伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

欠片の瓦版 16/03/15

2016年03月15日 | エッセー

■ 面談、廊下で5分立ち話 「万引き」確認不十分 広島・中3自殺
 「3時間待ちの3分診療」がまず浮かんだ。3年間の中学生活がたった5分の立ち話で総括される。日本の医療事情を揶揄するこのコピーに通底する薄ら寒さが突き刺さってきた。
 さらに、診察室のありさま。医者は始終机上のディスプレーを見ている。生身の人間がさまざまなセグメントに分割され、数値として表示される。マニュアルめいた問いかけがあり、処方がプリンターから吐き出される。
 大きく捉えれば、近現代が抱える問題群の根を「数値化」に求める識者は多い。宇都宮大教授で歴史家の下田 淳氏は「あらゆるものを数値と結びつけて考えたがる『理系バカ』が支配する現代社会から脱しなければ、日本の未来はない」(筑摩選書「ヨーロッパ文明の正体」)とまで言い切っている。極小すれば、『理系バカ』が一地方の中学校にまで浸潤しているともいえる。政府や大阪府・市が進める愛国心教育の数値的査定なぞは『理系バカ』の愚劣で醜悪な暴走でしかない。大学教育の文系廃止も同じ文脈のファナティックな狂騒だ。
「君にとっておれは数いるクランケのワン・オブ・ゼムかもしれぬが、おれにとって君はオンリー・ワンだからね」
 かつて入院中、ドクターのすげない対応に稿者はそう噛み付いたことがある。“彼”にも地団駄踏んで噛み付いてほしかった。それが口惜しい。

■ 囲碁AI、韓国棋士に3連勝で勝ち越し
 最初に白旗を上げたのがチェス。続いて将棋。そして今回、最後の砦とされた囲碁が一敗地に塗れた。勝者はグーグル傘下のディープマインド社が開発した囲碁の人工知能(AI)『アルファ碁』である。
 6年前に将棋が負けた際、次のように拙稿を呵した。
〓将棋コンピューターソフト「あから2010」、女流王将破る 開発35年、進歩示す
 「あから」は仏教用語で10の224乗のことで、将棋で可能な全局面数に近いという。プロのタイトルホルダーにコンピュータが初めて勝った。これは快挙であり、紛れもない出藍の誉れではないか。屈折しつつも、苦節35年。見事な成長を遂げた。
 注目すべきは、「四つのコンピューター将棋ソフトが多数決で指し手を決める」手法だ。これは3人寄れば文殊の知恵を、1人分優に凌ぐ。女流王将といえども、トップ・アマを4人も向こうに回せば勝ち目は相当引っ込む。
 人間の思考に学ぶところから出発した機械(ハード、ソフトともに)が、いまや先達に堂々と伍する。どころか、超えようとしている。否、超えた。機械に負けたなどと、無粋なことは言うまい。“あから”さまに(失礼)ぶっちゃけると、ソフトを書いているのはいまだに人間だ。〓(10年10月「時事の欠片 ―― 出藍の誉れ」から)
 『アルファ碁』はどう違うか。報道によれば「ディープラーニング」(例:赤ん坊がいろいろな触れ合いから猫の特徴を学習し、あれこれの猫を猫として認識できるようなる過程)の進歩だという。それが様々な棋譜を読んで「自ら学習する力」に飛躍した。膨大なデータからシミュレートし、最適の手を選んだのが今までの方法。だがチェスが10の120乗、将棋が10の220乗であるのに対し、囲碁は10の360乗と極端に選択肢が多い。とても計算が追いつかない。アルファ碁は棋譜データを画像としても処理し、「人間が直感で状況判断するように、選択した少数の情報だけを処理」していくそうだ。となると、すっかり人間と同じ遣り様。「インターネットから10万の棋譜を入力し、自己対局を3千万回やって学習した」という桁外れの能力を考え併せれば、もはや人間跣ともいえよう。
 「天声人語」は、3月14日に
──SFで人類の敵といえば、宇宙人か人工知能が頭に浮かぶ定番である▼そのうち当コラムも「筆者は人工知能氏に」とお知らせする日が来るやも知れない。きのうの4局目で、ようやく李九段が一矢を報いた。届いたニュースにどこか安堵する自分がいる。あまり急ぐなよ、君。──
 と綴った。文筆だけではなく、自動運転、画像検索、金融、介護などなど、多くの分野で将来が期待される。そのうち人間の替わりどころか、「人類の敵」になりかねない。“心身”ともにヒトを超える日が来るやもしれぬ。先述の「ソフトを書いているのはいまだに人間だ」を超えて、「ディープラーニング」したAIが自ら書きはじめないとも限らない。さて、どうする? 
 新たな神話が要るかもしれない。「神が人間を造り給うたように、AIを造り給うたのは人間である。今や人間は創造主、神となった」と。ただ、それをAIが自己学習してくれる豊富で信憑に足るデータが残せるかどうか。「あまり急ぐなよ、君。」じゃなくて、「急ごうよ、僕たち」だ。

■ 訃報:多湖輝さん90歳=「頭の体操」著者、心理学者 3月6日死去
 毎日新聞、1時間前の速報である。「頭の体操」に限らず、高校時代から長く読んできた。面識はないが、恩師でもある。なんだか心中すっぽり穴が空いたようだ。長寿であったことが救いか。御冥福を祈るばかりである。 □