他人様(ヒトサマ)にすれば噴飯ものであろう理由により、わたしは Mac は元より iPod も iPhone も iPad も使わない。もちろん、食い物の“マック”は別だが。
Apple Inc.が嫌いなのだ。正確にいうと、社名に“Apple”を僭称することに我慢ができないのである。Appleは、われわれ年季の入ったBeatles贔屓にとってはまことに神聖かつ不可侵な名である。Appleとはすなわち、 Apple Corps Ltd. 以外にはあり得ない。すでに一般名詞ではなく、固有名詞である。わたしのようにすっかり参り続けている人間にとっては、もはやappleでさえ食物ではない。ヒンドゥーにとっての牛と同様、観賞はしても喰ってはならぬものだ(幸い、嫌いでもあるが)。ましてや一民間企業の名乗りに冠するなぞは、神を畏れぬ、天に唾する不届き、不心得ではないか。と、これが嫌いな訳である。噴飯ものであろうが、至って本気である。だから新し物好きでは人後に落ちぬのに、この会社の製品にだけは手を出していない。
笑い話だが、はじめはアップルがアメリカでPC製作に乗り出したと破天荒な誤解をしていた。後、商標権を巡る訴訟に及びやっと判った。ほとんど能天気だ。
当然、ジョブズなる人物に好感を懐くはずはない。先日の死去にもとりたてて感懐はない。ビル・ゲイツの「私たちは30年近く前に出会った。人生の半分以上は競争相手であり、友であった」には納得するが、ダビンチに併称される現代の天才だとする孫正義氏のコメントは肯んじられない(ステークホルダーである事情を差っ引いても)。レオナルドに失礼だ。マウスは独創的だが、レオナルドが考案した飛行機ほど革命的ではない。iMacに幾何学的美観はあっても、モナリザのように微笑みはしない。だったらお前やってみろと詰め寄られそうだが、それができたらここでこんなことはしていない。
彼の訃報で、かねてのわだかまりがにわかに浮いてきた。なぜ日本で iPod や iPhone は生まれなかったのか、である。
もともとiPodはソニー・ウォークマンの後継が狙いだった。ところが、ソニーはiPodを作れなかった。進化から隔絶したガラパゴス諸島のように、自前にこだわり過ぎた結果ではないか。独自の技術、パーツ、製造の自前路線を走り、差別化を図った。「世界に一つだけの花」を売ろうとした。
アップルは技術、パーツ、製造はアウトソーシングし、商品を使う仕組みを作ろうとした。花が繚乱する「一つだけの世界」を売ろうとしたともいえる。クリエイションというよりキュレーションである。こちらが積み木細工だとすれば、日本はジグソーパズルともいえる。積み木はありきたりのパーツで如何様な形にもなるが、ジグソーパズルには解は1つだけだ。ストラテジーがまるでちがう。これでは敵わない。
話を踏み外す。『痔主』についてだ。
浅田次郎日本ペンクラブ会長は、つとに知られた痔主である。それもかなりの大痔主らしい。その氏がシャワートイレの発明を痔主への福音とし、「やはり日本人はすごい」と大絶賛している。以下、随筆集「アイム・ファイン!」から。(◇部分)
◇まさに大発明である。この発明は、たぶんテレビとかラジオとか自動車とか、それくらいのレベルの大発明であろうから、アッという間に世界中に行き渡るであろうと考えた。
しかしふしぎなことに、なぜか国外でシャワートイレを見かけることはない。
大いなる謎である。◇
と疑問を呈する。
◇理由は価格であろうか。たしかにシャワートイレの価格は、痔主にとっては安いけれど、非痔主にしてみれば贅沢であろう。◇
二つ目にトイレ自体の重要性。
◇外国人はさほどトイレの設備にこだわらない、という気もする。高温多湿で人口も過密である日本は、伝統的に衛生感覚がハイレベルで、風呂とトイレには執着する。しかし外国人は、われわれほど生活の中において、トイレの設備になどこだわらないのではなかろうか。たとえば、バスとトイレが同じ場所に共存するという欧米の伝統など、その証明であろう。パリの高級レストランでも、しばしばトイレの粗末さにあきれることがある。◇
として、さらにある研究者の分析を紹介する。
◇そもそも、国産のシャワートイレは便器の国際規格に順応していない、というのである。言われてみればなるほど、ヨーロッパ先進国の便器はわが国のそれに較べてずっと小さい。◇
「小さい」とは意外だが、雪隠までもガラパゴス化なのか。これでは輸出の切り札がふん詰まりになる(失礼!)。その先生は畳み掛ける。
◇アメリカ人はシャワートイレに出くわしたとたん、面白がって遊んでしまうというのである。ために試験的に設置したトイレは、たちまち水びたしになり、その先のセールスにはまったく結びつかぬのだそうだ。◇
これには眉唾を呈して、結びは哀願に満ちる。
◇痔主の個人的見解としては、日本人の手になるこの偉大な発明を、いち早く世界に普及させてほしいと切に希う。これは父祖が営々と築き上げた便器先進国の務めであろう。
かくてこそ世界中の痔主は神の顕現にも等しい福音を与えられ、私の旅も平安なものとなるのである。◇
JALの機内誌に連載された作品である。世界を結ぶ飛行機の中で、「世界中の痔主」に「神の顕現にも等しい福音を」と氏は呼びかけている。なんとか氏の願いを叶えられないものか。シャワートイレよ、ウォークマンの轍を踏むな! いつの日か、日本発『トイレの神様』たれ。またしてもアメリカに出し抜かれてはならぬ。油断は大敵だ。『世界に一つだけのシャワートイレ』ではなく、シャワーの虹が結ぶ『一つだけの世界』を作ろう。
それにしても、ステイーブ・ジョブズ(=Jobs)、その名のごとく多くの仕事を成した生涯であった。冥福を祈りたい。□