★連載NO.379
琉歌に〔分句〕がある。
風流人が集い詠歌会を催す。ある時代には、正月と秋の名月のころの2回を恒例とし、随時なされたという。いくつかの歌題を決め、ふたり1組になって、ひとりが上句の八八を詠み、他方が八六の下句をつけるという趣向。
王府時代のある年。心得のある士族が集まり分句を楽しむことになった。まず、第1の歌題は「出逢い」。金城親雲上<かなぐしく ぺーちん>と瑞慶覧親雲上<じきらん>が向かい合った。親雲上とは、高官役職名。短冊に墨黒々と筆を走らせたのは金城親雲上。
琉歌百景⑧
♪初みてぃどやしが いちゃしがな肝や
<はじみてぃどぅ やしが いちゃしがな ちむや>
これを受けた瑞慶覧親雲上は、しばし沈思黙考・・・・。そして下句を繋げた。
♪昔語らたる 友の心
<んかし かたらたる どぅしぬ くくる>
「出逢い」の題に金城親雲上は「貴殿とは初対面だが、どうしたことか気持ちの上ではそうは思えない」と上句を出した。これに対して瑞慶覧親雲上は「拙者も同様だ。腹蔵なく何でも語り合ってきた古馴染みの友に逢った心地だ」としたのである。すぐに三線を取り出し「御縁節」で歌いたい1首だ。
琉歌百景⑨
遊び唄は〔分句〕の宝庫だ。
日没を持って、近くの森かげや浜辺でする毛遊び<もう あしび。野遊び>では、得てして男女が理無い仲<わりないなか>になりがちだし、ましてや花ぬ島<花街>が舞台の色恋は濃密さを増す。既婚者の男と深い仲となった女が言う。男もすぐさま返事をする。
琉歌百景⑩
♪我身ゆ取ゐみしぇみ 刀自ゆ捨てぃみしぇみ
<わみゆ とぅゐみしぇみ とぅじゆ してぃみしぇみ>
♪刀自や雨降ゐぬ 傘どぅやゆる
<とぅじや あみふゐぬ かさどぅ やゆる>
女=もう、ここまで染まっては別れるのはイヤです。最終的には、わたし
を取るのですか。それとも妻を捨ててわたしと一緒になりますか。
男=お前を捨てるものか。別れるものか。このままの関係を断つことはな
い。言ってみれば妻とは、雨降りに必要な傘みたいなもの。家に置い
ておけばよい。
この男、本物の粋人というべきか。
琉歌百景⑪
♪男=芋掘ゐみ姉小 芋や何月が
<んむ ふゐみ あばぐぁ んむや なんぐぁちゃが>
♪女=芋や七月小 我んね十八
<んむや しちぐぁちゃぐぁ わんね じゅうはち>
畑道を行くとひとり黙々と芋を掘っている女童がいる。色男はナンパを仕掛けてくる。
「芋堀り中だねネーチャン。何月植えの収穫だい」
そう声を掛けられて女童、好みの男振りに即答した。
「芋は七月植えなの。そして、わたしは18歳よ」
問いもしない年齢を明かすとは、誘いに応えても“いいわヨ”である。さあ、このふたり、このあといかなる行動をとったか。それぞれ考えてみよう。
琉歌百景⑫
♪宵ん暁ん馴りし面影ぬ 立たん日や無さみ塩屋ぬ煙
<ゆゐん あかちちん なりし うむかじぬ たたんひや ねさみ すやぬ ちむり>
歌意=朝に夕に側にいた人の面影が立たない日はない。それは、塩焚き小屋から終日、煙が立っているようなもの。あの人は、どうしているだろうか。
背景を説明しなければならない。
この1首は、高宮城親雲上作・組踊「花売ゐぬ縁=はなうゐぬ ゐん」の劇中、首里を離れて遠く大宜味間切塩屋村に隠れ住んでいる夫・森川ぬ子<むるかぁぬしー>を、その妻子が尋ねていく場面で「仲間節」に乗せて歌われている。詠み人は、与那原親方良矩<ゆなばる うぇかた りょうく>であるが、敢えて“分句”としてみたのは、いい挿話があるからだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0d/cc/a07dd589857b9fe0ab24ea328142fd2b.jpg)
高宮城親雲上は、組踊「花売ゐぬ縁」の執筆中、件の場面になった際、上句は詠んだものの下句がどうしても出てこない。そのことを与那原親方に話すと、彼は言った。
「ううん。下の句か。差し向かいの酒席を設けてくれるならば、考えないでもない」
高宮城に否があるはずがない。その通りにして、この1首は成った。
高宮城=宵ん暁ん馴りし面影ぬ
与那原=立たん日や無さみ塩屋ぬ煙
だがこの話。王府時代の文人を讃えて、後世の粋人たちが語り上げたもののようだ。
与那原親方良矩=1718.6.29~1797.10.23。三司官<さんしかん。最高位の役職名>。歌人。君子親方の敬称がある。「琉球科律」の編纂などの他に多くの琉歌、和歌を残している。
高宮城親雲上=生没年不詳。「故事集」に組踊「花売ゐぬ縁」の記録があるのみ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/d9/149abcca63aa201a300898589ae13d31.jpg)
次号は2009年2月19日発刊です!
上原直彦さん宛てのメールはこちら⇒ltd@campus-r.com
琉歌に〔分句〕がある。
風流人が集い詠歌会を催す。ある時代には、正月と秋の名月のころの2回を恒例とし、随時なされたという。いくつかの歌題を決め、ふたり1組になって、ひとりが上句の八八を詠み、他方が八六の下句をつけるという趣向。
王府時代のある年。心得のある士族が集まり分句を楽しむことになった。まず、第1の歌題は「出逢い」。金城親雲上<かなぐしく ぺーちん>と瑞慶覧親雲上<じきらん>が向かい合った。親雲上とは、高官役職名。短冊に墨黒々と筆を走らせたのは金城親雲上。
琉歌百景⑧
♪初みてぃどやしが いちゃしがな肝や
<はじみてぃどぅ やしが いちゃしがな ちむや>
これを受けた瑞慶覧親雲上は、しばし沈思黙考・・・・。そして下句を繋げた。
♪昔語らたる 友の心
<んかし かたらたる どぅしぬ くくる>
「出逢い」の題に金城親雲上は「貴殿とは初対面だが、どうしたことか気持ちの上ではそうは思えない」と上句を出した。これに対して瑞慶覧親雲上は「拙者も同様だ。腹蔵なく何でも語り合ってきた古馴染みの友に逢った心地だ」としたのである。すぐに三線を取り出し「御縁節」で歌いたい1首だ。
琉歌百景⑨
遊び唄は〔分句〕の宝庫だ。
日没を持って、近くの森かげや浜辺でする毛遊び<もう あしび。野遊び>では、得てして男女が理無い仲<わりないなか>になりがちだし、ましてや花ぬ島<花街>が舞台の色恋は濃密さを増す。既婚者の男と深い仲となった女が言う。男もすぐさま返事をする。
琉歌百景⑩
♪我身ゆ取ゐみしぇみ 刀自ゆ捨てぃみしぇみ
<わみゆ とぅゐみしぇみ とぅじゆ してぃみしぇみ>
♪刀自や雨降ゐぬ 傘どぅやゆる
<とぅじや あみふゐぬ かさどぅ やゆる>
女=もう、ここまで染まっては別れるのはイヤです。最終的には、わたし
を取るのですか。それとも妻を捨ててわたしと一緒になりますか。
男=お前を捨てるものか。別れるものか。このままの関係を断つことはな
い。言ってみれば妻とは、雨降りに必要な傘みたいなもの。家に置い
ておけばよい。
この男、本物の粋人というべきか。
琉歌百景⑪
♪男=芋掘ゐみ姉小 芋や何月が
<んむ ふゐみ あばぐぁ んむや なんぐぁちゃが>
♪女=芋や七月小 我んね十八
<んむや しちぐぁちゃぐぁ わんね じゅうはち>
畑道を行くとひとり黙々と芋を掘っている女童がいる。色男はナンパを仕掛けてくる。
「芋堀り中だねネーチャン。何月植えの収穫だい」
そう声を掛けられて女童、好みの男振りに即答した。
「芋は七月植えなの。そして、わたしは18歳よ」
問いもしない年齢を明かすとは、誘いに応えても“いいわヨ”である。さあ、このふたり、このあといかなる行動をとったか。それぞれ考えてみよう。
琉歌百景⑫
♪宵ん暁ん馴りし面影ぬ 立たん日や無さみ塩屋ぬ煙
<ゆゐん あかちちん なりし うむかじぬ たたんひや ねさみ すやぬ ちむり>
歌意=朝に夕に側にいた人の面影が立たない日はない。それは、塩焚き小屋から終日、煙が立っているようなもの。あの人は、どうしているだろうか。
背景を説明しなければならない。
この1首は、高宮城親雲上作・組踊「花売ゐぬ縁=はなうゐぬ ゐん」の劇中、首里を離れて遠く大宜味間切塩屋村に隠れ住んでいる夫・森川ぬ子<むるかぁぬしー>を、その妻子が尋ねていく場面で「仲間節」に乗せて歌われている。詠み人は、与那原親方良矩<ゆなばる うぇかた りょうく>であるが、敢えて“分句”としてみたのは、いい挿話があるからだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0d/cc/a07dd589857b9fe0ab24ea328142fd2b.jpg)
高宮城親雲上は、組踊「花売ゐぬ縁」の執筆中、件の場面になった際、上句は詠んだものの下句がどうしても出てこない。そのことを与那原親方に話すと、彼は言った。
「ううん。下の句か。差し向かいの酒席を設けてくれるならば、考えないでもない」
高宮城に否があるはずがない。その通りにして、この1首は成った。
高宮城=宵ん暁ん馴りし面影ぬ
与那原=立たん日や無さみ塩屋ぬ煙
だがこの話。王府時代の文人を讃えて、後世の粋人たちが語り上げたもののようだ。
与那原親方良矩=1718.6.29~1797.10.23。三司官<さんしかん。最高位の役職名>。歌人。君子親方の敬称がある。「琉球科律」の編纂などの他に多くの琉歌、和歌を残している。
高宮城親雲上=生没年不詳。「故事集」に組踊「花売ゐぬ縁」の記録があるのみ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/75/d9/149abcca63aa201a300898589ae13d31.jpg)
次号は2009年2月19日発刊です!
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