旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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名は体を表すか・Part3

2009-10-29 00:36:00 | ノンジャンル
 王府時代の命名は庶民の場合、男女とも祖父母の名前を戴いた。
 例えば、祖父が太良〈タラー。タルー〉を名乗っていると、その初孫の男児には祖父の名を付ける。それは親や祖父に敬意を表し、一族一門の証とする考えがあってのことであり、女児もまたしかりだった。
 庶民に姓が付いたのは明治以降のこと。それまでは職業や住居の位置の地形、方角などによって、屋号風に呼び合っていた。祖父母の名を継ぐのは、ヨーロッパやアメリカも沖縄と似ている。○×2世、3世は現代でもよく耳にする。

 池波正太郎著「剣客商売」の主人公・老剣秋山小兵衛は、名は体を表したのか小柄な体躯だったため、一人息子は「大治郎」とした。大治郎は、まさに名は体を表わして大柄の剣士に育つ。長じて大治郎は妻を娶り、男児をもうける。小兵衛は、
 「初孫の名はわしがつける」
 と譲らず、魚の名を頭に付けようと鯉太郎、鯛之助などと、あれやこれや考えるが決まらない。大治郎は、
 「父上の名を1字戴いて、小太郎にしたいと存じます」
 そう主張する。小兵衛は「ならぬっ!しばらく待て!」と思案を重ねるうちに日数は経ち、周囲の人びとの意見に押し切られて結局「小太郎」が誕生する。そうなってみると、再三拒否はしたものの、そこは爺の心情・情愛。毎日のように子息宅を訪れ「これ小太郎や。小太よ。小太公や」と声をかけ、言葉通り目に入れても痛くない可愛がりように変貌する。いつの世も、爺とはそうしたものだろう。

 士族階級には姓名の名の「名」に当たる頭には代々、同字を用いる慣習があった。これを「名乗=なぬゐ」と言う。公式の呼称として家名の下に付ける実名。男子は、元服と同時に唐名〈からな〉と供に付け、一族の直系尊属であることを示した。ふたつの名を持つことになるが、唐名が中国風のため、名乗りを大和名〈やまとぅ なぁ〉とも称している。
 例=琉球の産業の父・儀間真常〈ぎま しんじょう。1557~1644〉の唐名は、麻平衝〈まへいこう〉。したがって公的には姓・儀間。名乗・真。大和名・真常。唐名・麻平衝。氏名〈うじな〉・麻〈ま〉になる。
 現代でも名乗は継承されているが、さすが唐名は付けなくなった。それどころか、名乗の「真」を「まさ」、「朝・ちょう」を「あさ、とも」というふうに、音読みの伝統を訓読みにする傾向にある。名も大和化しつつあるということか。

 四民平等になった近年からは改姓改名も、法的手続きを踏めば自由になった。
 沖縄芝居の名優仲井真盛良〈なかいま せいりょう。1890~1954〉の子息・中今信氏〈元琉球大学文学部教授。故人〉は、元名仲井真盛信の仲井真を「中今」に盛信を「信」の1字に改姓改名したそうな。私も個人的に演劇の教えを乞うていた。
 信先生には3人の子息があり長男の名は純、次男哲、三男学。並べると「純哲学」と読める。「いかにも中今信先生らしいな」と、いまでも仲間同士で感嘆している。
 また、島うたの歌者松田弘一の場合、父親の名は弘。長男弘一、次男弘二、三男弘三。実に生まれた順に一、二、三と命名している。父親は琉球古典音楽の師範であり、弘一は歌三線、弘二はギタリスト、弘三はベーシスときている。父親はワルツが好きだったのか、見事な三拍子だ。

 他人さまのことを言ってはいられない。私の場合はどうか。
 長男は、放送のナレーションに読んでもらうスクリプトを書くときの筆名、これは先輩が付けたものだが、北沢直衛の[名]直衛。姓は北沢は、先輩が好きだった俳優北沢彪から取ったらしい。長女かな子は、昔から沖縄の女性名に多い[愛しい。かなさ]を意味する「かな」に「子」を付けての命名。次女はしま子。ふたりの名を合わせ読みすると「かなしま」となるが、ちょっとひねって発音すると「かなしゃま・かぬしゃま」になる。これも「愛する者」を意味する沖縄口になるが、親の意識の中には八重山民謡の「とぅばらーま」「しょんかね」の囃し言葉の響きがあってのこと・・・・だったように思える。
 さらに言えば、孫に男児が生まれたならば秋山小兵衛ではないが「名は爺が付ける」と気合いを入れていた。しかし、生まれた孫は5人が5人女子。上原家〈氏名・麻〉に代々伝わる[直]の名乗の命名は、男児誕生まで待たなければならない。



 余談。
 もれ聞くところのよると、車好きの御仁。子どもにカムリ、カローラ、コロナ、ティアナと付けているそうな。確かに今風の快い響きはあるが、性別が判断しにくい。
 沖縄も女性名は、明治時代はカマド、カナ、ウシ、カミ、ナビ、ウサ、オトなど片仮名が多く大正期には、とみ、ふみ、よね、きく、よしなど平仮名と漢字が1字の「子」がついていない名が多い。「子」が付くのは昭和期に顕著になる。昭和後期から平成この方は、男性の定番だった何男。何雄、何夫が少なくなり、女性では何子が極端に減っている。いずれにせよ「名」は、一生ついてまわる。それぞれの[名]に、幸多かれと祈る。