伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

追悼に代えて

2019年01月30日 | エッセー

 敬愛して已まない作家 橋本 治氏が生者の列を離れた。朝日はこう伝えた。
 〈「桃尻娘」で衝撃の作家デビューを果たし、「リア家の人々」「草薙の剣」をはじめとする小説で戦後の庶民の実相をすくい取るなど、幅広く多彩な作品を発表してきた作家の橋本治さんが29日、肺炎のため死去した。70歳だった。
 東大在学中の68年、駒場祭のポスター「とめてくれるなおっかさん 背中の銀杏が泣いている 男東大どこへ行く」で注目される。イラストレーターを経て77年、「桃尻娘」が小説現代新人賞佳作に。女子高校生の一人称でつづるしゃべりの文体と衝撃的な告白という内容は、文壇も読者も驚かせた。
 斬新な古典の現代語訳でも注目を浴びた。「桃尻語訳枕草子」は「春って曙!」という書き出し。「窯変源氏物語」、「双調平家物語」(毎日出版文化賞)などで、古典文学の登場人物に親近感を与えた。
 エッセーや評論も膨大に残した。04年、日本人の思考をたどる文化論「上司は思いつきでものを言う」はベストセラーに。短編集「蝶のゆくえ」で05年、柴田錬三郎賞。「巡礼」「橋」「リア家の人々」は「戦後3部作」と呼ばれた。日本人の心性を探る試みは、18年に野間文芸賞を受けた長編小説「草薙の剣」に結実する。
 集団的自衛権や憲法改正などの時事的なニュースを受けて、本紙にたびたび寄稿やインタビューを掲載。政府や有権者にも苦言を呈した。
 18年6月に上顎洞がんの診断を受け、療養していた。18年12月の野間文芸賞は贈呈式を欠席し、編集者が受賞スピーチを代読。祝いの品は原稿用紙がいいと希望して「最後までいけるかどうかわかりませんが、あてどのない生き方が自分にはふさわしい。ちなみに次の小説のタイトルは『正義の旗』です。あ、言っちゃった」とメッセージを寄せた。〉(1月30日付、抄録)
 併せて、次の一文を添えていた。
 〈「一言で表す力」 解剖学者の養老孟司さんの話
 ともに選考委員を務める小林秀雄賞の選考のときなど意見を交わすことが多かったが、橋本さんは表現しにくい微妙なことも「ああそれそれ」という風に一言で言い当ててくれる。同じ歴史を書くのにしても、現代の感覚でとらえているのにピントを外さず、そういう意味で天才的だった。〉
 簡にして要を得る、よくできた記事だ。梗概はこれに尽きている。
 小稿には橋本作品からたびたび引用させていただいた。断りもなしにその数、15稿。感謝の言葉がない。つい先だってのこと、今月11日にも「たとえ世界が終わっても」から高見をお借りした。
 オマージュとして「野太くかつ嫋やかな知性の眼」、あるいは「快刀乱麻を断つ颯爽たる知性」と贈らせていただいた。「氏の知性はこのように首根っこを鷲掴みにする」とも述べた。養老氏の「一言で言い当ててくれる」はまさにそれだ。いうなれば、青竜刀のごとき切れ味であった。日本の極めて良質な知性が失われたというほかない。
 昭和23年の生まれ。団塊の世代のど真ん中である。70歳と10ヶ月。いかにも早いが、同じ団塊の一人として身につまされるものがある。氏が団塊の世代を先駆したように、その死もまた世代を先駆けたともいえよう。今も耳朶に残るあの学園紛争の喧噪も橋本氏と共に消え去るようで、昨夜は悲しくて哀しくてほとんど眠れず、朝刊が届くのを待ってこの駄文を呵した。
 桃尻語ででも綴れば洒落たものにはなるだろうが、生憎そんな才はない。換骨奪胎、駄洒落擬きで締め括りたい。

    とめてくれるな皆の衆 背中の桃尻泣いている 男橋本どこへ逝く
                                                                                                                                                                   合掌 □