★連載NO.335
「富士山には、月見草がよく似合う」
太宰治になったような気分になる。
山梨県・御坂山の西に位置し、標高1525メートル。甲府盆地と富士五湖を結ぶ旧鎌倉街道にある御坂峠。そこの峠の茶屋から見る富士山は、雄大に輝いていた。
「皆さんが、沖縄から南風を運んできたのですね。こんなにクッキリとした富士山の眺望は、珍しいですよ」
ガイドは、しきりに感嘆する。
3月21日から2泊3日。沖縄語の勉強会・芝居塾「ばん」の仲間10人は[武田信玄に逢いたい]思いをもってここまできた。
石和温泉・ホテル八田に入る前、恵林寺に立ち寄った。
恵林寺は、臨済宗妙心寺派の寺。元徳2年〈1330〉創建。夢窓疎石による開山、武田信玄の菩提所である。本堂脇の枝垂れ桜が迎えてくれた。ここまではいいが、恥ずかしながら、いや恥ずかしがることもないが、私は長年この寺社を「けいりんじ」と読み、覚えていた。現地に立って初めて「えりんじ」であることを知った。今度の旅の収穫がまずあった。朝8時、那覇空港を発ち、11時前には羽田着。貸切小型バスの1日は、さすがに疲労感が前身にある。
「早めにホテル入りして温泉につかろう。ワイン風呂もあるそうな」
仲間内に否はない。早速、石和の湯を楽しんだ後は夕食・宴会だ。古参歌者金城実、宮古の歌者仲宗根豊は、サンシンを持参している。しばしは、島うたや舞踊のライブの態。他の投宿客が顔をのぞかせる。沖縄芸能が珍しかったのだろう。
ここでも出会いがあった。
ホテル八田のフロント及び経理担当の青年の名前は佐久川隆二。沖縄県うるま市具志川出身22歳。就職して、まだ1年たらずとのことだが、旅先で同郷人に出合うのはなんとも嬉しい。旅の楽しさをいちだんと充実させてくれた。
2日目。ツヤツヤお肌をなでながらの行楽。東日本最大級の木造建築・甲斐善光寺。武田信玄像の出迎えを受けて武田神社へ。ここでは、風林火山の旗のもと名参謀の名を天下にとどろかせた山本勘助を気取り、信玄とのツーショットを撮りまくった。
武田信玄像
次いで、標高1000メートルをロープウェイで登る昇仙峡パノラマ台へ。目前に南アルプスの連山と富士山が広がる。沖縄の山は、八重山石垣島の於茂登岳〈おもとだけ〉海抜525.8メートルが最高峰だけに、感動を覚えずにはいられない。その感動の中、パノラマ台の一角にある男根女陰を祀った祠を拝んで、心癒されたのは愛嬌だった。下山して、軒を並べる土産品店を見てまわる。[印傳・印伝・いんでん]の文字がやたら目に付いて気がかりだ。遠慮なく店の人に聞いてみた。
「印伝は、シカのなめし皮。染色してウルシで模様をつけ、袋物などにする。古くはインド産のなめし革を用いていた。甲州印伝がもっとも有名です。印伝の名の由来ですか?印度伝来なので[印伝]なのです」
またひとつ、賢くなった記念に、印伝の印鑑入れを買った。1480円。
印伝
3日目。河口湖に遊ぶ。相変わらす地元も喜ぶ上天気。富士山は絵葉書そのままだ。
街並みに入ると沿道に「ほうとう」の看板を数多く見ることになった。昼食は、甲州名物「ほうとう」を食することにした。専門店には、その由来を記した額が掲げられている。
[信玄ほうとうの由来]
「ほうとうは、中国・唐の時代。御汁の中に入れた麺を「不托」といい、これが語源になったと、事物実名録にある。また倭名抄には作り方として「麺を延べ揃えて切る」としている。枕草紙にも「はうたう まゐらせん しばしとどまれ」とあり、平安貴族も好んで食していたと思われる。その後、信玄公が戦時食として奨励した際、野菜を多く入れたのが甲州風として受け継がれている」
カボチャを主に野菜とともに味噌煮込みされた、うどんの2倍以上はあろう麺が鍋ごと出てくる。春うららかな日とは言え、室内に入ると寒さがある。そこで、フウフウ息を吹きかけながら食する[ほうとう]は、セーターを脱ぎたくなるほど。外回りで冷えた身体を温めてくれるには十分だった。
ほうとう
温まったところで午後は、富士山に洗われた湧水と昔ながらの家屋や水車小屋など、なにかと懐かしいたたずまいの忍野八海〈おしのはっかい〉を散策して、羽田に向かう。旅の終わりのバスの中は、名残惜しそうに見え隠れする富士山談義が尽きない。
「山梨の人は、山梨側から見る富士山が日本一と自慢している。そうだろう納得!」
これに反論した女性がいる。
梅雨どきに沖縄に来て、藍草苅りをしている染職、刺し子、人形作家の城間早苗女史だ。彼女は、沖縄入りのたびに会っている友人で今回のメンバーとも面識がある。われわれの山梨行きを知って、静岡県駿東郡清水町から参加した。山梨側から見る富士山が[日本一]の評価に意義を申し立てた。
「とんでもないッ!清水のわが家のトイレから眺める富士山が日本一よッ。水洗いだって富士山の水を使っているんだからッ」
富士山
富士山。温泉。武田信玄。昇仙峡。印田。ほうとう。ワイン。信玄餅。そして出会い。
沖縄とは異なる甲州文化にふれた3日間。
“旅ゆかば・・・・”。さて、つぎはどこへ出かけようか。
次号は2008年4月17日発刊です!
上原直彦さん宛てのメールはこちら⇒ltd@campus-r.com
「富士山には、月見草がよく似合う」
太宰治になったような気分になる。
山梨県・御坂山の西に位置し、標高1525メートル。甲府盆地と富士五湖を結ぶ旧鎌倉街道にある御坂峠。そこの峠の茶屋から見る富士山は、雄大に輝いていた。
「皆さんが、沖縄から南風を運んできたのですね。こんなにクッキリとした富士山の眺望は、珍しいですよ」
ガイドは、しきりに感嘆する。
3月21日から2泊3日。沖縄語の勉強会・芝居塾「ばん」の仲間10人は[武田信玄に逢いたい]思いをもってここまできた。
石和温泉・ホテル八田に入る前、恵林寺に立ち寄った。
恵林寺は、臨済宗妙心寺派の寺。元徳2年〈1330〉創建。夢窓疎石による開山、武田信玄の菩提所である。本堂脇の枝垂れ桜が迎えてくれた。ここまではいいが、恥ずかしながら、いや恥ずかしがることもないが、私は長年この寺社を「けいりんじ」と読み、覚えていた。現地に立って初めて「えりんじ」であることを知った。今度の旅の収穫がまずあった。朝8時、那覇空港を発ち、11時前には羽田着。貸切小型バスの1日は、さすがに疲労感が前身にある。
「早めにホテル入りして温泉につかろう。ワイン風呂もあるそうな」
仲間内に否はない。早速、石和の湯を楽しんだ後は夕食・宴会だ。古参歌者金城実、宮古の歌者仲宗根豊は、サンシンを持参している。しばしは、島うたや舞踊のライブの態。他の投宿客が顔をのぞかせる。沖縄芸能が珍しかったのだろう。
ここでも出会いがあった。
ホテル八田のフロント及び経理担当の青年の名前は佐久川隆二。沖縄県うるま市具志川出身22歳。就職して、まだ1年たらずとのことだが、旅先で同郷人に出合うのはなんとも嬉しい。旅の楽しさをいちだんと充実させてくれた。
2日目。ツヤツヤお肌をなでながらの行楽。東日本最大級の木造建築・甲斐善光寺。武田信玄像の出迎えを受けて武田神社へ。ここでは、風林火山の旗のもと名参謀の名を天下にとどろかせた山本勘助を気取り、信玄とのツーショットを撮りまくった。
武田信玄像
次いで、標高1000メートルをロープウェイで登る昇仙峡パノラマ台へ。目前に南アルプスの連山と富士山が広がる。沖縄の山は、八重山石垣島の於茂登岳〈おもとだけ〉海抜525.8メートルが最高峰だけに、感動を覚えずにはいられない。その感動の中、パノラマ台の一角にある男根女陰を祀った祠を拝んで、心癒されたのは愛嬌だった。下山して、軒を並べる土産品店を見てまわる。[印傳・印伝・いんでん]の文字がやたら目に付いて気がかりだ。遠慮なく店の人に聞いてみた。
「印伝は、シカのなめし皮。染色してウルシで模様をつけ、袋物などにする。古くはインド産のなめし革を用いていた。甲州印伝がもっとも有名です。印伝の名の由来ですか?印度伝来なので[印伝]なのです」
またひとつ、賢くなった記念に、印伝の印鑑入れを買った。1480円。
印伝
3日目。河口湖に遊ぶ。相変わらす地元も喜ぶ上天気。富士山は絵葉書そのままだ。
街並みに入ると沿道に「ほうとう」の看板を数多く見ることになった。昼食は、甲州名物「ほうとう」を食することにした。専門店には、その由来を記した額が掲げられている。
[信玄ほうとうの由来]
「ほうとうは、中国・唐の時代。御汁の中に入れた麺を「不托」といい、これが語源になったと、事物実名録にある。また倭名抄には作り方として「麺を延べ揃えて切る」としている。枕草紙にも「はうたう まゐらせん しばしとどまれ」とあり、平安貴族も好んで食していたと思われる。その後、信玄公が戦時食として奨励した際、野菜を多く入れたのが甲州風として受け継がれている」
カボチャを主に野菜とともに味噌煮込みされた、うどんの2倍以上はあろう麺が鍋ごと出てくる。春うららかな日とは言え、室内に入ると寒さがある。そこで、フウフウ息を吹きかけながら食する[ほうとう]は、セーターを脱ぎたくなるほど。外回りで冷えた身体を温めてくれるには十分だった。
ほうとう
温まったところで午後は、富士山に洗われた湧水と昔ながらの家屋や水車小屋など、なにかと懐かしいたたずまいの忍野八海〈おしのはっかい〉を散策して、羽田に向かう。旅の終わりのバスの中は、名残惜しそうに見え隠れする富士山談義が尽きない。
「山梨の人は、山梨側から見る富士山が日本一と自慢している。そうだろう納得!」
これに反論した女性がいる。
梅雨どきに沖縄に来て、藍草苅りをしている染職、刺し子、人形作家の城間早苗女史だ。彼女は、沖縄入りのたびに会っている友人で今回のメンバーとも面識がある。われわれの山梨行きを知って、静岡県駿東郡清水町から参加した。山梨側から見る富士山が[日本一]の評価に意義を申し立てた。
「とんでもないッ!清水のわが家のトイレから眺める富士山が日本一よッ。水洗いだって富士山の水を使っているんだからッ」
富士山
富士山。温泉。武田信玄。昇仙峡。印田。ほうとう。ワイン。信玄餅。そして出会い。
沖縄とは異なる甲州文化にふれた3日間。
“旅ゆかば・・・・”。さて、つぎはどこへ出かけようか。
次号は2008年4月17日発刊です!
上原直彦さん宛てのメールはこちら⇒ltd@campus-r.com