旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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琉歌百景 分句編

2009-02-12 11:19:05 | ノンジャンル
★連載NO.379

 琉歌に〔分句〕がある。
 風流人が集い詠歌会を催す。ある時代には、正月と秋の名月のころの2回を恒例とし、随時なされたという。いくつかの歌題を決め、ふたり1組になって、ひとりが上句の八八を詠み、他方が八六の下句をつけるという趣向。
 王府時代のある年。心得のある士族が集まり分句を楽しむことになった。まず、第1の歌題は「出逢い」。金城親雲上<かなぐしく ぺーちん>と瑞慶覧親雲上<じきらん>が向かい合った。親雲上とは、高官役職名。短冊に墨黒々と筆を走らせたのは金城親雲上。

 琉歌百景⑧
 ♪初みてぃどやしが いちゃしがな肝や
 <はじみてぃどぅ やしが いちゃしがな ちむや>
 これを受けた瑞慶覧親雲上は、しばし沈思黙考・・・・。そして下句を繋げた。
 ♪昔語らたる 友の心
 <んかし かたらたる どぅしぬ くくる>

 「出逢い」の題に金城親雲上は「貴殿とは初対面だが、どうしたことか気持ちの上ではそうは思えない」と上句を出した。これに対して瑞慶覧親雲上は「拙者も同様だ。腹蔵なく何でも語り合ってきた古馴染みの友に逢った心地だ」としたのである。すぐに三線を取り出し「御縁節」で歌いたい1首だ。

 琉歌百景⑨
 遊び唄は〔分句〕の宝庫だ。
 日没を持って、近くの森かげや浜辺でする毛遊び<もう あしび。野遊び>では、得てして男女が理無い仲<わりないなか>になりがちだし、ましてや花ぬ島<花街>が舞台の色恋は濃密さを増す。既婚者の男と深い仲となった女が言う。男もすぐさま返事をする。

 琉歌百景⑩
 ♪我身ゆ取ゐみしぇみ 刀自ゆ捨てぃみしぇみ
 <わみゆ とぅゐみしぇみ とぅじゆ してぃみしぇみ>
 ♪刀自や雨降ゐぬ 傘どぅやゆる
 <とぅじや あみふゐぬ かさどぅ やゆる>
 女=もう、ここまで染まっては別れるのはイヤです。最終的には、わたし
   を取るのですか。それとも妻を捨ててわたしと一緒になりますか。
 男=お前を捨てるものか。別れるものか。このままの関係を断つことはな
   い。言ってみれば妻とは、雨降りに必要な傘みたいなもの。家に置い
   ておけばよい。
 この男、本物の粋人というべきか。

 琉歌百景⑪
 ♪男=芋掘ゐみ姉小 芋や何月が
 <んむ ふゐみ あばぐぁ んむや なんぐぁちゃが>
 ♪女=芋や七月小 我んね十八
 <んむや しちぐぁちゃぐぁ わんね じゅうはち>
 畑道を行くとひとり黙々と芋を掘っている女童がいる。色男はナンパを仕掛けてくる。
 「芋堀り中だねネーチャン。何月植えの収穫だい」
 そう声を掛けられて女童、好みの男振りに即答した。
 「芋は七月植えなの。そして、わたしは18歳よ」
 問いもしない年齢を明かすとは、誘いに応えても“いいわヨ”である。さあ、このふたり、このあといかなる行動をとったか。それぞれ考えてみよう。

 琉歌百景⑫
 ♪宵ん暁ん馴りし面影ぬ 立たん日や無さみ塩屋ぬ煙
 <ゆゐん あかちちん なりし うむかじぬ たたんひや ねさみ すやぬ ちむり>
 歌意=朝に夕に側にいた人の面影が立たない日はない。それは、塩焚き小屋から終日、煙が立っているようなもの。あの人は、どうしているだろうか。
 背景を説明しなければならない。
 この1首は、高宮城親雲上作・組踊「花売ゐぬ縁=はなうゐぬ ゐん」の劇中、首里を離れて遠く大宜味間切塩屋村に隠れ住んでいる夫・森川ぬ子<むるかぁぬしー>を、その妻子が尋ねていく場面で「仲間節」に乗せて歌われている。詠み人は、与那原親方良矩<ゆなばる うぇかた りょうく>であるが、敢えて“分句”としてみたのは、いい挿話があるからだ。

 高宮城親雲上は、組踊「花売ゐぬ縁」の執筆中、件の場面になった際、上句は詠んだものの下句がどうしても出てこない。そのことを与那原親方に話すと、彼は言った。
 「ううん。下の句か。差し向かいの酒席を設けてくれるならば、考えないでもない」
 高宮城に否があるはずがない。その通りにして、この1首は成った。
 高宮城=宵ん暁ん馴りし面影ぬ
 与那原=立たん日や無さみ塩屋ぬ煙
 だがこの話。王府時代の文人を讃えて、後世の粋人たちが語り上げたもののようだ。

 与那原親方良矩=1718.6.29~1797.10.23。三司官<さんしかん。最高位の役職名>。歌人。君子親方の敬称がある。「琉球科律」の編纂などの他に多くの琉歌、和歌を残している。
 高宮城親雲上=生没年不詳。「故事集」に組踊「花売ゐぬ縁」の記録があるのみ。



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