キカクブ日誌

熊本県八代市坂本町にある JR肥薩線「さかもと駅」2015年5月の写真です。

今の関心事

2019年10月25日 | ☆自分のために書く話

なんだか頭の中がごちゃごちゃする。とっちらかってるかんじた。整理のため、今の関心事を書いておこう。

☆日韓関係のゆくえ(いつどんなふうに関係改善するか?)
☆冬の寒さ対策。床の断熱と二重窓のDIY。窓のサイズ図ってホームセンターに行かなくちゃ。
☆腰痛改善。改善方向だとは思うけど、整体院に通うお金が心配。
☆横浜の街歩きガイドツアーに参加したい。この前元町商店街で4〜5人のグループにガイドさんがついて説明を受けてるのを見かけた。ああいうの参加したいな。

☆コメントくださったあゆみんさんとのやり取り(実はとても近しい方だったと判明)
☆安倍政権がいつになったら倒れてくれるのか。
 
ここまで書いて、ちょっと手が止まった。書き出していくと、そんなに関心事と言うのは多くないのかも。
 
と、夕食時に夫に話すと…
「ボクのことは?」
とイタズラっぽい顔で聞いてくる。
「ボクには関心ないんだ。ふーん。」
 
ドキッ!
 
ハイ。全然思いつきませんデシタ(笑)
 
 
追記。
もう一個関心事があった。香港情勢。これもとても気になっている。

「他人事」と考える事の恐ろしさ

2019年01月17日 | ☆自分のために書く話
彼らが最初共産主義者を攻撃したとき


ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった 私は社会民主主義ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は労働組合員ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき 私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった



マルティン・ニーメラー




先日、撮りためていたTV番組を次々消化する中で「新・映像の世紀」を見た。
その中でにでてきた、ニーメラーという反ナチ運動家の言葉がずしんと心に鈍く響いた。
この言葉は、書かれたものではないため、似たような意味のことばがいろいろ伝わっているらしいが、上記にあげたのは、ニーメラー財団が詩としてまとめたものらしい。



こういうバージョンもある

「ニーメラー牧師は何千人もの人々の前に、彼自身のことを(あまりにも謙虚に)こう語った。ナチスが共産主義者を攻撃した。彼はやや不安になったが、彼は共産主義者ではなかったので、何もしなかった。そして彼らは社会主義者を攻撃した。彼は不安だったが、社会主義者ではなかったので何もしなかった。それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、となり、彼はそのたびに不安になったが、やはり何もしなかった。そして彼らは教会を攻撃した。彼は教会の人間であった。だから彼は何かを行なった。しかし、それは遅過ぎた。」
— ミルトン・マイヤー



警句だ。
社会の諸問題を「ひとごと」と考えていることの恐ろしさがストレートに伝わる。
ナチであろうとなかろうと、同じこと。
心にとどめたい。

2019年の抱負

2019年01月13日 | ☆自分のために書く話
2019年ももう2週目に入った。そろそろ、今年の抱負とか目標を考えておこう。
で、ここに書いておくと何か月ごとに見返して、「あ!そんなこと考えていたっけ?」なんて気持ちを新たにする事も可能だろう。


新年に願うのはいつも健康。


1.勉強する。本を読む。

やらなければ!と思ってるわけじゃなくて、やりたいなぁと思っている。
ここ数年読書量がとても少なかったので、そろそろ読みたくくなってるみたい。


2.裁縫する。ミシンを買う?

去年は手縫いで外付けポケットとか、カメラ入れとか、小学生の家庭科レベルのものだけど作った。リュックのファスナーの修理もやってみた。それで、手芸店へ足を踏み入れて見たところ、結構楽しい空間だった。
裁縫なんて超級苦手な分野だと思ってきたけど、中学高校でミシンでスカートやワンピース作ったんだし、やればできるかもしれない。



3.会いたい人に会い、ゆっくり話をする時間を持つ。
去年まで数年続いてきた『巻き込まれキャンペーン』はいったん終わりにして、もうすこし能動的に活動することにしよう。(註:巻き込まれキャンペーンというのは、来るモノ拒まずでいろんなイベントに巻き込まれていくこと)去年までも『会いたい人に会う』というのは心がけてはいたけどた、もっと積極的に、自分から選んで行こう。

よく年賀状などで「今年は会いたいですね」なんて書くけど、結局会わずに数年経過とかってよくある。
「会いたい!」と思ったら今年は意識してチャレンジするぞ!




以上、2019年になって2週間目に私が何となく考えていることです。

『学ぶ』こと

2018年12月26日 | ☆自分のために書く話
今年を振り返ってみると、今年は「学ぶってどういうものなのか」を、ちらりちらりと感じ始めた年と言えるかもしれない。

昨日のエントリの「ええ、政治ですが、それが何か?」、実はこの著者の岡田先生とはSNSでつながって、少しメッセージのやり取りもさせてもらった。
私のセンサーが「このヒトは(ある程度何を言っても)大丈夫だ」と告げるので、著作を読み始めたことなどを図々しくもご本人に伝えたりして。(いや、きっと嬉しいんじゃないかな~無関心な事より絶対ね)そうなると、感想も伝えたくなるし、次があるかわからないけど、次に会う機会には、この本を読んで感じた疑問点なども質問してみちゃおうかな~なんて思う。


つまり、学びってこういうことなのかも。


講演会や勉強会に出て、話に納得したり興味をもったらその先生の本を読んでみる、或いはその話の中でに出てきた本を読んでみる。で、その本についての疑問や感想を伝える。
そうすると本の内容もすごく頭に入るんだなぁ。
だって、一回講演で話きいてるわけだから。

岡田先生は大学の先生だけど、学費払わなくてもこうやって勉強できる機会があるんだ。(本代とか呑み代とか別の学費がかかるけどw)


そうか、そうか、こうやって学べばいいんだ。
今頃気がついた。
大学まで行ったのに。

実をいうと、今年、ものすごい時間をかけて1冊の本を読む、小澤俊夫先生の講義を4回受けさせてもらって、「本ってこういうふうに読むのか!!」と衝撃体験をした。そのことを友人連に話したら、「そういうの大学の時やったでしょ?やらなかったの?」とあきれられたのだけど・・・。正直なところ大学の時にやった覚えがない。
もちろん、「講読」という授業あって、読んだこともあったような気がするけど、今年やったのとは印象が全然違ってた。

こういう本の読み方、学び方を20歳くらいで会得していた人も多いことだろうけど、自分はそうではなかった。
大学生の頃には何を読んでもたいして頭に入らなかった。
その本を書いてる人に話を聞きたい。
と思ったことなかったなぁ・・・。



時がきた。
機が熟した。
学びの時は「いま」!

こういうことなのかな?


思えば私の友だちも沢山大学の先生になってる。
友達のよしみで勉強させてもらえる機会もつくれるね。
ふふふ。
この周回遅れ感を別に恥ずかしいと思わないメンタルも学生の頃とは全然違う。

成長したんだなと前向きにとらえることにしよう。
いまから学んでいけばいいのでしょう。





憲法ってなに?

2018年12月19日 | ☆自分のために書く話


巻き込まれキャンペーンを終了し、お断りキャンペーンが始まりました。
そんな中で誰に誘われたわけでもなくでかけてきた勉強会です。
小澤俊夫先生の「日本を見つめる」をよんで、そろそろ政治のことも自分のレベルで語れるようになりたいものだなぁ、でも何からどう勉強したらいいかわかんないしな~なんて思っていたらこの講座の案内を見かけました。
しかも、テーマが【憲法】。
これはいい!かも。

連続講座!岡田憲治の「政治学の基本の“キ”」


私の疑問

・安倍さんを批判する人は多いし、直接話したことない人だけど、どう見ても胡散臭く見える。
でもじゃぁ、なぜそんな人が日本のトップにいるのかな?
安倍さんと直接話したり、人柄能力を知ってる人たちはいるはずで(自民党の人たちね)、そんな人たちは、なぜ安倍さんをトップに置いておくのだろう?


講座も面白かったのですが、終わってから先生にちょっと質問をしたら、「これから打ち上げ行きませんか?」と誘われたので、面白そうだなと思って参加してみました。
6人位で近くの焼鳥屋さんへ。
政治の話から、野球の話、さいごは力道山の話になって、カルチャーショック的な楽しい打ち上げでした。



政治は選択、そして言葉が大事。
政治と無関係に生きているように見えて、だれも無関係ではないということが、こないだの釈徹宗さんの宗教学入門と全く同じ話で、面白いと思いました。

今年の抱負

2018年01月08日 | ☆自分のために書く話
好きとなったらけっこう集中して楽しんでしまう私の生活、そろそろ文化系の遊びはひと段落つけて、体を動かしたくなってきました。ボクシングをやめてから2年くらいたち、カラダがかなり老け込みました。体重もどんどん増加する一方で、膝とかも痛くなってきたし。

昨年夏あたりからそろそろリセット…と思ってましたが、いざとなると本が読みたいとか落語聞きたいとか、ワインに興味とか、なかなか体を動かすふんぎりがつかない。更に半年くらいだらだらと飽食の日々。
しかし、そろそろ機が熟したようで、動きたくなってきて、本日ジムに申し込みました。
2ヶ月の短期集中でパーソナルトレーニングを受けます。(食事の指導も)
その後は自分で続けていけるようになるといいな。

また、ここで報告していきますね。


(写真はイメージです)



今年やりたいことメモ

□メガネ新調
□スマホ買い替え、もしかしてもしかすると電話会社も替えるか?
□婦人科検診(そろそろ)

物事は両面から見る

2017年12月12日 | ☆自分のために書く話
最近読んで、とても腑に落ちたというか、感銘を受けた文章です。

アジアの国々と歴史に向かう時に、
どうしたら「楽」になれるんだろう?
どうすれば前向きに付き合えるんだろう。
自分のやったことでもないのに、どうしてあれこれ言われなきゃならないんだろう?
若い頃から、ずーっとずーっと、もやももやもやしてきました。

旅行で訪れたり、友達ができたり、いろいろな経験をする中でずっと考えてはきたのですが、明確なこたえが何十年も見つからずにいました。
でも最近、この文章を読んで「あ!そうか」と思いました。
そして気持ちがかなりすっきりして、楽になりました。

リンクしますので、ご興味があれば是非読んでください。
短くはないですが、とても読みやすい文章です。

第66号「平和国家として生きるために克服すべきことがある」
昔あったづもな通信 第66号  小澤俊夫




衆院選2017

2017年10月23日 | ☆自分のために書く話
今回の衆院選メモ。

おそらく史上最低レベルの投票率なのだろう。荒天での投票所の早じまいなどもあったらしい。まぁ、そのことで大勢に影響はなかっただろうけど。安倍さんの思惑通り(あるいはそれ以上)の結果になった。
希望の党の減速。あの党は、もしや安倍さんと密約してての「逆刺客」だったのではと思わせるほど。
土壇場旗揚げの立憲民主の躍進。どうも民意はこの辺にありそうと感じたけど、でもそこをすくっていけないのが、小選挙区制。反自民、反安倍票は見事に割れた。選挙区ごとに見ていくと、野党への票の合計は確実に自民よりも多く、一本化できていれば自民は勝てなかったはず。この民意を反映できない選挙制度がもどかしい。小選挙区制とは二大政党制が確立してこそ活きる選挙制度なのだと痛感する。この状態では、民意が切り捨てられるのでは?「小選挙区制導入」問題が取りざたされていたころには全くこういうこと思い至らなかった。 
これで、改憲の動きは加速されるだろう。
この期に及び、改悪させないためにはどう監督すればよいのだろうか?




最近考えている「フィクション」の重要性。
先日、ある英文学者と食事した際、「大学の文学が人類にどう役に立つか」について話題にして、その時に示唆されたのが、文学は「フィクション」の存在とその扱い方を学ぶ学問だ。ということ。

非常になるほどと納得させられた。この選挙にしても、投票行動には「フィクション」が大きくかかわっている。人々は、真実やデータや統計や論理的思考の中から投票先を決めるのではなく、候補者の語る「物語」に対して投票をすることが多いのではないか?



それと最近、壬申の乱前後の日本について関心あり、日本書紀や古事記の編纂が、その後の日本にもたらした多大な効果についても考察している。「なぜ天皇制は無くならないのだろうか?」というテーマを考えて、やはりそこのこたえは「日本書紀」や「古事記」の編纂までさかのぼるんじゃないかと思った。天皇が素晴らしいひとだとか、尊敬できるとかそういうことではなくて「そういうものだから」という壮大なフィクションが心の中に植え付けられているから、だから敬う気持ちになる。その敬う気持ちをなんとなく抱く人々が日本と言う国にまとまっているのかもしれない。

「フィクション」とは得体が知れず、扱いがとても難しいもの。そしてそれをうまく使えるものが世界を統べることができるのかも。文学部や文系学部を切り捨てるのは、為政者にとって都合がいいのかもというのはあながちうがち過ぎでもないのか。



つまづき

2017年05月17日 | ☆自分のために書く話
人間どこかしらにつまづきの経験があるものだ。
その経験をしっかり受け止めてこそ進歩もあるのだろうと思うものの、そこら目を背けたいと思うこともままあって。

私が若いころに1日のうちの3分の2くらいの時間をそれに使った仕事。
そこでの経験はもう忘れたいと思っている。
いわゆるブラック企業だったし。
でも、当時の同僚たちは、時々集まって旧交を深めているのだそう。
私は参加する気にならない。
数人とは個別に会うことはあるけど、同窓会みたいなノリはちょっと。
きれいな思い出にならないこともあるのだなぁと思う。

ほとんどの人たちは、別の業界で新しい暮らしをしているからなのかもね。
それに対して自分は、同じ業界でその続きを延々とやってるから、ダメなのかな。


他の会社でも「新卒時代の同期と久しぶりに集まるんだ」
なんて話をときどき耳にする。
うらやましくはあるが、自分にはもっと時間が必要だと思う。



自己肯定

2017年05月14日 | ☆自分のために書く話
人と比べて優れているとかそういう風には思ってないし、そういう意味だとコンプレックスの強い方だけど、それでも自分のことはとても好き。私のことを一番好きなのは間違いなく私だろう。
このブログも一番読んでいるのは自分だという自信もある。

これも自己肯定かね?
幸せなことですね。



和服 kimono 和装

2017年04月29日 | ☆自分のために書く話
最近着物にちょっと興味がある。
友人の影響かな。
先日、読書会をやったメンバーのうち二人は着物を着る人だ。

そのうち一人はまだ30代だけど、普段着のように着物を着こなし、木綿の着物やデニムの着物などという、洗濯機で洗える着物で飲み会に現れる。織物にも興味があって機織りもしてるんだって!
かっこいいなぁ。
せっかく日本人に生まれたんだから、私もあんなふうに着こなしてみたい。

私自身は、着物には縁がなかった。
背が高くて手も長いので、貸衣裳なんかだとちんちくりん。草履や足袋も規格外。
お下がり・借り物が無理なので、着物を着ようと思ったらとにかく「お金がかかる!」
ので敬遠していたわけ。
成人のとき着物着て写真撮りましたが、袖が短かったので必死に手を引っ込めてた。
そういえば、結婚した時の打掛もそうだった・・・笑。
式場の衣装係の人が「ギリギリだけど手を隠せばなんとかなるか」って言ってたっけ。
貸衣裳だから仕方ない。


でも、友人たちの影響もあり、数年前に浴衣を買った。
「今は背の高い人用の大きいサイズも安く買えますよ」と言われたのがきっかけ。
確かにショッピングモールの呉服店に行くと、つるしの安い浴衣が買えた。
いい時代になったものだ。



でも着物と言えば、
・フォーマルに着るもの
・高価
・決まりが多くて堅苦しい
・着付けが難しい

というイメージで、どうしても浴衣から先に行けない。


で、ふと考えた。
昔の日本人は(祖母くらいの年代までは)金持ちも貧乏人も着物着てたし、フォーマルでも普段着でも労働着でも着物だったんだよね。

着物=フォーマル=よそいき ってイメージを払拭してみようじゃないか!

もちろん、高いものはおいそれと買えない。
でも部屋着なら?
誰に見せるでもない生活着なら和装暮らし始められるかも。


そう思って気にしてみると、和装で暮らしている人、それなりにいるみたい。
歴史家のかるの造船所さんは「家では和服です」って言ってた。
ときどきこのブログで紹介するニッポン画家の山本太郎氏もFBで見る写真は全部和服。普段着だと和服にスニーカーとか穿いてる。



聴いた話によると、20世紀の半ば、洋装が日本人の生活に浸透してきて、先行きに不安を持った和装業界は「高級化」「フォーマル化」を生き残りの戦略に選んだのだそうだ。
それで、現代の和装はこんなに堅苦しいイメージに固められてしまってるんだ。
でもそれって、ついこのあいだのことなんだよね。

日本の長い歴史を考えれば、服飾の歴史もいろんな変遷をたどってる。貫頭衣から始まり、高松塚古墳壁画のドレスみたいな裳とか、平安絵巻の袴にひとえとか。着流しみたいに見える鎌倉~室町の着物~小袖から、振袖~筒袖まで色々。

今のフォーマル和装は江戸~明治あたりのフォーマルの生き残りなのかもしれない。
今や死に絶えたように見える庶民の普段着の和装文化は、現代以降進化してもいいわけだよね。

こんな風にちょっと興味わいている。


私が都知事になったら・・・

2016年06月17日 | ☆自分のために書く話
また都知事が辞任だそうです。
私はせこい人は好きではありませんが、せこくないことと都知事であることは直接には関係がないのではと思います。都政をちゃんとできない人なら問題ですが、せこすぎて常人のレベルじゃないところまで来ていても辞任するようなこととは思えないですね。政治資金が贈収賄とか、選挙違反とかそういう方面なら問題ですけど都知事辞任することはないと思っています。せこいことだけが原因ではなかったのでしょうけど、何も法に触れていないわけだし。。まぁもう決まったことですが。

政治家は嫌われたらダメなんだな~というのが感想。

それに、こんなことも思います。いま政治家を尊敬してる人って圧倒的少数でしょう。だいたい政治家って、尊敬どころか悪口言われる対象です。これどこの誰に聞いてもそんな気がします。
「だれがなっても同じ」
「投票する人いない」
何十年も前から言われてますよね。私もそう思ってる部分強いです。そんな誰も尊敬しない「政治家」なんて、普通の人は目指そうとすらしないでしょうね。

それにしても、みなさん気に入らない人をたたきすぎじゃないでしょうか?公開イヂメのようでしたね。芸能人が不倫したとかでも袋叩きにしたり。何か気に入らないことに対して(あまり自分と関係がないことなのに)、うっぷんを晴らすように叩きまくる世間がちょっと怖くなっています。わたしもちょっと自分に気に入らないことがあるときに、公のことにかみつきたくなることがあるので、自戒もこめて書きました。



気分を変えてみましょう。
お題は「私が都知事になったら・・・」です。

そもそもは、インターネットで誰かがふざけて書いていたネタなのでしょうけど、そのフレーズを引っ張ってきて、自分がもし都知事になったらどんなことをしたいかっていうのを考えてみたら、楽しくなってきました。


今まで考えたこともなかったんですが、自分が都知事になったらどんな東京にしたいか。考えるだけならタダですし、実はこういう風に考えると、今度の都知事選も違った面が見えてくるかもしれないです。一応都民ですし。立候補することのできる年齢だしなぁ。無責任な考えなので、自由にかきますね。

3大公約 私が東京都知事になったら

1.自転車専用道路を整備します。
2.都内の飲食店の全面禁煙化をすすめます。
3.犬の散歩時、公道での長い(伸びる)リードは全面禁止します。

3番目が小さすぎますか?
あはははは。




出かければ出会いがある

2015年05月12日 | ☆自分のために書く話
最近、友人たちとの語らいや新しい出会いやいろいろな文物との出会いや、楽しいことがありすぎて、もう人生のピークを迎えてしまったのかも。こんなに楽しいことばかりであとはまっさかさまに落ちるだけなんじゃないだろうか、などと思ってしまうほどです。

たとえば、先の日曜1日の出来事をダイジェスト記録する以下の通り。
自分のための記録として残してみよう。


朝6時半起床。
洗濯、朝食、ガステーブルの掃除、物置部屋の本の整理、
など何時になく家事を頑張り8時半ごろ家を出発。

電車を乗り継ぎ1時間ほどで大泉学園駅へ。
駅にあった「銀河鉄道999」の車掌さんの人形などにテンションを上げる。
10時前、友人と落ち合う。
一緒に牧野記念庭園へ。
展示や園内の植物をゆっくり2時間ほどかけてみる。
牧野富太郎氏の業績や人となり、全然知らないことばかりで面白かった。
早速ネットで氏の「植物記」を注文。

お昼近くになり、ネットで調べておいた駅前の甘味処へ。
かき氷食べながら人生論・芸術論(?)を語り合う。
1時間以上過ぎてた。

朝は寝ていた夫から連絡。
吉祥寺に遊びに行くという話。井の頭公園でやってるアートマケッツというのが見たいらしい。
大泉学園からバスで吉祥寺行きがあるよと知らせてきた。
急きょ友人と一緒にバスで吉祥寺へ。

駅ビル新しくなった吉祥寺は初めてかも!
人の多さに閉口しつつも、井の頭公園へ。
夫はここで開催中のアートマーケットを見に来たんだとか。

3時ごろ夫と無事会い、園内の木々を見ながら、3人で散歩。
途中、徳川家康に献上された湧水の井戸を見たり、井の頭公園の池の水質改善のパネルで勉強。
井の頭公園の池はもともとは湧水だったんですね。

アートマーケットで空き瓶をリサイクルして作品を作ってるブースに立ち止まる。
話をすると、とても話し好きのおじさん。
教育産業に携わった後、定年後の趣味でこういうの作ってるのだそう。
私の出身校とかも知ってたり、元の職場が大田区だったり、友人が教材関係の仕事してたりと共通点があって話が尽きなかった。



友人と別れ、地元に戻り、近所の友人夫婦と夕方5時から蕎麦屋さんで夕食。
日本酒飲んだり、いろいろ蕎麦屋さんのおつまみ食べたり。
あちらは理系のお二人なので、筑波での農林団地の一般公開の話などで盛り上がる。

そろそろお開きにしようかという中、これまた近所の居酒屋さんが「ワインの試飲会」をやるという情報が友人に入り、友人に連れられ二軒目へ。行ってみると今日は常連さんたちだけの貸切で、これから店で出すワインをどれにするかを試飲してもらってるということのよう。

お腹いっぱいだったのでいろいろ美味しそうなおつまみもあったけど、手が出せず、それでもワインばかり5~6種類はテイスティング。素人ながらお店の人に意見を言って、帰宅。(試飲会は無料でした)


新しい人に何人も会ったし。
楽しい楽しい休日でした。

最近こういうのが続いてます。


なんでかな?
あ、そういえば、この日の行動すべてほかの人から誘われたのがきっかけだ。
自分から!ではなくて、人の誘いに素直に従ってるといいことがあるのかもしれません。

旅するように暮らす 衣服篇

2015年04月17日 | ☆自分のために書く話
服と靴もかさばる場所をとるものですね。

日本は四季があるから季節ごとに必要な服が違ってたいへんです。
旅の時はその季節の服だけあればいいけど、家の場合はそうもいきません。
油断するといつの間にか服がクローゼットに入らなくなってきます。





タンスの肥やしになってる服を処分
痩せたら着ようもダメですね。
実はあります。
いくつも取ってある・・・。

思い出にまつわるものも危険。
ちなみに私は高校生の頃の制服とかとってたりします。
他にも部活で着てた服とか。
中学生のころに買ったTシャツをまだ着てるんです。
いい加減にしろよ・・・ですね。


よれよれになったら処分
好きな服は着やすかったりしてそればっかり着てしまいます。
いい加減くたびれてても、もうちょっとと思ってしまいがち・・・

好きじゃない服は処分
買ったはいいけど少しサイズが合わなかったり、コーディネートしにくかったりでなんとなくあまり着てない服、これも処分しよう。

その上で、季節ごと、シーンごとに必要な服を旅行の荷造りするみたいに選んでいけばいいかも。

季節
冬・春秋・夏

シーン
会社、客先訪問、スポーツ、休日、結婚式、葬式

たぶん、会社に行く服が一番必要だと思うけど、各シーズン3パターンくらいあれば着まわせるような気がする。

客先用 2パターン
休日用 2パターン
スポーツ用 2パターン
慶事弔事は各1パターンで。

その他、水着とか浴衣とか、南国リゾート用とか少しバリエーションはあってもいいだろうけど、こうやるとたぶん今の服の半分になる気がする。

これ、早速やってみたい。
わくわく!

旅するように暮らす~キッチン篇

2015年04月16日 | ☆自分のために書く話
20歳の頃にアメリカ大陸でバックパッカーをして以来、旅好きのはしくれです。
バックパッカーをやったとはいっても、冒険はあまり好きではなく、「暮らすように旅すること」が自分に合った旅のスタイルだな~と感じています。

就職してからは、国内旅行なら1泊2日、海外旅行は2泊3日という具合に駆け足になることが多いので、なかなか「暮らす」といった感じにはなりません。それでもやっぱり旅の中で暮らしを感じるのが幸せで、できるだけそんな体験をしたいと思っています。


旅の中で「暮らし」を感じる時間は・・・

 〇荷物をバッグから出してホテルのクローゼットにしまう。
 〇コインランドリーなどで洗濯する
 〇旅行だからと贅沢せず、公共交通機関を使う。
 〇毎日同じお店で買い物する
 〇スーパーで食材買う
 〇自炊する

など。など。
これが「暮らすように旅する」で、今日の話は逆に「旅するように暮らす」です。


旅行中はいろいろ楽しいことがあります。
めったに会わない人に会ったり、珍しい景色を見たり、歴史的な事跡訪ね歩いたり。
でもそれとは別に、心の開放感があります。それは「休み」で仕事しなくていい、という意味もありますが、「所有していない開放感」ともいうべきものです。

つまり、自分の持ち物が旅行のバッグに収まっている分だけで、家具も家電もホテルにある最小限で、その最小限のものだけで暮らす開放感のようなものです。
身軽になる感じですね。

旅行の時に感じるその身軽さは、もちろん不便さとも表裏一体であるわけですが、家に帰って自分の持ち物に囲まれてみると、便利だけど必ずしも快適とは思えないのです。多少不便でも旅に出てる時の方が何倍も気持ち良いのです。


ならば・・・
「旅するように暮らす」をテーマに自分の生活をデザインし直そうかな。

まず、「家に便利な生活用品がいっぱいある」必要はないのだと自覚しよう。

たとえば、台所。
あまり使わない調理器具がいろいろあります。

 ・ぎんなん割
 ・チーズおろし
 ・にんじんしりしり器
 ・フードプロセッサー
 ・計量スプーン
 ・蒸し器
 ・レモン搾り
 ・麺棒
 ・すし桶
 ・まきす

これらはたぶん包丁で兼用できたり、二つを一つにまとめたりできるんだろうな。お料理上手になれば、きっと何でも包丁でできるんでしょうね。
食器も使ってないものたくさんあるし。


こういうものを整理していくと、たぶん「ちょっといいサービスアパート」くらいのキッチンの備品になるような気がします。

 ・炊飯器
 ・ずん胴鍋(蒸し器付)
 ・ゆきひら鍋
 ・土鍋
 ・フライパン
 ・コーヒーやかん
 ・ルクルーゼ
 ・タジン鍋             むむ!これでも多すぎ?!

 ・電子レンジ
 ・オーブントースター
 ・フードプロセッサー 
 ・ざる
 ・ボウル
 ・菜箸
 ・トング
 ・おたま
 ・穴あきお玉
 ・しゃもじ
 ・へら
 ・茶こし
 ・計量スプーン
 ・計量カップ
 ・ピーラー
 ・おろし金

 ・コーヒーサーバー
 ・急須
 ・紅茶用ポット
 ・功夫茶セット
 ・茶筅
 ・抹茶茶碗        むむむ、必要ない気がしてきた‥


 ・ワインオープナー
 ・塩分濃度計
 ・栓抜き、缶切り
 ・キッチンタイマー
 ・米櫃

こうやって見ていくと、つくづくモノって多いな~。
これに食器が加わるのだから台所ってすごい分量になるわけよね。


食器は・・

 ・ご飯茶碗
 ・汁ものお椀
 ・どんぶり
 ・皿(大中小)
 ・大皿
 ・手塩皿
 ・醤油皿
 ・小鉢

 ・コップ
 ・コーヒーカップ
 ・ビールグラス
 ・ワイングラス
 ・湯呑
 ・ぐいのみ

             問題はこれらをそれぞれ何客所持するか・・・。



自分の家だから自分の好きなようにやればいいんだよね。
「旅するように暮らす」台所編、少しずつ手を付けていこう。


★上の写真はネットで見つけたもので我が家ではありません。




YOKOの好きなもの羅列

(順不同)地図、河岸段丘、保存樹木、宮本常一、縄文時代と日本の古代、文明開化と江戸時代、地方語、水曜どうでしょう、シャーロック・ホームズ、SHERLOCK(BBC)、陳昇、John Mellencamp、Kate Bush、イ・スンファン、カンサネ、1997年以前の香港映画、B級コメディー映画、SNL、The Blues Brothers、台湾、旅行の計画、イタリア、エステ、宮部みゆき、ショスタコーヴィチの交響曲5番、森川久美、のだめカンタービレ、くまモン
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