮らしの中にあり、自然に見聞きし、伝わったはずです。
女わざの会は女性に家事を強いるようなレベルの会ではありません。男性にもぜひ読んでいただきたいです。
民俗学に興味の織る方も是非!お正月に改めてページを繰りたいと思います。

来年、櫻工房オンラインSHOPで女わざ冊子のほぼ全巻(多少欠番あるかもしれません)を一式で販売しますので、準備が整いましたらまたブログでお知らせします(→2月下旬頃の予定)。
こちらは希少な貴重な冊子です。 
紬塾は来年は11期目になります。
今期の最終回が2月3日に変更になりますが、2月下旬には日程などの詳細をUPし、3月中旬に募集を開始します。
ご検討中の方はカテゴリーより過去の紬塾ブログ、またはHPも参考にして下さい。

HPも少しずつですが更新していますので時々覗いて下さい。

さて、普段あまり家事をしない私も年末は流石に慌ただしく、溜め込んだ掃除や、手作りおせちの準備で忙しくなります。

今年の中盤に体調を崩しましたが、年齢的な身体の節目でもあると思っています。
好きな飲物も控えめに、、?、お正月を過ごしたいと思っています。(^^ゞ
染織の仕事をするしか脳がないのですから、健康第一です。

今年は自然災害、争いの多い年でしたが、来年は穏やかな平和な年でありますよう祈ります。

工房は29日から1月4日まで年末年始のお休みをいただきます。
読者の皆様も良いお年をお迎えくださいませ。




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新女わざの会 主宰・森田珪子さんと梅干し

2018年08月04日 | 女わざの会
当ブログでも何度か書かせていただきました、女わざの森田珪子さんから「新女わざ通信N.16」と今年漬け上がったばかりの梅干しが送られて来ました。
下の写真の色の浅いオレンジ色のは杏です。梅酢で漬けてあるので味は梅干しですが、食感がサクっとしています。


通信の冒頭にはこんな事が書かれています。
「春雪がちらつく頃、ほのかな香りを庭に漂わせてくれた梅が、半夏生の頃には実を結び、8月には梅干しに生まれ変わった。ちょうど盂蘭盆会の頃。作業を見守っていたであろうご先祖様も『古い梅干しもいいけれど、できたても格別だね』と喜んでいるに違いない」と。

30年前にかねさんという方に梅干作りの手ほどきを受けたそうです。そのかねさんも93歳になられましたが、今年の梅干作りにも来て、若い人たちと紫蘇を揉んだそうです。

工房スタッフと共に、汗をいっぱいかいた午後のお茶の時間に梅干しを頂きました。
普段は生活クラブを通して奈良県王隠堂の梅干しを食べていますが(梅干しは作ったことがありません。梅酒はありますが、、^^;)、漬けたての梅は本当に格別です。以前にも森田さんに頂いて、その美味しさは知っていましたが、今年のこの暑さの中では本当~に身に沁みる美味しさです。
命を繋ぐ食べ物です。


また、一緒に岩手の一関の「亀の子せんべい」という長生きできそうなお菓子も送っていただきました。
これも小麦粉とごまと砂糖のパワーあふれるお菓子でした。
由来を読むと東北の女わざ的な生まれです。
歌舞伎座近くの岩手県のアンテナショップでも買えるのでまた行ってみたいと思います。

森田さんは85歳になられていますが、電話の声も大きく、でも慈しみにあふれる優しい声。
いつも意義深い話を聞かせてくださるのです。
東北の奥深い暮らしの文化は今の時代にもう一度見直さなければと思います。

ヘンプの蚊帳タオルで汗取りを今期の紬塾の人達は縫うことになっていますが、その時に女わざの冊子や本も紹介します。森田さんに伺った岩田帯からヒントを得たものです。
私の紬織りのバックボーンにあるものは女わざの会にもつながることです。暮らしに根ざして地に足の着いたもの作りをしたいのです。

この豊かな味わい深い梅干しを食べながら本当のことはすべてこの中にあると思いました。
熟した梅の実と海からの塩と赤紫蘇と天日と人の叡智と手わざと時間と――。

この暑さを1日1個の本物の梅干しで乗り切りたいと思います。



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特別展「女わざと自然とのかかわり」―農を支えた東北の布たち―

2015年11月24日 | 女わざの会


東京農業大学の食と農の博物館で開催されている、「女わざの会」の展示のお知らせです。

特別展「女わざと自然とのかかわり」―農を支えた東北の布たち―
「食と農」の博物館 1階企画展示室
~3月13日(日)まで。詳細はリンク先をご覧下さい。

森田珪子さんをリーダーとした女わざの会の展示を観てきました。
とても良い展示でしたので興味のある方はお出かけください。期間も3月までです。
入場は無料です。

撮影は禁止でしたが館の方に許可をいただいて少し写真を撮らせてもらいました。





















東北地方で使われてきた古い布団側や継ぎあてのある布や足袋などを捨てられず、森田さんのところへ持ってくる方が多く、そういうものを含めたコレクションです。
以前にも女わざの会のことはブログにも書きましたが、地に足をつけた活動に学ぶことが多いです。
この展示でも、裂き、織り、継ぎ、繕い、とことん使われた布たちは、その土地で苦労しながら生き抜いた女性たちの生きた証を見るようで胸に迫るものがあります。
ただ、そこにあるのは、貧しさや、苦しみだけではなく、生き生きと布と関わる女たちの喜びや愛情も感じられるのです。
前回のブログで靴下の繕いのことを書きましたが、繕いの喜び、家族への愛情、モノを慈しむ気持ちが私の中にも、誰にでもあるのだと実感するのです。買ったほうが早いとか、安いとか、それだけで片付けられない人に備わった精神だと思います。
こういうものを過去のものとしてだけ見るのではなく、大事にしたいことがあると思いました。
それから岩手の女わざの会のメンバーを中心にして織られた古い布団側などを裂いて製作した裂き織りタペストリー(トップの写真)も展示されています。以前、岩手でも見たことがあるのですが、今回もとても興味深く拝見しました。
農大の野良着のコレクションも展示されています。

11月28日(土)には岩手から80歳を過ぎた森田さんがまたいらしてくださり「バイアスの不思議」と題して、講演もあります。

日本の手織りの小幅をバイアス状に使って袋や腰紐を縫ったのです。一度縫い方を教わったことがあります。そんな話も聞けるのではないかと思います。
私ももう一度、是非伺いたいと思っています。







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女わざー森田珪子さんの講演会を聴いて

2014年06月19日 | 女わざの会

当ブログでもご紹介した、江ノ島のかながわ女性センターで行われた『暮らしを彩る手わざ』と題した「女わざ」の森田珪子さんの講演会に昨日行ってきました。

震災で家も全壊し、本当に大変だったのですが、
でもとにかくお元気な変わらないお姿を拝見でき本当に嬉しかったです。
ご友人が作ってくれた服を着て嬉しそうな森田珪子さんを写真に収めさせてもらいました。

講演は、きちっと1時間で大事な話を広い見識と経験を踏まえ話をしてくださいました。
素晴らしい話をいろいろとお伺いでき、わざわざ行った甲斐がありました。
紬塾の方も4名参加してくださって嬉しかったです。
20~40歳ぐらいの方も5~6名くらい、トータル20名ぐらいでした。

森田さんが行きたいわけではなかったけれど、結婚して東北へ行くことになった時、小学校の恩師が「寒いところへ行ったらいろいろ見れるよ。醸成、発酵させるものがあるから。」と言葉をかけてくださったそうです。
食べ物もそうですが、冬の間に外で仕事ができない故に裂き織りの炬燵がけを織ったり、刺し子をしたり、使い古された小さな布でパッチワークや継当てを美しくしたのでしょう。

それらのことは貧しさや気候風土だけでは片付けられない、人間に備わった美しいものを手で作りたいと思う気持ち、またそれができる能力を遺伝子として私たちは与えられているのでしょう。
遺伝子をなおざりにした暮らしを考え直すことは今大事な時ではないかともという趣旨のことも話されていました。



この写真は森田さんの収集された資料の「手甲」です。
表地は別珍で裏はネルのような生地でした。
甲には美しい刺し子が施され、内側にも美しい針目が補強とデザイン性を兼ね備えてありました。
「好きな人に会うときに見せたかったのだろうか・・私のような無骨な荒れた手でもこれをはめると綺麗に見えるでしょ?」と笑いながら手にはめてかざして見せてくださいました。
女の手わざです。

他にもこん袋と呼ばれる(冠婚葬祭など、炊き出しの時などに米を入れる)小さな着物などのハギレのパッチワークの美しい手わざの袋も見せてくださいました。
ただの米の袋ではなく用途と美しさとその土地に受け継がれてきた形の意味合いなど、上手な人から手ほどきを受け、つくり継がれてきたのでしょう。

でももちろん今は人々の暮らしから忘れ去られていこうとしていますが、森田さんが作り方なども記録してくださっています。
ただ古い時代のものとして片付けるのではなくその仕事の中から今でも自分の暮らしの学びに繋げられることはあるはずです。

講演の後はみなさんミニタペストリーの制作を無心でやられてました。
卓上機に経糸も張られ、昭和の並幅の格子の布団側を裂いた緯糸も用意されていました。
準備が大変だったと思います。
本来は使い古した布を裂いたわけですが、もったいないような「小奇麗な」感じでした。
森田さんもこの点についても触れられていました。

裂き糸に何を使うかという選択から始めると、もっと自分の着るもののこと、布のこと、繊維のこと、暮らしのことと向き合えると思いました。
このワークショップの本当の意味はただ手慰みに機織りをすることの体験だけで終わるものではありません。

今の暮らしの中には古布というものがありません。着なくなった服はゴミに出され、リサイクル業者によって再利用はされますが、目の前からは消えていきます。

「買う=捨てる」という今の暮らしの図式を、「買う愉しみ=長く使う愉しみ=再生(更生)の愉しみ」に現代なりの転換をはかることは心の安定やものや人との絆を生むことにもなります。

現代の無駄の多い暮らしを少し見直し、そして豊かに生きることは人を身体の芯から鍛え、むしろ澄んだものの見方や安定した心持ちにしてくれるということを再確認しました。

ものを作るにせよ、使うにせよ質を高めていく上で欠かせないことに思います。
自分に出来るところからしていけば良いのではないかと思います。

裂き織りは布を裂く手間はかかりますが、織るのは早いです。
初めての方もどんどん織っていました。
元の生地と、裂いて織った布の感じは予想を超える面白みがあります。
私もたまに着尺で残った経糸を利用して織ることがあります。
母が服地などもたくさん裂いて球にしてくれていますので時間が取れるようになったらやりたいです。
紬塾でも上記を踏まえて裂き織りの講座を考えてみようかと思い始めました。




女わざの会誌を私につなげてくれるきっかけを作ってくれた笹山央さんと、講演終了後に話をする森田さん。



週末の更新では6月28日、29日に迫りました笹山さんの「現代工芸論』の出版を記念しての
「集い」のお知らせをします。



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女わざの会ー森田珪子さん

2014年05月29日 | 女わざの会


女わざの森田珪子さんが来る6月18日に江ノ島のかながわ女性センターで『暮らしを彩る手わざ』と題して1時間ほどの講演をされます。
後半は裂織りワークショップも行われます。

森田さんには2009年に、かたちの会の企画(可喜庵にて)で民話の朗読会をしていただきました。

森田珪子さんは千葉県のご出身ですが、結婚して夫君のご実家の岩手県で暮らし始めます。
そこで暮らしの中の衣食住に関わる様々な手わざや行事と出会い、そのことを実践し、その記録もビデオや冊子にして伝承にも努めてこられました。

東日本大震災後の2012年年6月に特定非営利法人の形をとるようになりましたが、ずっと以前から「女わざの会」のリーダーとして仲間と活動を続けてこられた方です。

岩手での女わざの会の作品展示会を一度訪ねたことがあります。
布の作品も素晴らしかったのですが、メンバーが作ってくれた玉砂糖を使った伝統の蒸し菓子「がんずき」をご馳走になりましたが、それもとても美味しかったです(創刊号にレシピあり)。

お住まいは岩手の内陸ですが3.11の余震で家屋が全壊となりました。
その日は亡き夫君の作業小屋である別棟で休んでおられ、森田さんには怪我はありませんでしたが、お一人でさぞや大変なことだったと推察いたします。
しかし“生かされた”という思いで、勧めてくれる仲間もあり、NPO法人としての女わざの活動に再び取り組み始めました。

以前の活動の記録冊子『女わざ』(1983年~2006年)は本当に素晴らしいです。
かたち21の笹山さんが所蔵していたものを最初に手にした時の感動を今も忘れません。

版画家でもある夫君が記録と編集、活字、挿絵などを手がけています。

私の仕事の根底には暮らしに根ざした衣の文化の上に紬を織りたいという思いがあります。
創ることと使うこと、使うことと作ることが社会にも開かれ、生きてあるという点においては個人作家であろうが家庭内や地域に根ざした活動であれ違いはないわけです。
女わざから学ぶことは多いのです。
女わざとは男わざも含め暮らしのわざのことです。

森田さんは御年81歳では・・と思いますが、お人柄は本当に強くて優しく、時に厳しく温かく、聡明で行動力に富むリーダーです。私などとても足元にも及びませんが尊敬する大先輩の教えを乞いたいと思っています。
わざわざ行く価値があります。

ご希望の方はチラシの問い合わせ先事務局 onnawaza.jimu☆gmail.com (☆を@に変えて送信してください)へFAX,またはメールで6月12日までにお申し込みください。


7~8年ぐらいまえに森田珪子さんが櫻工房で「ミニ女わざの会」のようなことをしてくださったことがあります。
その時の森田さんの話をかたち21の笹山さんが一文にしたためてくれています。
その一部をご紹介します。

[「たとえば昨年は10人ほどが4回ほど集まっては丸1日一緒に過ごし、半纏をお互いに助け合って作ったんですけどね。今思い出すと、ほんとに一人一人、人に話せないこともみんな見えるんですね。見えちゃうというか、付き合わなければ分からないこと、そしてすべてを赦せる、いろんなことがあるじゃないですか、マイナーなこととか、他人には話せないようなこと…。そういったこともお互いに分かってしまって、その上でのお付き合いができるわけです。そういう人間関係を持てるということを改めて感じます。」
 こういう人間関係の在り方を、中世の能の集大成者であった世阿弥の「後見の見」という言葉を引き合いに出して説明された。それは「一人一人、人に話せないこともみんな見える」までに他者との付き合いを深めることによって自分の後姿が見えるようになるということである。そしてそういう段階にまで深めていかれた人間関係を「絆」といい、森田さんは「女わざ」の活動を続けてきたことは、そういった人間の「絆」を求めていくことに他ならなかったというわけです。
 「後見の見」というところまで深められていった人間関係というのは、「公」と「私」という二元論のちょっと硬い印象を超えて、より地上的な「共同性」といったことをイメージさせます。そのような意味で、「公」というよりは「絆」かな、というふうに思えてきはじめたというわけです。
 「工芸」という文化の在り方は、人間の絆ということにも深く関係しているのでは?ということです。]

そのほか関連のブログもお時間あります時にご覧ください。

関連ブログ

かたち21の森田珪子さん関連ブログ
http://blog.goo.ne.jp/katachi21/e/7c4a526670900578a92de7997413b25e
http://blog.goo.ne.jp/katachi21/e/133c73dd7fee6f00a3e78809ab17efa3
http://blog.goo.ne.jp/katachi21/e/e50ae1c0866ce3a0aaf7a3d6e69c39c8
http://blog.goo.ne.jp/katachi21/e/8e332e99d040bb0365dcb914b44a640d

可喜庵のブログ(朗読会の記事)http://kakian.exblog.jp/8371611/



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