先程、ときおり愛読している【 日刊ゲンダイ 】を見ていたら、
『 74歳のヨネスケさんは散歩でお金をかけず健康維持
よく行く庭園は入場料もタダ
【おひとり様の老後は楽しい】 』
『 74歳のヨネスケさんは散歩でお金をかけず健康維持
よく行く庭園は入場料もタダ
【おひとり様の老後は楽しい】 』
と題された見出しを見たりした。
私は東京の調布市に住む年金生活の78歳の身であるが、
私より5歳若い家内と共に、古ぼけた戸建てに住み、ささやかに過ごしている。
こうした中で、
こうした中、齢を重ねるたびに、体力の衰えを実感させられ、
物忘れも時折あり、やむなく独り微苦笑したりしている。
こうした中、齢を重ねるたびに、体力の衰えを実感させられ、
物忘れも時折あり、やむなく独り微苦笑したりしている。
「いってみれば、私も正真正銘のいわゆる独居老人なわけだけど、
テレビのドキュメンタリーで描かれるような悲惨さはありませんよ。
昔ならともかく、人生100歳時代のまだ74歳。
やりたいことも、まだまだありますしね」
約8年前に、はじめたひとり暮らしの日々だが、
ヨネスケさんの表情からは、悲哀の色はまったくうかがえない。
「そりゃ、部屋でひとりっきりになったとき、
ふと寂しいと感じることがないとはいいません。
でも、それは家族と一緒に暮らしていたって、
誰でも感じることはあるんじゃないんですか。
寂しさを・・・。
“自業自得”とはいえ、結果として自由を選ぶことになったわけだし、
気兼ねなく、いろんなことができるという良さもある。
なんでも前向きに考えなきゃ」
ひとり暮らしの寂しさを心配してか、
まわりにはペットを飼っては、どうかと勧める人もいるという。
「ペットは、たしかにかわいいですよね。
でもね、なんといっても死んじゃったときの別れがつらいでしょう。
それに、仕事で旅も多いし、夜遅く帰ってくることもある。
たとえば、犬はかわいいけれど、ひとりにしておくのはかわいそう。
散歩させなきゃいけないしね。
もっとも、私が子どものころ、まわりにもいっぱい犬はいたけれど、
いまの都会生活のペットと違って、飼うのは、まず屋外でしたよね。
それに『はい、散歩に行くよ』なんてことはなくて、
犬は好き勝手に歩き回っていたけどね。
もちろん、ペットフードなんてなかったから、
なんか適当に食べていましたよね・・・(笑)」
そんなヨネスケさん、犬と一緒ではないが、
時間のあるときには、よく散歩に出ているようだ。
「とにかく街歩きが好きなんですよ。
人を見ているのは、飽きないし、楽しい。
それにちょっと歩けば、
甘泉園(公園・徳川御三卿だった清水家の下屋敷跡)もあるし、
細川庭園(正式名・肥後細川庭園)もある。
どちらも、そりゃ見事なものですよ。
天気のいい日なんか最高ですよ。
いい運動になるし、最近脚が衰えてきちゃっているから、
トレーニングにもなる。
太陽の光を浴びると、セロトニンって物質が頭の中に出て、
気分がよくなるらしいし、
老化防止には、歩くのがいちばんいいっていうじゃないですか」
そう語るヨネスケさんの顔は、かすかに日に焼けていて、
健康そうだ。
オシャレなスポーツウエアに身を包んだ体も、
引き締まっているように見える。
「なんてったって、大殿様の屋敷だったところだから、
とにかく広い。
一歩足を踏み入れたら、都会のど真ん中とは、とても思えない。
とくに細川庭園はすごい。
大きな池があったり、すごい灯籠があったり、
植木も見事なものですよ。
歩道を歩いていると、きれいな花も咲いている。
坂や階段もあるから歩いているだけで、
なんか健康にいい感じがするし、すがすがしい気持ちになれる。
気が向いたら、風景とか花の写真を撮ったりするんですよ。
人に見てもらったり、ヒマなときに見て楽しんだりしてね・・・」
庭園内では、見知らぬ人と挨拶を交わしたりするが、
これも人好きを自任するヨネスケさんにとっては、心地いい瞬間だ。
「疲れたら、ちょっと休んでボーッとしたり、考えごとをしたり」
とゆったりした時間を楽しんでいるようだ。
「家で塞ぎこんで、ジッとしていたってはじまらない。
とにかく外に出て歩いてみることですよ」
ヨネスケさんにとって、上機嫌でひとり暮らしを過ごすためには、
散歩は欠かせないようだ。そしてこう付け加えた。
「こんな見事な庭園が、入場料はタダ。信じられませんよ。
お金がなくたって、楽しいことはいっぱいあります」・・
注)記事の原文に、あえて改行を多くした。
今回、《・・落語家のヨネスケさん、散歩でお金をかけず健康維持」・・》、
78歳の私は学び、多々共感させられ、微笑みを重ねたりした・・。
しかしながら、私はペットは苦手であるし、
都心の公園は、人出が多いので、少ないと思われる時節に訪れたりしている。
私は世田谷区と狛江市に隣接した調布市の片隅の地域に、
農家の三男坊として生を受けたけした。
やがて都心の高校に通学して以来、都心の底知れぬ魅力に圧倒的に魅了され、
通勤を含めて45年ばかり彷徨(さまよ)ったが、
定年後に年金生活を始めて、私の住む3キロ範囲を歩き廻るのが、何よりも心身安らぎを得ている。
そしてここ10数年、デパートに買物、懇親会、冠婚葬祭などで都心に出れば、
人出の多さに疲れ果て、やがて我が家の最寄駅のひとつ『成城学園前』駅に降り立つと、
何故かしら安堵している。
こうした中は、自宅から3キロ範囲にある遊歩道、小公園、住宅街を歩いたりし、
ときには45分ばかり歩くと深大寺があり、隣接した処に都立・神代植物公園があり、
年金生活の中、幾たびも尋ねたりしてきた。
私が自転車で通学した神代中学校があり、
近くに開園する前の都立・神代植物公園になる雑木林の地域があり、
私は自転車で、下校後に学友と周辺を自転車で廻ったりしてきた・・。
やがて私は、1960年(昭和35年)の春に卒業して、
そして1961年(昭和36年)秋に、開園になったりしてきた。
農家の三男坊として生を受けたけした。
やがて都心の高校に通学して以来、都心の底知れぬ魅力に圧倒的に魅了され、
通勤を含めて45年ばかり彷徨(さまよ)ったが、
定年後に年金生活を始めて、私の住む3キロ範囲を歩き廻るのが、何よりも心身安らぎを得ている。
そしてここ10数年、デパートに買物、懇親会、冠婚葬祭などで都心に出れば、
人出の多さに疲れ果て、やがて我が家の最寄駅のひとつ『成城学園前』駅に降り立つと、
何故かしら安堵している。
こうした中は、自宅から3キロ範囲にある遊歩道、小公園、住宅街を歩いたりし、
ときには45分ばかり歩くと深大寺があり、隣接した処に都立・神代植物公園があり、
年金生活の中、幾たびも尋ねたりしてきた。
私が自転車で通学した神代中学校があり、
近くに開園する前の都立・神代植物公園になる雑木林の地域があり、
私は自転車で、下校後に学友と周辺を自転車で廻ったりしてきた・・。
やがて私は、1960年(昭和35年)の春に卒業して、
そして1961年(昭和36年)秋に、開園になったりしてきた。
この後、季節の変わるたびに訪れてきた・・。
やがて2004年(平成16年)の秋、ある民間会社を定年退職後、
多々の理由で年金生活を始めると、
やがて2004年(平成16年)の秋、ある民間会社を定年退職後、
多々の理由で年金生活を始めると、
月に2回ぐらい訪れて、季節の移ろいを享受されたりした・・。
こうした根底には、小学生の頃までの生家の情景を思い馳せて、
心のふるさとの情景・・思い重ねたりしてきた・・。
私の住む地域に於いては、毎年、11月3日の『文化の日』の頃から、
あまたの落葉樹の葉は、朱色、紅色、黄色などに多彩に染め始め、
やがて11月23日の『勤労感謝の日』の頃になると、
周囲一帯までは朱色、紅色、黄色、茶褐色などに染められる錦繍(きんしゅう)の情景となっている。
今年は、平年より暖かな秋を迎え、都立・神代植物公園、周辺は、
落葉樹の色合いは・・と思いながら、訪れたりした。
そして数10枚の写真を撮り、ともすれば忘れがちな情景を、
記憶のかたみとして、撮ったりした。
そして技量の乏しい私は、せめて心の思いは・・と思いながら撮ったりした。
こうして私は年金生活を始めて、早や19年生になるが、
つたない定年退職時まで歩んだ私でも、人並みに程々の年金を頂き、
閑静な時に自由に散策ができることに、改めて倖せを感じたりしている・・。
落葉樹の色合いは・・と思いながら、訪れたりした。
そして数10枚の写真を撮り、ともすれば忘れがちな情景を、
記憶のかたみとして、撮ったりした。
そして技量の乏しい私は、せめて心の思いは・・と思いながら撮ったりした。
こうして私は年金生活を始めて、早や19年生になるが、
つたない定年退職時まで歩んだ私でも、人並みに程々の年金を頂き、
閑静な時に自由に散策ができることに、改めて倖せを感じたりしている・・。