中野みどりの紬きもの塾

染織家中野みどりの「紬きもの塾」。その記録を中心に紬織り、着物、工芸、自然を綴ります。

第3期『紬きもの塾‘11』開講

2011年04月19日 | 紬塾 '9~'12
中野みどりのHP


今期の紬塾の受講を希望された方の中にも、お身内に大震災の被災をされた方があり、
支援したいととのことで受講をキャンセルされてきた方や、
日程があわなくなったなどのキャンセルもあり、
今期は染織実習を含めて5人の方で行うことになりました。
でもそれぞれしっかりした考え方をお持ちの方々が受講してくださり、
たのもしく感じられました。
初回はオリエンテーションで、受講者の方々からもコメントをいただきましたので、
以下にその一部をご紹介いたします。


 
初対面でみなさん初めは緊張した表情でしたが、恒例となりました、私がふだん着ている
紬を羽織っていただき、風合いや色相を体感していただくことをしました。
そうしますと急に明るい表情をされて、「元気が出る!」と言ってくださった方もありました。

[みなさんのコメント]

Uさん
着物のことは何も知らず、ものを作るということも苦手な方で、
今まで何もやってきませんでした。ところが最近、自分の天職はなんだろうと考えるようになり、
ある人からたまたま布を作る話を聞いたんです。
布をつくるなんてことは私にとってはまったく苦手なことだったのですが、いろいろ考えていくうちに、
ひょっとしたら苦手とすることの中に自分の天職があるかもしれないと思うようになって、
それでこの会に参加することに至りました。
この会のことは、インターネットで「美しい布」などの言葉で検索して知りました。

Tさん
自分の時間をようやく持てるようになってきたので、何か手作りをしていきたいと考えてます。
衣食の関係では、食の方ですでに農作物を作ることをやってるんです。
自分で納得できるものを作って、食べたり身に纏ったりするのは素敵なことだなと思います。
着物を着たり、布を織ったりするのはこれまでほとんどやったことがないのですが、
いつかは着物を着て暮らせるようになれればいいなとか、

Nさん
着物を着るようになって3年ほどになります。
私は性格的にガチャガチャしたところがあって、
普段の仕事でもどちらかというと効率性を優先してやっていくような傾向があります。
それはそれでいいところもあるのですが、自分の生活ということを考えたときに、
もっと丁寧さとか、大切なものとか、そういうことを学びたいなというか
感じたいなということがあるんですね。
それで着物を触ったり、ちょっとだけですが直したりとかしているうちに、
この世界のことをもっと知りたいなと思うようになりました。

Yさん
着物を着始めたのは4年前からです。
去年は1年間で150日着てました。
家から電車の駅まで20分ほどあって、私は歩くのが好きではないので、
なんとか着物を着て自転車にのれないものかと思って、自分でモンペのようなものを作ったり、
ピアノを教えてますが、着物を着てピアノも演奏してみたりしました。
それから、歩くのにしても、実験してみましたら、
着物を着て歩く方が洋服のときよりも早く歩けることがわかったりしました。
着物を着てみて、それが私にぴったりきたわけですが、魂のよりどころといいますか、
何があっても着るだけで自分がそこにいることを感じることができるものだと思いました。
もっともっと深く着物の世界に向き合いたいと思いまして、この塾に参加することにしました。




この日私が着ていた井桁絣の着物は、紬織人間国宝の宗広力三先生の
郡上工芸研究所菊名工房での修業時代の最後の仕事として、
緯糸はすべて自分で夜なべして紡ぎ、デザインを考え、染めて、織ったものです。
無給で働きましたので、その一反だけは持ち帰ることができた、いわば卒業制作でした。
今は亡き母のために織ったものですが、これからは私がとことん着ていきます。
織り上がったときに「素朴だなあ」とおっしゃった宗広先生の言葉が思い出されます。

次回のこのブログで来月18日~22日に岐阜の郡上八幡で開催されます宗広先生、
ご子息の陽介氏の展示会のお知らせをいたします。
私も同門の小熊素子さんと出品させていただくことになりました。


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自然の理に適っているか。

2011年04月16日 | 工芸・アート
中野みどりのHP


桶谷寧さんの「曜変天目茶碗を語る会」は、
あいにくの曇天模様の中での開始となりました。
太陽の光線によって虹彩の見え方が大きく変わりますので、
当日の天候をとても心配していたのですが、
笹山さんの話を聞いている途中から日差しが出てきて、
その輝きの変化も見てもらうことができました。





青に黄に赤に紫にと美しく放たれる色相を堪能していただけたと思います。
そして陽が沈むころには青味だけを残して、深く静かな表情になります。
画像ではこの神秘的な美しさをお伝えすることができませんが、
また来年もこのような機会を持てたらと思っていますので、
そのときは是非ご覧いただきたいと思います。



資料として送ってくださった油滴天目、禾目天目茶碗などを拝見する




後半の懇親会でも、器の話、着物の話、無駄にエネルギー消費をしないこと、など
遅くまで時のたつのを忘れて語り合いました。

生き生きとした美しさ(美味しさ)には、自然の理(ことわり)というものを感じます。
美味しさとは食材自体の固有の味であるように、土には土の色があり、
草木には草木の色があって、それを引き出すのが工芸の仕事、と笹山さんは話されました。
そのことを桶谷さんは「自然のものは彩度が高い」と表現したのだそうです。
言われてみればなるほどと納得されるところがあって、
それもまた自然の理にほかなりません。

自然の合理の中に私たちは生かされている。
人が(もちろん動物も)近づくことができない、封じ込めなければ扱えないエネルギーは、
自然の理にかなっているのだろうか。
本当に人に幸せな歓びを与えてくれるのだろうか?

みんなで美しいものを愛で、語り合った楽しいひとときが
また来年も来るよう切に願うばかりです。



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紬塾特別講座「桶谷寧の曜変天目茶碗の美について」

2011年04月06日 | 工芸・アート
大震災以降、福島第一原発事故で不安な日々が続いています。
櫻工房の庭の大山桜の咲くころに開催したいと思っていた特別講座も見送りか――、
と思っていましたが、4月9日(土)に急遽行うことに決めました。
こんな時こそ集まって、それぞれの人が坦々と、
生きることの意味と権利を話し合いたいと思ったのです。
国や東京電力は「人体にただちに影響はない」と言い続けていますが、
地球は人間だけのものではありません。大地や海水に棲む生き物も沢山います。
自然への傲慢さ、感性のなさが今回の事態を招いたのではないでしょうか?

桶谷寧さんの見ても見ても見飽きることのない美しい茶碗について語り合いながら、
また私の紬の着物の話も交えたいと思います。
手狭な工房ですが、あと1~2名の方が参加が可能です。
趣旨にご賛同いただけるようでしたら、お申込みください。

主催の かたち21のブログから申し込みできます。
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