旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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うちなー口を楽しむ・琉歌百景

2009-01-29 17:13:00 | ノンジャンル
★連載NO.377

 いささか私事になるが、私が担当しているRBCiラジオ番組「民謡で今日拝なびら=ちゅう うがなびら」は、2009年2月1日から開始48年目に入る。その中のコーナーのひとつに「琉歌百景」があって、先人たちが詠み残した八八八六詩形の琉歌を今日的解釈を加えて紹介している。
 これについて聴取者及び週間・浮世真ん中の読者から、ラジオの音声だけでは〔正しく聞き取ることができない。文字化できないか〕という要望があり、このたび琉歌を100首連載することにした。作者がはっきりしている詠歌、詠み人しらずのそれを私がわずかに持ち合わせている琉歌に対する感性と私流の解釈を添えて記してみたい。読者の好きな曲節に乗せて歌っていただけることを希望する。30音に込められた悠久の〔琉球の魂〕が感じ取れるのではなかろうか。そのことを共有したいのである。

 琉歌百景①
 ※初春に出じてぃ 菩薩花見りば 花ん咲ち清らさ 実ん繁じさ 
*詠み人しらず
 <はちはるに んじてぃ ぼさつばな みりば はなん さちじゅらさ ないん しじさ>
 菩薩花は米の異称。転じて五穀をさす。〔実=ない〕は果実から転じて、美称として用いている。ここでは米。
 歌意=初春の候に田園地帯に出て四方を眺めると、稲の穂波が春風になびき、実も繁く成って美しい。今年の豊作を約束してくれている。なんと喜ばしいことかとなる。二毛作の沖縄ならではの歌。
 昨今、移入に頼るあまり減反が進み、美しい田園風景を見ることが少なくなったが、やはり五穀豊穣・作る毛作<ちゅくる むじゅくい。農作物一切>が満作であることが、弥勒世<みるく ゆう。平和の世>の基本であるとする観念と願望が込められているように思える。

 琉歌百景②
 ※先年とぅ変わてぃ 恩納村はじし 道挟さでぃ松ぬ 並どぉる美らさ
*神村親方
 <さちどぅしとぅ かわてぃ うんなむら はじし みちはさでぃ まちぬ などるちゅらさ>
 村はじしは、直訳すれば村はずれだが、この場合は集落沿いの宿道<幹線道路>と解釈すると、より風景が見える。恩納むらは、もちろん現在の恩納村。歌の対象となっている場所を特定すれば、国頭地方<くにがみ>への宿駅のひとつ喜納にあった番所界隈と思われる。神村親方は、国頭巡視の一員として恩納間切に立ち寄った。
 歌意=恩納間切喜名周辺の風景は、数年前とはうって変わった。道を挟むようにつづく松並木がなんとも美しく、平和に治まっている琉球の繁栄を実感する。

松林=座喜味城跡

 琉球王統第2尚氏13代国王・尚敬<しょう けい。1700~1751>時代の宰相具志頭親方蔡温<ぐしちゃん うぇーかた さいおん>は、造林政策を強力に推進実施した。恩納並松<うんな なんまち>をはじめ、宜野湾並松<じのーん>、今帰仁並松<なちじん>の出現は、蔡温の功績である。この造林奨励は本島のみならず、宮古、八重山、久米島、伊是名、伊平屋に島々にも及び、担当役人を常駐させて管理させている。戦前を知る方々の話を聞くと、これら並松は実に美しく、夏は人びとの憩いの場になったという。しかし、これらは戦火がすべて焼き尽くしてしまった。


 琉歌百景③
 ※心浮ちゃがゆる 春ぬ野に出じてぃ 風に袖飛ばち 遊ぶ嬉りしゃ
 <くくる うちゃがゆる はるぬ ぬにんじてぃ かじに すでぃとぅばち あしぶうりしゃ>
 1年を通して1桁の気温を記録するのは2、3度程度の沖縄。それも1月後半から2月いっぱいが冷え込みの時期。3月の声を聞くと日増しに寒波も遠のき、野山の木々もみどりが萌え出す。吹く風も肌に快い。その季節感を心得ると歌意は、自ら伝わってこよう。心浮ちゃがゆる=心が浮く。心うきうきのさま。
 歌意=すぐそこまできた春の足音。野山も明るくなった。家に籠もっておれようか。さあ、野外に出て春風に着物の袖をなびかせて遊ぼう。なんと清々しく、開放感を楽しめるこの嬉しさ。
 陽気が安定すると野生の百合の花が山のみどりに白いアクセントをつける。このロケーションを目の当たりして行動しない者は、よほどのフユーナムン<無精者。なまけもの>呼ばわりされるだろう。
 風に袖を飛ばして遊ぶ光景は、年端もいかない子どものようにとれるが、冬着から春着に衣更えしたミヤラビ<女童。乙女>と解釈したほうが、着物の模様まで見えるようで色彩感も味わえる。

 詠歌も三線に乗せて歌ってみると、情緒もひとしお深く濃くなる。では、どの曲節に乗せて歌おうか。さしあたり本調子の「早作田節=はい ちくてん」か、流行の「梅の香り=作詞作曲新川嘉徳。昭和14年」、「恋の花」を選ぶだろう。
 チョッチョイ<藪鶯。幼鳥>も、里に下りるにはまだ早いが、山の端の木立の中で声の調整を始めている。



次号は2009年2月5日発刊です!

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