旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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納涼・月や昔から・・・・

2014-08-10 00:10:00 | ノンジャンル
 背後霊。心霊スポット。幽霊・・・・。
 夏のテレビは幽界を特集して、茶の間に涼風を届けてくれる。レポーターには、人気少女タレントを起用して「ギャーギャー」「キャーキャー」の絶叫を演出して画面効果を高める。{夏だけのバラエティー番組}ととらえれば、相変わらずのお笑いものよりは、面白くないこともない。
 信じようと信じまいと、いや、われわれの少年のころは、まるまる信じて聞いた(幽霊ばなし)をしよう。

 昔むかし。
 首里のはずれに住む下級武士神山里之子は、界隈でもその美貌を噂される思鶴(うみちる)と結婚して、人も羨む歳月をすごしていた。ところが、好事魔多しとやら、夫はちょっとした夏風邪が意外に長引き、床についたまま、翌年の夏を迎えるありさま。妻真鶴の懸命な看護は愛の深さを他人にも感じさせるものがあったが、縁者筋では(夫は長くは持つまい)のささやきも聞こえる。
 そのことを病人は、鋭い感覚で予知する・・・・。夫は妻を枕頭に読んで、声力もなく云った。
 「思鶴。苦労かけるなぁ。拙者はもう、来年の桜をみることは出来まい。いや、年を越せるかどうか・・・。お前との日々を過ごせたのだから、いい一生だった。ただひとつ心残りなのは、お前のその美貌。拙者が死んだあと、ほかの男たちが黙っているわけがない。再婚すのであろう。このことだけが無念!お前を愛しているだけに無念・・・・。」。
 妻は答えた。
 「何をおっしゃいます。二夫にまみえる私ではありません。それよりも、早く病に勝ち、元の暮らしをふたりで取り戻しましょう」。
 こうした会話が再三持ち出されるにいたって、思鶴は決心した。そして実行した。美貌が心痛の基ならばと、夫の目の前で剃刀を持ち、眉間から鼻筋にかけて切りつけたのである。夫は泣いた{それほどの愛情だったのか!すまない!すまない}と泣いた。
 するとどうだろう。妻の真情が天に通じたか!夫に(生きる力)を蘇えらせて、みるみる快方に向かい、年の内には床を払うまでになり、春からは公務につくまでになった。
 ところが、桜の咲くころになって夫の心に変化が生じた。
 「思鶴の愛で一命を取り留めたことは確かだ。しかし、あの傷ついた顔はどうだ。過日の美貌のかけらもない。それどころか夜、枕を並べているとき、ふと寝顔をみるとゾッとする。化け物だっ!」。
 心に巣くった嫌悪感は日に日に濃くなる。公務からの帰宅が遅くなる。遂には、那覇の辻遊郭の遊女とねんごろになり、帰宅しない日数が多くなった。それでも思鶴は献身を惜しまなかった。しかし、夫の気持ちは離れていく一方だ。
 そこへ遊女の入れ知恵。
 「いっそ、毒をもってなきものにしよう。あとは二人の天下よっ」。
 毒をもる。夫の頭にも(よぎらない)ことではなく、遊女の色香に後押しされて、妻殺しをしてのけた。世間には醜い顔に悩んで(自ら命を絶った)ことにした。遊女の言葉通り(ふたりの天下)になった。
 それから桜が散り、夏になり、お盆を迎えるころの真夜中になると、神山里之子の耳に歌を唱える声が届くようになった。決まった時刻に毎夜である。

 ●月や昔から変わるくとぅなく無さみ 変わてぃ行くむぬや人ぬ心
 〈チチやンカシから かわるくとぅねさみ かわてぃいくむぬや フィトゥぬククル

 「月は昔から変わることない。変わって行くのは、人の心・・・・」。
 月夜には月明かりに溶け込むような透き通った声。闇夜には闇を払うような唱え・・・・。神山には誰の声か分かった。あまりにも身勝手な己の所業が悔やまれる。が、遅い。
 「思鶴!許してくれ!拙者が悪かった!許してくれ!!」。
 神山里之子は、七月エイサーが華やぐ夜、遊女を手にかけ、自らも命を絶ったのであった。

 この話は近年になって舞台化された。
 芝居と云えば、公演華やかしころ「納涼特別公演」と銘打って「逆立ち幽霊」「深夜の叫び」「沖縄版・四谷怪談」などなどが人気を呼んだ。
真境名由康作「伊江島ハンドー小」も、男に純愛を裏切られた女の怨念物語である。歌劇構成されていて幽霊もの・怪談劇というよりも、男に薄情された女ハンドー小に対する同情が見どころになって、今でも悲歌劇・女の命を掛けた純愛物語として人びとの感涙を絞っている。

 読書諸賢は、幽霊を見たことがあるか。心霊写真を持っているか。背後霊に憑かれたことはないか。心霊スポットに行ったことはないか。
 わが老妻は幽霊ではなくUFOを見たという。しかも庭の真上に見たという。
 「はるか上空を飛行するオスプレイがヘリコプターだろう」
 「いいえっ!それなら毎日のことだから判別できる。音もなく、橙色の光が右往左往していたのだから、UFOに違いない。どうしよう!」
 どうしよう!と云われてもどうしようもない。
 「そこまで云うならきっとUFOだろう。こんど見かけたらオレにも知らせてくれ」。
 そう頼んで一件を落着させている。
 とかく、夏の夜には摩訶不思議はなしが似合う。末尾にこう云っておこう。
 「お盆明けの夜遊びは控えよう。成仏できないでいる霊が徘徊している。お盆明けの遊泳は慎もう。死霊が足を引っ張る」。