行田市古代蓮園に中にある「古代蓮会館」(400円)に入場。
エントランス・ホールではクラリネットとピアノの演奏会が開催されていた。 生のクラシック音楽を聴きながら腰掛けて一休み!
古代蓮会館の中は行田の自然をジオラマで展示して、見学の子供たちで賑やかだった。
古代蓮会館のお目当てはなんと言っても、高さ50mの展望タワー。
展望室からは真下に古代蓮公園が見え、晴れた時には日光連山・谷川岳・浅間山それに富士山までもが眺望できるそうな。
たしかに関東平野の真中に建っている展望タワーだから、眺めは抜群だね。
「古代蓮の里」を後にして、古墳群に行く途中の「成就院の三重塔」を観賞。
建立は1729年(享保14年) 江戸時代で厳しい享保の改革の頃。
高さ10m・幅2.24mの極めて小さな三重塔で、小ささでは国内屈指と云う。
(三重塔や五重塔はインドの男根崇拝のストゥーパから始まって、中国西域の卒都婆・卒塔婆、中国・日本に伝わり三重(五重)の塔になったと伝えられている。)
行田市で次に向かったのは、有名な「さきたま古墳群」だ。
6~7世紀に行田周辺には沢山の古墳が築かれて、地方豪族が覇を競っていたようだ。
「さきたま古墳群」の一つ”丸墓山古墳”。 単純な小高い円墳だった。
丸墓山古墳の上から見た”将軍山古墳”。 キーホール形の完全な前方後円墳で、作られた当時の状態が再現されていた。
この将軍山古墳の内部は古墳発掘品展示室で埋葬者模型や副葬品も多数飾られている。
将軍山古墳展示室の料金は、次に行く「さきたま古墳資料館」の入場料と合わせて200円だから極めてお徳です。
「さきたま古墳資料館」の前には埼玉県名発祥の地という石碑がある。
昔、この一帯を入間郡と埼玉郡と呼んでいた。
埼玉は”前玉(さきたま)”の訛った言い方で、古墳資料館の奥には鄙びた”前玉神社”(さきたまじんじゃ)が現在もあり、埼玉県の中心としている。
「さきたま古墳資料館」で是非見ておきたいのは、国宝の鉄製剣だ。
古墳から出土した鉄製剣は「金錯銘鉄剣」(きんさくめいてっけん)と名付けられて国宝に指定されている。
赤黒く錆び付いた剣の側面に金鍍金で鮮やかに文字が浮かび上がって、見る人を古代のロマンにかき立てていた。
美しい翡翠の勾玉や画文帯神獣鏡なども副葬品の一部として人目を引いている。
昭和48年に稲荷山古墳から発掘された、これらはの出土品は昭和58年に国宝指定された。
また、様々な出土品を見ているうちに、時間の経つのを忘れてしまうほどだった。
(館内は撮影禁止なので、撮影に際しては事前申請が必要。)
さきたま古墳資料館の斜め前には、江戸時代からの農家が移築されているので寄ってみた。
旧遠藤家住宅と旧山崎家住宅の2軒で良い保存状態だ。
利根川が直ぐ近くにあるこの一帯は古来水害になり易い地区なので、内部天井には避難用の小型舟がぶら下がり、土間・三和土には昔の農機具や糸車などが並んで展示されていた。
さきたま古墳群地区には20基ほどの古墳が点在して全てを見ることは出来なかった。 代表的な古墳の丸墓山古墳・稲荷山古墳・将軍山古墳・二子山古墳・愛宕山古墳・瓦塚古墳・鉄砲山古墳・奥の山古墳・中の山古墳などを見学して良い運動になりました。
昼の12時をはるかに過ぎたので、行田名物の”フライ”を食べに行く事に・・・。
2006 07 26(水)記。 前橋市 薄い 本日 九州・四国は梅雨明け宣言。
7月26日 幽霊の日 (江戸時代 作家の鶴屋南北が「東海道四谷怪談」を発表、 文政6年7月26日 四谷怪談を歌舞伎で開演。)