私は東京の調布市の片隅みに住む年金生活の73歳の身であるが、
私たち夫婦は子供に恵まれなかったので、我が家は家内とたった2人だけの家庭であり、
雑木の多い小庭の中で、築後38年を過ぎた古ぼけた一軒屋に住み、自動車もない稀(まれ)な家となっている。
そして家内は私より5歳若く、お互いに厚生年金、そしてわずかながらの企業年金を頂だいた上、
程ほどの貯金を取り崩して、ささやかな年金生活を過ごしている。
こうした中、昨年の11月初旬、家内が家内の妹から電話連絡を受け、
家内の妹ご夫妻のご長男が結婚することになったわ、
と家内がこのような意味あいの言葉を、私に言ったりたりした。
やがて家内の妹ご夫妻より、丁重な招待状を郵送されてきたので、
私たち夫婦はデパートに行き、鳩居堂銀座本店が出店している所で、結婚祝いののし袋を買い求めたりした。
そして幾ばくかのお祝い金を同封して、後日、家内が家内の母宅に介護に行った時、
家内の妹と家内の母宅で会ったに手渡したりしてきた。
明日の28日が結婚式、披露宴であり、我が家からは少し遠方に伴い、
私たち夫婦は本日の27日に現地に行き、ビジネスホテルに宿泊することとした。
ここ一週間、私たち夫婦は、礼服を含めて衣類など、出し入れをしてきた。
こうした中、『結婚式に招待されるなんて・・何年ぶりかなぁ・・』
と私は家内に言ったりしてきた・・。
やがて私は、机の引き出しの中にあるノートを見て、
私の妹夫婦の次男が、過ぎし2001年(平成13)年の初秋に結婚式を挙げて以来で、
なんと17年ぶりに結婚式、披露宴に参列することに、微笑んだりした。
もとより私たち高齢者夫婦には、親戚、知人などの御通夜、告別式には、
私が定年退職後の2004年(平成16年)の秋以来、10幾つかを参列し、
お別れが多かったりしてきた。
過ぎし一週間前、私の妹夫婦の次男が、2001年(平成13)年の初秋に結婚式を挙げた時の頃を
私はぼんやりと思い馳せたりした・・。
私はこの当時はリストラ烈風の中、出向となり、奮闘していた時代であった。
私にとっては、妹夫婦の次男であるので甥っ子であり、会場が東京ディズニーランドの近くのホテルで、
結婚式と披露宴をしたのであった。
この時に私は叔父として、家内と共に招待状がきたので、
『この際ですから・・新しくできた【ディズニーシー】・・ゆっくり観たいわ・・』
と家内は私に言ったのであった。
『だったら、泊まるしかないなぁ・・』
と私は言ったので、
『そうしましょう、前から観たかったの・・』
と家内は私に微笑みながら言ったのである。
私はこうしたことが何よりも怖かったのである。
遥か遠い昔、1975(昭和50)年、私は家内と交際して婚約する前の頃、
家内は茶事を中学生から習い続けていたことに好感し、
私は無知な和事を少し学べるかしら、と秘かに微笑んだりしていた・・。
そして翌年の春に結婚日が近づくと、
新居の賃貸マンションの一室に、私たちはお互いに荷物を運び入れたりしていた。
この時に、家内の荷物の中から、数多くの茶道具は予期し、
私は家内と共に、梱包された箱から茶道具を取りだしたりしていた・・。
その後、もとより衣服などの箱もあり、そうした箱の横に、ひとつの箱があった。
そして家内は嬉しげに、この箱を開けたら、
何故かしら10センチぐらいの背丈のミッキー・マウスを見た時は、
私は驚きながら、
『俺・・知らなかったよ・・聞いてもいなかったし・・』
と私は小声で家内に呟(つぶ)やき、そして溜息をしたのである。
私は家内と結婚して、苦楽を共にして42年目となっているが、
私の結婚生活で、何より最大の誤算は、家内がディズニーのキャラクター品が好きである、
という現実である。
私は、ネズミを変貌させたミッキーなどが、どうして可愛らしいか、未(いま)だに解らない。
家内は、血液型はA型せいか、何事もやるとなったら、きっちりとする言動のひとりで、
家内は翌日、本屋に行って、『ディズニーランド&ディズニーシー』と明記された本を買い求めて、
私が深夜に会社から帰宅した時、精読していたりした。
そして、『ここも寄って観ると楽しい・・と書かれているの・・』
と家内は少し高揚した思いで、私に言ったりした。
この15、6年前、私たち夫婦は家内の妹の家族と共に、
初めてのディズニーランドに行ったが、私としては酷い目に遭った。
ビールを呑みたい、と思っても見つからない。
煙草を喫いたいと思っても、外れの一角であり、何よりも人手が多く、疲れたりした。
その上、夕刻になると更に込み合った上、
ミッキー率いるオンパレードの行進みたいのが始まったりして、
大人がゆっくりとする場所などはなかったりした。
こうした私のささやかな体験から、
ディズニーランドは、小学生から高校生の女の子が最適な遊園地、と確信したりした。
或いは、若いご夫婦が幼児に夢を与えようとして、若い家族連れで行く所、と思ったりした。
家内の解説に寄ると、
ディズニーシーは、ビールを呑めるレストランが多く有り、
ディズニーランドより大人風に出来ているわ、と私に言ったりした・・。
まもなく私は家内に対して、日頃何かと無理を言っているので、
この際だからと、暦も三連休であり、そして一日は代休を頂き、3泊4日で行く事にした・・。
結果としては、ディズニーシーの最寄の『シェラトン・グランド・トーキョベイ』に
三連泊することとなった。
そして私たち達は、結婚式の前日にホテルにチェックインした後、
家内の先導で『ディズニーシー』に行ったりした。
そして、翌日の華やいだ盛大な甥の結婚式と披露宴を終え、
ホテルに戻り、着替えが終わると、
『なるべく・・遅くまで、いましょうね・・』
と家内は微笑みながら私に言ったりした。
私は少し疲れていたので、
『程々にね・・』
と苦笑しながら家内に言ったりしていた。
翌日も、数多くの乗り物を乗車したり、あるいは観光船のようなのに乗船したり、そして見世物を観たし、
園内を廻ったりした。
家内はときおり歓声をあげながら元気溌溂であったが、
私は疲れ果てて、そしてため息をしながら、家内の後を付いていたりした。
私の少なからず慰めは、食事処で、ビール、ウィスキーを呑みながら、
各国の料理を食べられたぐらいであった。
そして、この夜、ホテルの部屋からのベランダの傍に椅子に腰掛けて、
花火が観られたのが綺麗だった・・。
風呂あがりでビールを片手に、煙草を喫い、家内と取り留めない話をしたりした。
そして、翌日チェックアウト前、ホテルの庭園を眺めたりした後、帰宅した。
こうした私にとっては、苦い行程であったが、
今としては結婚式の場所を活用して、あんなことがあったよなぁ・・
と懐かしさも加わり、微苦笑したりしている。
果たして、今回の17年ぶりに結婚式、披露宴に参列することに、
血液型B型の私とA型の家内との風変わりな私たち夫婦は、どのようになるかしら、
と私は微笑んだりしている。
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