伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

尤もな話は要注意

2018年07月17日 | エッセー

 当たり前だが、地球は丸い。先日近所の中学生から一抱えもある地球儀を借りてきて、ヒモを当てて測ってみた。やはりそうだ。平壌からワシントンDCまでの最短コースは北極回りだ。先ず中国、続いてロシア上空を擦過し、北極を通過、カナダを抜けてワシントンDCへ至る。約1万キロ。次に日本上空を通って太平洋を跨いでワシントンDCへ至るコースでヒモを当てると、約1万4千キロ。日本列島南北3千キロを遙かに超える差がある。ということは、北朝鮮からアメリカを狙う場合ミサイルは日本上空を通ることはない。過去5回の実験で本邦を飛び越えて太平洋上に落下したことはあるが、射程3千キロ程度のムスダンクラスの試射であった。最新の火星14でも飛行距離は1万キロ強、太平洋上を飛んでいく余裕はまったくない。
 メディアが報じる解説に使われるのはメルカトル図法による地図である。便宜上航路を直線で表示するため、地球の丸さが無視されてしまう。だから誤解、誤認識が生まれる。知ってか知らずか(ひょっとしたら無知か)、狡いヤツはこれを悪用する。07年、第1次安倍政権で安保法制懇に与えられた課題は「技術的な問題は別として、仮に米国に向かうかもしれない弾道ミサイルをレーダーで捕捉した場合でも、我が国は迎撃できないという状況が生じてよいのか」というものであった。第2次政権の法制懇でも同等のイシューで口火を切っている。「米国に向かう」が曲者だ。メルカトル図法で刷り込まれていれば、日本通過太平洋ルートが前提となる。だが、もし北極ルートなら中国やロシアと干戈を交える覚悟があるということか。昨年11月の日米会談で、米国製の武器を増やせば「日本が北朝鮮のミサイルを上空で迎撃できるようになる」とトランプは迫った。この場合の「上空」とはどこの空か。如上の通り、日本ではない。もしも安全保障法制の存立危機に該当すると強弁するなら、実態は代理戦争というべきだ。
 「日本を越えてアメリカに向かう北朝鮮ミサイル」などという尤もらしい話には眉に鐔を心がけたい。特に「ウソつきはアベシンゾウの始まり」であってみればなおさらである。
 W杯はフランスが頂点を奪って狂騒は終わった。睡眠不足が続く中で鮮明に記憶に残ったのが日本対ポーランド戦だった。先月29日、拙稿では『見事なり! 西野采配』と題して取り上げた。「負けは『思議』の範囲にある。後退戦で必要なのはクールで計量的な知性」だとの内田 樹氏の洞見を引き、
 〈監督の遠謀深慮は歴(レッキ)とした兵法である。先ずは勝たないまでも負けない。いな、負けはしても退路は確保する。その意味で、ポーランド戦は「後退戦」となった。ならば、西野監督の采配は見事な「ステイ・クール」であったといえよう。〉
 と綴った。今月4日朝日は社説で次のようにコメントした。
 〈論議を呼んだのは、この試合の途中で勝ち点をとるのをあきらめ、警告や退場数の差でリーグ戦突破を狙った判断だった。国内外の批判を受け、監督は「自分の心情としては不本意」と苦渋の決断だったことを明かした。
 子どもに「代表を見習いなさい」と言えない、サッカーのだいご味をそぐプレーだった。結果としてこの賭けに勝ち、ベスト16をたぐり寄せたとはいえ、攻め切る力が残っていなかったがゆえの選択だった。〉(抜粋)
  「子どもに『代表を見習いなさい』と言えない」……本当にそうだろうか。むしろ見習わせるべきではないか。「生き延びるためには負けてもいいんだ」「逃げるが勝ちもありだよ」というメッセージは、アリなのではないか。一昨年の文科省のまとめによると、小中高でのいじめは年間32万件を上回る。13年に「いじめ防止対策推進法」が成立しても、なおこの数字だ。いじめを原因とする自殺も後を絶たない。いじめやいじめ自殺は大人の世界においても同様に深刻だが、ますは子どもたちだ。事は自然災害と同じではないのか。誰にだって起こり得る。今、子どもたちはいじめからの総後退戦を強いられているといっても過言ではなかろう。危機対応こそ肝心要だ。ならば、負けてもいいからどうにか退路を確保する。それがファーストプライオリティのはずだ。弱虫と言われようと意気地なしと罵られようと「だいご味をそぐ」と非難されようとも、『代表を見習』って「ステイ・クール」。戦いを逃げる、身を躱すという選択肢は正解ではないか。手を束ね子どもたちをこれほど惨い環境に追い込んだ大人世代が、救助ロープの1本も投げられず助け船の1艘も出せないでどうする。子どもたちにとっての「ベスト16をたぐり寄せ」る知恵を授けるべきではないか。だから、大いに『代表を見習いなさい』と言うべきだ。
 以上、尤もな話を2題。眉が唾だらけになりそうだ。 □