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夢逢人かりそめ草紙          

定年退職後、身過ぎ世過ぎの年金生活。
過ぎし年の心の宝物、或いは日常生活のあふれる思いを
真摯に、ときには楽しく投稿

東京郊外は、白雨(はくう)の後、真夏日は過ぎ去り・・。

2010-09-14 20:00:53 | 定年後の思い
私は東京郊外の調布市に住む年金生活6年生の65歳の身であり、
今年の夏は異常に熱い日々が続き、
過ぎし8月23日の「処暑」が過ぎても、32度前後の残暑厳しい日が多く、
暑さはいつまで続くの、と私はぼやいたりしていることが多くなっている・・。

今朝の6時は23度ばかりで、曇り空の中、朝涼(あさすず)となり、
日中は快晴となり30度前後で残暑は厳しく、
夕方の6時には27度前後で、一部の地域で雨が降る、と予測されていた。

私はいつものように午前11時過ぎに、
晴れ時々曇り空の中、スーパーに買物に行った後、
少し汗ばんだが、ひところの猛暑より楽だ、と感じながら着替えたりした。

午後2時過ぎに、居間の外れに簡易ベットを敷いて、
横たわった本を読み始めた時、
幾分空は暗くなり稲光が光を帯びたりした。

この後、私は本を読み、うとうとと昼寝をしたが、
激しい雨脚で目覚めた・・。

私は起き上がり、時計を見ると、3時半過ぎであった。

私は待ち焦がれた雨であったので、着替えて、
玄関庭の軒下に下り立ち、煙草を喫いながら、激しく降る雨を眺め、微笑んだりしたのである。

風が少し伴っていたので、樹木は豪雨を受け、枝葉は揺れ、
樹木越しの景色は白いベーエルに覆(おお)われたかのように霞(かす)んでいた。
そして、地上の草花は水しぶきを受けて、乾ききった大地を潤(うるお)しているが、
激しい雨を受けて、もう・・だめぇ、といったように震(ふる)わしていた。

私の履いている下駄も水しぶきを受けていたが、
待ち焦がれた雨の情景を見つめていた。

私は微笑みながら、居間に戻った後、
『少し早かったけれど・・やっと・・降ったねぇ・・』
と私は笑いながら家内に言った。

この後、私はふたたび簡易ベットに横たわりながら、
雨脚の音を聴きながら、本を読んだりした。

そして5時半過ぎに起きだして、玄関の軒下に下り立つと、
雨は上がり、濡れた樹木の枝葉を眺めたりすると、
白雨(はくう)の後のせいか、25度前後かしら、と自然クーラーの冷気を甘受けたりしたのである。

そして付近から、鈴虫(スズムシ)と蟋蟀(コオロギ)の二部合唱が聴こえてきた・・。

私は俳句を詠む素養はないが、たわむれに一句、脳裏に浮かべた。

  白雨(はくう)あと 涼(すず)しかりけり 雨しづく

このような拙(つたな)い歌を詠みながら、やはり俳句を詠む素養はないなぁ、
と微苦笑したりした。


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日記<br>

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蔦(つた)温泉『蔦温泉旅館』 2010.5.31.~6.2.

2010-09-14 09:37:47 | 想いでの宿
この旅行はたまたま私達夫婦の結婚して35年目となっていたので、
家内の要望は、日本海に面した青森県の黄金崎温泉の『黄金崎(こがねざき) 不老ふ死(ふろうふし)温泉』に行って観たいわ、
というのが発想の原点であった。

結果的には、JR東日本が発行している『びゅう(VIEW)』の『北東北 青森・秋田・岩手』編を見て、
喚起されて、少しばかり変ったプランを私達は決定したのである。

東京駅から秋田新幹線『こまち』で秋田駅に着いた後、
リゾート『しらかみ』に乗り換えて北上し、『ウェスパ椿山』駅で下車した後、
日本海に面した青森県の黄金崎温泉の『黄金崎(こがねざき) 不老ふ死(ふろうふし)温泉』の新館に3泊する。

この後は、リゾート『しらかみ』で北上し青森駅の終点まで、
そして竜飛岬まで津軽腺とバスを利用して、竜飛温泉の『ホテル竜飛』で3泊し、
竜飛岬を散策する。

その後は青森駅に戻った後は、
駅よりバスで70分ぐらい乗った先の山里にある酸ケ湯(すかゆ)温泉の『酸ケ湯温泉旅館』に1泊にして、
少し奥まったブナの多い森があり、この中の一部に遊歩道があり蔦温泉の『蔦温泉旅館』の西館に2泊することにした。、

そして青森駅に戻った後、特急スーパー『白鳥』で八戸駅で下車した後は、
近くにある鮫駅に移動して、
蕪(カブ)島でアホウドリを観て、八戸駅に戻り、
八戸駅より東北新幹線『はやて』で東京駅に帰京する9泊10日間の日程となった。

このようなプランで、今年の2010(平成22)年5月24日~6月2日に周遊してきたが、
【若葉の彩(いろど)る頃の青森紀行・・。【2010.5.24.~6.2.】】
と題して、帰宅後に【旅】のカテゴリーで10話ばかりで連載投稿をしている。


さて 肝要の蔦(つた)温泉『蔦温泉旅館』に5月31日、6月1日に連泊したが、
前日に山里にある酸ケ湯(すかゆ)温泉の『酸ケ湯温泉旅館』に1泊にした後、
5月31日の10時過ぎに『酸ヶ湯』からは、十和田湖方面の路線バスに乗車した。

車窓からは芽吹き、新緑、そして若葉がそれぞれの落葉樹により異なるが、
みずみずしいたわわな葉は陽射しを受けてきらめいたりする中、
バスでわずか30分足らずで、『蔦温泉』に到着した。

この広いブナを中心とした中で、たった一軒の宿である。

http://www.thuta.co.jp/index_p.cgi
『蔦温泉旅館』ホームページ☆

このホームページの『ぶなの森』の欄で掲載されている通り、
《・・
蔦温泉の周辺にはぶなの森を縫うように約2.4Km、
時間にして約一時間程の遊歩道が整備されています。

この遊歩道をひとまわりすると、蔦七沼と称される湖沼群の内、六つの沼を巡るこ
とができます。
大小様々な沼の水面に映るぶなの森が人々を魅了します。
・・》
このように解説され、私達は旅立つ前に調べたりしていたので、
チエック・イン前の時間であったので、旅行バックを預かって頂き、
念願のブナ林の遊歩道を歩き出した・・。

整備された遊歩道を歩き、ヤチダモ、オニグルミ、サワグルミを見たり、
ブナ、ミズナラの大木は、聳え立つように数多くあり、
私は圧倒された。

私は見惚(みと)れたり、デジカメで10数枚を撮ったりしていると、
たまたま通りがけの70代なかばの男性で、この付近にお住まいの方から、教えて頂いた・・。

ほんの一ヶ月前の頃は、落葉していた広葉樹が冬芽から春芽に育ち、
若葉が芽吹く直前に、
紅葉や萌黄色になる数週間の樹木の芽は鮮やかに萌える彩りとなる。
こうした光景を古来の人たちから、春もみじ、と称してきた。

この地のブナ林は、5月初めに芽吹き、そして萌黄色の葉、そして新緑となり、
下旬の頃には若葉とまたたくまに色合い染める。

このブナ林は、原生林だったが、
明治の初期の頃は薪や木炭を作る為に伐採されたりしたが、
秋に数多くの落ちた種子が自然に発芽して育ったブナで、樹齢100年前後が多い。
しかし中には、伐採されなかった数百年の大木も数多くある。

そして紅葉の10月中旬から下旬になれば、
ブナ、カツラ、トチノキの大木は、黄色に染めはじめて、
やがて葉が散る頃に、
ヤマモミジ、カエデ、ナナカマドが朱紅色、紅色に染められて、
数週間後には雪が舞い降る、
と錦繍期の情景も教示してくれた。

このような確かな言葉に、私は礼を重ねた後、別れた。


私達はブナ、トチノキ、カツラなど見たり、見上げたりしていると、
カエルの鳴き声と共に、蝉(セミ)の鳴き声が響いてきたので、
この時期にどうしてなの、と驚いたのである。
この後、温泉旅館で夕食を頂く前に、
エゾハルゼミですわ、と仲居さんから教えられた。
私は、蝦夷・・春・・蝉・・、と心の中で呟(つぶや)いたりした。

この豊かなブナ林で、渓流もあり、
私はムラサキ・ヤシオ・ツツジにも魅了された。
紫色に濃い桃色、或いは桃色に紫色を混ぜ合わせた色合いで、
渓流の中にある小岩に根を下ろして、恥ずかしげに咲いていた。
こうした情景を眺め、しばらく私はたたずんだりした。

私達はゆったりとブナ林をさまように2時間ばかり歩き、
お互いに至福の思いで、温泉旅館に向った。


私達はブナ林をゆったりと散策した後、蔦温泉旅館の食事処で昼食とした。
私は少し汗ばんだので、ビールを呑みながら、
冷たい稲庭うどん、セットされた”おいなりさん”を頂いた。
想像したより、遥かに冷たい稲庭は美味しい上、
期待していなかった”おいなりさん”が私の趣向に合致していたので、
『確かな味で・・美味しいよ』
と私は家内に微笑みながら云った。

私達が昼食を終る頃、
お部屋の用意ができました、と館内の仲居さんから連絡を受けた。


この後、館内を歩くたびに、私は驚かれされた。
この本館は天井、柱は周辺の森から切り出された材木がふんだんに取り入れ、
エンジュの長押、トチの樹のコブを生かした装飾の数々・・
一部は築後100年近いもあり、書院造りの床の間も豪壮で、
そして別館へのは本館から60段の優美な存在感のある階段は圧巻であった。

私達の宿泊した部屋は、20数年前の建てられた西館で近代的な造りであったが、
窓辺からのブナの森が隣接していたので、
早朝、朝、昼下がり、夕暮れの陽射しのうつろいが、樹木の枝葉を照らす輝き、
見飽きることのない光景であった。
そして、夜には満天の星空が観られた、格別に景観の良く、
私達は幾度も、その時々に見惚(みと)れたりしたのである。

私は浴室に行った時、仰天させられた。
2泊している間、男女別の『泉響の湯』、そして男女交代制の『久安の湯』に、
何度も通った・・。
しかし最初に入った時、観光ホテルなどにある洗い場の湯の蛇口、シャワーもなく、
私はどうしてなの、と驚ろいた。
そしてボデー・ソープのみがあり、困ったなあ、というのが本音であった。

やむえず私は、90センチ正方形の掛け湯の湯船から湯桶で幾度もかけ、
ボデー・ソープをタオルにたらして、身体にこすった後、
掛け湯から湯桶で幾度もかけたり、
髪毛にボデー・ソープをたらして、髪の毛をこすり、
そして身も心も清めようと掛け湯から湯桶で幾度もかけたりしたのであった。
部屋に戻った後、ヘアー・シャンプが備品としてあったので、
私は苦笑した。


肝要の湯舟であるが、ホームページにある言葉をお借りすれば、
《・・
蔦温泉のお風呂はいずれも源泉の上に浴槽があり、
ぶなを使用した湯船の底板から湧き出す、
手が加えられていない「生の湯」をお楽しみいただけます。

「湯がこなれている」「こなれていない」という表現をしますが、
湯が空気に触れた度合いを言葉で表現したものです。
こなれていない温泉は刺激があり最初熱く感じます。

蔦温泉の「生の湯」というのも「こなれていない」湯のことであり、
当然最初は熱く感じます。
しかし二度三度と入るにつれ、やさしい湯であることが実感できるはずです。
・・》

このように解説されているが
湯船の底板はブナの感触を楽しみ、鈍(にぶ)児の私でも最初からやさしい湯と感じ、
ヒバ材をふんだんに使用され、天井も遥か三階のような高さを見上げたり、
10分ぐらい浸かっていると、身も心も温まる湯であった。

夕食は苦手な部屋食であったが、
山菜のタラの芽、山ウド、ゼンマイ、ワラビ、フキノトウなど、
素材を生かし、創意工夫のある料理である。
そして朝食も含め、何気ない素材でも、料理された方の良心が感じられる数々で、
都心の少しばかり高級な食事処より遥かに素朴で上品な味であった。


この旅館は、建物の背景にブナ林があり、
遊歩道も整備され、身近にブナ林を散策でき、芽吹き、新緑、若葉の春の情景、
夏はたわわな葉で涼しく、
錦繍の時節には、黄色、朱色などに染まり、そして落葉、
そして落葉樹は舞い降る雪となり、静寂な冬眠のような情景、
いずれの季節も、多くの方たちに魅了させる稀な立地かしら、と私なりに思ったりしている。
そして数多くある観光ホテルより、館内の建物、人も、素朴さと品格があり、
私としては限りない美を感じたのである。

旅行の最終日の6月2日も快晴の朝に恵まれ、
私達は8時半過ぎにチエック・アウトし、
少しばかり親しくなった仲居さんに、
『雪のある冬の情景を観に・・また来たいです』
と家内は微笑みながら云ったりした。

家内は専業主婦の多くにある辛口のひとりであるが、
珍しく料理、部屋、そして風呂の三拍子が気に入り、
そして夕食が終った頃に食事処の館の近くに齢を重ねた狸(タヌキ)が独りで訪れるれのに、
魅了されていた。

私達は旅館前のバス停で9時過ぎの青森駅行きの路線バスに乗り、
八甲田山の山峰を眺めながら、青森駅に向った。


尚、余談ながら館内、食事処の館で見かけた仲居さんの3名は、
私が見た限りは、黒髪に目が澄んだ方で、日本広しといえども有数な美人であり、
都心で際立った美人といわれる方より、遥かに凌駕していることを付記しておく。


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このサイトのカテゴリー【想いでの宿】の新設に際し・・。

2010-09-14 07:31:57 | 想いでの宿
私は東京郊外の調布市に住む年金生活6年生の65歳の身であるが、
家内と共通趣味は国内旅行であり、子供に恵まれなかったこともあり、
新婚時代から国内の各地に四季折々訪れている。

私の現役時代は民間の中小業に35年ばかり勤めたにサラリーマンで、
数多くの人と同様に多忙な身であり、
大企業のエリート・コース、官公庁のキャリア・コースにも程遠い身であるが、
それなりに短かな旅をしてきた・・。

この間、私も一戸建を構えて住宅ローンの返済に困苦したこともあり、
シティ・ホテル、リゾート・ホテル、ビジネス・ホテル、観光ホテル、
旅館、公共観光ホテル、民宿、会社関連の保養所などを宿泊したが、
つたない私はハイクラスな料亭旅館、シティ・ホテルは無縁である。

従ってその時代の旅路は、程ほどの価格の宿泊をしてきたのである。


2004(平成16)年の秋に定年退職後、直ちに年金生活としたので、
少しは長い6泊7日前後の旅もあったりしてきたが、
点在した観光地を周遊するコース、
或いは観光地のホテル、旅館などで滞在し周辺を観るコースに大別される。

この中に於いては、旅行会社の主催に基づいて、団体観光ツアーも私達夫婦は数多く利用したり、
私達ふたりだけで個人旅行も重ねたりしてきた。

そして、私は定年後は自動車の普通免許書を放棄した身なので、
個人旅行、団体旅行に関わらず交通機関は、JR、私鉄、バス、飛行機、フェリーなどに頼って旅行をしてきた。


今回、このサイトのカテゴリー【想いでの宿】の新設したのは、
これまでは旅行に関しては、
【旅】と命名したカテゴリーは、出来うる限り紀行文の形式で綴り、133通ばかり投稿し、
【旅のあれこれ】と称したカテゴリーは、旅の前後の思い、旅先のこぼれ話を綴り、159通となっている。

しかし、ここ数10年は、観光地、観光先の観光ホテル、旅館も変貌することが多いので、
改めて宿泊先で、その時代、その時に感じたことなどを独立させて、投稿文を綴り、
私達夫婦の『のちの思い』となれば、あえて独立させた。

もとより【旅】の紀行文の形式と違い、素直に気楽に記載するので、
お読み頂き、ご笑話頂ければ、幸甚である。


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