旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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琉歌・夫婦百景

2008-11-20 10:12:28 | ノンジャンル
★連載NO.367

 週に2度、もしくは3度は会って50年近く付き合っている役者八木政男さんは〔夫の鏡〕である。
 沖縄芝居の芸歴60年余。RBCiラジオ午後3時の番組「民謡で今日拝なびら=月~金」のレギュラー出演46年。ほかに「一言葉二言葉島言葉=月~金」を担当。一方で舞台やテレビを精力的にこなす重鎮だ。これだけでもハードな日々に思われるが、私生活では孫の学校の送迎のみならず、清子夫人の言いつけをよく守り、今日は〔飲料水〕の買い出し、明日は出したクリーニングの受け取りと、実に多忙を笑顔で極めている。もちろん、食材の買い出しにも同伴、夫人の後ろからカートを押して店内を回り、その上、週に2度ほどは夫人と共にカラオケハウス行きを欠かさず高峰三枝子、藤山一郎から氷川きよしまでを楽しんでいる。これを〔夫の鏡〕と言わずして何と言おうか。

 ♪若さある内や 松ぬ葉に暮らち 今や芭蕉ぬ葉ん いばくなとさ
 『結婚当時は貧しく、住まいも松の葉のように細く狭い家で暮らしてきた。それでもふたりは、心を合わせて気張り通した。おかげで人並みの芭蕉の葉のように広い家を建てることもできた。子も出来、孫も生まれてこの上なく幸せ。しかし、そうなってみれば広い家も孫たちの運動場と化して狭くなってしまったね』
 この1首は、決して不満を詠んでいるのではない。むしろ逆であることは容易に読み取れる。詠み人しらずになっているが、八木政男夫妻がモデルではないかと思われてならない。
 “友がみな われよりえらく見ゆる日よ 花を買ひ来て妻としたしむ”
 石川啄木の暮らしを彷彿させる歌が「琉歌集」にある。
 ♪チリチリ小思むてぃ 蓋取やい見りば な何やちょんあらん カンダ ンブシー
 ♪カンダンブシーやてぃん 肝込みてぃあむぬ チリチリ小思むてぃ みしょち給り
 『勤めを終えて帰宅した夫。台所から胃袋を刺激するチリチリー小<すきやきの様な煮物>の香りがする。今夜は馳走だなと鍋の蓋を取ってみれば、いやいや何のことはない。肉抜きの芋の葉と豆腐の煮物ではないか』
 夫は少々がっかりの態。それに対して妻は返歌した。
 『いつもの相変わらずの夕食ですが、あなたのために真心を込めて作りました。どうぞチリチリー小と思って召し上がって下さいませ』
 夫婦の夕食は、フランス料理、イタリア料理を並べるよりも美味な〔愛の食卓〕になったにちがいない。
 一方にはまた、冷めた夫婦の琉歌もある。
 ♪好かん刀自起くち 物食まなゆいか にじてぃ寝んじゅしどぅ 腹ぬ薬
 帰宅恐怖症気味の夫。夜遅くいやいや帰宅してみれば刀時<とぅじ。妻>は、すでに床の中。そこで夫は決断した。
 『愛もクソも冷め切った妻を起こしてメシを食うよりも、空きっ腹を我慢して寝ちまった方が腹の薬というものサ』
 ほんとうに寝入ったのか狸寝入りなのか、定かではない妻の寝姿を横目で見て「チェッ!」と舌打ちをして別室に入って行く夫の哀愁漂う1首・・・。空腹を「腹の虫」と解釈した挙動を健康的には前向きととるべきか、砂を噛むような夫婦の悲劇ととるべきか。判定は読者におまかせする。
 沖縄では腹部や内臓を〔腸・はらわた〕の「ハラ」と言わず「ワタ」と呼称。したがってメタボ状態は「ハラが出ている」のではなく「ワタが太い」と言い、そのような体形の人を「ワタ ブー」あるいは「ワタ ブター=腹太」としている。

 次の1首は風狂の歌者・故嘉手苅林昌が好んで「ナークニー」「じんとうよう節」の遊びに乗せて歌っていたが、狂歌、ざれ唄とするには凄まじいものがある。
 ♪夫や喰てぃ寝んてぃ 刀自や病でぃ寝んてぃ 親ぬふりむんや 起きてぃシワし
 『夫は例のごとく酒を喰らって朝寝昼寝。妻は生活に疲れて病がちで起きることができない。〔親とは、この場合母親だろう〕親はそれを気遣いバカみたいに起きて心配している・・・・』
 なんという家庭なんだろう。妻と母親が哀れでならない。けれども、この歌詞が三絃に乗って嘉手苅林昌の喉からでると、実に軽妙な実に明朗な遊び唄になったのは、やはり粋人の表現力、歌心にほかならない。この1首などは選曲を誤ってはならない。ローテンポの哀愁濃厚な「下千鳥・さぎ ちじゅやー」に乗せたならば、これほど悲惨に聞こえる歌もあるまい。

 夫婦の有り様は千差万別。傍から見てとやかく言えるものではないが私自身は、人さまにはどう思われようと、せめて孫をふくむ肉親にとって「恥にならない、うとまれない存在であり・・・・たい」。ここまで書いて、なぜかしら、赤面を覚える。夫、親、爺、いずれも一般的水準に達していないことを自覚しているからだろう。


次号は2008年11月27日発刊です!

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