旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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顔・面・恥=KAWU・CHIRA・HAJI

2008-02-07 10:14:21 | ノンジャンル
★連載NO.326

 若い娘たちの会話。
 「お笑いのゴリって、ほんとうにウチナーヂラーだね。毛や眉もそうだし、顔そのものが濃いさぁ。一目で沖縄人って分かる」
 「オッパッピーも、母親は沖縄だってね。それにしては、ヤマトゥーヂラーよね」
 人類学的分析をいとも簡単にしているのには、感心せざるを得ない。
 ウチナーヂラーは、いかにも沖縄人的面体。ヤマトゥーヂラーは、色白の本土の人のそれを指している。その色の白さをこう表現する。
 「ンーチクーガ ンーちゃんねぇ」。ンーチクーガは「剥き卵=ゆで卵」。したがって本土の人は、総じて[ゆで卵を剥いた]ようと例えた。さらに「ンーチクーガに目、鼻、口を描いたようだ」とも言う。それには、悪意はない。色浅黒い自分たちとは異なって大和人は、ゆで卵剥いたように色白。なんとも、ないものねだりの羨望があるのだ。
 いまでも、色白の沖縄人に会うと「大和人みたい。本土で暮らしていたの?」と、問うことがある。
 顔とは、目、鼻、口などがある頭部の前面であるが、それらが一体となってさまざまな感情や気質を表す。そのため顔は、立ったり潰れたり、口でもないのに物を言い、作ることも繋ぐこともできる。「面=つら。おもて。チラ。ウムティ」もしかり。満面朱を注ぐ。赤面の至り。面持ち、面影。蜂に刺されるのも、金で張られるのも面。厚い面の皮は剥がされることもある。「恥」は即、顔・面に関わる。沖縄の恥の教訓語にいわく。
 「恥ぬ有る間る人間=はじぬある いぇーだる にんじん」。恥を失ったものは、もはや人間ではないと言い切っている。
 空港やデパートなど、とかく人目につく所に貼られているのが殺人、詐欺等々で全国に指名手配された面々の顔写真。これらは世間に対して顔出しも面と向かうこともできず、恥をさらしていることになる。
 この手配書は、王府時代からあったようだ。様式としては御上が出す「御羽書=うふぁがち」「書付=かちちき」と称する公文書である。

 玉城朝薫作・組踊「女物狂=おんなものぐるい」一名「人盗人=ふぃとぅぬすびとぅ」には、人相書きが用いられている。それは、似顔絵ではなく「人盗人=ひとさらい」の風体に関する御羽書・書付である。
 物語は、首里城下の童子を誘拐して、遠く国頭方面へ行く人盗人は途中、通りかかった寺に一夜の宿を借りる。しかし、寺にはすでに手配書が回っていた。盗人が眠っている隙に童子は、寺の座主〈じゃーし。住職〉に救いを求める。座主や小僧たちの機転によって童子は、難を逃れる。そこへやってくるのは、ひとり子を誘拐されて狂気となった母親。
 方々彷徨い歩いた挙句、寺に辿り着いて我が子に再会。正気を取り戻した母親は、晴れて子とともに首里へ帰るという内容。
 劇中、寺僧と座主は、手配書を持ち出し、旅の者〈実は人盗人〉を引き出して人相書きと本人を照らす。
 「盗人。歳二十五、六。丈程〈たきふどぅ。体形〉大方〈おおがた〉。色黒く、眉黒く、目クマク〈細く〉、鼻まぎく〈大きく〉、口まぎく。髪に頭巾〈じっちん〉、腰にイラナ差し〈鎌を差し〉・・・・」
 ここまで・事細かに指摘されて盗人は、這う這うの態で逃走する。

組踊「人盗人」


「人盗人」=瀬底正憲氏


瀬底正憲氏

 作者玉城朝薫は1734.8.2~1734.1.26。尚貞王~尚敬王時代の文人。当時、首里城下で頻繁に起きていた誘拐事件を材にこの作品を書いたと言われる。
 色黒で眉が太くて濃く。蛇のように目が細く、鼻・口の大きいものは、ヌスドゥヂラー〈盗人面〉ということになるが、私はどちらかというとギョロ目で鼻、口は大きからず小さからずの造作だから、ヌスドゥヂラーには当てはまらない。両親に感謝しなければなるまい。

 しかし、人の顔はひとつではないように思える、内づら・外づら。相対するものによって変わる。俗語にも、金銭を「借りるときの仏面、返すときの鬼面」などとあって、心証はそのまま顔に出るらしい。
 正直言って私は、いいカーギ〈美形。容貌〉の女性と、その形容とは明らかに格差のある女性と対面する場合、はっきりと自覚するほど[顔色・表情]が異なる。親の意に反し、長ずるにしたがって損得や悪欲に染まってしまい、イーラーヂラー〈助平面〉になってしまったのだろう。
 「30になったら、自分の顔に責任を持て」
 そう親兄弟に教訓されてきたが、その歳を倍以上経たいま、顔は己に責任を持ち得ているか。ひとり鏡の前に立って確かめた。が、そこには思いとは裏腹に[いい顔]を作っている自分がいた。やはり、人の顔はひとつではない。

次号は2008年2月14日発刊です!

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