中野みどりの紬きもの塾

染織家中野みどりの「紬きもの塾」。その記録を中心に紬織り、着物、工芸、自然を綴ります。

紬きもの塾’14 第10回(最終回)まとめーー「布のちから」

2015年01月26日 | 紬塾 '13~'14
「紬きもの塾‘14」の第10回が無事終了しました。
今期のみなさんも全員皆勤で熱心に参加してくださいました。
群馬からの方も10回、よく通ってくれました!

ブログに毎回同じことは書かないようにと思っているのですが、20代~50代までの手応えのあるかなり積極的なメンバーで私も楽しかったです。
最後の持ち寄り茶話会!?も時間延長で話が弾みました。
みんなよく話し、よく飲む・・・ ^o^*Y 写真を撮る暇ありませんでした。。。

半幅帯の結び講習の後、紬塾で参考図書としている田中優子著「布のちから」の感想の発表をしてもらいました。
紬塾初回に、幸田文著「きもの」と「布のちから」を読んだ感想などをみんなでもちより話し合うということにしているのですが、「きもの」がとても盛り沢山なので「布のちから」にはあまり時間をかけられなかったのですが、Tさんが最後にしっかり発表してくれました。
本文から印象に残った箇所として指摘してくれたうちの1箇所だけ記しておきます。

「女は機織りや刺繍など、布にかかわることによって、時間を支配した。男とは異なる特有の時間を持った。それは人間の側の『効率』の時間ではなく、自然の側の、ものごとが順番にしかすすまない時間なのである。」(P.135)

補足すると少し前のP.125に
「生命は宇宙(太陽や月)の運行によって生み出される。生命には、効率をめざしてもどうにもならない部分がある。生命は一定の『時間』と順番を必要とするのだ。布を織ること、染めること、仕立てること、刺すことは生命を生み出す経過に似ていて、やはり宇宙の運行と一定の時間とを必要とする」
とあります。

私たちが失いかけてはいるけれどいつでも取り戻したいと思っているし、取り戻せる“順番にしかすすまない時間”。

手仕事の着物を一枚纏う、丁寧に扱い、取合せを考え着る。
洗い張りをして風合いを更によくして布を味わう。
更生をしてとことん着る。
洋服にしても上質の気に入ったものを選び、繕いながら着る。

作る側だけでなく、使う側にもある“順番にしかすすまない時間”。
一定の時間を要する積み重ねのかけがえのない時間。

人々が纏う布や着るものは自然と人を繋ぐメディアとして機能を果たしてきた。
人はただ身を包むためにだけ布を纏うだけではない。
何を纏うかはその人を知る重要な手がかりともなる。
糸を績み、紡ぎ、編み、組み、織り、染め、絞り、刺し、描き、縫う――。
着ることを、ものを作り使うことをもう一度根っこから考え直す必要があるのではないでしょうか。
この本はその一助になる本だと思いますし、これからも紬塾でも触れていきたい内容だと思います。
多くの方に是非読んでいただきたいです。

紬塾では 手仕事や“布のちから”を大事に考えたいという人たちと繋がっていきたいのです。
今の社会の有り様に不安を覚えることも多く、あきらめの気持ちもあるのですが、何があっても衣食住、大事なことに変わりはない。
たった一人でも自分がやるべきことをしていくしかないと思います。
でも、もし一人でも二人でもしっかりつながる仲間が増えたならそんな心強いことはないのです。
自分を裏切って生きるなら、結局誰ともつながれないですから。

さて今期の参加者から感想が届きました。長文もありますが、みなさんの真摯な姿勢が感じられます。
ぜひご一読いただければと思います。
「これで終わってしまうのか・・・」との声も聞かれましたが、また会って学び合える機会を作りたいと思います。その際にはブログでお知らせします。

では一年間ご苦労様でした。そして充実した時間をありがとうございました。( ´ ▽ ` )ノ


※2月下旬に紬塾‘15の詳細はブログでお知らせします。

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全10回を通して、着物を着ることや織ることは、目に見えることに限らない、
沢山の要素を含んだものだということがはっきりとわかりました。
モノとして豊かなものは、人も豊かにしてくれるのですね。
全部は無理としても自ら進んでそういったものを選択すること、
また、選択できる判断力が必要なのだと知ったのは、大きな学びです。

織りの実習の時にはうまく織れる自信がなくて何処かの体験で練習しようかと
思った程だったのですが、ちゃんと向き合ってみたら、素材が教えてくれました。
本当の「良いこと」は、頭よりも先に体の方が理解しているように感じます。
感情も力みも無駄が取れた時に、糸の表情が一番輝いていました。
半幅帯の結び方でも感じたことですが、理に叶ったものはシンプルに美しく、なのに
深みを思わせる、ということにも気づきました。

毎回が、知性も知恵も美意識も、整然と存在した、濃密な時間だったと振り返ります。
修了と言っても未熟で失敗もあるでしょうが、この学びを機に、身近な物事を見つめつつ、「知恵を働かせて生きる」ことをもっと楽しむつもりです。

先生のように、小さなことでも気づきを大切に積み重ねていきたいです。
色々な意味で、「自然」との付き合い方が鍵のように感じています。
本当に、本当に貴重な学びをありがとうございました。  T.S

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紬塾への参加を通じて、自分の中で大きく変わった事は、物との関わり方です。

以前は、引越しの度に出る大量のゴミ(殆どが衣類)を前に、
「自分はゴミを買うために働いていたのか」と情けない思いでした。
暮らし方を改めるヒントを得たい、という思いで、紬塾に参加しました。

糸の話、布の大切さ、手仕事の話、物の価値やお金の話、経済や自然環境について、
毎回様々な重要な事を教わり、意見を交換してきました。
その中で、自分の買い物の仕方が少しずつ変わって来ました。
高くても安くても、古びないもの、時間と共に価値が増していくもの、
物の命を全うしてくれる物をなるべく選びたいと思うようになりました。
また、買い方だけでなく、自分がどう使うかで、
その物の価値をゼロにも百にもできるのだということにも気づきました。
古い着物も捨てればゴミだけれど、仕立て変えれば命は延びるし、
古びない着方をするには自分のセンスが試される。
また、そういった使い方に耐える物を買わなくてはいけない。
選ぶ力と、使う力を鍛えなくてはいけない。

また、紬きもの塾では年齢や立場を越えて、
様々な考えや知恵を交換することができました。
肩書きの関係ない場所で、一人の人間として、皆さんの話を聴き、
自分の考えを述べ、一緒に考えることができる場というのは
そう簡単に得られるものではないと思います。
とても大切な時間を過ごすことができました。
どうもありがとうございました。 U.M

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全部で10回というわずかの時間に、中野先生から伝えられたことは、
「暮らし」について考えることだった。
糸や布という衣の世界から暮らしすべてにつながっていく、
生きるための知恵や力を持っているかどうかで、
これからの自分の日々がきっと大きくかわる、そんな想いがある。

生活を手元にきちんと持っているためには、
つねに考えることが必要だ、と思った。
生活というのは、経済ではない基本的なこと、
すなわち衣食住がなるべくよい形で自分を支えている状態だと思うのだ。
高価でなくても良質のものを吟味して、自分や家族のために整えていく。
そのためには、与えられた情報を口開けて待っているのじゃなくて、
自分で探しに行き、それがどんな価値を自分にもたらすのかを
考えなくてはならない。
いつもいつも考え続けることはできないけど、
意識のいちばん深いところはいつだってアンテナ立てた状態でいたいと思う。

暮らし――朝、日がのぼり、夕、日が沈み、夜、朝に向けて整える。
きちんとリズムをつけて暮らしていきたい。
そんな単純なこと、だけど大切なことを忘れていた自分に
しっかり向き合おう。
塾に参加していなかったら、きっと気づかないまま、
だらだらと死に急いでいたと思います。
ありがとうございました。  M.T


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 何を知りたかったのだろうかを、終わった今、振り返ってみます。
いい着物とはどのようなものだろうか、そしてそれは、どのように作られているのだろうか、作る人はどのような思いを抱き作っているのだろうか、このようなことを知りたくて参加したように思います。
その一方で、塾という名でこのような講座をあえて主催する理由を考えたりもしました。
その内容が広すぎる気がしたからです。その意味するところは、とても大事で必要と考えているのだと想像しました。
 この点は、実は、とてもひっかかったところでした。このような面倒なことをやろうとするなんて、何ともすごいことで、普通はできない気がしましたし、知識や経験がかなりあり、自信、むしろ使命を持たずしてはできないことだと感じたからです。
どきどきの1年の開始でした。

  
*本を基にしたお話 
 一言でいうと「新鮮」でした。一冊の小説「きもの」。前に読んで、独特な感銘を受けた本が題材だったことが驚きの始まりでした。
「とても参考になる本で、何度読んでも新しい発見がある」とおっしゃる先生の本には数多くの付箋。すごい!そんなすごい本だったのか。
着物に関心はあるが、毎日の生活に着物が不可欠ではない私たちの視点で読んでみて、感想を交換しあう。
雑談のように話合う。ゆるい、流れるままのようであるが、先生という港でまとまっていく。皆がいろいろと考えていることにも、毎回感心しました。
 熟読すること、それは自然と着物という面から読むことになったこと、それ以上に、先生をはじめ皆さんのお話を聞くことが単純におもしろかったことが「新鮮」に感じたのかもしれません。
 ただ、私にとっては、読むほどに、着物というより人の生き様に目がいってしまいました。その意味では、もう一方の本「布の力」は難解なところもありますが、気持ちが楽でした。

*着物のお話 
 小説「きもの」に登場するおばあさんが中野先生でした。
今の時代「着物」の感覚を身につけるには、このように話し合える環境が必要であり、生活の中での自然体の衣として着物を教えてくれる人に話を聞くことで、衣としての感覚が育まれるのではないのだろうかと感じました。と言いますか、私が必要なのです。
知識や知恵も大事ですが、専門のテクニックが重要なわけではないです。
最終回の頃には、もっと着物を着たいなと思ったのですが、それは今までとは少し違う感覚を伴った「求め」でした。この気持ちを持ち続けることを大切にしていきたいですし、もう少しこの感覚を広げていければと思っています。

*染織の実習 
 この経験は、静かなる波をいまだに私に打ち続けています。
中野先生の専門も専門なだけに、かなり貴重な内容でした。絹のウェーブが大事で、それを大切に作業を続けていく。丁寧に扱うという意味がここにあったわけです。
実際織った布は、とても魅力的で美しいと感じています。

 思いがけなく素敵なこともありました。
紬塾の講座に参加することにより、その先生と志を共にする方々の世界に少しだけですが、触れることができたことです。いろいろなことを考え、実践している方々が多くいるのです。私にとっては新しい角度から、取り組んでいられる方々でした。果敢なる実践者のお話は心に何かしらを投げかけてくれるものでした。

 さて終わってみると、一歩踏み出してみたら、広大な草原が広がっていた感があります。知ってしまうとかえって迷うことになるわけです。

 最終回で中野先生がおっしゃったこと、「布の力を知ること、布の力を気づかせてくれるのは、着物を着ることだと信じている」、そして茶話会で笹山先生がおっしゃったこと「手仕事としての染織が一番ラジカルである」。
両方の、本当の意味を分かることはまだまだであるけれども、それを、私なりに求めていくこと、衣食住の衣の土台にし、常に考えていくことはできるのでは、いえ、正直なところ、それくらいしかできないと思っている状態です。自信をもって続けていく、実践していくことが何より大切なのだ、また、それくらいしなくてはいけないでしょうと自身に問いかけています。
 あっという間の10か月でした。ありがとうございました。  N.K    
  
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・・・・・(以上)


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古田織部展――深く、広く、強く、自由に、自然とともに

2015年01月17日 | 工芸・アート


年が明けて作品制作に精を出しています。
その合間を縫って古田織部展(松屋銀座/~19日まで)など桃山から江戸にかけての美術展をいくつか回ってきました。

織部ゆかりの品々の中に特に好きなものが何点かあり、刺激を受けました。
古田織部は利休の弟子ですが、利休と織部の師弟関係は互いに尊敬しあい学び合い
刺激し合い、そして見せかけは一見違うものを提示した――しかし通底する感覚は同じなのだと今回観てつくづく思いました(織部の弟子の小堀遠州はタイプが違うと思います)。

「わび、さび」とは侘しく、寂しい古びたイメージに固定されたものではなく、
限られた命を深く広く強く自由に自然とともに崇高に生きることであると思います。

こういう関係性の中で人間の生み出す美の世界が繰り広げられ、築けたなら作り手として本望です。

着物の世界は一人勝ちするものではなく、取合せの美の世界です。
裏方の仕事も含め良き同士と出会い高めあえる関係を持ちたいです。

今月25日のかたち塾の小川郁子さんへのインタビューの会でもよい話が聴けるものと確信しています。

まだ少し余裕がありますのでお申し込みをお待ちしています。
こちらも参考にしてください。
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