旬刊・上原直彦 「浮世真ん中」の内『おきなわ日々記』」アーカイブ版

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うるじんに蘇る・金武良仁師の遺声

2007-03-01 09:36:52 | ノンジャンル
★連載 NO.278

 「琉球古典音楽の世界は、いささか専門的。CD出版もそうそうない。かならずしも商売になるとはかぎらないが、音楽にかかわる仕事をしている以上、古い音源の復刻と記録は、私の義務と考えている。著作権等、クリアすべき事項があって時間を要したが、念願かなって、ようやく日の目を見る」
 民謡を中心にCDや書籍の出版をしている有限会社キャンパス・備瀬善勝社長の弁。
 古い音源とは、近世の名人とうたわれる琉球古典音楽家金武良仁師の遺声。昭和9年と昭和11年に収録された蓄音機盤の19曲。

 金武良仁師<きん りょうじん>は王府時代の宮廷音楽家安富祖正元<あふそ せいげん。1785-1865>の後継者安室朝持<あむろ ちょうじ。1841-1916>に師事。「絃声会」なる団体を組織して、安富祖流古典音楽を今日に伝えた人物である。
 この先人の遺声のCD化に際し、ライナーノーツを沖縄芸能史研究家崎間麗進氏に依頼した。

    §「楽聖金武良仁の歌三線」  *崎間麗進

 金武良仁は、琉球古典音楽はのために生まれてきた人である。
 音楽を科学的に考察することをこころがけ、師匠・安室親雲上<あむろ ぺーちん。親雲上は官位名>を裸にして聴診器をあて、発声時の胸音や腹音を聞いて歌唱法を研究。
 また、ナービナクー<鉄鍋の修理工>の呼びかけの声の発声法に関心を寄せるあまり、それを確認するため長時間、街中をついてまわったという。
 趣味として乗馬、弓道などをたしなみ、さらにはチャーン<鳴鶏>を観察して、その鳴き声の名称、打チ出シ・吹チ上ギ・チラシをはじめ、ソーミナー<めじろ>の高い鳴き声「タカブキー」を分析。それぞれの名称は、三線音楽の発声名に酷似していることなども研究の対象にしていた。
 古典音楽を正面に置き、後継者育成はもちろん、自らをきびしく鍛え上げるという芸術家肌で、弟子も古堅盛保ら少数にしぼり、日々の稽古は並みのそれではなかったようだ。
 昭和11年5月。日本民族音楽協会が主催する「琉球古典芸能大会」が、東京の日本青年会館において盛大に催された。柳田国男、折口信夫らが世話人となった記念すべき公演に、金武良仁も歌三線の一人として参加した。
 ところが金武良仁は、病をおしての上京。高熱を発して声が出なくなっていた。会話もままならないほどの重態。世話役の折口信夫は舞台挨拶で、
 「金武良仁は、高熱のため平常の声は出ないと思いますが、せめて名人の三線を持った姿だけでも、とくと見てください」
 と、案内した。しかし、金武良仁は舞台に上がり、なにごともないかのように三線を弾き歌い出した。それはいつもと変わらない歌唱であった。(緊急)に備えて、舞台の袖に待機していた平良医師は「金武良仁の声帯の有り様は、医学でも説明がつかない」と、感嘆していたという。
 この機会にと、金武良仁の演奏の蓄音機盤が企画され、伊波普猷<いは ふゆう>、比嘉春潮が仲介。コロンビア社で16曲を収録することができた。ここでも、担当技師が要求するテストを(時間がもったいない)との理由でやらず、一気に16曲を吹き込んだのであった。
 公演を終えて帰郷すると、すぐに病床に就いた。そして、残念ながら自らの声を聞くことを得ないまま9月1日、近世の楽聖金武良仁は他界している。
 金武良仁の理解者であった尚順<しょう じゅん>は後日、その死を惜しみ、レコードについて「息切れもしたであろうが、そこは修練の力をもって巧みに息をついで歌った。一片の遜色もない。貴重な記録だ」と、賞賛したと聞く。


        §   §   §   §   §

 金武良仁師が勉強会的に発足させた「絃声会」は、時を経て昭和6年<1931>、師の高弟古堅盛保を中心に「安富祖流絃声会」の設立につながる。安富祖流の保存・伝承を目的とした音楽団体だ。さらに、安富祖流絃声会は、宜保宜栄―宮里春行―照喜名朝一に受け継がれて、今日に至っている。そして、後継者の照喜名朝一氏は、その功績により、平成12年<2000>、人間国宝として認定された。

 3月4日は、第15回「ゆかる日まさる日さんしん日」<主催・琉球放送ラジオ>。
 ラジオの時報音を合図に、沖縄中のさんしんが一斉に名曲「かじゃでぃ風」を奏でる。
 悠久の時の中で、琉球文化を彩ってきたさんしん。15回の節目に、伝承の中核をなしてきた金武良仁師の遺声がCDとして蘇るということは、沖縄の音楽を愛してやまない人々にとっては、大きな意味をもって受け入れられるにちがいない。

次号は2007年3月8日発刊です!

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