キカクブ日誌

熊本県八代市坂本町にある JR肥薩線「さかもと駅」2015年5月の写真です。

昭和19年「在華領事館警察署」所在地図

2019年01月12日 | ☆記憶
戦時中祖父がいたという領事館警察。一体どういうトコロなのだろうかと興味が湧いてきた。
治外法権の最大活用(中国側からみたら濫用か)中国各地に置かれたものだとわかった。
ウィキペディアで「在華領事館警察署」の一覧を見た。
どのくらいの範囲に分布していたのだろうかとおもって地図に落としてみた。
すごい広範囲にわたっている。

何というか、当時の日本の「本気度」を感じる地図になった。

このなかでも「南昌」は奥地だなぁ。
でも熊本出身の祖父から見れば、東京と距離的には大して変わらない。
台湾から見たらうんと近い。




在華領事館警察署
1944年(昭和19年)時点

張家口警察署
宣化警察署
大同警察署
厚和警察署
包頭警察署
北京警察署
豊台警察署
通州警察署
保定警察署
石門警察署
彰徳警察署
順徳警察署
開封警察署
新郷警察署
太原警察署
天津警察署
塘沽警察署
唐山警察署
柏各荘警察署
山海関警察署
芝罘警察署
威海衛警察署
青島警察署
坊子警察署
済南警察署
張店警察署
博山警察署
上海総領事館警察署
上海警察署
南通警察署
楊樹浦警察署
新市街警察署※候補複数あり、特定できず
寧波警察署
蘇州警察署
常州警察署
無錫警察署
杭州警察署
金華警察署
南京警察署
鎮江警察署
揚州警察署
徐州警察署
海州警察署
蚌埠警察署
蕪湖警察署
安慶警察署
九江警察署
南昌警察署
漢口警察署
武昌警察署
大治警察署
厦門警察署
広東警察署
海口警察署

関連記事「山河ありき」

祖父が生きていたら、なぜ台湾から戦地である中国大陸に(妻子を連れて)渡ったのかきいてみたかった。
「そりゃ給料が良かったけんたい」という返事かもしれないなぁ。
或いは、外地の警察官であれば召集されないとかそんなことがあったりしたのだろうか?


2 コメント

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アップ有り難うございます ()
2019-01-12 18:08:54
南昌を発ったのは昭和20年の夏。博多港に上陸したのは明けて21年の1月が2月寒かったことを憶えています。
途中九江という町の名も耳底に残っています。あとボータクという名も記憶にありますが、地図上に見付けられません。引き揚げ行というのは大変なことだったんだなあと思いますが、当時はみんながそういう状態にあった。そこからの教訓は二度とあんなことやってはいけないということですね。9条はまもらねばならない。
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礁さん (YOKO)
2019-01-15 11:13:32
「ボータク」の場所については記事を書きましたのでご覧ください。
引揚のこと何か覚えていることがありますか?良かったらまた教えてください。
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