旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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名は体を表すか

2009-10-22 00:38:00 | ノンジャンル
 人にはそれぞれ姓と名がある。
 名がその者・物の実体を表していること。名と実が相伴っていることを「名は体を表す」というが、人名は「その通り」と納得する名とそうでない名があるのは致し方のないことだ。私の身近にも弘美、千恵美、宏美、尚美、明美、直美、朱美、友美などなど[美]の付く女性がいて、なるほど「名は体を表すワイ」と、うなずけるほど皆、美形・・・・である。
 同僚の森根尚美さん。
 「ナオの字はいろいろある。[尚]の字を選んだ理由はなに?」。
 中学生のころ親に問うてみた。「それはだなぁ」と親は、思い入れよろしく話してくれた。
 「お前がスナオで美しい女性になるようにと願ってのことだ」
 中学生の娘は愕然とした。スナオの漢字は「素直」であって「素尚」ではないことをすでに学習していたからだ。以来彼女は命名の由来や親の思い入れなぞにはこだわらず、今日までの40年、自分「尚美」と付き合っている。改名など考えてはいない。

 台湾では、名前を変えると運勢がよくなると信じられていて、改名は自由にしているそうな。数年前に自分の名前を「チョコレート」に改めた50歳の台湾女性。かえって悪いことばかり起こるとして再び改名した。この女性、チョコ味のポテトチップを売る仕事に就いていて、自分の運勢がよくなるよう願って名前を「チョコレート」にした。ところがその後、転職は失敗、飲酒運転で罰金を科された上に、インターネット詐欺で逮捕されるなど、さんざんな目に遭った。そこで女性は、再び改名を思い立ち、台湾の呼び名で美しいことを意味する「フオルモサ」にするつもりだそうだと、10月13日付の共同通信放送ニュースは伝えている。

 長い姓名で有名なのは、誰もが知っている世界的天才画家パブロ・ピカソ。1881年10月25日にスペインのマラガに生まれ、1973年4月8日、92歳の生涯を終えるまでに1万3500点の油絵と素描、10万点の版画、34万点の挿絵、300点の彫刻と陶器を制作している。このことは、最も多作の美術家としてギネスブックに記されているそうだ。これだけで驚くのはまだ早い。彼のフルネームは【パブロ ディエーゴ ホセー フランシスコ・デ・パウラ ホアン・ネポムセーノ マリーア・デ・ロス・レメディオス クリスピーン クリスピアーノ デ・ラ・サンティシマ・トリニダード】。噛まずに発音していただきたい。もちろん1語1語に意味があり、ピカソのキリスト教徒としての洗礼名は聖人や縁者の名前を並べたものと「ピカソ全集」に記載されてるが、ほかにも諸説があるらしい。
ピカソに負けないのは、落語の「寿限無=じゅげむ」で語られる腕白坊主の名だ。この小童の名は【寿限無寿限無 五劫の擦り切れ 海砂利水魚の水行末・雲来末・風来末 食う寝る処に住む処 やぶら小路の藪柑子 パイポパイポのシュウリンガン シュウリンガンのグウリンダイ グウリンダイのポンポコピイのポンポコナの長久命の長助】。
 長い名前を付けると長命すると聞いてお父つぁんは、寺の和尚に名付け親になってもらったらこうなった。噺のサゲは、寿限無・・・・が喧嘩して近所の子の頭にコブを負わせた。その子の親は、怒鳴り込んだまではよかったが「お前ぇんとこの寿限無・・・・が」と名を呼んでいるうちにコブは引っ込んでしまったとか、寿限無・・・が川に落ちたという急報が、長い名前言っているうちに溺れ死んだとか、はたまた近年は、朝寝坊の寿限無・・・の入学式の日、寿限無を起こすために名を連呼しているうちに、学校は夏休みを迎えていたなどいくつかあるそうな。
 名付け親の和尚も、口から出まかせをしたのではない。それぞれ故事にならっている。
 【寿限無】は無限の長寿のこと。【五劫の擦り切れ】は、3千前年に一度山に降りる天女が、羽衣をひと振りすると山が削られる・擦り切れる。その山がなくなるまでに1劫・40億年かかったという故事に由来。したがって五劫は200億年。つまり、それほど長い歳月を意味する。【海砂利水魚】海の砂利や魚類の数限りないことの例え。【水行末・雲来末・風来末】水・雲・風の来し方や行く末には果てがない例え。【食う寝る処に住む処】衣食住のうち食・住に困らず生涯を過ごせることを祈願した言葉の1部。【やぶら小路の藪柑子】生命力の強い縁起ものの木の名。やぶら小路と藪柑子は同義語。【パイポパイポのシュウリンガン シュウリンガンのグウリンダイ グウリンダイのポンポコピイのポンポコナ】は、唐土のパイポ王国歴代の王様の名で、いずれも長命したという昔ばなしによるという。【長久命】は天地長久にならう。【長助】文字通り長く助かるの意。
 これだけ縁起がよく、めでたづくめの名前も他にはなかろうが、かと言ってあまり長いのも、呼ぶのに時が掛かりすぎて、かえって都合が悪くなりかねない。落語だから面白いのである。

   

 沖縄の俗語に「名ぁ負き=なぁ まき」がある。名前があまりにも立派過ぎて、それに圧倒されていることを意味している。ピカソはその逆の別格だが、われわれの子ども名前は、あまり凝りすぎないほうがよろしいようで。