伽 草 子

<とぎそうし>
団塊の世代が綴る随感録

2007年9月の出来事から

2007年10月07日 | エッセー
■ 年金横領は3億円超
社会保険庁が、同庁や自治体の職員による横領が99件に上り15件は告発していなかったと発表(3日)再調査で件数は更に増えた。
  ―― 『水戸黄門』には悪いが、『悪代官』はゼロに等しかった。江戸時代270年を通じて官僚の不祥事は極めて希であった。『印籠』は必要なかったし、『全国行脚』も無用であった。事実、していない。戦をしなくなった武士は、選民であるがゆえの内面的な練度を高めていった。道徳的頽廃は彼らが歴史から遠ざかるにつれて進行した。
 「ノブレス・オブリージュ」(高貴なる者に義務あり)とまではいかずとも、せめて 「天網恢々疎にして漏らさず」程度の倫理性をどうもたせるか。もはや対症療法では埒が明かない。マスゾエくん、「小人のざれ事」と大見得を切るのもいいが、ここは一番、小人を大人にしてやる方策を考えることも忘れないでほしい。

■ 安倍首相が辞意
インド洋での海上自衛隊の給油活動継続に「職を賭す」と語りながら、小沢民主党代表との党首会談が不成立。「力強く政策を進めていくのは困難」と記者会見で表明(12日)
  ―― 水に落ちた犬を打つつもりはないが、海外の目は知っておいたほうがいい。

ワシントン・ポスト「生けるしかばね」
ニューヨークタイムズ「自らを『闘う政治家』と表現したが、「明らかに闘う度胸を持っていなかった」
インディペンデント「『権力のおごり』の教科書だ」
イタリア・プブリカ「前任者がもたらした進歩をすべて無駄にした」「若い才能と目されていたのに、彼の内閣はへまと素人的振る舞いにさいなまれていた」
イギリス・BBC「翼が短かったタカ」
朝鮮日報「運もなかったが、危機管理、内閣統率はどうしようもない水準との評価を受けた」
中央日報「最後までちゃんと判断できなかった」
東京在住外資系ヘッジファンド社長「武士道ではない、チキン(=臆病者)だ」

 岡目八目である。よく見えている。いまや、外国の評価を気にしないでいい時代ではない。株価でさえもが敏感に反応する。
 片や、国内だ。一国のトップが『一抜け』することは、まずなにより教育上宜しくない。『演説拒否』『登院拒否』、これでは『登校拒否』を議論する資格はなかろう。「教育再生」が金看板だった内閣にしては、まことに子供じみた幕切れだった。先日引用した仙石氏の一撃が的を射ていたというべきか。

■ 全国商業地16年ぶり上昇
国土交通省発表の7月1日時点の基準地価で平均が前年比1.0%上昇。住宅地もほぼ横ばいまで回復(9日)
  ―― 地価はデフレ脱却のメルクマールにはなる。が、微妙で深刻な問題だ。「土地」といえば、『司馬遼太郎の鬱屈』が想起される。晩年にいたるまで氏は「異形な時代」だと警鐘を鳴らし続けた。戦後、土地に対する「公」意識が薄れた。水や空気と同じように土地は本来、公的な制約を持つ。だから私有地といえども何をしても自由とはいかない、と。特に投機の対象とすることに憤った。そこから派生する民族性の変質やモラルの崩壊を憂えた。巨匠の炯眼を忘れてはならない。

■ 福田内閣が発足
衆院で福田氏、参院は小沢氏を首相に指名。両院で指名が異なるのは9年ぶり。安倍内閣の閣僚17人中15人が残留(25、26日)
  ―― 9月26日付け本ブログ「欧米か!?」で取り上げた。選挙ばかりが能ではない。ここは日本版「コアビタシオン」と捉え、政治的修養を積むことが生産的だと語った。
 付け加えると、これで力をつけるのは間違いなく与党だ。「姉女房は身代の薬」というではないか。
 さて、カネの問題。参考までにアメリカの例を挙げると、すごいのは「身体検査」にFBIが乗り出すこと。歳入庁も加わり3カ月をかけて調べ上げる。家族の言動、特に現政権に対する批判はなかったか、知人についても同様に査問される。ヘルスチェックは勿論、21歳以後のすべての所得と収入源、財産、所属する機関、各種の支払いに滞納はないかまで、丸裸にされる。さらに上院の公聴会で質問にさらされ、本会議で過半数の賛成を得てやっと承認という運びになる。国情の違いがあるとはいえ、日本はいったい何周遅れだろう。

■ 時津風親方らが弟子に暴行
大相撲の序の口力士、斉藤俊さん(当時17歳)が死亡した問題で、親方と兄弟子らが愛知県警の調べに暴行を認めていたことが発覚(26日)
  ―― 床山を含め約800人の世界である。事はヒエラルヒーの底辺で起こった。論議は喧(カマビス)しい。が、一点気になる動きがあった。
 なぜ、文科省がしゃしゃり出る。財団法人日本相撲協会は公益法人として文科省の管轄に属す。それは判る。政権発足直後で大向こうを意識したのかもしれない。だが、捜査が進行中の段階でお上が乗り出すのはおかしくはないか。この点の是非が論議されていないように見受ける。捜査に予断を強いることにもなる。なにより相撲取りといえどもリヴァイアサンには叶いっこないと、小芝居を見せられているようで気持ちよくはない。
 それにしてもあの謝罪会見は見物だった。理事長ほか3名頭を下げたが、あの角度は土俵で負けて下がる時のお辞儀の角度だ。通常見受ける謝罪の礼より明らかに浅い! 腹がつっかえて90度にはならないのかもしれないが……。

■ ミャンマーで大規模反政府デモ 
燃料費値上げを機に立ち上がった僧侶らに市民が加わり、一時10万人規模に。軍事政権の武力弾圧で日本人カメラマン長井健司さんが死亡(27日)。軍政は制圧を宣言。死者計10人と発表(29日)
  ―― 危険な紛争地域から大手報道各社が撤退し、穴をフリージャーナリストが埋めるという構図が背景にあるらしい。
 なにやらポスト・バブルの日本経済の歩みと二重写しになってくる。収益構造の改善には人件費の削減が一番とばかり、大企業は正規雇用を削りに削った。当然、非正規や有期の雇用が激増する。すでに全労働者の3割を超える。パートやアルバイト、派遣労働者、フリーターが巷に溢れた。格差が生まれ、痛みが拡がる。ついには、ワーキング・プアなるものまで生まれるに至った。
 危険地帯の報道と同列には論じられない。勿論、そうだ。しかしどこかで通底しているような気がしてならない。撃ち倒されても離さず突き出されたビデオカメラ。あれは決して死後硬直ではない。瞭(アキラ)かな意志が宿っていた。

■ 沖縄で11万人抗議
沖縄戦で日本軍が住民に「集団自決」を強制したとの記述が教科書検定で削除された問題で検定意見の撤回を求める沖縄県民大会が開かれる(29日)
  ―― 12年前の米兵による少女暴行事件の抗議集会参加者が8万5千人。それをはるかに上回る。一番ショックを受けているのはアンバイくんではないか。慶応病院の病室は揺れたはずだ。窓がガタガタ鳴ったにちがいない。おそらく……。
 「戦後レジーム」どころか「戦」そのものが問われたのだ。しかも同胞の犠牲である。教科書検定調査審議会がどうのこうのという問題ではない。
 さあ、みなさん、ご一緒に! 「あー、そんなの関係ねぇ! そんなの関係ねぇ!」 逃げるな! 文科省。

<番外編>
■ 秋刀魚、一推し!
  ―― ことしは秋刀魚が豊漁で安い。海流の変化で漁場が近づいたからだ。船の燃料費からして大違いである。
 ガスレンジでは無粋だ。猫の額ほどの庭に、七輪を持ち出して焼いた。わが家のささやかな秋の定番である。服に匂いが染みるほどの濛々たる煙だ。あの周囲を圧する威勢のいい煙と、食欲を刺激して止まぬ焼け焦げる油の匂いと音。屋内では味わえない醍醐味だ。
 この嘉肴、なにゆえ垂涎を誘うのか。おそらく太古からのDNAが蠢いているにちがいない。岩宿の旧石器時代が3万年のむかし。そこから勘定しても、家屋の中で煮炊きを始めたのはついこの間である。アウトドアなどと洒落てみても、所詮は先祖返りの一種だ。もっとも岩宿は内陸ゆえ、秋刀魚は焼かなかっただろうが……。

(朝日新聞に掲載される「<先>月の出来事」のうち、いくつかを取り上げた。見出しとまとめはそのまま引用した。 ―― 以下は欠片 筆)□


☆☆ 投票は<BOOK MARK>からお入りください ☆☆