徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

世界文化遺産 ― 細川ガラシャ ― どちりなきりしたん

2016-07-25 17:05:23 | 音楽芸能
 長崎県と熊本県の12の構成資産から成る「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」が再び、世界文化遺産の候補として選ばれ、再来年の登録を目指すことになった。出直しという形になったが、ともかくひと安心だ。


海の上のマリア像(天草市河浦町崎津)


 昨夜の「真田丸」(NHK総合)では、細川忠興の留守宅で、妻ガラシャがミサをやっている場面が出て来た。歌われている讃美歌は、「サカラメンタ提要」(キリスト教教会用の典礼書)に収録された19曲のグレゴリオ聖歌のうちの一つ「Tantum Ergo/この大いなる秘蹟を前に」。「サカラメンタ提要」が日本で初めて長崎のコレジオで発行されたのは1605年といわれているので、はたしてガラシャが生きていた関ヶ原(1600年)前の時代に歌っていたかどうかはさておき、この「Tantum Ergo」は下の合唱曲「どちりなきりしたん」にも織り込まれている。
 どちりなきりしたんとはキリスト教の教義書のことで、作曲家の千原英喜さんが2002年に作曲した組曲。

どちりなきりしたん

合唱:熊本大学教育学部附属中学校合唱部

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冨田勲の世界

2016-07-24 12:23:46 | 音楽芸能
 今日の「題名のない音楽会」(テレ朝)は、5月5日、84歳で亡くなった冨田勲さんを特集し「冨田勲の音楽会」と題して放送された。近年の同番組の中では出色の企画だったと思う。それは何よりも冨田勲さんの偉大さが浮き彫りになったことによるもの。
 2006年に奥三河の霊山である鳳来寺山で行なわれた「仏法僧に捧げるシンフォニー」で共演した尺八の藤原道山さんが、冨田さんの代名詞ともいえる「新日本紀行」を演奏した時は胸にこみ上げるものがあった。晩年のCGの初音ミクとオーケストラが共演した「イーハトーヴ交響曲」が再現されるなど、見どころの多い30分だった。

▼演奏曲
 「リボンの騎士」
 「きょうの料理テーマ」
 「勝海舟テーマ」
 「文五捕物絵図」
 「新日本紀行」
 「イーハトーヴ交響曲」初音ミク共演
 「『ドクター・コッペリウス』より フィナーレRising Planet 9」


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今年は寂しい 清正公さんの御逮夜

2016-07-23 22:15:24 | 歴史
 今夜は加藤清正公の御逮夜。毎年、この日は本妙寺の頓写会に出かけるのだが、今年は仁王門が熊本地震で損壊し、いまだ通行止めとなっており、夜店の出店も取りやめになったというので、行くのをやめ、近くの加藤神社でお参りだけを済ませた。


加藤神社も今年は、清正公まつりの前夜祭が中止となり、ひっそりと静まり返っていた


一・二・三の天守は今夜も美しくライトアップされていた


このままでは余りにも寂しいので、7月16日の加藤神社での「音楽の日(TBS)」中継風景を貼っておきます
熊本第一高校音楽部
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今日の話は昨日の続き・・・

2016-07-22 21:04:02 | ニュース
「今日の話は昨日の続き、今日の続きはまた明日」

 これは、7月12日に他界された大橋巨泉さんが、1960年代にラジオ関東で放送していた「昨日の続き」という番組の決まり文句として作ったそうである。
 この番組は、巨泉さんが前田武彦さん(2011年没)、冨田恵子さんとともにやっていたトーク番組だが、実は1964年に僕が大学進学して上京した時、最初に馴染んだラジオ番組で、毎晩これを聞いてから寝るのが日課となっていた。巨泉さんの名前を知ったのもこの番組だった。
 この当時はただ聞き流していたが、この「今日の話は昨日の続き・・・」という文句はとても深いなぁと思う。今、世の中で起こっているあらゆることが、数年前、数十年前、数百年前の人々が行なったことの結果として起こっているのである。今日起きたことが今日完結することはない。われわれの子孫が悲惨な目に遭うことがないように、今を生きるわれわれの責任として、誤った判断をするわけにはいかない。今日の話は明日へ、明後日へ、数十年後へと未来永劫に続いてゆくのである。


1964年、広島の原爆ドーム前、広島平和記念公園を走る聖火リレー
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玄宅寺舞踊会 再スタート!

2016-07-21 22:26:06 | 音楽芸能
 熊本地震発生以来、中止していた舞踊団花童の「玄宅寺月例舞踊会」が3ヵ月ぶりに今日から再スタートしました。ちょうど3年前、かつて熊本一の観光地として賑わった水前寺を再活性化させようというプロジェクトの一環として始まりました。毎回、中村花誠先生の趣向を凝らしたプログラムが好評で、水前寺の行事として定着、確実に花童のファン層も広げてきましたが、新しいメンバーも加わり、今後の展開がさらに楽しみになってきました。




▼チャリティ公演のお知らせ
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坂東玉三郎さんの舞踊公演

2016-07-20 21:52:11 | 音楽芸能
 今朝の熊日新聞に、今秋、山鹿の八千代座で行われる坂東玉三郎さんの公演が紹介されていた。今回の演目は長唄「秋の色種」長唄「元禄花見踊」だという。そして、玉三郎さんは熊本地震についてもふれていた。しかし、この公演を見ることができるのはごく限られた人たちだけだ。
 今から8年前の平成20年4月30日の夜、「熊本城築城400年祭」のエピローグとして、熊本城二の丸広場で「坂東玉三郎 特別舞踊公演」が行われた。この時の演目は長唄「君が代松竹梅」長唄「藤娘」だった。入場は無料とあって、この夜は1万2000人の観客が二の丸広場に押し寄せた。
 熊本城はまだ復旧工事の真っ只中。いつか城内の整理がついた時点で、8年前のような公演がもう一度実現することを願ってやまない。きっと被災者に元気を与えるイベントになるだろう。


玉三郎さんの藤娘


1万2000人の大観衆で埋まった二の丸広場





2013年1月2日 熊本城本丸御殿 冬のくまもとお城まつり
三味線:今藤珠美と今藤珠美社中
  筝:下田れい子
鳴 物:中村花誠と花と誠の会
振 付:中村花誠
踊 り:ザ・わらべ
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「山名屋浦里」 の原点

2016-07-19 20:00:59 | 音楽芸能
 20数年前に住んでいた彦根の高宮はかつて中山道の高宮宿として栄えた町。そこから6kmほど中山道を北上した辺りに鳥居本宿があった古い街並みがある。街道沿いには今でも僕の知人が住んでいるが、この鳥居本の一角に上品寺(じょうぼんじ)という古刹がある。このお寺は歌舞伎で有名な法界坊(十八代目中村勘三郎を今でも思い出す)のモデルとなった法界坊了海ゆかりの寺である。了海は江戸吉原で寄進を受けて梵鐘を鋳造したことで知られる。この寄進に最も協力したのが、吉原随一の花魁花扇だと伝えられる。明治22年に出版された「法界坊実説鐘建立」(柾木素堂著)には、その花扇の人となりについて次のような記述がある。

――当時新吉原の某楼に花扇という娼妓ありけるが、容貌最も麗しくその性信ありて情ふかく、愛敬ある質にて召し使う雛妓は更なり。若者内芸者幇間出入茶屋の小厠にまで懇ろに附合いて心くばりの行届かぬ所なければ知るも知らぬも花扇の事を賞めざるはなく・・・――

 その美しさはもちろんのこと、どんな人にもわけへだてなく接し、細やかな心づかいをする素晴らしい人間性の持ち主だったようである。
 先般、歌舞伎化されることが発表されて話題となった「廓話山名屋浦里」(さとのうわさやまなやうらざと)は、笑福亭鶴瓶の新作落語「山名屋浦里」がもとになっているが、その原型となったのはタモリブラタモリのロケの時に仕入れてきた話。それは、花魁花扇の実話だという。その人となりを知れば、「山名屋浦里」の物語になったような花扇にまつわる伝説はいくつもあったのかもしれないと思ってしまう。


歌川広重が描く鳥居本の摺針峠(左にあるのは望湖堂)


歌麿が描いた扇屋の花扇
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熊本復興支援狂言 ~万作・萬斎の狂言で大盛り上がり!~

2016-07-18 19:33:55 | 音楽芸能
 入園料が無料になる午後3時半前には正門前は既に長蛇の列だったが、あとからも来るわ来るわ。会話に耳をそばだてていると、どうやらほとんどの人が野村萬斎見たさに来たようだ。熊本県文化協会会長の吉丸良治氏の開会の挨拶では、1500人の来場と言われていたが、その後さらに増えて、おそらく1800から2000人くらいに達したかもしれない。成趣園の能楽殿にこれほどの人が来たのを見たのは初めてだ。萬斎の絶大な人気をあらためて知らされる。おかげで肝心の狂言は人と人の隙間から垣間見る羽目になったり、台詞がよく聞こえなかったりしたものの、普段は高額のチケットを買わなければ観られない舞台を無料で観られたし、復興の義援金もそれなりに集まっただろうから、この舞台の意義は大いにあったと言えるだろう。


水前寺成趣園の池もほとんど地震前の水位に戻ったようだ


座席はあっという間に埋まり、次から次に立ち見客が入って来る


野村萬斎さんの饒舌な解説で実にわかりやすい


能楽殿の芝生の外から遠巻きに眺める客もどんどん増える


万作・萬斎親子共演の「附子(ぶす)」では会場の盛り上がりも最高潮に達した
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416回目の「ガラシャ忌」

2016-07-17 21:27:56 | 歴史
 今日は416回目の「ガラシャ忌」。立田自然公園(泰勝寺跡)は現在、四つ御廟のみ無料で入場できる。一昨日、わが家の墓参りのついでに立ち寄ったが、時間もなかったので四つ御廟に向かって手を合わせただけで帰った。今度あらためてお参りするとしよう。
 ところで、大河ドラマ「真田丸」ではそろそろ細川ガラシャが登場するようだ。ただ、演じるのが橋本マナミというのがなんだかなぁ、という感じ。まぁ、このドラマは一種のパロディだと思っているからどうでもいいのだが。
 大河ドラマといえば、「細川ガラシャを大河ドラマに」を目標に数年前からガラシャゆかりの京都府下の7市町が誘致活動を進めていて、熊本県と熊本市もオブザーバーとして加わっている。可能性はどうなんだろう。熊本としては加藤清正の大河ドラマ化という永年の悲願もあるし、ちょっと複雑な思いがある。


細川ガラシャ(玉子)廟



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第57回出水神社 薪能 番組

2016-07-16 15:19:14 | イベント
 今年の出水神社薪能は「田村」だそうだ。3年前に熊本県立劇場で行われた「金春流若楠会鑑賞能」以来、「田村」は二度目の鑑賞となる。
 この「田村」は今年、十七回忌を迎えた僕の父の想い出の演目。と言っても父は「田村」を観たことはない。父がまだ4、5歳の頃、泰勝寺の長岡家にお坊っちゃまの遊び相手として伺候していたが、お坊っちゃまの謡曲のお稽古に付き合わされていたらしく、数ある曲目の中でも「田村」の「一度放せば千の矢先・・・」という一節は終生忘れなかった。

 「田村」は征夷大将軍、坂上田村麿を主人公としたもので、そのあらすじは次のとおり。

 東国の僧が都に上り、春のある日、清水寺を訪れました。そこで箒を持った少年と出会い、聞けば、地主権現に仕える者であると応えます。清水寺の来歴を尋ねる僧に、少年は、坂上田村麿[田村丸]が建立した謂れを語りました。また問われるまま、少年が近隣の名所を挙げるうちに日は暮れ、やがて月が花に照り映える春の宵を迎えます。少年と僧は「春宵一刻値千金」の詩文を共に口ずさみ、清水寺の桜を楽しみます。少年は折からの景色を讃えながら舞いを添え、田村麿ゆかりの田村堂という建物に入っていきました。
残された僧の前に清水寺門前の者が現れて、清水寺の縁起を語り、少年は田村麿の化身だろうと述べ、回向を勧めます。夜半、僧が法華経を読誦していると、武者姿の田村麿の霊が現れます。田村麿はかつて、鈴鹿山の朝敵を討ち、国土を安全にせよ、との宣旨を受けて、軍勢を率いて観音に参り、願をかけたことを語ります。その後、見事に賊を討ち果たした有様を見せて、これも観音の仏力によるものだと述べて、物語を終えます。(「the能ドットコム」より)

※クリック拡大してご覧ください






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英雄の選択 「加藤清正・熊本築城~秘められた関ヶ原逆転の戦略~」

2016-07-15 19:18:15 | 歴史
 昨夜の「英雄の選択」(NHK・BSプレミアム)は加藤清正公と熊本城がテーマ。巨大な熊本城築城に秘めた清正公の戦略を読み解いていた。僕は、これまで関ヶ原の際の清正公の立ち位置がいま一つ釈然としなかったのだが、この番組の出演者たちの考え方を聞いて腑に落ちる思いがした。

 番組の最後に、熊本地震からの復興を目指す熊本へ、出演者たちのメッセージが送られたが、中でも印象深かったのは、歴史学者の加来耕三さんの「もし今、清正公が生きていたら、緋毛氈を掛けた大石をみんなに引かせただろう」という話だ。これは、慶長15年(1610)、名古屋城築城で大小天守閣の石垣工事を受け持った清正公は、巨石を修羅(木製の大型そり)に乗せて運ぶ時、自ら石の上に乗り、木遣り音頭を唄って気勢を上げたという故事のこと。この石引きには5、6千人の老若男女が華美な衣装に身を飾り、唄に合わせて綱を引いたという。参加者は食い放題、飲み放題というので、われもわれもと綱にとり付き、手拍子合わせて浮かれながらの一大イベントとなり、熱田から名古屋まで巨石をあっと言う間に運んだという。
 熊本城復興に当たっては一般市民も参画できるような、清正公的な発想が必要なのかもしれない。


司会の渡邊佐和子アナと磯田道史さん


コメンテーターの千田嘉博、中野信子、山田貴司、加来耕三の皆さん


▼加藤清正石引の図(尾張名所図会より)


 この石引で唄われた木遣音頭は、伊勢神宮の御神木を送り出すときの木遣音頭として歌い継がれ、江戸時代、数次のお伊勢詣りブームに乗って、伊勢音頭として日本全国に広まった。

▼伊勢音頭
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「民謡魂 ふるさとの唄」(大分県臼杵市) 演目

2016-07-14 19:04:19 | テレビ
 8月6日(土)15:05~ 放送
     NHK総合「民謡魂 ふるさとの唄」(大分県臼杵市) の演目がアナウンスされました。


「鶴崎踊り(猿丸太夫~左衛門)(大分県)」
(唄)高橋キヨ子、(唄)田中祥子、(唄)江島ちあき、(唄)剣持雄介、(唄)力武杏奈、(三味線)本條秀太郎、(胡弓)本條秀五郎、(尺八)竹井誠、(笛)西川浩平、(鳴物)鼓友緑美代、(鳴物)中村花誠、(はやし詞)新津幸子、(はやし詞)新津美恵子

▼写真クリック → 動画再生
(撮影:栗田弘一さん)

「おてもやん(熊本県)」
(唄)田中祥子、(三味線)本條秀太郎、(三味線)本條秀五郎、(尺八)竹井誠、(笛)西川浩平、(鳴物)鼓友緑美代、(鳴物)中村花誠

「久住高原の唄(大分県)」
(唄)力武杏奈、(三味線)本條秀太郎、(胡弓)本條秀五郎、(箏)佐藤亜美

「宇目の唄げんか(大分県)」
(唄)江島ちあき、(三味線)本條秀太郎、(三味線)本條秀五郎、(箏)佐藤亜美、(尺八)竹井誠、(笛)西川浩平、(鳴物)鼓友緑美代、(鳴物)中村花誠、(はやし詞)新津幸子、(はやし詞)新津美恵子

「豊後風景(吉四六音頭)(大分県)」
(唄)高橋キヨ子、(三味線)本條秀太郎、(三味線)本條秀五郎、(箏)佐藤亜美、(尺八)竹井誠、(笛)西川浩平、(鳴物)鼓友緑美代、(鳴物)中村花誠、(はやし詞)新津幸子、(はやし詞)新津美恵子

「姫島の盆踊り(大分県)」
(唄・演奏)姫島北浦地区キツネ踊り保存会

「関の鯛釣り唄(大分県)」
(唄)剣持雄介、(三味線)本條秀太郎、(三味線)本條秀五郎、(尺八)竹井誠、(笛)西川浩平、(鳴物)鼓友緑美代、(鳴物)中村花誠、(はやし詞)新津幸子、(はやし詞)新津美恵子

「牛深ハイヤ節(熊本県)」
(唄)高橋キヨ子、(唄)田中祥子、(唄)江島ちあき、(唄)剣持雄介、(唄)力武杏奈、(三味線)本條秀太郎、(胡弓)本條秀五郎、(尺八)竹井誠、(笛)西川浩平、(鳴物)鼓友緑美代、(鳴物)中村花誠、(はやし詞)新津幸子、(はやし詞)新津美恵子
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4年たったら、こんなんなりました!

2016-07-13 23:11:22 | 音楽芸能

こわらべ


♡♡♡ 成長ぶりをご覧ください!♡♡♡


▼4年前のこわらべ (2012年10月27日 熊本城本丸御殿 秋夜の宴)




▼現在のこわらべ (2016年7月10日 あさぎり町文化ホール 震災復興支援チャリティ・ショー)

(撮影:栗田弘一さん)
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クレイジーだよ! ザ・ピーナッツ

2016-07-12 16:17:39 | 音楽芸能
 大学生の頃、正月に熊本に帰省し、1週間ほど過ごして再び上京すると、必ず有楽町の日劇でクレイジー・キャッツとザ・ピーナッツの正月公演を見てから寮に帰るのが楽しみだった。当時は観客の入れ替えはなかったので2ステージ続けて見たものだ。
 当時の公演のプログラムがどんなものだったのか忘れてしまっていたが、ザ・ピーナッツのファンサイト「INFANT LAND」さんに詳細な記録が残っていた。下に昭和41年(1966)のプログラムを転記させていただいたが、演目ひとつひとつをつぶさに見ていくと、当時の舞台の様子がまざまざと甦ってくる。

◆哀悼の意を表します
伊藤ユミさん 2016年5月18日(満75歳没)
伊藤エミさん 2012年6月15日(満71歳没)




▼今年もクレイジーだよ! ザ・ピーナッツ(日劇)
    昭和41年1月7日~14日


第一景 寿・八木節囃子
♪八木節ーーーーーー(ザ・ピーナッツ)
○恒例 クレージーの新年ご挨拶
          (クレージー・キャッツ)

第二景 新春・歌うザ・ピーナッツ
♪悲しき願い
    (ザ・ピーナッツ)
    (クレージー・キャッツ)
♪夜霧のしのび逢い(ザ・ピーナッツ)
♪キャラバン   (ザ・ピーナッツ)

第三景 クレージーの昨年のヒット・パレード
♪愛しちゃったのよ
♪さよならはダンスの後で
♪柔
♪涙くんさよなら
♪女心の唄
♪夢みるシャンソン人形
♪帰ろかな
♪赤来の子守唄
♪赤坂の夜は更けて
♪エレキー
     クレージー・キャッツ
     木の実ナナ
     ザ・ピーナッツ

第四景 新春・ナナの謡い初め
♪ギッチラ舟唄 (木の実 ナナ)

第五景 シンデレラものがたり
シンデレラ姫Aーーー伊藤エミ
シンデレラ姫Bーーー伊藤ユミ
その継母ーーーーーーハナ肇
意地悪な姉妹Aーーー植木等
意地悪な姉妹Bーーー犬塚弘
妖婆ーーーーーーーー谷啓
王様ーーーーーーーー石橋エータロー
王子様ーーーーーーー桜井センリ
大臣ーーーーーーーー安田伸
家来ーーーーーーーーNDT
従卒--------NDT
舞踏会の男女----NDT

第六~七景
配役ーーーーーー第五景と同じ

第八景 チャチャチャ・フラメンコ
♪チャチャチャ・フラメンコ
(木の実 ナナ)

第九景 グラナダ
♪グラナダ    (ザ・ピーナッツ)
         (ギター:松宮庄一郎)

第十景 今年も無責任だよ
♪スキーツーーーーー(植木 等)

第十一景 クレージーコンサート・ホール
演奏:スカイ・ライナーズ/日劇オーケストラ

第十二景 新春ヒット・パレード
演奏:スカイ・ライナーズ
♪誠に遺憾に存じますーー(植木 等)
♪夢みるシャンソン人形ー(ザ・ピーナッツ)
♪明日になればーーーーー(ザ・ピーナッツ)
♪500マイルーーーーー(ザ・ピーナッツ)
♪大冒険マーチーーーーー(クレージー・キャッツ)
♪パブリック讃歌ーーーー(クレージー・キャッツ)
            (ザ・ピーナッツ)
            (木の実 ナナ)
♪フィナーレ      (全員、NDT)
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永六輔さんのはなし。

2016-07-12 10:40:23 | 
■永六輔さんにインタビューを受けたはなし。
 昭和48年(1973)、RKK熊本放送が放送開始20周年の特別番組をやった。番組の企画として中継車が市内を回った。たまたまわが家の近くを中継車が通りかかり、生まれたばかりの長男を抱いて歩いていた家内がつかまった。そして、スペシャル・インタビュアーの永六輔さんが家内にマイクを向けた。永さんはギャグで、家内に抱かれた長男にもマイクを向けた。長男はひとこと「goo !」と言った。

■永六輔さんがタイヤ工場を見学して感動したはなし。
 昭和60年(1985)、僕は栃木県黒磯市(今の那須塩原市)にあるブリヂストン栃木工場に勤務していた。ある時、労組主催の講演会に永六輔さんが招かれた。講演会の前に永さんは、工場をくまなく見て回られた。講演会ではその感想も話題となった。永さんはなかでもタイヤ成型工程にいたく感動された。タイヤ成型とはゴム板や補強材などのタイヤの部品を組み上げる工程のことだ。職人的な手作業が残るこの工程を永さんは、「この近代的な機械が並ぶ工場に、職人のワザがいまなお残っていたことに感動した。ぜひこれをずっと残してほしい」とエールを送られた。

■永六輔さんと岩城宏之さんが仲がよくなかったはなし。
 その講演会が行われた当時、僕の直属上司だった方が指揮者の岩城宏之さんのお兄さん。永さんの工場見学をアテンドしたのもこの方だった。永さんにそのことを明かしたら、永さんは苦笑いしたという。というのは、その数年前、永さんと岩城宏之さんは政治行動を共にしていたが、意見が合わず袂を別っていたかららしい。

■永六輔さんの蕎麦の食べっぷりがすごかったはなし。
 永さんは、講演会が終わったら東京へとんぼ返りというタイトなスケジュールだったが、新幹線の駅まで永さんを送った僕の上司が、せめて地元の蕎麦でも食べて行ってほしいと駅にほど近い店に案内した。ところが、新幹線の時刻がどんどん迫って来る。とてもゆっくり食べる時間などない状況に僕の上司は焦った。しかし永さん、少しも慌てず、「大丈夫です!1分もあれば食べられますから」と。実際、永さんは出されたアツアツの汁蕎麦をあっという間にたいらげた。さすがはチャキチャキの江戸っ子。「蕎麦は噛むもんじゃねぇ!飲み込むもんだ!」とばかりの勢いに上司も感心することしきり。

享年83歳 合掌
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