中野みどりの紬きもの塾

染織家中野みどりの「紬きもの塾」。その記録を中心に紬織り、着物、工芸、自然を綴ります。

如鳩と沼田居 展 ―― いのちの眼で見えるもの

2020年08月04日 | 工芸・アート
足利市立美術館で開催中の「如鳩と沼田居 展」に行ってきました。(~16日)
以前の当ブログでも沼田居についてはご紹介しましたが、師でもある如鳩の絵を観るのは初めてでした。

この展覧会を企画された足利市立美術館次長の江尻潔さんの解説付きで、二人の画家の関係性や、作品の詳細、裏話などを伺うことができました。
1周めは江尻さんのお話をうかがいながら、2周めは特に気になる作品を中心に一人で回りました。

二人の画家の作品もいのちを懸けた素晴らしいものですが、学芸員の江尻さんも渾身の企画で、素晴らしいと思いました。展示内容からでもそのことが良くわかりました。
緊急事態宣言が発出され、会期直前での延期、でも6月から再開できて本当によかったと思います。


カタログの中の最晩年の二人の絵と書。
左ページは如鳩83歳の未完のもので、大晦日に心不全で死去。年明けから彩色に入る予定だった。
右の沼田居「かきつばた抽象」は全盲になる直前の作。「空眼縣山人」は全盲になって号としたもの。かきつばた抽象は以前松涛美術館で観たもので、再会しました。

足美のWebサイトからあいさつ文を貼っておきます。

[ 牧島如鳩(1892-1975)と長谷川沼田居(1905-1983)はともに足利出身の画家です。
如鳩は、ハリストス正教会のイコン画家として教会を荘厳するイコンを描く一方、仏画を手がけ、さらにはキリスト教と仏教の図像を混交した他に類例を見ない作品を制作しました。沼田居は、如鳩の父閑雲に南画を、如鳩に西洋画を学びました。1960年ころから視力が減退し、最晩年の10年間全盲となりますが、描くことは生きることと等しく筆を折ることなく人生を全うしました。
 如鳩と沼田居は師弟の間柄ですが、作風も性格も大きく異なります。ただ二人に共通することは人生の後半に大きな転機が訪れたことです。如鳩においては神仏のダイレクトな感得であり、沼田居においては失明という、いずれも有無を言わせぬ体験でした。その結果、驚くべき作品の数々が遺されました。如鳩は独自の図像により目に見えぬ神仏を描き、沼田居は肉眼による「視力」に依拠しない前人未踏の画境を拓きました。本展は、両者の作品をともに展示し、足利が生んだ類いまれな二人の足跡をたどります。]

今展のカタログの最後に江尻さんは次のように書かれているのです。
[彼らの作品は光を発している。見たものは光を浴び、彼らが提示する光により照射された新しい世界に参入する。それはいのちの文脈として「一切の評論」を峻拒する絶対的な「自由の境地」なのである。]

観終えて、江尻さんもまた「自由の境地」で、いのちの眼で、いのちを懸けた企画、評論をしたのではないかという思いも、満ちてきました。

美術館は大きな空間にゆったりした展示で、密になることはありません。
感染防止対策もされていて、入館者は体温、手指消毒、住所を記す、マスク着用などのチェックがあります。
話をしている人もいませんし、土曜日でしたが込み合うということはありませんでした。
ショップやカフェも閉じられていますが、2階に一休みできる椅子はあります。
展示作品が多いので、一休みして観るのも良いかもしれません。
とても貴重な機会ですので、ご興味のある方は是非ご覧ください。
お盆休みは公共交通機関も空いていますし、混雑を避けて行けるのではないかと思います。私は新宿を避け、北千住経由で足利市まで行きましたが、道中も空いていました。

見終わってから、すぐ近くにあるartspace & caféでお昼を食べました。
ギャラリーの展示も拝見しながら、パイナップルスープカレーとチャイ、とてもおいしかったです!

食べるとき以外はマスクをして、わずかな滞在時間でしたが、長かった梅雨も明け、久々に日差しを浴び楽しい充実した時間でした。

コロナのことで、日々ストレスも溜まりますが、二人の画家が生きた道のりも大変厳しいものでした。
その中で亡くなる寸前まで何があっても仕事をし続け、描き続けた画家に敬意が湧くと同時に、自分自身にも置き換えて考えました。
こころを洗わせてもらいました。

また、とても良い企画展をされ続けている足美は、今後も注目していきたい美術館です。一人ふらっと出かけるのもいいですね。


この日は近江上布に透け感のある半幅帯をサクッと締めて出かけました。
半幅帯の詳細はHPの中野着姿をご覧ください。









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喜多川歌麿にみる着物

2020年01月04日 | 工芸・アート
新春のお慶びを申し上げます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

東京は穏やかな三が日を過ごすことができました。
今日から仕事を始めています。
今年はどんなものを織ろうかと計画に思いをめぐらせています。

昨日は江戸東京博物館で大浮世絵展(~1/19)を観てきました。大変な混雑でしたが、私は特に喜多川歌麿を集中して見ました。
なんといっても歌麿は美人画ですが、私は顔の表情などよりもつい着物に目がいってしまいます。当時の流行もうかがえますし、素材感や、技法、紬塾でもいつも話に出る、異なるものを取り合わせる面白さ、そのサンプルのようなものが多いのです。江戸の粋な色使いなども参考になります。
それを描き分け、版画にする当時の職人の技量の高さもすごいものがあります。
帰ってからも図録を繰りながら、ネットで画像検索などしながら楽しんでいます。

いわゆる大首絵の美人画が、風紀を乱すとして作れなくなった時に、歌麿は町民の日常生活をテーマにすれば、それを逃れられると考え、制作したようです。

トップの写真は、「針仕事」(重要美術品/大英博物館蔵)という庶民の仕事をテーマにした作品で、3枚続きで見ごたえがありました。
画像では細部がわかりませんが、針山の針や、左下ににぎりバサミや物差しなどリアルな感じになっていて、版画を見る人たちが、楽しめるようになっています。ずうっと見ていたかったです。(@_@‐



もう一つ「台所美人」(東京国立博物館所蔵)はミュージアムショップで買ったハガキですが、2枚続きの右側です。こちらは今回の展示作品ではありませんが、この着物を見るだけでも絞り、型、絣、縞織りなどが調和して、細部を覗き込みたくなります。浮世絵の美人画は服飾史の資料的価値も高いと思います。

ただ、残念なことに、会場内の解説文の中にも着物に関しての説明はほとんどなく、染織を専門とする学芸員以外は触れられないということなのか、とても大事なことが抜け落ちているように思いました。



当時大流行した有松絞の大胆な柄の浴衣が描かれています。

立っている人の襦袢の衿も麻の葉の絞り。煙まで表現されて、煙そうな顔をしています。

前掛けだと思うのですが、絣もいい柄です。

時代は変わっても美しい布や、着ることを大切にしたいと年頭に再確認しましたが、
着物を着る人、着たいと思う人が、絶対数としては本当に少なく、なんとか増えてほしいと思います。

今年も善い紬を制作していきます。また、20年度の紬塾でも善き方と一緒に紬や着物のことを深めていきたいです。

紬塾は最終回が2月に変更になりましたが、またご報告します。



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着物は公共性を内在するもの

2019年11月02日 | 工芸・アート
前回のブログにも書きましたが、秋冬色の染色を終えて、次は秋冬向けの着尺に取り掛かり、巻き込みまで済ませたところです。上の画像の紫茶地の細かな縞です。

たくさんの染糸のストックから使う色の選定にはじまり、設計、糸巻、整経、たて巻き、経て継ぎ、織り付けまでは、緊張と集中力を要する大事なところです。
経て巻きを終え、今はどんな感じになるか、期待と不安とが入り混じった気持ちです。

宗廣先生の工房を独立してからでも紬の着物や帯ばかり350点以上制作してきましたが、整経の前には夜眠れなかったり、朝早くから目覚めてこの色、この糸でいいのか、この間隔でいいのか、シンプルなものほど糸一本一本を見つめながら、ギリギリまで勘を頼りに詰めています。
毎回新たなものを作りますのでとても緊張します。

織り物は経糸がとても重要で、布を見るときにもまず経糸を見るとよいのです(上質の織物、特に紬は経糸で決まります)。
織り物は紙の上にデザインを描こうとしても糸の1本1本を描ききれるものではないので、緯糸が入るまではわからないと言っても過言ではないのです(紬塾の織り実習でみなさんがそれなりに味わいのある良い布を初めてでも織れるのは、経糸の力によるところも大きいのです)。
そして、糸の太さの違うものを混ぜながら織りますので、景色、陰影、光沢感など、かなり複雑で微妙で、とにかく織って布にしてみないことにはわかりません。

人に着てもらうために作るわけですので、他の取り合わせの帯などとも合わせなければならず、独りよがりの創作物ではないようにしなければなりませんし、すべて人の手で引き出された糸を使いますので、失敗は許されません。制約も多く難しいです。

さて、少し話が飛ぶようですが、工芸評論の笹山央氏が発行する『かたち――人は日々No.4』に「アートにとって公共性とは何か――『表現の不自由展・その後』からの教訓」というタイトルの文があります。「あいちトリエンナーレ19」をめぐっての騒動が先々月来起こり、それに関連した内容ですが、公共性ということをめぐってのアートと工芸の違いということに言及しています。

私なりに読み解くと、アートの自己表現性は公共性ということとは折り合えない要素を含んでいて、公共的な空間に迎え入れられようとすると、「いくばくかは犠牲を払わなければならず、行き着く果てには公共性へのおもねりを胚胎していくことになりかねません」とあります。
ざっくり言えば、国からの補助金が交付されなくなっても、むしろ拘束されることなく、地方の活性化に貢献するような活動をしていくのがアートの本来の在り方だというような内容です。すご~くざっくりですが、、。

それに対して、「逆に工芸の場合は、公共性を内在化することによってモノとしての価値を高めるという性質を有しています」とアートと対比するように括弧付きで書かれている箇所があります。

着物、着るものは公共性を内在したものであり、モノの価値を高めるべく練磨していくことは社会への参加、貢献にもなります。自分や身近な人、公共の場で共有する時間に居合わせる人々の中で、着物はその人の精神や思想など様々なことを表し、周りの人たちにもそれによって様々な思いを抱く。衣の文化は人に与えられた高度な精神世界を持っています(日本の着物だけではありませんが)。

また、工芸も着物もアートも、すぐれた作品は、個人の創りたいという思いから始まりますが、公共へ放たれた時からは、だれが作ったとかではなく、普遍性を有したモノになって、公の場で気負いなく人々の中に存在していくのだと思います。

そんなことを上記の文章から日々の仕事に照らして考えました。
様々な工芸、アートのジャンルの作家を評論する『かたち――人は日々』の詳細はこちらをご覧ください。 


庭のツワブキも花を咲かせ始めました。蝉の羽化みたいに花びらはすぐにはピンとしないでクシュクシュしています。
秋から冬へ自然は移ろい始めています。間もなく立冬ですね。



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丹波の縞帳が語り掛けてくるもの

2019年09月14日 | 工芸・アート


上の写真は丹波木綿の縞帳で、記載されている住所の桑田郡は「1879年(明治12年)まで京都府(丹波国)にあった郡」ということで、それから推測すると、江戸末期から明治にかけて作成された縞帳と思われます。前回の記事にも書きましたアシスタントが入手したものですが、良いお買い物、グッジョブ!でした。(^^)v

 

 

薄口の反古紙に貼られていて、紙がいかに貴重で、大切にされていたかもわかります。また、トップの写真左隅は紙を手拭いのような型染め晒しと、浅葱色の晒し2枚で補修されています。“小豆3粒包めたら布は捨ててはいけない――”です。

兵庫県の地場産業のサイトによれば、

[  丹波地域では、宝永年間(1704~1710)頃に良質の綿が盛んに生産され、手織りの木綿が製造されていました。しかし、明治以降、機械化による大量生産が進み、家庭では手織り木綿も作られていたものの、産業としては徐々に衰退していきました。戦後に至っては、家庭内においてもほとんど木綿を手織りすることは無くなりましたが、昭和49年にそれを惜しむ人々が集まり、昔ながらの製法による手織り木綿を復活し、現在に至っています。 ]

とのことで、古くから上質の綿織物が織り継がれてきたのですね。

私も修業に入る直前と終えてしばらくして丹波地方へは2度旅をしたことがあります。丹波布を復興された足立康子さんを訪ねたこともあります。丹波立杭焼の窯元を訪ねたりしました。食べ物も、工芸も滋味豊かな土地だと思いました。

 

桑田郡(現在の亀岡あたり)という地名からもわかるように、養蚕も盛んな地域だったようで、少し、紬や木綿との交織の布もあります。絹は虫食いになっています。


糸はほとんどは木綿の手紡ぎですが、細番手の糸、杢糸、若干ですが、明治以降のものなのでしょう、化学染料の濃いピンクや青、緑が入ったものもあります。

紺、青、茶、白と限られた色数の中で糸一本一本を見つめながら工夫を凝らしいい縞を作り出そうとしていることがとてもよくわかります。とても上質の、おしゃれな洗練された縞、格子が多いです。

貼られている小さな布はかなりの高レベルな織り物と思います。縞帳に詳しいわけではありませんが、自家用で織ったものを貼り集めたというより、どこかの工房で織られた布のように思います。

自家用に機を織る家々には、参考にするための縞帳が宝物として保管されていたということですから、切手大の小さな布が行商などで、束で売られていて、それを反古紙に張り付けていたのかもしれません。この縞帳とよく似たものを織り物の本の中の写真で見たこともありますし、同じような布が貼られた縞帳も見たことがあります。誰かと分け合ったり、交換したり、いろいろ想像が膨らみます。。

昔の庶民も着ることにはこだわりがあったのです。他の人と違う感じのものを作りたいとか、着たいとか、流行もあったでしょうし、いろいろ思いを巡らせ、縞帳を参考にして、縞割りを考えたのでしょう。作り手の生き生きとした表情まで浮かんできます。

紬塾の染織実習で織る3寸ほどの布も、このようなシンプルな仕事をベースに考えているのです。

限られた色数で、糸を細かく混ぜながら設計してもらっているのはこの縞帳にあるような、シンプルだけれど、糸の形を生かした奥行きのあるものを作ってもらいたいからです。実習では経糸は無地系で用意されていますので、ヨコの段だけでそれをしてもらいます。

布をキャンバスに見立てて、絵を描くような表現をしたいのではありません。

紬と木綿、時代の隔たり、着こなしの違いなど、そのまま真似できるものではありませんが、その土地、暮らしのなかにあるものづくりの精神や、真摯な姿勢は大事にしたいと思います。

ちなみに私の縞帳は作ったことがありません。もう2度同じものは織らないので振り返ることは少ないのです。ただ、修業時代に織らせて頂いた布の端っこを少し頂いたので、それを工房の他の人と分けたものを、和綴じ帳に貼ったものは今も持っています。下の写真がそれです。







真似て織ることはありませんでしたが、糸一本の見え方、糸使いなど参考にすることはありました。

人工知能がこれから時代、暮らしの中にも幅をきかせてくるでしょうけれど、人の手でなければ生み出せないもの、人が生み出すべき手仕事は残し、伝えていかなければ、人は何のために生きるのかわからなくなりそうです。

この縞帳はただ美しいだけではなく、なぜ美しいのか、また人がなすべきことは何か、まで語り掛けてくれているように思います。

 

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技を手渡し、美の根源を共有する

2019年09月06日 | 工芸・アート

          【都市の「地織り」をめざし――紬織に自然の素材の命を託す】月刊染織α(1999年11月号 No.224)

99年3月に京都祇園の小西さんで個展をさせていただきました。

紬織の人間国宝、宗廣力三先生の下で学ばせて頂いてから22年の歳月が過ぎていて、先生はすでに亡くなられて10年ほど経った時でした。 

京都という地で、とても刺激的ないろいろな意味で勉強になる個展でしたが、その折に染織α(現在休刊)の編集長の佐藤能史氏もご覧くださり、紬の仕事に関しての文を寄稿してほしいとの依頼がありました。文章は苦手で躊躇したのですが、文の上手い下手ではなく日々の仕事についてそのまま書いてほしいということで、よく考えれば20年余りを無我夢中で脇目も振らずに織りに打ち込んでいましたので、そのことを振り返る良い機会を頂いたと思いお引き受けしました。宗廣先生から受け継がせてもらったものと、その後私が実践の中で気付き新たな試みも加えてきたこと、そしてその紬織の大事なところを次の世代へ継承したいことなど、一気に書き上げました。そのバックナンバーはもうありませんが、興味のある方は大きな図書館などで探してみてください(写真上、見開き4ページ。HP掲載書籍に一部抜粋の文章を上げています)。

たくさんの反響が編集部にもあったようで、私の方へも問い合わせ、講演の依頼などもいただきました。

さて、私の下で染織の仕事と工房の事務的なことを5年余り続けてきたアシスタントが、その仕事の合間を縫って少しずつ自分の紬も織るべく準備を昨年から進めてきました。以前に手渡しておいた前述の私の寄稿文を改めて読み返してみたということで、今後の制作に向けての決意を表明してくれましたので、下記にご紹介します。

ちなみにアシスタントは週末は多岐にわたり、ジャンルを超えた企画展をする画廊で働きながら観ることの勉強もさせてもらっています。さまざまなもの、素材、技法、表現、古いもの、現代のものと、観る力もつけてきています。創作する上で、様々な質の良いものを観ること、聴くこと、すべて自分の血となり肉となります。技やものづくりの精神、美意識は、自分なりの受け入れ、再確認、発見、気付き、練磨となり新しいものが生まれてくるのでしょう。

すぐの独立ではありませんが、徐々に一人でも仕事できるよう体制を整えつつあります。本人の原稿にもありますが、出会い直し、勉強しなおし、まっとうな紬を織り、素直な美しい布を、世に問うていくことを期待してます。

織り物は趣味の方も多く、その延長上に私も置かれることが今でもあります。今の時代に着物を、布を織ることは趣味としか想像、発想ができないのでしょう。本来は生きるために、人生をかけて追及する仕事で、それは厳しい仕事です(たとえ自家用のものを織るのであっても)。手作りが楽しいから‥と安易にするのを否定するわけではありませんが、プロとして食べていく、人さまからお金を頂戴する仕事は厳しいものです。でもその布を対価と共に引き受けて下さる方がいらして喜んで着て下さり、役立てていただけることはプロとしての喜びであり、矜持となります。

独りよがりでもなく、お仲間とワイワイ楽しく‥でもなく、自分と向き合い素材と向き合い、着ることと向き合い、美の根源に触れるものを創るべく淡々と進んでほしいです。もし、それが無理と思ったら別の道を進めばよいです。というか、そうしてほしいと思います。今までのこの経験は決して無駄にはならないのですから。

以下アシスタントの文章です。作ることも観ることも紬織に限ることでもありません。ご一読いただければ幸いです。

         

昨年から少しずつ自宅で染めてきた糸をならべ、さてどんなものを織るか。最初に思ったのは、かつて自分が美しい布に惹かれ憧れるきっかけとなった、昔々の名もない木綿や紬の縞や格子のような、素直で爽やかで力強いものを織りたいという事でした。そこで改めて文献や縞帳などを見返しましたが、古い木綿や紬の美しさに感動を新たにしつつも、どこかピンときません。ひとつひとつの模様から、良い縞や格子をデザインするための公式のようなものを導き出そうとする目でいつのまにか見始めていたのです。「ああ、いい縞だな」としみじみ思うまでは良いのですが、「これを真似るには何色を何本ずつ交互に」などと考え始めると急に頭が曇っていき、「いい縞」と素直に思ったその正直な感覚が遠のいていきます。これは本質から外れたことをしているな、という嫌な感覚でした。

基本に帰るべく過去のノートを見返していて、ある文章と再会しました。「紬織に自然の素材の命を託す」と題して中野先生が20年前、染織α(1999.11月号 No.224 )に寄稿された文章のコピーです。

そこには、中野先生が宗廣先生の工房から独立してすぐの頃の試行錯誤が書かれていました。使い込まれた古い丹波布や芭蕉布の美しさに影響を受け、模倣するが上手くいかない。そこであらためて、糸と向き合い、桜染と出会い、自然素材と向き合っていきます。「自分でこうしてやろうとか、こうなる筈だとか、素材をよく見もしない、知りもしないで自分の都合の良いように利用するだけで何もわかっていないと、桜は教えてくれた」「素材をよく見極めていくうちに、自然に導かれるように無理のない素直な色や文様が生まれてくる」と書かれていました。

そこに書かれていることは、中野先生と何度も話してきて、教えていただいたことばかりです。しかし、私が知ったような気になっていたこと、糸や、植物や、色や、生活や、素材のあらゆることと、これから再び自分の目で出会い直して、勉強し直していくのだと思います。

素材の力を生かしながら、しかしそれに寄りかからず、人の手でより良くする。言葉にすると月並みですが、本当にそこに到達できる人はどれだけいるのでしょうか。私が辿り着けるかはわかりませんが、向かう場所を分かっていれば、おかしな方を向いた時に「まずい」と思えるはずです。その方向感覚は大切にしたいと思っています。 

手元にある糸は、色数も量も多くはありません。織るための道具も、ものによっては現在製造されていないものや、自分の体や作業場のスケールに合わなかったり、あるいは経済的な理由もあり、潤沢には揃いません。有難くも譲って頂けたもの、自作したもの、中古品に手を加えたりなどしながら、最小限の道具で、1反目に臨もうとしています。

寝食する場所のすぐそば、仕切りの向こうの狭い場所に道具を並べて、産地などの立派な工房に比べれば、おままごとのような作業場です。しかし、私はこれで良いと思っています。昔々、自家用や農閑期の副業として布を織った人たちも、同じように限られた生活スペースの中で最小限の材料と道具で機織りをし、美しい縞や格子を生んだのではないかと思うからです。中野先生の文章の中で「どんな環境でも、身ひとつでも、十分な素材が揃わなくても、ありあわせで工夫しながら美しい布は織ることができる」とあります。私は、そういう場所から生まれた布に、近づいていきたいと思っています。】

 

 

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「日本の素朴絵」展ー素朴さの中の大いなるもの

2019年08月22日 | 工芸・アート
 
 
お盆休みに三井記念美術館の特別展「日本の素朴絵」を観て来ました。(~9月1日まで.。9月21日~11月17日龍谷大学龍谷ミュージアム) かなり混んでましたが、愉しんできました。

まだ蒸し暑い中ではありますが、8月終盤、温度も湿度も管理された美術館でホッとされるのはいかがでしょうか? 
三井記念美術館は和服、浴衣の方は300円引きの1000円です。また金曜ナイトミュージアムも17時以降1000円です。70歳以上の方も1000円です。その他の割引はホームページでご確認ください。
 
最初の展示室1で「立体に見る素朴1」と題して古墳時代の埴輪から江戸期の陶製の狛犬までが点数は少ないながら素朴美を湛えるものとして展示されていて、その部屋が気に入りました。特に神像、懸仏が私のこころをとらえました。図録から少し紹介します。
 
 
 鏡像 子守若宮明神像(平安時代)
 
 懸仏「水分(みくまり)子守明神像」(平安時代)
銅造の打ち出しによるレリーフです。 女性が右手に扇、左手で子を抱く姿をざっくりと浮き彫りにしているだけのものですが、なんともとぼけた表情ですが、惹き寄せられる空気が実物からは漂います。  

男神・女神坐像(中世~近世) 
木造の神像たち。いろいろな表情に思わず笑ってしまいます。
素朴な手によるものですが、対象の核になるところをつかんでいて、一見真似できそうでそうはいかない、、何か純然たるパワーがあります。
 
三井記念美術館のHPの趣旨文によると
 [本展覧会では、ゆるくとぼけた味わいのある表現で描かれたこのような絵画を「素朴絵(そぼくえ)」と表現します。しかし、西洋絵画の「素朴派」とは異なり、「リアリズムを目指す表現の人為的・技巧主義的なものを超越した」という意味を含んでいます。]
とタイトルの定義づけがされています。
 
しかし、この展示を見ても思いますが、古代のものだからいいとか、作れたとかではなく、対象をよく観ているということが、あのようなゆるそうでいて大いなるもの、核になるものを内包している絵であり彫刻なのだと思うのです。
 
今までもこういったゆるい絵や彫刻も見てきていますが、あらあためて“素朴”を考える機会になりました。

例えば素朴な芭蕉布や丹波布などのような織り物も素直で飾らないものです。しかし、素材をよく見て、よく知り、生かし、シンプルな模様や簡素な色を調和させ、人の心をほっとさせる、和ませる力をもっています。存在感はあるけれど、見る側はゆるむのですね。そういうものを創りたいです。
 
“素朴”という使い慣れた、聞き慣れた言葉ですが、飾り気のない、素直な、無垢な、純朴な、簡素なという意味に実は普遍性をもった懐深い世界があると思います。
 
 
 
 
 
 
 
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MIHO MUSEUMと伊勢現代美術館を訪ねて

2019年04月12日 | 工芸・アート
滋賀県甲賀市信楽町にあるMIHO MUSEUMと三重県・南伊勢町の五カ所湾にある伊勢現代美術館、伊賀の茶陶の三田窯へ行ってきました。前日までの20度超えのポカポカ陽気から一転、真冬のような寒さの中でしたが、山桜は5~6分咲きぐらいで、葉の茶色と混じり合い山の遠景も堪能してきました。





まず初日は伊勢現代美術館で開催中の陶芸家谷本景展(~5月12日)に行きました。
谷本さんは、三田窯の当主ですが、若い頃にフランスで版画を学んだりされた方で、ここ10年は特に抽象的な現代感覚な作品を意欲的に発表されています。古代の銅鐸をイメージしたもの、陶板による平面表現など古代と現代をつなげるかのように、普遍性をもった制作をされています。その中でも特に土の風合いそのままの陶板が私は気に入りました。。




伊勢現代美術館は伊勢市からバスですとアクセスはあまりよくないのですが、ゆっくり時間をとって訪ねたいとても良い美術館です。
初代の館長のコレクション、そして現代作家の企画展やレンタルスペースで若い作家も紹介しています。開館まだ16年ほどですが、初代館長は数年前に亡くなられて娘さんが遺志をついでいらっしゃいます。屋内外の空間、展示彫刻館「宇空(うくう)」も併設されていて、そこもとてもとてもいい空間でした。








「歩く人」(林武史作)という作品の上を歩く人。。


谷本景さんの夫人の由子さんがこの4月から「作古庵」をB&Bの宿として始められて、そこに泊まらせてもらいました。
由子さんも陶のオブジェなどを制作されています。敷地内にアトリエが有ります。


アトリア前の石の大きなテーブルの前で1点写真を撮らせてもらいました。囚われないダイナミックな作風です。
制作についての取材も兼ねていましたが、じっくり制作についてお話を伺うことができました。

作古庵は古い家をリノベーションしてありますが、梁や襖、板戸など、使えるものは生かして、土壁の仕上げで、由子さんのコレクションの家具、調度品も素晴らしいお部屋でした。
オーナ夫妻の作品を始め、コレクションされている海外のアート作品も飾られていて、楽しめます。
Aribnbから申し込めます。



翌日はMIHO MUSEUM「大徳寺龍光院 国宝 曜変天目と破草鞋(はそうあい)」を見てきました。

非常に混んでいました。立ち止まってじっくり見ることができませんでしたので、2回列に並んで見ました。
上の画像や今まで見た印刷物とは大きく違う印象を受けましたが、それでも曜変の静かに発光する虹彩と、侘びた感じも持ち合わせているというか、唸る美しさでした。曜変天目国宝三碗の中では、私はこの斑紋の小さな茶碗の景色が最も好みです。
自然光で見たらさぞや美しいことでしょう。
曜変天目を再現した桶谷寧さんの曜変天目は手にとって時間帯を変えて何度も見ていますが、肉眼でもその色の変化を見せてくれてました。撮影するなら曜変の本質を熟知したカメラマンが、先端技術を使った撮影でないと撮れないようです。印刷も高精細技術が必要です。



今回の一泊の旅は、着物は拙作の単衣紬で出かけましたが、出掛けに雨が少し降っていましたので、予定の羽織はやめ、大島の雨ゴートと紬のショールで出ましたが、思いがけない寒さの中、紬のショールは暖かくとても助かりました。念の為シルクのタンクトップを肌襦袢の下に着ていたのでそれも良かったです。
リバーシブルの抽象文様の半幅帯に自作の銀の帯留め「元始」と小川郁子さんの切子帯留めの替えを一つだけもって最小限のコンパクトな荷物で出かけましたが、結びも吉弥から割り角出しに変え、プチバリエーションを楽しみました。(*^^*)

他のジャンルの方の仕事からよい刺激を受け、英気を養う旅となりました。

さて来月6日から紬塾11期のスタートです。
紬基礎コースはあと2名大丈夫ですのでお早めにお申し込み下さい。
紬の着物の本当の真価を一緒に学んでいきたいと思います。
詳細はこちら。












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角好司作「更紗蒔絵二段重」とともに迎える新年

2019年01月04日 | 工芸・アート


新春のお喜びを申し上げます。

新年の清々しい朝を美しい器とともに迎えました。

贅沢はできない身の上ではありますが、漆の二段重、長方皿、若い作家のぐい呑などで、元旦のささやかな膳となりました。

漆芸家の角好司さんの溜塗に、鳳凰に花唐草の更紗蒔絵のお重は布が実際に着せてあり、軽やかさのなかに立体的な重厚感もあります。細部に拘る作家の仕事です。


右側面の鳳凰一羽だけ、片目をつぶってウインクしてます。角さんの遊び心、茶目っ気ですね。(^_-)
蓋裏は幾何学的な花唐草文様です。お正月だけではなく蓋物として使えるものです。


中身は質素、シンプルなものでお恥ずかしい限りですが、、素材、調味料だけは良いものを選びます‥。
ぶりの塩焼き、鶏の竜田焼き、根菜のお煮しめ、高野豆腐の含め煮、ゆず入り炒りなますなどです。

お雑煮は写真を撮ってませんが、鰹節、昆布で出汁をとり、小松菜、大根、人参。お餅は溶けかかるぐらいに煮るシンプルなものですが、これが一番好きです。良い白味噌が手に入れば、白味噌仕立ても好きですが。。

長方皿(プレート)は東日出夫さんで、落書き文様が施された現代的な作です。
口取りとして、昆布巻き、栗きんとん(甘みをかなり抑えます。庭のクチナシが今年は殆ど実がつかず、金時芋の色のままです)、黒豆。
この皿は菓子皿などにも使います。


お屠蘇は10種類の生薬がブレンドされた三州三河みりんの“おまけ”ですが、これが本当に美味しくて、二煎目も美味しいです。
いつもは純米酒で作りますが、二日目はみりんに浸しました。とろりと甘く、このみりんがいかに美味しいかわかりました。
ぐい呑は若い陶作家ご夫妻から頂いたもので、左が妻(花塚愛作)、右は夫で(戸叶恵介作)全く作風は違いますが、手取りの良い形です。
若い英気をお屠蘇と共にいただきました。(*^^*)   

いい仕事に触れると、私も一年また頑張ろう!という気持ちになります。
今年も色や糸に向き合い美しい布をめざしてまいります。
本年もよろしくお願いいたします。



中野みどりHP

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西村陽平作品に取合せてみました!

2018年10月06日 | 工芸・アート
先日「床の間奪回レクチャー」を企画開催しました。
メインの作品は美術家の西村陽平さん、井上まさじさん、井田照一さんの作品を使わせていただきました。講師は工芸評論家、かたちの笹山央さん。
少人数でしたが、参加者からもとても素晴らしい企画と喜んでいただきました。
会の様子はこちらでご覧いただけます。 → 











本の焼成作品など世界的にも評価を受けている西村陽平さん。
以前のブログでもご紹介しましたが、廃棄された本の表紙を使った作品を新たに入手いたしました。とても気に入ってます。(^^♪
早速工房の一隅に飾ってみました。

川原の石に魚絵の豆皿を取合せました。石は三重県の御浜石です。母を亡くした年に母の故郷三重を訪ね、熊野川の川原で拾ってきました。
陶製の小さな豆皿は升たかさんの作でだいぶ前に購入したものです。生き生きとした絵を描かれる方です。

皿を立てかけた後ろの鉄の塊は赤井太郎作で15年ほど前に気に入って買いました。
鉄の柔らかさを感じました。
敷布はランチョンマットとして織ったものですが残った1枚を自家用にしました。紅茶などでキビソ糸に鉄媒染で染めたものです。裂き糸は私が子供の頃に着た着物地です。

石の上に置かれた桜の落ち葉は生の状態では鮮やかすぎたのですが、一日たって枯れた感じが人為的な作品と馴染んできました。
あえて花を活けることはしませんでした。壁の作品の草の茎、穂の線が繊細だけれど、タテに真っ直ぐに伸び、力強くこの線を生かしたかったのです。季節により置くものを替えて楽しみたいです。
自然物と人工物(人為物)がやり取りする感じが、鑑賞の醍醐味と言えます。

取合せとはなんと難しく、でもものと向き合い、しっかり見極める訓練にもなります。
自然の花だけを飾るのでもなく、絵画を壁に掛けるだけやオブジェを置くだけではない、2~5点ぐらいのものを取り合わせるというのは作品や自然物の高度な鑑賞方法であり、日本の季節の移ろいとともに考えられてきました。俳句も言葉の取合せです。

着物も一点だけを衣桁に広げて展示しても人が着た姿とはかなり違います。
帯や小物の取合せで、その着物はどういうものであるのかもわかります。
床の間飾りと着物の取合せは重なります。合わせてお揃いにしてはそれぞれが生きません。

来月の紬塾ではその取合せの奥義に迫りたいと思います。


そして最後に西村さんがご自宅のダイニングテーブルに、私の布と身近なものを取合せてくださったということで、写真を送って下さいました。
流石に空間の捉え方や異素材、違う形を素敵にアレンジされてます。写真も上手で、私のオートでパシャ!とはだいぶ違います。。。>_<

心の置き場としての床の間スペースは日々を豊かに彩ると思います。
自分が良しと思うものを一つ決め、それに合うものを探すのは一生の楽しみになります。
立派な床の間のある家でなくても板一枚を床(ゆか)より高く置き、聖なる場所を持つといいと思います。
チェストの上、カラーボックスや下駄箱の上でも良いと思います。
またレクチャー開催の機会には是非参加して下さい。


楽屋裏をお見せすると、、工房にある奥行き25cmの整理棚の上が私の心の置き場所です。
周りは織りの道具、その他雑多なもので囲まれ、決してベストな環境ではないのですが、、。^^;
左壁面の小さな額装は私の作品です。左隅は前にも紹介しましたが、栃木美保さんにご指導いただいた塩香です。
何故か梅の絵の御札も置かれています… 毎日眺められる場所です。

紬塾で小さな布を織った方は額装や敷布として何かと取り合わせてみて下さい。
来月の展示でも卓布、端布、額装も出品します。ぜひご覧ください。



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百生やつるひとすじの心より

2018年07月20日 | 工芸・アート


暑中お見舞い申し上げます

西日本を中心とする豪雨で多くの方が亡くなられました。
また被災して今も困難な状況の中におられる方々、ご関係の皆様にお見舞いを心より申し上げます。
東京も今年ほど厳しい夏はなかったように思います。暑さには強いほうですが、梅雨明け後も湿度がとても高く身体に応えました。
海水温の上昇、温暖化をなんとか食い止めてほしいものです。

この酷暑の中、工房では秋の展示会向けの作品制作をしていますが、涼しくなりましたらアップいたします。
さて、工房内のささやかな床の間スペースに一服の“涼”を求めて加賀千代女、小川郁子、中野みどり、古いものと新しいものを取合せてみました。(^_^;) 



掛け軸は江戸期の俳人、加賀千代尼の句幅。
取合せとして、「江戸切子矢来紋蓋物」(小川郁子作)
敷布は紬織り藍染格子縞「「秋雨」(中野みどり作)

掛軸は10年近く前に古美術店で求めました。
「百生(ひゃくなり)やつるひとすじの心より」 加賀千代尼(1703-1775)


たくさんなっている瓢箪を詠んだ句です。瓢箪の季語は秋に分類されますが、来月になれば立秋ですから盛夏に掛けておく軸かと思います。
句の意味はなんとなくいいなぁ、、、でしたが、表装の裂地にもとても惹かれました。
当時のままの表具と思いますが、天、地は透ける生地に緑色の和紙で裏打ちがされています。それが生成りの絹を通して薄緑に浮かび上がっています。キビソ糸で織られていて表具に多く使われたと思います。糸の太細の落差の表情がたまりません。


中廻しと一文字の裂地は繊細な組織の織りでキビソとのギャップが大きい取合せもすごくいいです。地の目が通ったとても良い表具です。薄くて扱いにくい生地だと思いますが、手織りしかなかった時代の地の目を見れる職人技です。

千代女の「朝顔に釣瓶とられてもらい水」は有名な句ですが、この句も千代女のやさしさが感じられて味わい深くとても好きになりました。


取合せの小川さんの蓋物は2~3年前の個展会場でいただきました。
カットも色も他にも何点かありましたが、この透明な生地に伝統的な矢来紋の深い切込みが私にはむしろ斬新で力強く、小川さんの力量を象徴しているものに思えました。
木の蓋は外注するそうですが、身と蓋の取合せには苦労もあるとのことでした。
先日サボア・ヴィーブルでの個展を終えられたばかりですが、その時、工芸評論「かたち」の笹山さんが『人は日々』シリーズとして会場でインタビューした時の様子を動画にしたものが下記よりご覧いただけます。
敷布は10年ほど前の仕事ですが、同じ経てで縞帯を3本織った時のものです。そのうちの一本を私も半幅帯にしてよく使っています。
もう一本は、少し前の「和楽」記事に、森田空実さんが名古屋帯で締めてくださっていました。
私の半幅帯の着姿はこちらで。 

小川さんの個展会場での動画はこちらから。他の方も含めご覧ください。
「個展会場の臨場感と作家の「素(日々)の語り」を聴いていただくことを主眼としています」ということです。



中野みどりHP
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博物館に初もうで

2018年01月06日 | 工芸・アート



                   「押出如来立像」飛鳥~奈良時代・7~8世紀

新春のお慶びを申し上げます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。

お正月三ヶ日はゆっくり過ごすことができました。
頭のなかで織物のことがチラついていましたが、正月の清新な気持ちであれこれ思いを巡らせるのは楽しく満ち足りた気持ちになります。

三日には上野の東京国立博物館に着物で初もうで。北風の強いとても寒い日でしたが、着物の方もチラホラいらっしゃいました。
人出も多かったのですが、佳きもの、善きものたちと出会ってきました。
古い時代でありながら色褪せないものたちに向き合うといい仕事をしなければ、、という気持ちになります。
それは古いからいいとか、新しいからとかでなはい普遍的なものがもつ力だと思います。

たくさんお正月らしいものが展示されていましたが、2点だけご紹介します。
上の写真はガラス越しに撮ったものですが小さなレリーフの如来様です。
キャプションには「個人的な礼拝対象として、また厨子や室内の飾りとして用いる」と書かれていました。釘で固定するよう縁には小さな穴が空いています。見惚れてしまいました。



                        「鈴付銅釧」古墳時代・5~6世紀

もう1点、同じく本館「日本の美術」の部屋にあったものですが、鈴付きの腕輪です。
「鈴の中には石丸が入っており、腕を動かすたびに音色を響かせることができた。装着した人の権威や呪力を高めることができた。」と説明書きにありました。モダンなかたちです。音も鳴らしてみたかったです。石と銅の触れ合う音を想像します。

古の人の精神は今の人にも通じるもの。神聖なものに触れさせてもらい、心洗われるものがありました。

善きものに触れ思うは、平和な日本、世界であるようにと改めて祈ります。

そして本年もいい仕事をしてまいりたいと思います。よろしくお願いいたします。








 
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佳き、好き、善き手仕事で新年を迎える

2016年12月28日 | 工芸・アート
今年もあと僅かとなりました。
本日は仕事納めで昨日大掃除も済ませました~☆彡


工房内の棚のあるコーナーを床の間スペースに見立て、ささやかながら新年を迎える飾りとしました。


壁に飾られた作品は図書館などから廃棄される本の表紙を使った作品です。
✗印は寄贈者名などが記された箇所ですが、これはもともとあったものです。後は着色したり表面を蜜蝋でコーティングしてあります。国際的な美術家で本を使った作品を多く手がける西村陽平氏によるものです。この作品は今年スイスで行われた展覧会出品作品です。縁あって我が家にきてくれました。\(^o^)/


花は先日、造形作家の栃木美保さんから頂いた桂の落葉を使いました。
階段ワイングラス(大村俊一作)に塩とともに活けてみました。雪の下から芽を出し花咲かせる水仙をイメージしました。桂はとても香ばしい甘い美味しい香りです。(^ν^)
紬の卓布はショールを織った経糸を利用し、母が布団側を裂いてくれていたものを少しあしらったものです。ちなみにくるみの木の棚は斉藤衛作です。静かにそこに居てくれます。
立派な床の間がなくても自然物、自分の宝物や美しい手仕事を選び眺めるのは心楽しく気持ちが澄んできます。良い年が来るような気になります。

さて、一年を振り返ると、今年は3度も展示会があり染織の仕事としては肉体的にもかなり大変でした。でも新しいお客様との出会いもたくさんあり、手応えをいただきました。
紬塾も熱心な方々に引っ張られ、私もヒートアップして毎回時間オーバーで努めてきました。あと1回で今期は終了となります。

着物の世界も厳しいと言われて久しいですが、私の周りにはしっかりと着物関連の仕事に携わっている方、あるいはいいものをじっくり選んでとことん着ていこうとする方もいます。
手仕事系着物は作るのも着るのも手間もお金もかかりますが、額に汗しながらも心豊かに、充足して生きていく上で大切にしたいものです。

手仕事は片隅に追いやられ、人間をロボット化し、過剰な労働を強いたり、日々の暮らしも過剰な便利さに囲まれ、人が時間をかけ考え、工夫したり、研究したり、反復鍛錬し、時に失敗もし、悩み、苦しむ時間も与えないような流れがあります。
これでは上質な手仕事や文化が育つわけはありません。
しかし、一般の私達が諦め流されてはその動きを押しとどめることもできませんし、身近な小さなことから手を使ってものを作り、創意工夫し、ものを大事にしていくだけでもいいと思います。
また、プロの仕事も尊重し、いいものを選ぶ目も持ってほしいと思います。私も非力ながら紬織を通して、創ること、使うこと、未来に繋ぐ努力をしたいと思います。共感の善き輪が広がることを願っています。

今年もたくさんの方にお世話になりありがとうございました。
仕事始めは1月4日からです。

国内外、災害もあり大変な一年でしたが、ブログをお読みくださっているみなさまもどうぞそれぞれの良いお年をお迎え下さいませ。
来る年が良い年でありますように!!






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『ジョルジョ・モランディ ――終わりなき変奏』展

2016年03月22日 | 工芸・アート



昨日は少し早めに仕事を終え、東京ステーションギャラリーへ『ジョルジョ・モランディ―終わりなき変奏』展へ行って来ました。休日で多少込んではいましたが、案外、ゆっくり観ることができました(~4月10日)。
詳細はこちらから。

モランディは20世紀を代表的するイタリアの画家。
主に、花瓶や水差し、四角い物体、丸い物体、上戸を逆さまにして溶接したオリジナルな物体、それらをテーブルにどう配置するか、順番や奥行き、窓からさす光の加減などにこだわり絵を描いた。
モチーフとなる物体に積もる埃さえも絵の重要な要素となっているらしい。

特別な器物と言うわけでもなく、柔らかいけれど、少し黒を含んだ色調の静かな世界に引き込まれて見入った。見かけは静物画のようだけれど、観ていると普遍性をもった抽象絵画に見える。
水墨画を想起させる水彩画の小品も少しあって、東洋の影響も当然受けているのでしょう。
それから額縁もとても素敵でオシャレで、絵と共にしっかり鑑賞してきました。(@_@)

紬塾の染織実習で、3寸ほどの布を毎年織ってもらっています。
数種類の地糸と、自分でつむいだ少し太めの淡く染めたオフホワイト系の糸、ほんの少しの挿し色は使っても使わなくてもよいという条件。
条件は一緒だけれど、無数なバリエーションの布が生まれてくる。
モランディの絵を観て、この紬塾の実習にも通じるところがある・・と思いました。


チラシ裏面(印刷物では良さが伝わりませんが‥)

モランディは限られた数種類の物体や自然な状態をよく見、その配置や見え隠れする分量、あるいは窓から差し込む光を戸板で加減し描く。先に頭の中で構図を練りまわすのではなく、物体の形や色、状態を見ながら配置を生み出していく。

たとえば河原の石を数種類集め、ある大きさの枠に配置したとする。
どう配置するかは無数な可能性がありながら、また納まるべき位置は一つに限定されていくようなところもある。自然に導かれて生まれてくる世界。

自然や物や日常との関係性と向き合う世界こそ先端的であり、普遍性のある世界が、静かに存在してくるように思うのです。

紬きもの塾が「紬」や「きもの」という既存の概念に押し込められたりされるのではなく、また先入観や刷り込まれた知識で捉えるのでもなく、自分の目で素直に、自然を見詰め、見極められる目を養うことができれば、あるいはそのきっかけになればと思います。
「紬きもの塾‘16」申し込み受け付けは3月24日(木)からです。詳細は前記事をご覧ください。
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『現代工芸論』が都立高校の入試問題に採用されました!!

2015年02月26日 | 工芸・アート
以前のブログ記事でもご紹介しましたが、昨年4月に出版された笹山央『現代工芸論』(蒼天社出版)の第三章「美しいもの」であること の中の4.取合せの美の項が都立高校国語の入試問題に採用されました。

昨日の朝刊に問題や回答が挟まれていました。

とても驚きましたが、とりあえず私も早速問題を解いて見ました。結構読解力が試されますね。^^;

でもドキドキしながら答えを選びましたがお陰さまで問題の作成者の回答とも著者の笹山さんの回答とも合致してよかったです。(*^。^*);V

当の著者本人が「難しかった・・」と言ってました。(^O^;)

地道に現代の工芸や美術の領域で本当に大事なことと向き合いながらものを観続け、考え、言葉化し、どんなにマイナーな状況と遭遇しても前を向いて淡々と歩き続ける笹山さんの姿勢は尊敬してきましたが、やっと一般の人々の目に触れる場へ出て同志としてやはり私も嬉しく思います。

しかも中学3年生がこの問題に向き合い内容を理解しながら設問のメッセージも受け止め答えを出していくわけですから、あまりにフェイント攻撃的な内容も含め難しい問題ではなかったのではないでしょうか?
問題の⑤は特に難しいです。自分の経験も踏まえ取合せについて書くというのは・・・でも良い問題ですね。

かたちの会の方などからも「すばらしい!」「自分も読んでいたので本当に嬉しい!」とか「中学生に負けないように問題を解きます!」とか「」メッセージをたくさんいただきました。

ある方からは
「 最も的確な文語かつ正論で記することが困難なジャンルであるにもかかわらず、一般中学生を対象にした基礎読解力問題への採用は、すばらしいことです。
また、問題を作成したと思われる公立国語教諭の探索力とレベルの高さも、嬉しい事です。」
こんなメッセージをいただき、涙が出るほど嬉しく思いました。

こんな時代だからこそ本当のことを考え、伝え、実行していかなければならないと思います。

工芸や美しい手仕事、日本人の自然観や感性の気高さ、不自由さの中のに見出す自由さを大切にしたいです。

今日は嬉しくて『現代工芸論』の中にも名前が登場する曜変天目茶碗を再現された桶谷寧さんの黒織部のぐい呑で祝杯を挙げました。

個人的な喜びにとどまらず、多くの方に『現代工芸論』の本質を読み解いてもらいたいです。

この本を取り上げてくださった方、そして入試問題として承認下さった方々の見識の高さにも敬意を表したいです。

また、改めて、原稿を依頼してくださった編者のギャルリ・プスの市川文江さん、良い原稿だとしてマイナーなジャンルの内容にもかかわらず出版元を引き受けてくださった蒼天社出版の方にも感謝致します。

まだ『現代工芸論』お読みでない方もぜひお手元でじっくりお読みいただきたいです。
図書館でのリクエストも有難いです。
作り手、一般の方にかかわらずおすすめしたいです。

ネットでは現在品薄のようですが、かたち21でも取り扱っています。→

新聞をとってない方は、入試問題はこちらでご覧いただけます。
P.4からですが文章はまだ許諾申請中となっています。
設問は見ることができます。

笹山央さんのブログもご覧ください。

◎紬塾'15のお知らせは今月末28日(土)に致します。


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古田織部展――深く、広く、強く、自由に、自然とともに

2015年01月17日 | 工芸・アート


年が明けて作品制作に精を出しています。
その合間を縫って古田織部展(松屋銀座/~19日まで)など桃山から江戸にかけての美術展をいくつか回ってきました。

織部ゆかりの品々の中に特に好きなものが何点かあり、刺激を受けました。
古田織部は利休の弟子ですが、利休と織部の師弟関係は互いに尊敬しあい学び合い
刺激し合い、そして見せかけは一見違うものを提示した――しかし通底する感覚は同じなのだと今回観てつくづく思いました(織部の弟子の小堀遠州はタイプが違うと思います)。

「わび、さび」とは侘しく、寂しい古びたイメージに固定されたものではなく、
限られた命を深く広く強く自由に自然とともに崇高に生きることであると思います。

こういう関係性の中で人間の生み出す美の世界が繰り広げられ、築けたなら作り手として本望です。

着物の世界は一人勝ちするものではなく、取合せの美の世界です。
裏方の仕事も含め良き同士と出会い高めあえる関係を持ちたいです。

今月25日のかたち塾の小川郁子さんへのインタビューの会でもよい話が聴けるものと確信しています。

まだ少し余裕がありますのでお申し込みをお待ちしています。
こちらも参考にしてください。
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