旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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梅雨に学ぶ

2016-06-10 00:10:00 | ノンジャンル
 「沖縄の人は雨の日でも、傘を持たない」
 本土からきて沖縄に暮らす人に指摘される。
 そう言われてみれば、そんな気がしないでもない。ボクからして自前の傘がない。と言うよりも持たせてもらえないのである。確実に出先に置き忘れてくるからだ。注意散漫なのだろう。
 テレビで本土の梅雨入りのニュースをみると、勤め人の出勤時、退社時の駅前なぞ、ほとんどの人が傘を差している。思うに、それらの人びとは、自宅から職場までの距離を結構歩かなければならないからだろう。ボクの場合、そうそう歩かなくても目的地に着けるし第一、車を横付けできるから、車が雨具になっている。こうした生活者が多い風景が(沖縄の人は、雨の日でも、傘を持たない)になったと思われる。
 けれども、それは昔からそうだったのではない。
 「雨ぬ降ゐねぇー 犬ぬん隠っくぃーん=あみぬ ふぃねぇー インぬん くぁくぃーん=雨降れば、犬でさえ雨宿りをする」
 雨に関する慣用句のひとつである。まして人間、濡れることを好むわけがない。が、雨宿りはしても、なかなか上がらない雨であったり、急用が待っていると‟本降りになって出て行く雨宿り”するしか手はない。
 
 かつての母屋付きの民家には(雨端=あまはじ)があった。
 母屋の軒四面に差し出した庇(ひさし)を差す。玄関を持たない沖縄特有の建築様式で、庇下は、外来者との接客の場にもなった。母屋は茅葺でも、雨端は瓦をのせたのが多かった。マッテーラー(燕。マッタラーともいう)が巣をかけるのも、この雨端だ。たとえそれが見ず知らずの民家であっても「アマハジ貸らち、呉みそぉーり=アマハジ からち くぃみそぉーり=雨端・軒下を貸して下さい」と声をかければ、めったに断られることはない。それどころか、晴れるまではと茶菓子を出し、世間ばなしで場を繋いでくれた。ビル街では、もう見られない人情風風景。

 雨に関する慣用句をいま2、3拾ってみる。
 ◇ぐま雨にどぅ 濡ださりーる=ぐまアミにどぅ ンダさりーる
 大雨は、それなりに雨具を用意するから、ずぶ濡れになることはないが、小雨は、大したことはあるまいと、高を括ってしまう。したがって、結果的には大雨以上に(濡れてしまう)としている。
 転じて、自力で解決しなければならない問題は、かれこれ相談したり、調査をして対処するので(大事)には至らないが「細かいこと」は「な~に。ほっといてもすぐに片が付くわい!」と、対処を梅雨のように長引かせていると、かえって大事に落ち込んでしまうとして、日常の油断大敵を諭している。

 ◇頼るがきてぃ 雨降らったん=たるがきてぃ アミふらさったん
 頼みにしていたことを反古にされたの意。
 例えば、人さまに大事な要件を頼んだ。当然、依頼人は相手を信頼し、頼りにするわけだが、相手に誠意がなかったのか、失念したかして約束を果たしてくれなかった場合「頼みにしていたのに、小雨を大雨にされて二進も三進もいかなくなった」ことを言い当てている。また、折角の催しものを、十分な仕込みをせず、最悪な状態にしてしまう例にも、この慣用句は当てはまる。

 ◇雨垂い水ん醤油使えー=あまだゐミジん ソーユー じけー
 雨垂れの水も水甕などに溜めて、醤油を使うように無駄なく使おう。
 夏場、湯水を余儀なくされた沖縄。水は何より貴重で、各家庭の屋根の庇の先端には、雨水を一箇所に流し溜める(樋=とい)をつけた。雨水はその(とい・方言ではティー)を通じて、シム(下、しも、台所)近くに設置した大きな水甕・タンクに流し込む仕掛けになっている。
 それほど貴重な生活用水と醤油を対比したのには理由がある。
 いまでこそ醤油はごく普通に食卓にあるが、かつては簡単に入手できるモノではなかった。調味料はンース(味噌)が主。刺身も酢味噌で食した。
 「あの家庭は醤油を使っている」ということは金持ちを意味した。
 このことから庶民は(どんなものでも、使えば減る。殊に貴重なモノは倹約して使おうという生活哲学を得たものと思われる。

 歌者金城恵子が歌う「恋小洟=作詞上原直彦。作曲=松田弘一」のひと文句を書き添えよう。

 ♪雨や天任し 風や風任し 我命里任し 情任し
 〈あみやティンまかし かじやかじまかし わヌチさとぅまかし なさきまかし

 歌意=雨は天任せで降り、風は風任せで吹く。私の身も心もあなた任せの情任せよ。

 雨には学ぶべきことが多い。
 ただし、雨をどう感じ取るかによるだろう。
 今日のボクはこの梅雨をどう受け取っているのか。
 ♪雨よ降れ降れ 悩みを流すまで~どうせ涙に濡れつつ夜毎なげく身は~。
 淡谷のり子の「雨のブルース」を小声にして梅雨空をぼんやり見している。さしあたり流す悩みもないのだが・・・・。梅雨明けまでの残り10日ばかりを(日々好日)を決め込む。それにしても・・・・よく降るわい。