旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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夏の琉歌

2017-06-01 00:10:00 | ノンジャンル
 天が割れるほどだった。
 朝から豪雨。その上、身体を貫くような稲妻を合図に、手の届くところを雷が走り抜ける。本能的に頭を抱えざるを得なかった。案の定、沖縄気象台は正午前「沖縄、奄美地方が梅雨に入った模様」と、梅雨入り宣言をした。5月13日のことである。
 草木が一応の高さに達するという語の「雨ぬ節=あみぬしち」といい、6月5日の「芒種=ぼうしゅ・ぼうすー」と合わせ読みをし「すーまんぼうすー」は、梅雨の季節「雨ぬ節」としている。稲の穂、豆を包む皮、麦の穂などに生える針状のそれを「芒・のぎ」といい、穀物が育つころをさす二十四節季のひとつが「芒種」であることはご存知の通り。そして、その雨ぬ節・梅雨が明けるのは6月23日ごろだそうな。
 湿度が高く、蒸し暑さは避けられない。この蒸し暑さを、ジメジメと湿っぽい暑さを言葉通り「湿ぷたい暑さ=しぷたいあちさ」という。語感からして異を得て妙。沖縄の雨ぬ節を実感できるのではなかろうか。
 そこで登場するのが植物のクバ・シュロの葉で作った「クバ扇=おおじ」である。除湿機付クーラーが普及したいまでは、クバ扇を見掛けることも少なくなったが、民芸品ではお土産用に見られるし、風流人は自前のそれを使い、長い夏を楽しんでいる。

 ◇クバぬ葉どぅやしが かにん頼ぬまさみ 暑さ涼ましゅる  風ぬ根元
 <クバぬファどぅやしが かにん たぬまさみ あちさ しだましゅる かじぬ にむとぅ

 歌意=たかがクバの葉なのだが、こうも頼もしいことか。この暑さを涼しくさせてくれる風の源になっている。重宝!重宝!

 陽がすっかり暮れても地熱が残っていてなかなか眠りにはいれない。まどろみながらもクバ扇の手は動いてい、また、真昼間であっても暇な爺婆は庭の九年母木(くぬぶんぎー。ミカンの木。柑橘類の1種)の下や通りに立っているガジュマル木の下にゴザを敷いて坐ったり、寝転んだりしている風景があちこちに見られた。中にはマイ枕、それも木枕を持参。傍には茶菓を置き、もちろん、クバ扇は忘れない。屋外のことだから爺婆の薄い?血を嗅ぎつけたかしてガジャン(蚊)がやってくる。それを追い払うのもクバ扇の役割だ。着物の裾を堂々とからげ、そこへパタパタと風を送っている爺婆もいた。股間を扇げば涼しくなることを知ったのは、大分あとのことだ。人間の身体で冷やしていいのは頭だけという俗説を聞かされて、股間に風を送るかどうか迷っている。

 ◇蚊遣火ぬ煙寝屋に立ち込みてぃ あいち居らりらん共に出じてぃ
 <かやりびぬ ちむり にやに たちくみてぃ あいちWUらりらん とぅむに んじてぃ

 *あいちWUらりらん=息ができない。じっとして居られない。
 歌意=蚊帳を吊った上に蚊取線香を点けて枕をかけたことだが、息もできないほどの煙に苛まれ、たまらず庭戸を開けて、追い出したつもりの蚊と共に外へ出る羽目になった。
 いささか狂歌風ではあるが、夏の夜の情景を描くことができる。
 私は煙草を切らしたことがない。もう60年近く嗜んでいる。チェーンスモーカーのお褒めの言葉をいただくこともある。外ではともかく最近は孫たちの出入りが頻繁につれ、家人に禁煙を強いられ、ニコチンの誘惑にかられた折りは小さな2階に逃げ込み、まず、窓を全開しクーラーを点け、扇風機を回し、紫煙を追い出す工夫をこらして欲求を満たしている。冬はジャンパーを着用してでも窓は開け、扇風機の首を振らしている。さあ、この夏はどうか。
 習慣通り窓を開け放すと蚊や小さな虫が灯りを慕ってやってくる。そこでクーラー、扇風機と共に蚊取線香の世話になる。が、この努力は誰も評価してくれない。世界禁煙デーも日取りされている昨今、禁煙に背を向けてまで喫煙を続けている私に対して煙草会社は、表彰状のひとつも出すべきだが、そんな沙汰はまるでない。
 話が横にずれた容赦。

 ◇しだしだとぅ吹ちゅる若夏ぬ風や 何時ん我が袖に宿てぃ呉らな
 <しだしだとぅ ふちゅる わかなちぬ かじや いちん わがすでぃに やどぅてぃ くぃらな

 歌意=時折、涼感をもって清々しく吹く若夏の風よ!そのまま我が着物の袖に宿ってくれまいか。
 若夏という季節用語は沖縄だけのものだろうか。辞書にも見当たらない。しかも四季に「若」が付くのは「夏」だけで、若春、若秋、若冬とは決して言わない。1年をうるじん・うりじん。春・若夏・夏・下夏(しむなち)・秋・冬と6つに区分。夏が一番長いところから、この期間を「若夏」「夏」の二つにして呼称したのもと考えられている。

 屋根の直ぐそこまで灰色の雲が抱きすくめ、飽きもせずシトシトと降ったと思えば、一変して襲う雷雨。笑顔でいる人はひとりもいない。30度越えの気温にまだ、ついていけないからだ。その内、季節だから「仕方がない」と諦めもつくだろう。
 どこをどうはい上がってきたのか、小さなチンナン(蝸牛)が窓のガラスに白い腹部を見せてくっついている。