中野みどりの紬きもの塾

染織家中野みどりの「紬きもの塾」。その記録を中心に紬織り、着物、工芸、自然を綴ります。

紬きもの塾’14 第10回(最終回)まとめーー「布のちから」

2015年01月26日 | 紬塾 '13~'14
「紬きもの塾‘14」の第10回が無事終了しました。
今期のみなさんも全員皆勤で熱心に参加してくださいました。
群馬からの方も10回、よく通ってくれました!

ブログに毎回同じことは書かないようにと思っているのですが、20代~50代までの手応えのあるかなり積極的なメンバーで私も楽しかったです。
最後の持ち寄り茶話会!?も時間延長で話が弾みました。
みんなよく話し、よく飲む・・・ ^o^*Y 写真を撮る暇ありませんでした。。。

半幅帯の結び講習の後、紬塾で参考図書としている田中優子著「布のちから」の感想の発表をしてもらいました。
紬塾初回に、幸田文著「きもの」と「布のちから」を読んだ感想などをみんなでもちより話し合うということにしているのですが、「きもの」がとても盛り沢山なので「布のちから」にはあまり時間をかけられなかったのですが、Tさんが最後にしっかり発表してくれました。
本文から印象に残った箇所として指摘してくれたうちの1箇所だけ記しておきます。

「女は機織りや刺繍など、布にかかわることによって、時間を支配した。男とは異なる特有の時間を持った。それは人間の側の『効率』の時間ではなく、自然の側の、ものごとが順番にしかすすまない時間なのである。」(P.135)

補足すると少し前のP.125に
「生命は宇宙(太陽や月)の運行によって生み出される。生命には、効率をめざしてもどうにもならない部分がある。生命は一定の『時間』と順番を必要とするのだ。布を織ること、染めること、仕立てること、刺すことは生命を生み出す経過に似ていて、やはり宇宙の運行と一定の時間とを必要とする」
とあります。

私たちが失いかけてはいるけれどいつでも取り戻したいと思っているし、取り戻せる“順番にしかすすまない時間”。

手仕事の着物を一枚纏う、丁寧に扱い、取合せを考え着る。
洗い張りをして風合いを更によくして布を味わう。
更生をしてとことん着る。
洋服にしても上質の気に入ったものを選び、繕いながら着る。

作る側だけでなく、使う側にもある“順番にしかすすまない時間”。
一定の時間を要する積み重ねのかけがえのない時間。

人々が纏う布や着るものは自然と人を繋ぐメディアとして機能を果たしてきた。
人はただ身を包むためにだけ布を纏うだけではない。
何を纏うかはその人を知る重要な手がかりともなる。
糸を績み、紡ぎ、編み、組み、織り、染め、絞り、刺し、描き、縫う――。
着ることを、ものを作り使うことをもう一度根っこから考え直す必要があるのではないでしょうか。
この本はその一助になる本だと思いますし、これからも紬塾でも触れていきたい内容だと思います。
多くの方に是非読んでいただきたいです。

紬塾では 手仕事や“布のちから”を大事に考えたいという人たちと繋がっていきたいのです。
今の社会の有り様に不安を覚えることも多く、あきらめの気持ちもあるのですが、何があっても衣食住、大事なことに変わりはない。
たった一人でも自分がやるべきことをしていくしかないと思います。
でも、もし一人でも二人でもしっかりつながる仲間が増えたならそんな心強いことはないのです。
自分を裏切って生きるなら、結局誰ともつながれないですから。

さて今期の参加者から感想が届きました。長文もありますが、みなさんの真摯な姿勢が感じられます。
ぜひご一読いただければと思います。
「これで終わってしまうのか・・・」との声も聞かれましたが、また会って学び合える機会を作りたいと思います。その際にはブログでお知らせします。

では一年間ご苦労様でした。そして充実した時間をありがとうございました。( ´ ▽ ` )ノ


※2月下旬に紬塾‘15の詳細はブログでお知らせします。

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全10回を通して、着物を着ることや織ることは、目に見えることに限らない、
沢山の要素を含んだものだということがはっきりとわかりました。
モノとして豊かなものは、人も豊かにしてくれるのですね。
全部は無理としても自ら進んでそういったものを選択すること、
また、選択できる判断力が必要なのだと知ったのは、大きな学びです。

織りの実習の時にはうまく織れる自信がなくて何処かの体験で練習しようかと
思った程だったのですが、ちゃんと向き合ってみたら、素材が教えてくれました。
本当の「良いこと」は、頭よりも先に体の方が理解しているように感じます。
感情も力みも無駄が取れた時に、糸の表情が一番輝いていました。
半幅帯の結び方でも感じたことですが、理に叶ったものはシンプルに美しく、なのに
深みを思わせる、ということにも気づきました。

毎回が、知性も知恵も美意識も、整然と存在した、濃密な時間だったと振り返ります。
修了と言っても未熟で失敗もあるでしょうが、この学びを機に、身近な物事を見つめつつ、「知恵を働かせて生きる」ことをもっと楽しむつもりです。

先生のように、小さなことでも気づきを大切に積み重ねていきたいです。
色々な意味で、「自然」との付き合い方が鍵のように感じています。
本当に、本当に貴重な学びをありがとうございました。  T.S

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紬塾への参加を通じて、自分の中で大きく変わった事は、物との関わり方です。

以前は、引越しの度に出る大量のゴミ(殆どが衣類)を前に、
「自分はゴミを買うために働いていたのか」と情けない思いでした。
暮らし方を改めるヒントを得たい、という思いで、紬塾に参加しました。

糸の話、布の大切さ、手仕事の話、物の価値やお金の話、経済や自然環境について、
毎回様々な重要な事を教わり、意見を交換してきました。
その中で、自分の買い物の仕方が少しずつ変わって来ました。
高くても安くても、古びないもの、時間と共に価値が増していくもの、
物の命を全うしてくれる物をなるべく選びたいと思うようになりました。
また、買い方だけでなく、自分がどう使うかで、
その物の価値をゼロにも百にもできるのだということにも気づきました。
古い着物も捨てればゴミだけれど、仕立て変えれば命は延びるし、
古びない着方をするには自分のセンスが試される。
また、そういった使い方に耐える物を買わなくてはいけない。
選ぶ力と、使う力を鍛えなくてはいけない。

また、紬きもの塾では年齢や立場を越えて、
様々な考えや知恵を交換することができました。
肩書きの関係ない場所で、一人の人間として、皆さんの話を聴き、
自分の考えを述べ、一緒に考えることができる場というのは
そう簡単に得られるものではないと思います。
とても大切な時間を過ごすことができました。
どうもありがとうございました。 U.M

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全部で10回というわずかの時間に、中野先生から伝えられたことは、
「暮らし」について考えることだった。
糸や布という衣の世界から暮らしすべてにつながっていく、
生きるための知恵や力を持っているかどうかで、
これからの自分の日々がきっと大きくかわる、そんな想いがある。

生活を手元にきちんと持っているためには、
つねに考えることが必要だ、と思った。
生活というのは、経済ではない基本的なこと、
すなわち衣食住がなるべくよい形で自分を支えている状態だと思うのだ。
高価でなくても良質のものを吟味して、自分や家族のために整えていく。
そのためには、与えられた情報を口開けて待っているのじゃなくて、
自分で探しに行き、それがどんな価値を自分にもたらすのかを
考えなくてはならない。
いつもいつも考え続けることはできないけど、
意識のいちばん深いところはいつだってアンテナ立てた状態でいたいと思う。

暮らし――朝、日がのぼり、夕、日が沈み、夜、朝に向けて整える。
きちんとリズムをつけて暮らしていきたい。
そんな単純なこと、だけど大切なことを忘れていた自分に
しっかり向き合おう。
塾に参加していなかったら、きっと気づかないまま、
だらだらと死に急いでいたと思います。
ありがとうございました。  M.T


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 何を知りたかったのだろうかを、終わった今、振り返ってみます。
いい着物とはどのようなものだろうか、そしてそれは、どのように作られているのだろうか、作る人はどのような思いを抱き作っているのだろうか、このようなことを知りたくて参加したように思います。
その一方で、塾という名でこのような講座をあえて主催する理由を考えたりもしました。
その内容が広すぎる気がしたからです。その意味するところは、とても大事で必要と考えているのだと想像しました。
 この点は、実は、とてもひっかかったところでした。このような面倒なことをやろうとするなんて、何ともすごいことで、普通はできない気がしましたし、知識や経験がかなりあり、自信、むしろ使命を持たずしてはできないことだと感じたからです。
どきどきの1年の開始でした。

  
*本を基にしたお話 
 一言でいうと「新鮮」でした。一冊の小説「きもの」。前に読んで、独特な感銘を受けた本が題材だったことが驚きの始まりでした。
「とても参考になる本で、何度読んでも新しい発見がある」とおっしゃる先生の本には数多くの付箋。すごい!そんなすごい本だったのか。
着物に関心はあるが、毎日の生活に着物が不可欠ではない私たちの視点で読んでみて、感想を交換しあう。
雑談のように話合う。ゆるい、流れるままのようであるが、先生という港でまとまっていく。皆がいろいろと考えていることにも、毎回感心しました。
 熟読すること、それは自然と着物という面から読むことになったこと、それ以上に、先生をはじめ皆さんのお話を聞くことが単純におもしろかったことが「新鮮」に感じたのかもしれません。
 ただ、私にとっては、読むほどに、着物というより人の生き様に目がいってしまいました。その意味では、もう一方の本「布の力」は難解なところもありますが、気持ちが楽でした。

*着物のお話 
 小説「きもの」に登場するおばあさんが中野先生でした。
今の時代「着物」の感覚を身につけるには、このように話し合える環境が必要であり、生活の中での自然体の衣として着物を教えてくれる人に話を聞くことで、衣としての感覚が育まれるのではないのだろうかと感じました。と言いますか、私が必要なのです。
知識や知恵も大事ですが、専門のテクニックが重要なわけではないです。
最終回の頃には、もっと着物を着たいなと思ったのですが、それは今までとは少し違う感覚を伴った「求め」でした。この気持ちを持ち続けることを大切にしていきたいですし、もう少しこの感覚を広げていければと思っています。

*染織の実習 
 この経験は、静かなる波をいまだに私に打ち続けています。
中野先生の専門も専門なだけに、かなり貴重な内容でした。絹のウェーブが大事で、それを大切に作業を続けていく。丁寧に扱うという意味がここにあったわけです。
実際織った布は、とても魅力的で美しいと感じています。

 思いがけなく素敵なこともありました。
紬塾の講座に参加することにより、その先生と志を共にする方々の世界に少しだけですが、触れることができたことです。いろいろなことを考え、実践している方々が多くいるのです。私にとっては新しい角度から、取り組んでいられる方々でした。果敢なる実践者のお話は心に何かしらを投げかけてくれるものでした。

 さて終わってみると、一歩踏み出してみたら、広大な草原が広がっていた感があります。知ってしまうとかえって迷うことになるわけです。

 最終回で中野先生がおっしゃったこと、「布の力を知ること、布の力を気づかせてくれるのは、着物を着ることだと信じている」、そして茶話会で笹山先生がおっしゃったこと「手仕事としての染織が一番ラジカルである」。
両方の、本当の意味を分かることはまだまだであるけれども、それを、私なりに求めていくこと、衣食住の衣の土台にし、常に考えていくことはできるのでは、いえ、正直なところ、それくらいしかできないと思っている状態です。自信をもって続けていく、実践していくことが何より大切なのだ、また、それくらいしなくてはいけないでしょうと自身に問いかけています。
 あっという間の10か月でした。ありがとうございました。  N.K    
  
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・・・・・(以上)


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第9回紬きもの塾――半衿を付ける

2014年12月17日 | 紬塾 '13~'14



今期の紬塾も大詰めになってきました。着物の簡単な着方に入る前に、
先日実習で織った布の仕上げもしてもらいました。

湯通し(糊抜き)のあとスチームアイロンで仕上げます。
絹糸は糸自体は縮みませんが水を含ませると(洗うと)布が詰まります。
まずよこの幅を整えるようにアイロン掛けし、次に軽くたて方向に引きながら、弓なりにならないよう地の目をよく見て整えます。
経糸と緯糸のバランスが整ってくると、みるみる布が美しい色を呈してきてみなさんからも「見えてなかった経糸が見えてきた・・」などその変化に驚きの声が上がりました。


それぞれ自分が織ったところを切り離しふっくらした自分で紡いだ糸を愛おしみ、車座になってひとしきり眺めました。4人4様でした。
「この布についてずうっと話ができそう・・」などという人もいました。

今までこんなふうに布を眺めたことはなかったと思います。
この実習を通して糸の一本一本が見えてきたのです。
紬塾の成果です。よかったです!


着物の着方を練習したあとは、着物を着る上でちょっと面倒な襦袢の半衿のつけ方も実習しました。

半衿も幾通りか付け方がありますが、私のやり方は衿芯(三河芯)に半衿を取り付けてから襦袢に付けます。
このやり方は襦袢につけるときに最も簡単に付けられます。もちろん縫い付けてもいいのですが、私は小さな安全ピンを使うこともしばしばです。
衿肩あきのところの内側を20cmほどまつるだけです。


縫って付ける場合も大針で構いません。
プラスチックの差し込み式などよりも紬には自然な衿元の感じでお勧めです。


針を持つ基本を小中学校でみなさんほとんど習ってないのでこんな簡単なことでも
いろんなことが起きます。・ー - ×- ~, (^-^;

義務教育では人間の基本的な生きる力を衣食住身につけられるようにして欲しいです。
衣食住の生活技術を少し知ってるか否かは大きいと思います。
自分の中から生まれてくるゆるぎのない幸福感につながる大元だと思うのです。

紬塾に勇気を持って!?参加してくださるみなさんは、すぐにできなくても真摯に向き合う姿勢があるので、私もできる限りのことは伝えたいと限られてた時間に目一杯やります。

さて、次回で '14紬きもの塾最終回になります。
締めも気合をいれていきましょう!
楽しみにお待ちしています。o(^▽^)o




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第8回紬きもの塾――取合せについて

2014年11月30日 | 紬塾 '13~'14


夏から秋にかけ工房の玄関を飾ってくれていたフジの鉢植えを片隅に追いやる^^季節になりました。
フジの枝は染めたことがありませんが黄色の色素をたくさん持っているのですね。

紬塾もいよいよ終盤の着ることについての具体的な話に入りました。

受講者のお一人が、この日の講義を終わってから「なぜ着ることの話が最後の方なのかがやっとわかった」と話してくれました。

まずは糸や染の話や体験、そして着物の更生などの着物の文化的な話、そして着物を選び取り合わせたり、またあるものを生かす方法。そして着方で締めくくるようになっていますが、布を見る力や着物というものの背後にある文化的なことを少しは理解してから着物に入ると良いと思うからです。

昔であれば、子供の頃から親や周りの人達から自然に学べたことだとは思うのですが、今は親も祖父母も着物を知らない世代になっています。
ゼロから着物の世界に入ることは容易くはないと思います。

今回も思い込みや刷り込まれた情報ではなく、素直にものを見極められるように講義を勧めました。


まず取り合わせといえば上モノの取合せをすぐに思いがちですが、人の肌の色、髪の色、瞳の色などのパーソナルカラーについて話しました。
また似合わない色を身につけるときにも取合せでカバーすることもできるということについても少し触れました。
それから実は下着や足袋、長襦袢などがとても重要なのです。
初心者こそいい加減に選ばないで良いものを、自分の寸法にあったものを身につけると良いと思います。そのほうが着やすいのです。
小物一つ一つの選び方から、重要な長襦袢の素材、選び方についても話しました。


次にいよいよお楽しみの上モノの着物と帯の合わせ、小物を実際に色々取り合わせて話をしました。
私の個人的好みや世間で言われる決まりごとを話すのではなく、たとえばという事で茶の無地系の紬帯に帯締めを色々合わせ、どんな感じに見えるのかを皆さんと一緒に見ていきました。

自分の好みや季節のイメージだけに囚われることなく、帯や着物や小物がそれぞれよく見えてくるように選んでいきます。そうすると自分の小さな世界観では気づかなかった取合せにも出会えるのです。
たとえば「私はピンクは似合わない!柄ではない!」と決めつけないでピンクも色の質は様々です。
淡紅色は人や自然界の命の色です。血の色です。最も大事にしたい色です。

モノをよく観察すると色の声が聞こえてきます。
色は理にかなった様相を呈しているだけです。
あとは自然光で観ることが大切です。


次は具体的に、この藍の着物に帯はインド鬼更紗、あるいはレースのように織り出された絹の服地から仕立てた黒地の帯のいずれかを自分が身につけるならという指定をして帯揚げ、帯締めをまずは頭の中だけで思い描いてもらいました。
T.P.O.も設定してもらいます。

途中、言葉に出さないでもらい、全員が決まったところで順番に帯締め帯揚げを取り分けていきましたが、同じになる人はいませんでした。

この頃になるとみなさんの頬が紅潮して脳が活性化されている感じでした。*^-^*
取合せで大事なのはたった一つこれだけは避けるというルールだけだと思います。
いろいろな組み合わせがあるのが当然です。

でも高度な取合せを目指すなら本当は小さなものでも自立している質の高いもの同士を互角に合わせ、そこにハーモニーを奏でさせることだと思います。
そこを目指して研鑽を積みたいですね。


最後は自分で買ったリサイクルの着物をどうしたらよいのかという質問に答えました。

八掛を交換するだけでも人のモノから自分のモノになっていきます。
八掛帳を見ながらみんなで話し合いました。
八掛は裏地ですが、着物ではとても重要ですね。

リサイクル着物から入る人も多いですが、サイズがあったからとか、可愛いとか、リーズナブルとかで買うのは本当は初心者ではなくそれなりに着物に慣れている人のやることです。

まずは新しい反物からきちっと採寸して着物と襦袢を同時に作ることを特に初心者には勧めたいです。
あるいは洗い張りに出して自分のサイズに仕立て替えるのもよいでしょう。

着物を着るにはそれなりにお金はかかります。ある程度のお金を用意してからスタートすべきだと思います。結局中途半端になって遠回りし、途中で着物を着ることへの熱も醒めてしまうのではないでしょうか?

着物は単品で完成するのではなく、取合せの足し算をして(もちろん自分という人間も)
はじめて完成するものです。

一生をかけて一枚の着物と付き合う使う世界に大事なことがたくさん潜んでいます。


日本の美の世界、もう一度取り戻したいです。創るにせよ、使うにせよ。


12月7日(日)のアート鑑賞塾でも関連の話が聴けると思いますのでご参加ください。
あと1~2名の方大丈夫です。

詳細は前回のブログを参考にしてください。












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第7回紬きもの塾――布を織る

2014年11月21日 | 紬塾 '13~'14


櫻工房の大山桜が紅葉し始めた11月上旬に紬塾の織り実習が行われました。
丁度「紬の会」の準備中で忙しさのピークの時でしたが3人の方のために機を空け、織ってもらいました。

毎年のことながら、みなさんの機に臨む真摯な姿勢に感慨深いものがあります。

「人は布を織るように生まれてくる」と私はいつも思っているのですが、それは好き嫌いや、楽しい楽しくないなどということではなく、人の遺伝子には布を織らなければ生きていけないという重く厳しく、でも豊かな仕事が課せられていると再確認する時でもあります。

自己表現や手慰みではなく、糸や色や織りの仕組みと真剣に向き合う緊張感、焦燥感、高揚感、満足感を目の当たりにして、みなさん必ずご自分の布を眺め「美しい・・・」とうっとりと言葉を漏らします。
力ある経糸のお陰もあって、ふっくらとした本当に美しい布が織れました。
小さな自分の世界に固執することではなく、自分を解きほぐすことができたなら良いと思います。

改めてそれぞれの方に気づきなど書いてもらいました。
少し長いですが、織る人も織らない人も時間のある時に是非読んでください。

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足元をしっかり固めて・・

自分で紬いだ太い糸を入れる。
糸つむぎ
いちばん簡単そうに見えて、実はわたしにとってはいちばん難しい作業でした。
真綿を引く、という感覚がまずたいへん。そして、絡んだ糸を面倒みるのが、糸と仲良くできずにおやおや、という感じでした。
真綿を台に掛けたときの風合いは、他で見ることのできない柔らかさで、とても心が癒されました。

糸染め
色素を煮出すのは長時間ぐつぐつだと思い込んでいたので、色が出てわずかな経過で火を止めるのがとても意外性ありました。
また、桜が媒染で変わっていくさまが不思議で、金属の働きについて、あらためて知りたいと感じています。(これでも理系なので)
染めが面白かったので、このあと別のところに3回も染め体験にかよってしまったのは内緒です。


スーパー不器用なので、なかなかうまくいかないだろうと思いきや。
思ったよりも手足が動いて驚き、また、楽しい体験になりました。
設計をするのも楽しく、だいたい思っていたとおりの縞が織り出されてきたときには、なんというか、やるじゃんあたし<( ̄^ ̄)>な気持ちになりました。
多くの色を使うことも考えたのですが、自分の糸を活かすには、あのくらいかなーと今思い返しても、そうそう、と思います。

こうして、布を作ることの基本作業を体験してみて、着物や帯の価格の妥当性に思い至ることとなりました。
また、今日は、引退なさる藍染師の工房を見学してそれらの作業の重労働であることを知り、日本経済の歪みが全ての分野で起きていること、価格破壊って生活破壊なんじゃないか…と頭を抱えてしまったのでした。 M.T.

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絵を描くようにデザインを決めてきたのですが半ばで予定変更・・・

糸を紬ぐところから染め、織りと体験させて頂きましたが、
同じ作業でも、全てに三者三様の個性が出るのが面白かったです。
織り上がった小さな布は、まるで自分そのもののようでした。
絹から返ってくる反応はとてもストレートで、
紬ぐ時などはこちらの集中度合いがすぐ太さや風合いに表れるように感じました。
素材としての絹がとても好きになりました。

設計の時は先生に色で見てしまっていると指摘して頂いたのですが、
なかなかそこから抜け出せないで、意味もよく理解できていませんでした。
悩んでしまいその日のうちに終わらず、家に持ち帰り仕上げて来たのですが、
いざ織り始めると、色数が多過ぎて、その通りにするのは大変でした。
ベタ塗りの連続で、想像したのとは違う、苦労の割りにはのっぺりしたものが出来てきました。
途中で先生に、「糸を交互に混ぜると良いですよ」とアドバイスを頂き、やってみると
糸の表情が動き始め、織るのも楽しくなってきました。
そこからは色数の多い設計は無視し、感覚で3・4色を使って織り始めました。
設計を気にしながらちょくちょく止まっていた最初の方とは違い、
手や足も徐々にリズムを掴んで、いつの間にか一心に集中していました。

楽しくなってきたところであっという間に時間が来てしまいましたので、
課題の「自分の糸の形を見ること」をちゃんとできたのか…。
気を使わなくてはいけないことが沢山あり、他のことに囚われ、
自分の糸と向き合えたのか反省をしています。
ですが最後の方に、ちょっとだけ、糸との対話ができたかも知れません。

設計は時間を有効に使う為のものであったのに、色を詰め込み過ぎていたので、
使いものになりませんでした。自分の創造力をフルに活用する作業だなと感じました。
この設計でも細い糸だったら綺麗になったかもねとも言って頂いたのですが、
使う糸の特徴を生かしこちらから寄り添う設計が必要なんだなと感じ、
また、面白く思いました。

織り上がりは最初の方と最後の方で全く別物のようで、
わあ、変なの織れちゃった、と沈みましたが、
写真を撮り、帰った後で冷静になって見てみると、これはこれでまあ良いかと、
だんだんと好きになってきました。

織り上がったものを見るだけではわからない深さを、
この体験を通じて感じ取ることができました。
垣間見ただけですが、たて・よこの中がなんでこんなにも深くて広いのでしょう。
不思議な位です。
難しくないけど(複雑ではないけど)深いのですね。
この感覚を体験だけで終わらせず、展示を見ることや布に触れる機会を
通して、自分のものに育てて行けたらと思います。
貴重な体験をさせて頂き、ありがとうございました。 T.S.

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織る背中にも真剣さが・・

自分で紬いだ糸としっかり向き合うシンプルなデザイン。
自分の紬いだ糸がどう見えるのか、糸と向き合うという考えれば考えるほど難しい課題でした。何を感じることができるのだろうか、緊張していました。
教わるだろうことを守り、丁寧に行うこと、それだけは心に決めていました。

今、振り返り一番に思い出すこと―それは、さっと通した自分の紬いだ淡い色の糸が、たまたま良い角度で入り、それは思いのほかきれいに紬がれていて、とんと納まった時の情景です。三寸程の中でただ一越の瞬間が鮮明に残っています。何かわかりませんが、すごいと感じました。
このような「きれ」があるのだという静かな驚きでした。風合いのあるあたたかな「きれ」とはこういうものなのかと思いました。

この実習のように、糸一本一本を見つめて、一越一越を考えながら織ることは(ほとんど準備していただいたことなのですが)大切で尊い作業でした。それ故に、何かしらを問われているような気がしています。何かを突き付けられました。
とはいうものの、実際は、いろいろと注意しながら織りを繰り返すことでいっぱいで、 「糸」、「きれ」を見つめる余裕はあまりありませんでした。
織りあがった「きれ」を見て、触れて、再び考えてみたいです。
ありがとうございました。 N.K.





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第6回紬きもの塾ー自分で紬いだ糸の糊付けと織物設計、柿の実収穫

2014年10月14日 | 紬塾 '13~'14
今回の紬塾は自分で紬いだ緯糸の糊付けと織物設計、柿の実の収穫!?でした。

今回使う緯糸は無撚の糸なのでどうしても糊(布海苔と生麩を混ぜています)はつけなければなりません。
しかし、緯糸を管に巻き、スムーズに杼から糸が出てくれば良いだけですので、過剰に糊を付ける必要はありません。過剰につけると、後で湯通しをしても残り、バリバリした風合いの布になります。
更に打ち込みや織り幅とも関係してきますので付ければ良いというものではありません。

また絹糸のウェーブを取り戻し糊で固め、立体的な織物を織る役目もあります。
糊付け後には決して糸をはたいたりしません。

「糊付け三年などと言われるのですが・・・」と言いかけたら「えっ3分じゃないんですか?」(笑)と声がかかりました。
もちろん三年やればできるという意味でもなく、体得するのは奥が深いということなのですが、どうしても学校で勉強するように、習えば覚えられると思う傾向があって、一聞いて後は自分の中から発見し、勘を磨いていくという訓練をする場がないことが、勘を育てられないように思います。
今私の元で修業中のものもまだまだで、やり直してもらうことが多いのです。

使う糸質や太細によって、経糸、緯糸、撚糸、濃さをかえたり、天気(湿度)にも気をつけます。
糊の濃度は手で触って確認し覚えてもらいます。
この覚え方は時間がかかるかもしれませんが身に付けば何があっても自由に見極められます。

このギリギリを探る感覚が私は好きです。
知識や数値で覚えるのではなく観察力と状況を組み合わせてその都度判断する。
そうやって自分が試行錯誤し身につけたことは一生役に立ちます。
糊付け以外の料理でも裁縫でもお茶を入れることでも同じです。

織物設計に関しては今期の方はザクっとアバウトな感じで、織りの日がちょっと楽しみと不安です・・^^;

あとは工房の柿の実が採り頃で、高枝バサミで収穫してもらいました。
高枝バサミの使い方もお教えしましたよ。

野鳥がつついている完熟の柿はトロトロで、伐るときに下から見上げてもわからず、鈴なりのところを伐った途端に、上から降ってきて、シャツを汚してしまいましたが、、、野鳥の分もちゃん残しておかなければ・・・

庭がないので高枝鋏みを使ったことのない人や、柿の実の収穫も慣れていない感じでした。
が、楽しかったです。

それをおやつに3個剥いて食べました。
「おいしい!」の声がまず上がりましたが、同じ木でなっているのに微妙な熟れ加減や大きさで味が違いました。
お土産にも少し持って帰ってもらいました。
えんどう豆の餡のどら焼きと・・・



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第5回紬きもの塾 桜で染める

2014年07月29日 | 紬塾 '13~'14

梅雨明け後の連日の猛暑の中、桜の小枝を使っての染色をしました。
媒染にはアルミと鉄を使いました。
染めるものは自分たちでつむいだ糸と帯揚げなどです。

朝のうちに採った桜を手分けしてチップにしました。
今回は葉と枝をきっちり分けて染めてみました。

チップはなるべく細かくします。枝は金槌で叩いてからチップにしました。
葉は細かくちぎります。
丸ごとのままで煮ても十分に色は引き出せません。
カツオ節のだしを取るのに削らないでそのまま鍋に投入する人はいませんよね。

煮出しは5分ごとぐらいにガラス瓶に煎汁を少し入れ色を見ていきます。

色素の抽出が湯の中で飽和状態になる瞬間がありますので見極めます。
それ以上していくと染材の中に戻っていきます。逆染色になります。
生木を使い糸や布の浸染をするなら煮詰める必要はないと思います。

参加者のお一人がこの話をしている時に、カニを茹でる仕事をしている人が「茹で上がってすぐに取り出さずに、ひと呼吸置いて取り出すとカニの身が美味しくなる」と言っているのを聞いたことがあるとの話を披露してくれました。
ゆで汁に出たうま味をもう一度身に戻すということでしょうね。

染める場合も火から下ろしても「留め釜」といって温度が下がるまで置きます。
その時色素は繊維としっかり結合します。
大事な時間です。
染色も料理も一緒ですね。

なるべく染材も時間も水もガスも労力も無駄にエネルギーは使わないように効率よく染液を作ることが大切です。
これは染色に限りませんが・・・


また布を染めるときには染液はヒタヒタぐらいで大丈夫です。
絶えず布を動かします。
ムラにならないようにと多めの染液で染めると浮力がかかって水面に出やすくムラになりやすくなります。
その場を離れる時は落し蓋をします。

湯通し後の糸の絞りbefore

イマイチafter? 
ステンのポールを使っての絞り、これが案外難しいみたいです。
完璧ではありませんがポールの近くのところの糸束が曲がってないので上の写真よりは絞れています。
左手の使い方はちょっと違いますが。。

糸の絞り方や洗い方、紬糸を毛羽立たせないで効率よくやる方法も話しました。
また糸を絞ったあと、腕にかけてパシパシはたいている光景を見かけますが、糸をほぐして風を入れるために必要な行為のはずですからしっかりと絞れてなければ風は入りません。絞れてない糸をはたくのは、糸を伸ばし、毛羽立たせ、風合いを損ねるだけの行為になります。

毎回書いてますが、いつでもものをよく観察し、発見し、気付くことが、大切だと思います。
それには全体を見渡すことと、細部を観ることが同時に行われなければならないと思います。


休憩タイムは染の合間を見て・・・キャラメルアイスクリームでした。うえやまともこさんのスプーンで。

紬塾は前半5回を終えました。10月までお休みです。
紬塾の皆さんは前半のおさらいをしておいてください





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第3回紬きもの塾ーとことん着尽くす、第4回紬きもの塾ー糸をつむぐ

2014年06月03日 | 紬塾 '13~'14
今回は午前、午後を通しで紬きもの塾を行いました。

午前は久米島式の方法で真綿から少し太めの糸をつむいでもらいました。
午後は着物の更生の話を実例を見てもらいながら進めました。そして後半は麻の伊達締めを縫うべく運針の練習をしました。


糸つむぎは糸を見るのではなく左の指先で引き出した真綿の一定量を見定め、右手の指先に水か唾を付けまとめていくことが大事です。重ねた真綿の上の方から綺麗に片付けていくよう注意深く作業を進めます。なるべく均一にします。

真綿の繊維をちぎらないよう(毛羽立ちの原因になる)滑らかにつむぎます。
繭から引き出す糸と違って、真綿にする段階でも繊維が切れてしまってますので紬糸は毛羽立ちやすく、なるべくつむぐ時に長繊維の状態を更に損なわないようにするという意識をもって行うことが切です。

それにしてもみなさん夢中でつむいでいました。もっとやりたいということでした。
この仕事で暮らしを立てることはできません。でも人のやるべき仕事だとは思います。


画像はつむいだ糸を綛揚げしているところです。溜まった糸の上におはじきを置き糸同士が絡まないようにします。

さて、午後からの運針もみなさん難しいようで、、、^^
まずは針に糸を通さないで空で運針の練習をしました。

右手中指の第一関節のあたりに指ぬきをはめます。
針の頭を指ぬきに当てて針を持ち、人差し指と親指を交互に進めてもらいました。
が・・・指ぬきに(革製が滑らなくてよいです)針の頭が固定できないで苦労していました。
手芸など好きでやっている人も結局自己流で縫っていただけで運針の基本は知らないのです。
「小学校で運針を習いたかった~!」との声もありました。
少し練習するとそれでも針を進められるようになり「ワー縫えてる!」という歓声も上がってきました。
できるようになった人から糸こきの仕方も指導しました。針を抜かずにシュッとやれるようにコツを掴んできました。

よいしょっ!よいしょっ!‐ー‐ー‐‐ー‐・(~_~;

目は不揃いでもまずは基本の型は身につけたほうがよいです。

伊達締めは、みなさん完成しませんでしたが、今回は基本の縫い方をみっちりやりましたので,
あとは一人ひとり家で実践あるのみです。

30度超の暑さが梅雨入り前にやってきました。
夏の着物も少しでも涼しく着たいです。
麻の伊達締めは襦袢の上に使うと良いです。
着物の上には博多などの(糸質の良い、締め心地の良い)すべすべした伊達締めが相応しいと思います。

手持ちの古布(絹や麻、メリンス)があればそれを使うのが一番です。
本来は新しい布から伊達締めや腰紐は縫うものではなかったと思います。
今回は麻の襦袢地をみんなで分けました。5尺9寸~6尺(1尺≒37,9cm)あれば十分です。

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 紬きもの塾'14 第2回「糸の力、色の神秘」

2014年05月06日 | 紬塾 '13~'14
石楠花の赤い花が咲き始めました。

さわやかな薫風の吹きぬける中での第2回紬きもの塾、今回も熱く盛り上がりました。

糸についての話は蚕が吐き出す糸の形をトックと見てもらい、色についても工房の新緑を見ながら「なぜ緑色は草木から容易くは染まらないのか?」など、色とは何か?
固定された色サンプルの記号のような色のイメージから一度離れて自然を見つめてみることが大切などと話しました。
また毎回テキストに使っている幸田文『きもの』から興味深かった箇所をお一人から発表してもらいました。
Mさんが指摘した箇所は――

るつ子の母親が病いに臥し、看病のためるつ子は傍らで本を読んでいる。しかし、そのあいだに静かに息を引き取ってしまいます。単行本ではP.211~218あたり(文庫ではP.213~220)です。

ここに書かれている、人が最後に着る着物のことや、見送る側は何を着れば良いのかについて祖母、二人の姉、るつ子の間で交わされる“着るもの”についてのやり取りが、現代の私たちにも考えさせられることがたくさんあるのです。Mさんは何度もここを読み返したということでした。時に涙して・・

自分の身に置き換えてみんなで活発に意見が交わされました。
喪服の話、またそれに代わるものについて、少し前の時代には結婚のときには親がひと揃えを持たせたけれど、実はそれはそれで合理的な考えのもとではなかったのではないか。

健康なときに揃えておかないとタイミングを失してしまうこともあります。
もちろんそのまま今に適用できるということでもないのですが、必ず訪れる死に向き合いその上で生きていく覚悟を若い時から親が自然に導いていく。
避けて通れるものではないので、タブー視せずに自分の最後の着るもののこと、見送る時の着るもののことも考えておきたいと思います。

るつ子の母の最後の着物は祖母が見立てた秋草の柄の浴衣、るつ子が母が着るのに糊は嫌だろうと糊抜きをし、仕立てたものだった。その日の朝着替えさせてあげたものだった。
大正生まれの私の母はタンスに父の分と最後の浴衣(寝巻き)を早くから用意してありました。

参加のもうお一人から「食育という言葉はよく聴かれますが、衣服に関して私たちは教えられもせず、また子供に教えることもなく生きている。そういうこともこの本は気付かせてくれている」という感想も出ました。
核家族になり暮らしの中の衣食住、大切なことが伝承されにくくなってしまいました。

紬の着物に限らず人が着るということ、装うということは、自分のためでもありますが他者のため、他者との関係性を築いていくことでもあります。

布や着ることの大切さをこの塾で回を重ねるごとに深めていきたいです。

今日の私の出で立ちは・・藍の小格子単衣に灰桜色の絞りの半幅帯で、帯締めも使わずに軽やかに・・(*゜▽゜*) 色の褪色も進んできましたが、藍染の浅葱色の褪色についても実作で見てもらい説明しました。
帯板は最近購入したものですが跡が出てしまいますね。。やはり今まで通りボール紙の方が良さそうです。





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第6期「紬きもの塾‘14」が開講しました!

2014年04月10日 | 紬塾 '13~'14


今期も「紬きもの塾」スタートしました。
遠方からの方を含め4名の方と来年1月まで一緒に勉強させてもらいます。
今期もよろしくお願いいたします。

先日の「宗廣力三生誕百年記念展」、みなさん実作をご覧になっていたこともあり宗廣作品にとても関心を持っていただきました。

私の絣の小綛を使って、丸や、籠目、この写真の立涌などのデザインが、反物の耳に遊びの余った糸が出ていないのになぜ織れるのかも説明しました。
絣の括りは極くシンプルですが織るのは技量を要します。

また、先生独特の染め方で「どぼんこ染め」と呼ばれているぼかし染の方法の説明など、技法上の話もしました。
この技法と、手結の絣技法の相乗効果もあります。先生の仕事は数学的です。

制約のある絣技法を使いながら大きな奥行きのある空間を感じさせるこれらの作品は、宗廣作品の中でも最も重要な、かつ創作に大切な意味も込められたものと思っています。
この技法の説明をしている時に、参加者のお一人から
「制約を逆手にとっているんですね」という言葉がありましたが、
制約の中から自然なかたちでギリギリの可能性を見出す。
自然の理と人智を共鳴せている。

また「とてもスゴイ作品だけれど、誰が着ても似合いますね」という感想もありました。
デザインもシンプルで色数も抑えられているのに深味があって、包容力がある。
織物だけでなく様々なことにも生かしていきたい学びがあるように思います。

紬きもの塾の染織実習コースはシンプルでも深いもの作りを体験してもらいたいと思ってのことです。

また基礎コースでも、着物を着ることもシンプルに、でも奥行きのある着方や取合せを学んでもらいたいと願っています。

参加者のみなさんからも手応えを感じる第一回のオリエンテーションでした!


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第6期「紬きもの塾‘14」の日程が決まりました

2014年02月15日 | 紬塾 '13~'14

記録的な大雪になりました。昨夜10時頃の2階のベランダの光景です。

さて、今年度、第6期「紬きもの塾‘14」の日程が決まりました。

受講を希望の方はこちらから「紬きもの塾」を開いて、日程などご確認の上、メール、またはお電話で、
末尾のかたち21からお申し込みください。
3月7日(金)から受付ます。

紬入門基礎コースと染織実習コースに分かれています。

紬入門基礎コースのみを選択することはできますが、新規の方が染織実習コースのみはできません。
基礎コースを終了された方は次年度以降に単独で染織コースのみを受講することもできます。

詳しい内容につきましては過去の『紬塾』ブログをご参照ください。
趣旨をご理解の上ご参加ください。

着物を始めてみたいと思っている方から、着物はたくさん着ているけれど、更に織物についても深く学びたい方まで、少人数で一緒に学びます。

おかげさまで、楽しく充実した会を重ねさせてもらいました。
今期も同様に良い会になるよう努めてまいります。
お申し込みをお待ちしております。


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 第10回紬きもの塾―― 半幅帯の結び方(最終回)

2014年01月18日 | 紬塾 '13~'14


今年度の第5期の紬きもの塾が12日に終了いたしました。

この日は着物初心者にも気軽に着物を着てもらうために、半幅帯の結び方をやりました。
あとはこの一年のまとめ。この日も濃厚でした!
終了後にはワインパーティーをしました。それぞれのマイカップの湯呑で乾杯!
一人一人感想も聴きながら、2時間近くみんなで話をしました。
毎回が濃い内容でしたので、感想も、途中言葉に詰まったり、様々な気持ちが去来して、
感極まる方もおられました。
いろいろな思いや覚悟を持って臨んでくださったと思います。
でも何がしかをしっかりと受け止めてもらえたように思いました。

人と「もの」との関係性をもっと考えていかなければ社会の流れに振り回され、
飲み込まれてしまうかもしれない。病に陥るかもしれない。そんな不安も覚える昨近です。

「もの」がおろそかにされる時代は良いことではない。
それは正に人がおろそかにされることだから。

1枚の布を見つめ、見極め、纏う。
それは自分を見つめ、見極め、新たな自分と出会うこと。
それが今という時代の中で着物を着るということ。

そしてまだ余裕なく、すぐに着物には手が出せない方も、
日々の暮らしの中で、衣類のほころびを直したり、簡単な縫い物をしたり、
洗濯物をただ全自動の機械に任せないで、時には生地を見定め、上手に手洗いしてみる。
洗濯物をたたむ時の布の感触を体感する。
また、茶葉を見極め、温度や茶器にもこだわり、おいしいお茶を入れてみる。
美味しいご飯を土鍋で炊いたり、風味豊かな味噌汁を作る。漆の椀に盛り付ける。

身近な草や木を注意深く観察する、庭で草木を育ててみる。
当然のことですが、そんなことも、みんな草木で染めた手織り紬の着物ともつながりのあることですから、
大切にしたいです。
一見何気ない日々のことが、実は確かな生きる喜びにつながり、その延長線上に着物もあると思います。

みなさんからは、このまま終わるのは寂しいということで、上のクラスも・・・というような話もでたのですが、何分、時間のかかる制作に忙しく、すぐには実現できそうにはないのですが、しばらくは学んだことをご自分で生かし、実践していただき、紬の会、かたちの会のイベント、アート塾などに時々でも参加して益々精進して頂ければ嬉しく思います。
みんなで集まれる会も持てるといいのですが、ただのお食事会とかではなく、何か学びがあるような会ができればいいなぁと、頭の片隅には入れておきます。
あてにしないで待っていてください。。。良いアイディアがありましたら提案してください。

みなさんからの終了後の感想が届きましたので、以下にご紹介します。
固定観念や先入観を、この塾での学びを通して洗い流してくださっているようにも思える感想です。
少しというかかなり長いですが、是非お読みいただきたいと思います。^^;
一年間、ご苦労様でした。ありがとうございました。

第6期の紬きもの塾の詳細は2月下旬にお知らせします。
募集の受付は3月中旬になります。

以下、6名の方の感想です。

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日本の民族衣裳としての着物を、ファッションとしてではなく、魂を包む纏いものとして理解したいという気持ちで着始めました。
でも、なかなか思うようにいかず、あちらこちらで美しい着物に目を奪われつつも、自分が求めているものは本来何だったのか見つけられそうな自信も持てないまま半年ほど過ぎたころに紬塾の存在を知り、参加いたしました。

紬塾では、着物ができるまでの過程、着方を学ぶとともに、着物を着て日々の生活を送るというのはどういうことかということを、幸田文『きもの』を教材にして学びました。この本の中で、印象に残る箇所はたくさんありますが、震災のあとの「肌をかくせればそれでいい、寒さをしのげればそれでいい、なおその上に洗い替えの予備がひと揃いあればこの上ないのである。ここが着るものの一番はじめの出発点というべきところ、これ以下では苦になり、これ以上なら楽と考えなければちがう。」と、主人公のるつ子が着物の出発点を掴むくだりは、いつも心にとめておこうと強く思いました。

着物の着方については、先生のご指導のもと、より合理的で楽なやり方を知ることができました。崩れるのが心配なあまり、窮屈なことをたくさんしておりました。腰紐1本で、これからは着ていきます。

また、お蚕さんから糸がはき出され、人の手を経て着物となるまでの過程を、先生のお話とともに実習もさせていただき、具体的にいかに尊く、どれだけ大変なことかということがわかりました。
先生の機をお借りして、先生の指導のもと、実際に自分で紡いで染めた糸を使って小さな布を織ることができたのは本当に幸せな経験でした。織るまえに糸巻きをしたときに感じた、糸から息遣いが伝わってくるような不思議な指の感覚は特に印象的でした。
そして、紬塾で「衣」と向き合うということは、自分の生活全体を見直すきっかけになりました。
時代の流れは、なるべく人間が楽に暮らせるように進んでいきますが、その中でいつの間にか見失い、
見失ったことすら気が付かないで過ぎてしまっていたことに気が付く機会となりました。
たとえば洗濯です。アルカリ剤で洗うことができるというぼんやりした知識はありましたが、声高に宣伝される合成洗剤を、ごくごく当然のように使っていました。
しかし、一度アルカリ剤(炭酸塩)をご紹介いただき、使ってみると、なんと便利に使えることかと驚くばかり。
そうなるとその驚きをきっかけに、毎日習慣として無意識に続けていたことや、なんとなく違和感をもちながらも、そうするべきだというあまり根拠のない固定観念に縛られてしまっていたことに色々と気付き、生活全般において改善点がみえてきました。

そうして昨年4月に始まった紬塾は1月で最終日を迎え、今、心にしっかりあるのは、これからも着物をもっともっと着ていこうということです。
今、いろいろな過程、事情をへて、自分の手元にある着物を今まで以上に大切にしようと思います。
愛着をもってお手入れをし、心かろやかに着ていくことで、その着物の持つ物語もきっと貴く輝くものとなりましょう。
そうすることで、魂を包む纏いものとしての着物を、より深く理解できると確信できるようになりました。
この紬塾を通して、貴重な時間と大変なエネルギーをかけて準備と指導をしてくださった中野みどり先生に心より御礼申し上げます。   A.K.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
『何年も前に中野先生の本と出逢い、是非、学ばせていただきたいと
 紬塾の受講を申し込ませていただきました。

 講座の中での中野先生のお話が毎回、心に響き、様々な背景や
 世界を感じさせていただきました。

 紬塾の実習で、糸を紡ぎ、桜で糸を染め、設計し、機で織る一連の
 工程を身をもって体験させていただく中で、手仕事は日常の様々な
 場面に通ずる面があり、手を使い、身体を動かす事は五感が高め
 られ、感性を研ぎ澄ます事の大切さを改めて感じました。

 染めの時間や分量の数値も本やマニュアルには、表現しきれない
 世界で、温度調整し、染め具合を良く見て、観察しながら工程
 を進める事は、作業1つ1つ、素材と向き合い、体感して感覚で
 覚えていく事の大切さを感じました。
 実際に向き合って、どうしたら効率よく、素材を痛めないか工夫して、
 身体で体感しないと分からないなと思いました。
 
 私達の生活は、どんどん便利さや速さや簡単さ、楽に出来る事を
 求めていってしまっている事が残念でなりません。
 手仕事は私達に備わっている五感と感性を磨いてくれる大切な事
 なのだと講座を通じて学ばせて頂きました。

 先生の『人間は心地良いものを纏いたいし、人は布を織るように
 生まれてきている』という言葉が私の中にずっと宿っています。
 先生のお話から、糸1本への慈しみや、昔から使われ、受け
 継がれてきた布や道具への愛情が伝わって、何度もグッとくる
 事がありました。特にお母様から受け継がれた布のお話など・・・

 工夫をし、物の命を活かし、大切にする心をずっと実践されて
 いらしたからこそ、先生のお話は心に響くのだと思います。
 先生から学ばせていただいた1つ1つを日常の生活やあらゆる 
 場面で、活かして実践していきたいと思いました。

 着物の事、染織の事、糸の事を通して、日々の暮らし方の
 大切さや心構えを教えていただいた気が致します。
先生のおっしゃった事を忘れず、暮らしに活かせるようにしたい
 です。

 中野先生の有意義な講座を受講させていただけ事・・・本当に
 感謝しています。
約1年間、本当にどうもありがとうございました。
そして、一緒に尊い時間をご一緒させて下さった紬塾の皆さん
 どうもありがとうございました。      A.R.

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紬塾を受講する以前から着物を着ることに興味はありましたが、難しいことだと先入観を持っていました。
ところが先生から教えていただき案外簡単だということを知りました。
腰紐一本、伊達締め二本、着物、襦袢。これくらいの必要最小限の物に半幅帯を締めるだけで、着付けは20分で終わるということにとても驚きました。
私はまだまだ経験がないので20分では着ることはできませんが、着るための手がかりを教えていただいたように思います。
とてもシンプルで無駄が削ぎ落とされている着方です。
「無駄な道具を使わない、動作をしない。」
塾を通して先生がたびたびおっしゃるこの言葉に先生の教えの根本が含まれているように感じます。
最初は紬塾は着物のことを学ぶところだと思っていました。
しかし実は着物のお話を通して無駄の少ない生活の仕方を教えていただいているように思います。
例えば洗濯をする時。汚れ方が様々な衣類。洗い方洗う時間もそれぞれ異なるはずなのにすべて同じ全自動の洗濯機で洗ってしまいます。
何も考えないで生活をすることでどれだけの無駄を出しているのか。
このような日々の生活のことも着物と同じ次元で考えていく。
着物は非日常のものだと思っていました。でも日常のものにすることが出来るということに気がつきました。
着物を着ること、考えることを通して日常生活を見直すきっかけになりました。
一年間あっと言う間でした。とても勉強になりました。ありがとうございました。       I.M.

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4月からはじまり、あっという間の一年でした、糸の事から着付け、ものづくりにま
つわることなど、何もかも楽しく興味が尽きない時間でした。
まさに『着物の奥深い美しさ』を先生の作品と言葉を通して学びました。
着物の着付け、帯の結び方、半衿の付け方などもとても参考になり、これからも取り
入れてより身近に気軽に着物を着られるようになりたいと思いました。
また、幸田文の『きもの』の感想発表も他の方々の捉え方や着眼点がそれぞれで面白
かったです。
やはり心に残ったのは先生がおっしゃった言葉『ひとは布を織るように生まれてくる』
でした。
蚕からいただいた糸を大切に扱い、確かな技術で織られた反物は美しく、心を打ち、
100年を越える堅牢さを持つ。大変高価だけれども、着姿を美しくする。初心者こそ
本物の紬をまとってその布の力を実感して欲しいと。
そして作り手の心が込められたものを手に入れる時はその布(お蚕さんの命)の一生を
引き受ける覚悟をしなければならない。 そう伺った時、私は今まで着物を買った時、
手織りのものではなかったにせよそんな気持ちを持っていたかと考えました。昔のよ
うに雑巾になるまで使い倒さないとしても『始末する』ことを真剣に考えていなかっ
たと思います。
使い手として、作り手の苦労を思い、糸の質、布の良し悪しを見極め、美しさに感動
することを忘れずにいたいと思います。
これは布だけに限ったことではなく、『もの』そして『ひと』に言えることだと先生
はおっしゃっていました。
毎日慌ただしく、気がつくと雑に生活してしまいます。着物を着ることでふと立ち止
まり、周りにある『もの』の意味に思いを巡らせるきっかけになればと思いました。

先生、参加者のみなさんと毎回本当に楽しく過ごすことができました。
ありがとうございました。                    H.J.

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盛りだくさんの紬塾でのお話ありがとうございました。
当初は緊張のまま参加させていただいておりましたが、先生の優しい笑顔から語られる、きものへの熱い想いを伺うにつれ、私の心の中に凝り固まっていた着物への硬いしこりが溶かされていくような心が解き放され軽くなるような心地よさを味合わせていただきました。
毎回それはそれは、楽しみに通わせていただきました。
以前先生の着物を羽織らせていただいた時に、凛とした姿の中にも優しく包んでくれるような柔らかさを感じることがで来ましたが
先生のお話を伺ううち、あの優しさは先生そのものと気がつくようになりました。
先生の着物のやさしさは、糸一本に至るまでの心配りから、生活全般にわたる生き方そのものから生み出されるものと感じることができました。
これからも着物を着るたびに先生の丁寧な生き方、優しい笑顔を思い出し、見習っていけたらと思います。
もっとはやく先生にお会いしたかった。
ありがとうございました。              S.T.

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私ははじめ糸や布が好きで、最近は着物も気になるなということで受講させて頂きました。

受講した中でもやはり一番思い出に残ったのは実習と先生のお話でした。
自分で真綿から紡ぎ、染めて織る。織りあがった時のあの気持ちは忘れることはないと思います。

また幸田文さんの「きもの」という本を読み、みんなで読んだ感想を発表するのも、なかなかしないことなので新鮮でしたし、着物を通して昔を知ることで現代と比較することができました。
日々の暮らしで何か欠けているのではないかと考えていたことが、本を読むこと、また先生のお話でじわじわ見えてきたのではないかと思います。

糸や着物だけでなく、現代の暮らしについて更に考えさせられました。
また本当に自分にとって心地いいこととは何か、今後の自分と対話するきっかけにもなりました。

思い返せば先生から色々教わりました。先生の自分の仕事に対する姿勢が、私の背筋をぴんっと伸ばしましたし、気を抜かずに真剣に取り組む姿は先生にとっては当たり前のことかとは思いますが、まだまだ働きはじめて二桁にもならない私にとっては刺激になりました。また、糸を織りはじめる時に、手を濡らしたならハンドクリームを塗る手への気配りも見逃してはいません。

先生が毎回着るお着物は、しわがあって普段の生活に溶け込んでいて、きれいにきこさなくてはという意識から開放され、着物が身近なものに見えました。
今後は先生や皆様と出会えたのをきっかけに、色々勉強しいきたいと思います。
本当にありがとうございました。     T.A.

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以上です。






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第9回紬きもの塾――着物を着る

2013年12月18日 | 紬塾 '13~'14
4月から、段階を踏んで紬織りの糸や風合いなど、元のところから学んできましたが、いよいよ着物を着るところまで来ました。
参加者のうち、月に2~3回は着物を着る方が2名ほどで、他の方はほとんど着ていないということです。
また、着ている方でも着るのにかかる時間は30分以上ということでした。
滑らない生地の着物の場合は着るのはたやすいことですが、帯はものによって長さや、ポイント柄の位置や、帯地の固さなども違ったり様々なゆえに、慣れない帯の場合はやり直したり、案外時間を要すこともあります。

帯を新しく仕立てる場合は、自分に合う長さで頼むと良いと思います。
自分の寸法を把握しておくことも大切ですね。
ただ、年齢と共に体型も変わりますので多少のゆとりを持っておく必要もあります。
私も50代から少しずつ太り始めて、短めの帯が多くなってしまいました。
「やせなきゃ!」と締める度に思いますが。。。

付箋だらけの『きもの』幸田文著(文庫本もあり)

紬塾では幸田文『きもの』を参考テキストにさせてもらい、今までも毎回、1~2名ずつの方に、その内容からの気づき、発見などを2~3箇所ピックアップして発表してもらってきました。
今回、最後のお一人が指摘した箇所に、着物の着付けを外側から学んでいく箇所がありました。
単行本では112頁、文庫本では114頁のところです。

主人公のるつ子は、姉がよそ行きの着物で外出する際にはいつも着付けを手伝わされます。
あまり仲のよくない姉にいいように使われ、あれこれ脱ぎ散らかしたものの後片付けまでさせられ、胸の中では反発を感じながらも黙って手伝ううちに、人に着せながら覚えていく生地の質感や、帯地の締まり具合、着る人の体型に合わせて、ゆったり着るのか、きっちり着るのかなど、いろいろなことを“姉を台にして”学んでいくところがあります。
着せてやる面白さです。とても興味深いところです。

今は母親も祖母も着物を全く知らないという方が多くなり、着るには一から全て一人で始めなければならず、きもの本を片手に覚えるか、着付け教室に行くしかなくなってしまいましたが、家族や身近にちょっと手を貸してくれる人がいればいいだけなのですが、、、
自分の子供にでも、孫にでも導き、アドバイスすることができるように、是非今からでも着物を楽に着て欲しいと思います。
多分私の着方は最も簡単で楽な着方だと思います(滑りにくい生地のものに関して)。

今回の参加者で着物を着るのが全く初めてのみなさんからも「着物自体は思ったほど難しくない」「手助けはあったものの、帯結びまでなんとか格好を付けられて自信がついた」などの感想をいただきました。

まだ不安な方も、次回最終回に、おさらいをしますので、大丈夫です。
今までの紬塾終了生の方で、全く着物を着ていなかった方がとてもスッキリ、でも自然な着姿を見せてくれています。

礼装用の着方を、紬や木綿でもやっている方が多いです。
それにしても、ゴム入りの伊達じめとか、ゴムベルト付きの帯板とか、補正下着とか、
なんとも重装備な小道具をみなさんお持ちですね。。。
着物の小道具としても美しくないですし、昔、着物が日常にあった頃の人たちは、そんな理に適わないことはしなかったはずです。

シンプルに柔らかな頭で着物を楽に着たいです。





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第7回紬きもの塾  布を織る

2013年10月31日 | 紬塾 '13~'14
真綿から糸をつむぎ、染、織物設計もして、そしていよいよ織る段階に入りました。
順番に、3寸(約11cm)の長さを1時間ほどかけ織ってもらいました。
同じ条件で、こんなにも違うデザインが産まれてくるものですね。
ただ、経糸も表情豊かだけれど、とても織りにくいものなのですが、
それゆえにどれも味わいがある、奥行きのある布になったと思います。
糸や、草木の色の力のおかげでもあります。

この学びが、布を色や柄だけで見るだけではなく、糸の一本一本や、風合いということも感じ取れるようになると、布を見るときの助けになると思います。

たった3寸の体験で、細かいことをあれこれ指摘させてもらったのですが、
よくここまで学び取ってくれたなぁと有難く、やりがいも感じました。


みなさんの感想、気付きなどが揃いました。画像と共にご紹介します。

 
私は学生時代に一度織りを体験したことがあるくらいで、今回久しぶりに触れました。
まずは自分が織りたいデザインを紙の中で表現します。
これがとても難しく出来上がりの想像がいつまでたってもできませんでした。
どうにかこうにかこんな感じにというものが頭の中にあったので
何とか仕上げることができました。
先生にみてもらうとこれではグラフィックデザインだと指摘を受け、少し手直しして下さいました。
その時はまだ何のことやらで頭の中はクエスチョン(?)だらけでした。いざ織りはじめるとあっちにもこっちにもと神経を使い、緊張しましたが、とにかく楽しい。
当たり前ですがどの糸も色も違えば太さも違います。
糸の雰囲気が掴めてくると次第に紙に書いたデザイン通りではなく、次はこっちの糸がいいかなと織りながら変更したりと後半は楽しめました。
織り終えて全体的にみてみると、撫でたくなるような愛しい感じがして胸がいっぱいでした。
あの感覚ははじめての感覚で、ここで表現できないのが残念ですが、織ったことで、また自分で紡いで染めた糸に出会いたい、色んな糸に触れてみたいと思いました。
先生にアドバイス頂いた箇所は直して良かったと改めて思いました。
ベタではなく、個性を持った糸同士を交互に入れるとそれぞれの糸が活かされるんだなと。
ベタだけで織っていたらその糸の良さが際立たないんだと分かりました。
このような経験が出来て受講して良かったと改めて思いましたし、経験させていただいた先生に感謝の気持ちでいっぱいです。ほんとうにありがとうございました。 Aさん



とにかく夢中で取り組んだ1時間でした。
杼が手から手へうまく渡るように、耳の糸の具合を確認し・・・と、緊張で肩がガチガチになってしまいました。それでも手足が迷わず動いた瞬間があって、そんな時はリズムが生まれた様で、嬉しくてこのまま織り続けたいと思ってしまいました。
ひと越しずつ進んでいくにつれ重なって見えてくる色、単色の続きだけでなく色同士が作用して際立ったり、引き立てたり、一色で巻かれている時には分からなかった世界が現れて来ました。
よく見れば、緯糸と経糸が交差して細かな陰影が出来ていて、織りものは平面のようで実は立体作品なのだと、当たり前のことに気付きました。
また、設計通りに進まないのをやりくりしながら規定の幅に収めていくのも楽しいものでした。

今回は先生に機を全て準備していただいて、自分では緯糸を通して織っていくだけでしたが、自分で紡ぎ、染めた糸で織ることが楽しく、小さな端切れがとても愛しいものになりました。
神経を使い、手間をかけて糸を紡ぐことから織り上げるまで手掛けるということは魂を込めずして出来るわけがないとよくわかりました。そうして織り上がった布からは作り手の苦労と愛情が滲み出し、美しく、人を魅了するのだと思いました。  Jさん



実習もいよいよ最後、織りの日になりました。
秋晴れのさわやかなお天気の中、静けさが心地よい工房にて、さっそく実習が開始されました。
今までの作業を通してだいぶ絹糸の感触に慣れてきたようで、糸巻きのときに糸の太さなどを触知する左手の感覚が、ずいぶん鮮明になってきたように感じました。
次にいよいよ織りの作業です。
注意する点がたくさんあり、初めのうちはかなりてんやわんやしましたが、最後のほうは少しリズムがつかめたように思いました。
しかし、自分の欠点で、「調子にのると詰めが甘くなる」という性質がくっきりと表れ、苦笑いしてしまいました。
その結果、数越ずつやり直すことになりましたが、毛羽で絡みやすい糸を傷めないようにしながら元に戻す作業を通して、緯糸だけでなく経糸にも十分注意を払う意識を持てるようになったように思います。

織りの作業を終えて、まずはゴールまで到達できたことへの充実感でいっぱいになりました。本来の一反分から比べれば極々わずかな長さではありますが、自分が設計したメジャーをもとに設定したゴールに到達するということは、とても大きなことでした。
それから、やはり強く感じたことは、布の出発点は糸であり、織りあがった布という形になっても、1本1本の経糸、緯糸はそれぞれとても強い存在感を放つのだということでした。
以前より布が好きで、つい布があれば触ったりひっくり返したりしてしまうのですが、それはあくまで布として平面になった状態でとらえていただけでした。「糸」なのだ、という、いわば当たり前のことではありますが、改めて意識に刻まれる実習となりました。 Kさん


自分で糸を紡いで、草木で染められた糸で布を織る本物の経験をさせていただきありがとうございました。
ただ、私はせっかくの貴重な紬糸を上手く生かせないデザインを作成してしまいました。もっと色やつながり、組み合わせをよく考えれば良かったと思います。
織りの方も手順に意識がいき、加減が上手く出来ず、独特の風合いが出ていなかったように思います。
糸を優しく扱ったり、一つ一つの作業を丁寧に行うことの大切さを実感します。
とても反省の多い体験でしたが、先生のアドバイスを頂き、修正しながら織らせていただいたので、素敵なものになりました。布が出来上がった時は嬉しかったです。
今後、着物を着る時は関わられるすべてに感謝する気持ちが強くなりました。  Cさん


 毎回、講座を楽しみにしている中、織る実習は、実際に真綿を紡ぎ、
7月の青々とした桜の葉と枝から染めた紬糸を使ってデザインし、織って
いくので、一連の工程によって、布が生まれる事の尊さをあらためて
感じました。
自分でデザインしたものが、実際にどのような感じになるのか・・・
不安と楽しみが入り混じりながらも、一織り、一織りの糸の重なりを
見ていくと、薄い色調ですが、それでも色それぞれがお互いの色を引き
立ててくれているような気がしました。
1本、1本の尊い糸によって布が生まれる事が、何より神秘に
感じています。お蚕さんや草木の命と向き合った時間を大切感じて
います。
手紬ぎならではの、風合いの糸を取り入れられた事が本当に嬉しい
です。  Rさん



今回の紬きもの塾に参加させて頂き
「プロの仕事」を拝見させて頂きました。
染織の仕事の工程からみたらほんの一部で、
全ての工程の中に糸と真剣に向き合っている姿勢を
感じさせて頂きました。
明確な目的(風合いのよい紬)のために
考え抜かれた作業工程を、今回のお教室で
学ばせて頂いたことは本当に有り難いことと思います。  Tさん




最後の方は、経継ぎ用に残す8寸ギリギリのところまで織ってもらいました。




2つの画像でよくわかるように、緯糸の太さに合わせて、糸の傾斜を変えて織ることも説明しました。
一越ひとこしを見つめながら変えていきます。
幅や、色の出方もこれだけのことで違ってきます。




緊張が解け、織り終えてホッとした表情をみなさんが必ずされます。
そして何故か嬉しそうです。。。
私も一番神経を使うのがこの織りの回の時ですので、無事に終わってホッとしました。
みなさん、良く織り上がりました。








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第6回紬きもの塾 「 織物設計」

2013年10月07日 | 紬塾 '13~'14

並んで糊付けした糸をほぐしているところ。


真剣な表情だけれど、難しい・・・


今回はいよいよ織りに入るための準備として自分が紡いだ糸の長さを確認し、9寸幅に織るために、
何越し分の糸があるのかを計算しました。

それからデザインに入りました。
条件は自分が紡いだ糸は全て使うデザインであること。
できれば1本1本の糸の形がわかるよう、ベタ使いだけではなく地糸と混ぜる箇所も入れて下さい、
というものでした。
赤や青などの色糸を使う使わないは自由。
毎回条件は同じです。

しかし、デザインというとどうしても自分の思いが強く出て、紡いだ糸のことは忘れてしまうようで、
思い通りにいかず悩んでばかりで前に進めません。
私は自己表現系の織物実習をしましょう!とは言っていません。

自分の紡いだ糸の形を見つめる布を織って欲しいのです。
まずは紬布の風合いや糸の力を知ってほしい。
色やデザインは後からでいいのです。

自分の糸を使い切った時に生まれてくる図案と出会えばいい。

真綿を引き出して生まれてくる糸の形はどうなんだろうか?
美しいのか?細いのか、太いのか?
そういうことと出会うための織物実習です。

自分の小さな頭の中だけで考えたり、どこかで見たような紬織りのイメージを真似てみたりの
観念的なことではなく、実践の中からの学びが大事です。

もっと自由に、柔らかな頭で受け入れてみる。
そこからアイデアが逆に生まれてくる可能性もある。
不自由を不自由と思わない自由。

そちらのほうがどんなにか自由で面白いと思うのだけれど。。。

今日、図案が出来上がらなかった人も実習日までよく考えて、あまりいいもの作ろう!とか気負わず、
素直に今ある自分の糸と向き合ってください。

目の前にある、旬の食材を生かして献立を考えたり、調理したりすることと、何ら変わりはありません。


太めに紡いだ緯糸を管巻機で巻いているところ。固く巻きすぎてしまう人もいましたが、糸を伸ばさないようほどほどに紡錘形にまきす。






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第5回紬きもの塾  桜で染める

2013年08月01日 | 紬塾 '13~'14


今年も暑い盛りに桜染の講習をしました。内容は過去の紬塾ブログも参考にしてください。

一人で染色するときは自分の仕事を次々と段取りよくやることに専念すればいいのですが、
二人ひと組になってもらい3組に別の作業を同時進行してもらうには、私は頭をフル回転させながらみんなに指示をし、していることのチェックもしなければなりません。
歳のせいかなぁ?結構疲れました~

さて今回は先日手つむぎしてもらった糸と古くなった半衿、帯揚げの白生地を染めました。

媒染は無媒染と灰汁媒染をしました。
本来は灰汁媒染は時間をかけるものなのですが、多少短縮版で行いました。

桜は葉と小枝を一緒に煮出しました。
枝葉を分けてもいいのですが、今回は煎汁で分けてみました。

煎汁はだんだん薄くなるというだけではなく色の違いも出てきます。
部位を分けたり何煎目かを分けたり媒染剤で分けたり、またその順列組合せでも広がっていきます。
更には季節でかなりの違いもあります。
工夫と自由な発想をもつことの面白さを桜は教えてくれます。

学校でも社会的にも刷り込まれている先入観、固定観念、あるいは人がなるべく考えないように過剰に簡単、便利な暮らしの道具たちのせいか、人間本来の感覚は残念ながら鈍ってしまっているように思います。

このささやかな染色体験が少しでも感性を刺激し良い方へ生かしてもらえると嬉しいです。

大事なことは一人ひとりが自然やモノをよく観察して自分で気付き発見し、考え工夫して実践することです。

「煮出しの時間は何分ですか?」という質問に、「煮出しの色を見ながら決めます」と答えました。
そういうふうに書かれた染色の技法書はないでしょうね。。。

でも私はそれが本当の技法書や教えだと思います。

昨年出版した作品集『樹の滴―染め織り着る』も「これまでにないもの」と言われましたが、
シュルレアリスムな(!?)超現実(主義・主張ではない)、本当の現実を書いた技法書も書いてみたくなりました。
売れないでしょうけれど、、、実現したらその技法書自体がアートと言えるでしょう。
本当のことを気づかせてくれるのがアートや自然です。


参加者にも今まで草木染の講習を受けたり、化学染料を中心とした仕事をしている方もいたのですが、私のやり方はそれとはだいぶ違ったようです。

みなさんに感想を聞くと、今まではものを見ないでマニュアル通りにしていただけだったり、思い通りの色になるまで無理やり染めていくやり方だったり、糸の洗い方一つでも違っていたということでした(綛の持ち方一つで糸は毛羽立ったりします)。

煮出しを担当してくれた方が、「桜の煎汁はかすかにとろ味を感じた。そして美味しそうに(桜が)ほっこりたけた煮物のような匂いになったとき、煎汁は薄くなっていた」と感想をもらしてくれました。

料理の感覚もおいしいお茶を入れることも、草木の生木を使うときは一緒です。
美味しいコンソメやお出汁を取ることが料理では大事ですが、桜のお出汁で糸や布を炊くのです。
よく煮含められるよう火加減や時間は状態を見ながら、またしっかりとした味になるよう時には一晩煮汁に漬け込むこともあるのです。

そして最後は日々の洗濯も染色の同一線上のもので、繊維の汚れや汗をどうとればいいのかを布と向き合っていくこと、と締めくくりました。

炭酸塩での洗濯が私はほとんどです。参加者にもお勧めしました。
糸の精錬(セリシン除去)もアルカリ剤(私は灰汁ですが)を利用しますが、汚れも落ちて白くなるのです。
衣類や布ナプキンについた経血もほとんど白くなります。

今年も水不足ですし、すすぎの簡単な炭酸塩を是非試してもらいたいです。
炭酸塩の洗濯ははネットで検索してみてください。
洗濯槽の汚れ取りにもいいようです。

汚れと向き合う洗濯も楽しです。










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