伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

宇国?

2022年12月26日 | エッセー

 国名を漢字表記する場合、現在の外務省ではカタカナ表記を原則としている。一方新聞・報道では、文字数を減らし複合語を作りやすいので漢字表記が主流だ。「日本アメリカ」貿易」より、「日米貿易」がよりコンパクトだ。それも運用の経緯や社会背景で定着には濃淡がある。ブラジルは「巴」「武」「伯」などがあったが、今は「伯」が一般的だ。シンガポールは「星」使われたときもあったが認知度は低い。
 イギリスは、「イングランド」のポルトガル語読み「イングレス」の日本語なまり。フランスは「仏蘭西」の「仏」、イタリアは「伊太利」の「伊」。「独」はドイツ語読みの「ドイチュ」が訛って「独逸」と当てられ「独」に。カナダは「加奈陀」の「加」。以上がG7で、面白いのがロシア。幕末には「魯西亜」と記していたのだが、後、“魯”には『愚か者』の意味がある(「魯鈍」など)とロシア政府から強い抗議を受け、「露」に替えたたという経緯がある。
 他では、インドが「印」は多用されるが、イラン・ペルシャを「斯」、インドネシアを「稲」はほとんど目にしない。
 さて、ウクライナはどうか? 「宇(う)」である。「宇国(うこく)」。なんとも素っ気ない。今年の2月までは疎遠であった事情もある。宇宙の「宇」では壮大ゆえに、存亡の危機的現状とあまりにかけ離れてしまう。ここはやはり“憂(うれ)う”の「憂」を使いたい。「憂国(うこく)」だ。
 驚天動地! 21世紀の地球で今なお戦争が起こされるなんて。──その憂いだ。人類は今もなお戦争という宿痾を引き摺っているという、その憂いだ。核が現実化する人類史的クライシスへの憂いだ。
 世阿弥が「花鏡」で説く「初心忘るべからず」について、能楽師 安田 登氏は次のように繙く。
〈初心の「初」という漢字は、「衣」偏と「刀」からできており、もとの意味は「衣(布地)を刀(鋏)で裁つ」。すなわち「初」とは、まっさらな生地に、はじめて刀(鋏)を入れることを示し、「初心忘るべからず」とは「折あるごとに古い自己を裁ち切り、新たな自己として生まれ変わらなければならない、そのことを忘れるな」という意味なのです。
 意思をもったイノベーション、それこそが「初心」の特徴です。〉(新潮新書「能」から)
 胸を張ってウクライナを宇宙の「宇」と呼べる日がくるのか。地球に住まう者たちに「意思をもったイノベーション」が課されている。 □