旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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上原正吉・民謡自分史工工四

2007-11-08 13:41:00 | ノンジャンル
★連載NO.313

 「50年間、民謡ひと筋に生きてきた。これを期に自分の愛唱歌の(工工四)を出版したいと思っている」
 歌者上原正吉が意気込んでいる。

 「工工四」とは、琉球古典音楽の楽譜。宮廷音楽家屋嘉比朝寄<やかび ちょうき。1716~1775>が、中国の三絃楽器の楽譜を参考にして考案した。「くんくんしー」とも「くるるんしー」とも称する。古典音楽を修得するための教則本であると同時に、各地に伝承される臼太鼓<うしでーく。うすでーく>など、祭祀音楽の記録本でもある。
 この「屋嘉比工工四」の登場によって、素歌の唱えと手拍子、鼓<ちぢん>などを頼りに成されていた(祈願歌)が採譜されて、三絃<三線。さんしん>に乗るようになった。もし、工工四の考案が遅れていたとするならば、多くの歌が時の彼方に置き去られていただろう。
 その後「屋嘉比工工四」は、「知念工工四」「野村工工四」「湛水工工四」「安富祖工工四」と、その道の一人者によって改良、編纂され、昭和10年<1935>から昭和16年<1941>に伊差川世瑞、世礼国男共著「声楽譜附野村工工四」へと繋り、三絃と歌詞が同時に記された「工工四」が完成したことになる。
 因みに現在、主流を成している「声楽譜附野村工工四」は、「かじゃでぃ風」を1節目とする上巻37節。中巻は「作田節=ちくてんぶし」など大節<うふぶし>29節。下巻は二揚節<にあぎぶし>が多く、干瀬節<ふぃし>・子持節<くぁむちゃー>・散山節<さんやまー>・仲風節<なかふう>・述懐節<しゅっくぇー・すっくぇー>の、いわゆる二揚五節<にあぎ いちふし>をはじめとする57節。そして、続巻・拾遺集には、地方の歌や口説類、琉球筝曲の段のものなど81節。計204節が記載されている。

 「私の工工四は、琉球民謡の教則本でも、記録本でもない。昭和35年<1960>、ビクターレコード沖縄代理店・高良レコードから出した45回転盤の「宮古根」「南洋小唄」「ちゅっきゃり節」に始まり、最近の「あかばんた」「一夜花」など、私が歌った節を工工四化したい。作詞、作曲は同志たちの作品がほとんど」
 上原正吉は熱っぽく語っている。
 まず、30節前後を1巻として出版。2巻、3巻と繋げて300節を収める計画だ。彼が、これまでにレコード、CD化した民謡は、500節にとどく。

 昭和16年<1941>。今帰仁村謝名<なきじんそん じゃな>に生まれた上原正吉の今日までの道のりは辛苦の日々であった。3才に母親を失った。顔さえ覚えていない。戦後、13才に父親病死。琉球政府の生活救済を受けての暮らしだった。その上、その年の台風は、茅葺きの小さな家まで破壊してしまった。彼は意を決して那覇に出た。安里ひめゆり通りの自動車部品店に就職。のちに雑貨店を経営しながら独立の日を待っていた。
 こうしたおりに出会ったのは、琉球民謡界の大御所前川朝昭<故人>である。すぐに弟子入りした。三絃は、ものごころついたころに、父親が弾いていたそれを聞き馴染んでいた。小学校5年には、アメリカ製の粉ミルク缶を半分に切ってチーガ<三絃の共鳴板>にした三絃を自ら作って弾いていた。このことが上原正吉の運命を開いたのである。
 前川朝昭は、彼を息子としてみていた。彼もまた、前川朝昭に亡父の面影を重ねながら師事。実力をつけてきたのだ。
 NHKのど自慢大会にも出た。2位、3位、2位を繰り返すうち、昭和45年<1970>、ついに1位を獲得。その年の全国大会に沖縄代表として出場を果たした。県内3放送局主催民謡大会の民謡大賞、大衆賞を総なめ。一方では、チャリティー公演を自主開催。社会福祉に尽した功績が評価されて、県福祉協議会など関係団体から表彰されること再三。

 上原正吉の歌風はどうか。
 ひと口に言えば「情節を得意とする泣きぶし」である。大和の森進一・沖縄の上原正吉と評する人もいる。
 さて。
 ここまで、上原正吉の私事を書いたのは何故か。
 彼が出版する「工工四」の背景を知ってほしかったからである。上原正吉自身が語っているように、民謡の教則本でも記録本でもない自らが歌った(歌の系譜)が世に出ようとしているのだ。これまでに前川朝昭、知名定繁<故人>、喜納昌永、登川誠仁、喜屋武繁雄<故人>。さらに大浜安伴<故人>、古堅宗雄<故人>、山里勇吉、国吉源次・・・・。
 その他にも「民謡工工四」は10数冊出ている。上原正吉のそれはひと味異なり、言ってみれば、歌者の「民謡自分史」なのである。ひとりの歌者の(歌の系譜)から探る沖縄戦後民謡史も、また面白い。


次号は2007年11月15日発刊です!

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