旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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琉歌百景・掛き歌編

2009-02-19 12:49:08 | ノンジャンル
★連載NO.380

 掛き歌【かきうた】。主に男女の会話を詠歌もしくは、節歌<ふしうた=三線に乗せた形体>で成す。

 琉歌百景⑬
 女=“くんなげぬ離り 里やいちゃやたが”
 男=“我んね奥山ぬ 炭ぬ焦がり”
   <くんなげぬ はなり さとぅや いちゃやたが>
   <わんね うくやまぬ たんぬ くがり>
 語意:くんなげー=ここしばらく。年月の時間。
 かつて馴染んだ仲の男と女が、久しぶりに出会い女は言った。
 歌意=ここしばらく、離れていた日々。あなたは、どう過ごしていたの。
 男は答える。
 歌意=1日たりとキミのことを忘れたことはなかったよ。オレの胸中は奥山で焼く木炭のように、キミへの思いで焦がれていたのだ。
 その言葉をすんなりとは受け入れかねたのか、女はさらに言う。

 琉歌百景⑭
 “奥山の炭や 焼ちどぅ焦がらする 哀りくぬ我身や 思い焦がり”
 <うくやまぬ たんや やちどぅ くがらする あわり くぬわみや たんぬくがり>
 歌意=炭が焦げるようになぞとうまいことを言うけれど、焼く炭は火をつければ放っておいても木炭になる。けれども、1度火をつけられて
    放って置かれたわたしは、哀れ・切なさで思い焦がれていたのよッ。薄情者!
 この後、ふたりはどうなったのか。いかなる行動に移ったのか。それは読者の感性に委ねるが、次の歌詞を連歌としてみると、どうやら焼けぼっくりに火がついたようだ。

琉歌百景⑮
 “思むてぃ呉てぃ果報志 他所知らち呉るな たんでぃ胸内に 止みてぃ給ぼり”
 <うむてぃくぃてぃ かふうし ゆすしらち くぃるな たんでぃ んにうちに とぅみてぃ たぼり>
 語意:果報志。ありがとうにあたる感謝語。*たんでぃ=どうぞの嘆願語。
 炭焼きまで持ち出して“思い焦がれ”を表明した男女ではあるが所詮、ひとつ家には暮らせないふたり。ふたたび別れる際に男は歌掛きをしている。
 歌意=これほどまでの“愛”をありがとう。だが、ふたりが深い中であることは、キミひとりの胸に納めて決して他人には、いや、親兄弟にも覚られてはならないよ。知られないようにしておくれ。
 女はそれを納得したかどうか。“忍ぶれど色に出にけり我が恋は ものや思うと人の問ふまで”=百人一首・平兼盛=の詠歌をこの男は知らなかったとみえる。色恋は隠せば隠すほど、問わず語りで世間の知るところとなるというのに。

 琉歌百景⑯
“照る月ん清か 一人寝んだりみ 起きぃ来は遊ば かなし無蔵よ”
 <てぃるちちん さやか ふぃちゅい にんだりみ うきてぃくは あしば かなしんぞよ>
 琉歌百景⑰
 “出じてぃ来よ やりば 出じらりや すしが 出じてぃ後 科や 里がはちゅみ”
 <んじてぃくよ やりば んじらりや すしが んじてぃあとぅ とぅがや さとぅが はちゅみ>
 語意:無蔵・んぞ。心を寄せる女性に対する呼称。*里・さとぅ。無蔵の対語。*はちゅみ・はちゅん。弁償する・<責任を>負う。
 夏。恋を語るには絶好の夜。男は愛女を待っているが来ない。どうやら親に足止めされて早寝したらしい。そこで、彼女の寝屋の戸越しに歌掛きをする。
 歌意=月はいつになく清らかに照っているのに彼女よ。一人寝ができるのか。こっそり出ておいで。語り遊ぼう!愛しい人よ。
 彼女も悶々と「目ふらちゃー寝んじ=みーふらちゃー にんじ。目をあけて横になっているさま」をしていたらしく返事をする。
 歌意=出て来いと言うならば、親の目を盗んで出られないこともない。でも、そのことがバレて、親にひどく叱られる羽目になったら、その責任はあなたが取ってくれますか。
 “揺れる乙女ごころ”がそこにはある。想像するに彼女は、親にとがめられたらその時はその時と覚悟を決めて、寝屋を抜け出したに違いない。青春の血は、そうであらねばならない。
 娘が夜遊びすると親は、嫁のもらい手がないぞッと戒め、厳格な男親なぞは「出歩く足がいけないのだ。夜、外出するヤツは脛<すね>を折ってやるッ!」と、凄まじい言葉を掛けた。その制裁に遭った女童も少なくない。過酷のようだが、男親の娘に対する気持ち、分からないでもない。

昭和初期まで、男女の夜遊びは風紀を乱し、生産力を低下させるとして、各地に夜間外出禁止令の内法があった。若者組という青年団組織があって、殊に女性の夜間在宅を確かめる夜回りがなされた。違反者は勿論、罰金。これを「女童改み=みやらび あらたみ」と称した。しかし、それは建前で実際にはごく形式的なものだったと、かつてそれを経験した古老たちは述懐している。



次号は2009年2月26日発刊です!

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