徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

お手本にしたい年賀状

2017-02-21 17:50:35 | 
 今年の正月にいただいた年賀状の中から、お手本にしたいなぁと思う4枚を選ばせていただいた。
 申しわけないことだが、自分自身は散々パソコンで作成していながら、どうしても手書きのものを選んでしまう。

   

 江戸中期の俳人・黒柳召波の句「春たつや静かに靏の一歩より」が新春の改まった清々しい気持を表すこの1枚は、会社時代の大先輩の女性からの年賀状。本来は名前書きまで入っての書なのだが、今の時代、名前を伏せなければならないのが残念。
 右は、やはり会社時代の同僚の女性からの1枚。OL時代から彼女は達筆家として社内でつとに名を知られていた。現在は書道師範を務める。男性的な筆致が魅力だ。


   

 これは実は長男の義母(嫁の母)からの1枚。絵画を嗜んでいるので、自らの作品を貼り付けてある。いつもながらなかなか味のある風景画だ。
 もう1枚はおなじみKさんの年賀状。水森亜土のイラストが可愛らしい。この2枚いずれもけっして文字数は多くないが、手書きの書き込みに温かさを感じさせる。
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今日はなんの日? お国が江戸城で踊った日

2017-02-20 18:19:33 | 音楽芸能
 歌舞伎は、慶長8年(1603)、京の都で、出雲出身の国と名のる女芸能者による「かぶき踊り」がその始まりとされています。大衆の熱狂的な支持を得た「お国かぶき」は、4年後の慶長12年(1607)の2月20日、ついに江戸に招かれ、江戸城本丸・西の丸にある能舞台で興業を行ないます。能舞台では、その1週間前から観世・金春の勧進能が行なわれていましたが、お国は能の太夫たちと同等の待遇を受けたと伝えられています。これが江戸歌舞伎の始まりで、その後、お国の模倣者たちが続々と江戸へ下りました。


お国の「念仏踊り」の様子。黒塗笠を被り、千早を身にまとい、手に鉦を持つ(國女歌舞伎絵詞より)
「光明遍照 十方世界 念仏衆生 摂取不捨 南無阿弥陀仏 ・・・」


 お国が江戸城で踊ってから17年後の寛永元年(1624)2月15日、山城から江戸へ出た猿若勘三郎(初代中村勘三郎)が中橋に猿若座(後の中村座)を開設。江戸歌舞伎が本格的に始まりました。
 上の「お国かぶき」と下の「猿若狂言」の絵には大きな違いがあります。それは地方の三味線です。「お国かぶき」にはまだ三味線が使われていません。室町時代の終わり頃には、中国から琉球を経て日本に三味線が入っていましたが、日本人向けに改良が加えられている時代で、庶民に普及するまでには至っていませんでした。しかし、「猿若狂言」の時代になると三味線は歌舞伎音楽の主役に躍り出ます。今日では歌舞伎に三味線は欠かせません。
 それからわずか5年後の寛永6年(1629年)、江戸幕府は女歌舞伎を「風紀上よろしくない」との理由で御法度にしてしまいました。


猿若狂言之古図(江戸名所図会より)
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熊本城マラソン2017

2017-02-19 17:55:55 | スポーツ一般
 今日は写真撮影前に、注意を払って撮影サイズを設定したにもかかわらず、やっぱり最小サイズに戻っていた。根本的な故障があるのだろう。明日さっそく電器店を覗いてみよう。
 さて、今年で6回目を数える熊本城マラソン。これまでの大会も天気に恵まれて来たが、今年はその中でも最も良い天気だったように思う。それに加えて、傷ついた熊本城に心を痛めてか、例年より沿道の応援が多く、飛ぶ声援も熱かったような気がした。



崩落した石垣の前を駆け抜けるランナーたち


崩落した石垣の前を駆け抜けるランナーに熱い声援が飛ぶ


優勝者インタビューを受ける岡山春紀選手(山鹿市出身)


今日は天守閣も晴れ晴れとした表情に見える


ゲストランナーのサンプラザ中野くんとパッパラー河合によるステージ
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梅の花と熊本城マラソン

2017-02-18 21:16:23 | 熊本
 今日は天気が良かったので、母を車に乗せて谷尾崎梅林公園へ連れて行った。写真も撮って帰ってから確認してみると、なんと最小サイズでしか映っていない。このところ愛用のコンデジの調子が悪い。撮影条件をセットしようとするとダイアルが暴走し、とんでもない値でセットされてしまう。もう10年以上使っているはずだから寿命が近いのかもしれない。買い替えか~。ク~ッ!(>_<)


「宮本武蔵の座禅石」側から見た梅林公園の風景


「宮本武蔵の座禅石」と紅梅



 行き帰りは熊本城内を通ったが、もうすっかり明日の熊本城マラソンの準備が整ったようだ。今年もどこかの地点で応援したいが、昨年までとはだいぶ様子が異なる。下の写真は一昨年の大会の様子だが、今年は石垣崩落のため応援できる場所がかなり制限される。


百間石垣前での応援は今年は北側歩道からだけになる


二の丸御門での応援も今年はできない
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磯節のはなし。

2017-02-17 21:04:30 | 音楽芸能
 水戸の芸妓に言わせると、「磯節の本場は水戸ですわ」と言う。平磯の漁夫に言わせると「どうして本場はこちらでさぁ」と笑う。さらに大洗の人たちについてきくと、「磯節は大洗に限りますよ」とある。
 同じ茨城県は常陸の国で、同じように太平洋に面した漁村である以上、どうでもよかりそうなものである。

 これは昭和2年に出版された松崎天民著「人間見物」という随筆集の一節である。民謡の本場争いはどこか他でも聞いたような気がする。さて、この松崎天民なる人物だが、明治の終りから昭和前期にかけて朝日新聞などで活躍したジャーナリストで、同じ時期に朝日新聞にいた夏目漱石とも親交があったといわれる。天民は「人間見物」の中で、親しかった盲目の磯節名人・関根安中について語っている。関根安中は茨城出身の第19代横綱常陸山に可愛がられ、巡業先にも幇間として付いてまわったという。そのお蔭で磯節が日本全国に広まったという伝説がある。
 磯節は、テレビなどで何度か聞いてはいたが、僕がその良さに気付いたのは5、6年ほど前、熊本で行われた「はいや くまもと2010」の録画を本條秀美さんに見せていただいてからである。はいや節のルーツを描いたお芝居の中で、本條秀太郎さん作「俚奏楽 磯節月夜」が使われていて、本條秀美さんの唄と三味線にハマってしまった。以来、磯節そのものに興味が湧いて、いろんな人の唄う磯節をネットなどで聴いてみたが、唄う人によって随分と味わいが異なるところもまた面白い。もとは漁夫の櫓漕ぎ唄が始まりらしいが、お座敷唄として粋な唄い方に変わって行ったようだ。中でも良かったのは藤本二三吉さんの唄う磯節。国立国会図書館デジタルコレクションの中に歴史的音源として公開されているので、興味のある方はぜひ聴いていただきたい。
 先日、城彩苑湧々座で行われた初午をどりで、花童のゆりあちゃんが根岸流端唄の「磯節かっぱ」を踊ったが、この唄も磯節に牛久沼のかっぱ伝説を織り交ぜたユーモラスで粋な曲でなかなか良かった。



大洗海岸(茨城県大洗町)


本條秀太郎さんが磯節をモチーフに俚奏楽としてアレンジした「磯節月夜」

中村花誠先生の能「松風」を思わせる振付が面白い
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春一番

2017-02-16 20:05:13 | 熊本
 今日、熊本は春一番が吹きました。
 熊本地震本震からちょうど10カ月。今年は穏やかな春になってほしいものです。


旧細川刑部邸の梅の花




2014.3.21 熊本城二の丸広場 「城下町くまもと時代絵巻・くまもとをどり」
作曲:杵屋五司郎
振付:中村花誠
立方:舞踊団花童
地方:杵屋五司郎と蓑里会/杵屋六花登/釼光道/松野孝子/藤舎仁鳳/中村花誠と花と誠の会
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女性能楽師のはなし。

2017-02-15 15:08:36 | 音楽芸能
 先日の「ホワイエ薪能」の番組の中で、観世流仕舞「松風」が女性能楽師たちによって演じられた。仕舞が菊本澄代、地謡に今村宮子、長宗敦子、菊本美貴、多久島法子という面々。熊本は、金春流と喜多流が細川家の御流儀だった歴史があり、今日でも観世流を見る機会は少ない。そんな中で菊本澄代さんはいろんなイベントでお見かけし、活躍されている印象がある。今回の「松風」も朗々とした謡が耳に残った。「構えの観世、運びの喜多」とはシテ方喜多流の人間国宝・友枝昭世師の言葉だが、まだ素人の僕には舞の違いはよくわからない。機会があれば、シテとしての能を拝見したいものだ。
 女性能楽師がシテを務めた能を見たのは、2014年の熊本城薪能において、喜多流初の女性能楽師である大島衣恵さんがシテを務めた「枕慈童」の一回きりである。今回の「ホワイエ薪能」では大島さんが休演となり残念だった。
 女性能楽師と言えば、僕の愛読書「近江山河抄」など多くの随筆の著者であり、女性能楽師の先駆者でもある白洲正子を忘れるわけにはいかない。4歳の時、靖国神社の能舞台、松明の灯りで観た「猩々」に魅入られ、観世流 二世梅若実に弟子入りし、14歳で舞台に立った。女人禁制だった能舞台に立ったことで、奇異の目で見られたこともあったようだが、能楽師としての技量は高く評価されていたらしい。50歳を超えて免許皆伝となるや、女性にお能は無理だときっぱりと諦めた潔さでも知られている。「能」を知り尽くし、好きでたまらなかっただけに妥協できなかったのだろう。
 女性が能楽師として認められ、能楽協会に入会できたのは、戦後の昭和23(1948)年のことだそうである。能を大成させた観阿弥・世阿弥の時代から数えても600年もの間、男性だけで連綿と演じ続けられてきた能楽の舞台に、女性が堂々と上がれるようになったことは、考えてみれば凄いことだ。一方、400年前に、出雲阿国という女性芸能者のかぶき踊りから始まったといわれる歌舞伎は、その20数年後には女性が舞台からシャットアウトされ、いまだに女性は歌舞伎の舞台に上がることはできない。この能と歌舞伎という日本の代表的な伝統芸能における女性に対する考えの違いは何なのだろうか。
 
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熊本応援 サントリー缶コーヒーCM

2017-02-14 19:49:17 | テレビ
 熊本城とくまモンが登場するサントリーの缶コーヒー「プレミアムボス」の新CMが話題になっている。
 熊本地震で大きな被害を受け、復旧工事が始まった熊本城にタモリと宇宙人のジョーンズが訪問するが、出迎えたくまモンとともに熊本城築城前の時代にタイムスリップするという筋立て。ある屋敷の一室で、加藤清正を始め重臣たちが城の設計について談義を重ねていると、屋根裏からタモリたちがそれを覗き見しているというシーン。
 熊本城築城に携わった大工棟梁・善蔵の記憶を彼の息子が書き綴った「大工善蔵より聞覚控」そのままのシーンに思わずニヤリとする。

▼大工善蔵より聞覚控(一部)
 図引き(設計)は父がすることになったが、熊本へ戻ってからいよいよ茶臼山の図引きということになった時、岩野の御武家・宗久隆様がこの役に就かれた。
 町は下津棒庵様が図引きの役、お城の図引きが出来上がった後に、それを清正公が飯田覚兵衛様、森本儀太夫様たちと知恵を出し合いながら長い議論をされたことを憶えている。







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ジェーンズ邸の再建

2017-02-13 21:40:21 | 歴史
 熊本地震で倒壊した「ジェーンズ邸」を再建する方向であるという。水前寺成趣園の東側にある「熊本洋学校教師ジェーンズ邸」は、明治4年に建てられた県で最も古い西洋建築物で、もともと古城(現在の第一高敷地内)に建てられていたコロニアル式の洋館で、県の重要文化財に指定されている。また、再建に当たってはできることなら熊本城周辺に戻してもらいたものだ。
 ジェーンズ(Leroy Lancing Janes)とは明治4年、熊本藩が洋学校の開設に伴い招いた米国人教師ジェーンズのことで、ジェーンズが教鞭をとった熊本洋学校からは多くの人材が育った。このジェーンズ邸は、当時ジェーンズ一家が住んでいた家で、ベランダが張り出したコロニアル様式は、映画「風と共に去りぬ」や「大いなる西部」「ジャイアンツ」などを思い出す。また、明治10年の西南戦争をきっかけとして、この建物が日本赤十字社の発祥の地ともなった。なお、映画「ラストサムライ」でトム・クルーズが演じたオルグレン大尉のモデルは、旧幕府軍の軍事顧問だったフランス人のジュール・ブリュネといわれているが、アメリカ人に設定を変えるにあたって、ジェーンズを参考にしたと思われる。実はジェーンズはウェストポイント陸軍士官学校の出身で、南北戦争に北軍の将校として参戦し、大尉にまで昇進したという人物で、トム・クルーズが演じたオルグレン大尉と全く同じ経歴なのである。

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稲荷詣りは福詣り 初午詣りは福詣り

2017-02-12 19:28:16 | イベント
 稲荷詣りは福詣り 初午詣りは福詣り 白髭詣りで福迎え 
 家内安全 商売繁盛 商売繁盛 商売繁盛

舞踊団花童 くまもと初午をどり
2月11・12日
桜の馬場城彩苑 湧々座




















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ホワイエ薪能

2017-02-11 21:19:53 | 音楽芸能
 今夜の「ホワイエ薪能」番組は

◆喜多流 能「黒塚」
 陸奥国の安達ケ原に伝わる鬼女伝説をもとにした能。
 廻国巡礼の旅に出た熊野那智の山伏・東光坊祐慶(ワキ)とその一行は、陸奥国安達ヶ原で、老媼(前ジテ)の住む粗末な小屋に一夜の宿を借りる。老媼は自らの苦しい身の上を嘆きつつ、求められるまま糸車で糸を繰りながら糸尽くしの歌を謡う。やがて夜も更け、老媼は「留守中、決して私の寝所を覗かないでください」と頼み、山伏たちのために薪を取りに出る。しかし、山伏に仕える能力(アイ)は、寝所の中が気になって仕方がない。山伏の諌めをふりきって、密かに部屋を脱け出し寝所を覗くが、そこには大量の死体が積み上げられていた。

◆他に金春流仕舞「嵐山」、大蔵流狂言「節分」、喜多流仕舞「八島」、観世流仕舞「松風」など


「黒塚」後ジテ:鬼女(狩野了一)
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「おてもやん」と「酒田甚句」は姉妹?

2017-02-10 17:45:21 | 音楽芸能
 20年近く前、インターネットの西部劇ファンサイトでさかんに情報交換していた方が、山形県酒田市の方で、時々、酒田の情報をご紹介いただくのが楽しみだった。昨年3月、鹿本農高郷土芸能伝承部の皆さんが、宮城県名取市閖上地区で行われた東日本大震災5年の追悼イベントに参加した様子をリポートしていただいたのも、偶然、酒田市のcakeさんという方のブログ「無題・休題-ハバネロ風味-」だった。そんなわけで酒田とは妙な縁を感じる。
 数年前から端唄などに関していろいろとお教えいただいている江戸端唄の師匠・笹木美きえさんによれば、熊本県の代表的な民謡「おてもやん」と山形県酒田の民謡「酒田甚句」は、ともに明治中期のはやり歌「金来節」に由来するらしい。笹木さんが運営するサイト「江戸端唄・俗曲の試聴と紹介」の中の「金来節」のページには下のような解説がある。笹木さんの唄う「金来節」も合わせてどうぞ。

▼金来節
――囃子言葉が曲名になっている調子の良い俗曲で、明治21年頃、寄席で芝楽という落語家が唄い出してから花柳界でも流行る。熊本県民謡「おてもやん」の原曲とも言われているが定かではない。また、酒田甚句はこの曲の替唄で、囃子言葉「ハァテヤテヤ」を追加して唄われている。――





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私の熊本城

2017-02-08 20:11:41 | 熊本
 昨年、NHK熊本放送局のローカル番組で、熊本城の思い出を写真とともに語る「私の熊本城」という企画があった。僕も一応投稿したのだが採用されなかった。
 採用されたのは熊本城天守閣を主体とした観光目線のものが多かったようだ。一方、僕の熊本城の思い出には天守閣がない。天守閣が再建されたのが中学3年の時で、高校時代は部活に明け暮れ、卒業と同時に上京したので、天守閣の思い出がないのである。僕にとっては、幼稚園時代に千葉城町から本丸を通り抜けて帰った通園路としての思い出が一番深いのである。


 昭和25年、櫨方(現在の加藤神社)が駐車場となっていた大型観光バスとバスガイド。観光ブームの始まり。向うに見えるは宇土櫓。当時は熊本城と言えば宇土櫓のこと。幼稚園からの帰り道は、本丸を抜けて頬当御門からこの櫨方の前を通って帰っていた。



 昭和35年頃、熊本国体に備え、バレーボールコートとなった奉行丸。テニスコートとしても使われた。



 東十八間櫓を見上げながら、厩橋際から本丸へ登るのが、毎日の幼稚園の帰り道だった。この東十八間櫓も残念ながら熊本地震で倒壊した。

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老舗料亭の廃業

2017-02-07 13:30:26 | 熊本
 今朝の熊日紙に、2016年の県内企業の休廃業・解散件数が、集計を始めた2000年以降最多だったという記事が載っていた。後継者難や業績不振に加え、熊本地震の影響で事業の展望が描けなくなり、事業継続を断念する企業が多かったのではと分析している。
 僕にとって象徴的な出来事は、やはり料亭菊本さんの廃業だ。わが家の法事で使わせていただいていたこともあり、熊本地震なかりせばと残念でならない。同じく新町の新茶屋さんも廃業され、花街文化を支えていた老舗料亭が次々と姿を消して行く。
 「おてもやん」「田原坂」「ハイヤ節」「よへほ節」「ポンポコニャ」「キンキラキン」等々、熊本の俚謡・民謡はいずれも花街文化によって生れ、育てられてきた。芸どころ熊本を支えてきた料亭たちにあらためて感謝!

◆料亭菊本の華やかな歴史の1ページ


2015年12月23日 「花童あやの卒業公演」祝宴(舞踊団花童)


2009年11月9日 囃子方中村流家元・中村寿誠「伝統芸術邦楽囃子鑑賞会」祝宴(上七軒の芸舞妓)※くまもと経済誌より


2010年3月28日 「坪井川大園遊会・老舗料亭体験」(福島竹峰社中・中村花誠社中)
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NHKアーカイブス 「赤ひげ」

2017-02-05 20:03:10 | テレビ
 今日、NHKアーカイブスでドラマ「赤ひげ」が放送された。1972年から始まった連続ドラマだが、今日放送されたのは1973年3月に放送された第19回「ひとり」。この回は「医師は患者にどこまで尽くすべきなのか」という医療の本質に迫る、シリーズ中の白眉の一本。この物語の原作は山本周五郎の小説「赤ひげ診療譚」。そしてこの回の脚本は倉本聰さんが担当。
 本放送当時も見ていたはずなのだが、44年も経った今、見直してみると、ドラマ作りが実に真面目で真正面から取り組んでいる印象が強い。最近のドラマにありがちな奇をてらう表現など一切ない。見ていて胸にスーッと入って来て実に心地よい。
 ちなみに黒澤明版の映画「赤ひげ」も見ているが、ドラマとしては一話一話を丹念に描いている分、テレビ版の方が味わいが深い。

▼原作 山本周五郎
▼脚本 倉本聰
▼出演 新出去定(赤ひげ)/小林桂樹 保本登/あおい輝彦 おせん/浜木綿子 冬吉/黒沢年男    
    森半太夫/有川博 きぬ/仁科明子 ほか


赤ひげ役の小林桂樹。もともと好きな俳優さんなのだが、映画版の三船敏郎より人間性が奥深く感じられる。


保本登役のあおい輝彦。何といっても元祖ジャニーズ。こんないい男は今のジャニーズには見当たらない。
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