キカクブ日誌

陳昇来日公演終了!!今年の2大イベント~夏の中欧旅行と秋の陳昇来日を無事に終えることができてほっとしているところです。

人生最多忙級の日々 15/15 ウタ―教授講演会

2018年10月13日 | 恩師
15日目。
仕事は休みです。午後、学習院大学での講演会を聞いてから、夜はまたコンサートへ行きます。

ウタ―教授の講演会。
「天国と地獄のメルヒェン」
学習院大学西5号館、B1教室にて。

恩師の長年の親友であるドイツの昔話研究の大先生が日本においでになり、福岡、京都、神奈川、東京など各地で講演会が開催されてきました。私もぜひお話をお聞きしたいと思ってやってきました。今日の講演会は申し込みも不要で、無料で聴くことができます。本当は、陳昇コンサートのために上京してきた福岡在住の友人(昔ばなし大学受講生)も一緒に行くはずだったのですが、実家のお父様が倒れて入院ということで、一人で行くことになりました。


行きがけに、電車が止まってしまい、2~3分遅刻しました。
学習院大学のキャンパスには初めて入りましたが、目白の駅前で立地も素晴らしく、緑も多くてさすが伝統のある大学ですね。






ウタ―教授は最近恩師が翻訳出版された、「国際昔話話型カタログ」を執筆された方として、私もお名前だけは知っていました。夏に昔ばなし大学で行った旅行の前半の「グリムの旅」では、ウタ―教授の講義を聴く機会があるというお話もきいていました。

講演はドイツ語なので、全く全く分かりません。
通訳(学習院大の加藤先生)だのみ。

内容もかなり高度で難しく、ヨーロッパのキリスト教文化の背景を良くよく理解していないと、さっぱりわからないのでした。私の知ってる日本の昔ばなしとは印象がずいぶん違います。同じヨーロッパの「リュティ理論」の講義は、難しいながらも結構理解できたのは、小澤先生の解説が随所に入っていたからなのかな?

講義は難しかったのですが、後半の質疑応答は面白いと思いました。
やはり日本人の疑問点というのはわかるなぁ。



終了後、先生に軽くご挨拶。
「どうだ、刺激的だったろう?」とのこと
「難しかったです!日本の昔話とはずいぶん違うように思いました」

奥様もおいでになってました。
また、旅行で一緒だった昔ばなし大学の皆さんとも「やぁやぁ!」と軽く挨拶して。
こんな風に何度も会ってくると、もうすっかり旧知のお友達気分。
ウタ―先生を囲む懇親会にも出席したかったのですが、今日はこれからまだまだやることがあります。みなさんへのあいさつもそこそこ、急いで代官山へ向かいます。

次は、来月の小澤先生の米寿祝賀会でまたお目にかかります。
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恩師米寿のお祝い

2018年07月16日 | 恩師


88歳でも相変わらず多忙な恩師から、
「珍しく週末にスケジュールが空いたから集まらないか?」
とお誘いがあり、大学の同期プラスアルファで、先生の研究所に押しかけました。

いろんなものを持ちよりでやるというのは、学生時代からのやりかた。
先生も「スーパーとかで惣菜買って来てさ」とおっしゃってましたが、われわれも結構いい年ですし(笑)手作りの料理なども持ちこみます。






そして大量のお酒(これは一部!)。


せっかく集まるのだから、先生の米寿のお祝いをしようということで、黄色いちゃんちゃんこ、と我ら心づくしのメッセージアルバムを作って持参しました。こういうのはメンバーの中で得意な人が担当してくれます。心強いことですね。

11時に先生の研究所(そうです。先生はまだまだ現役で研究&教育の仕事をされています)に集まりました。
研究所のスタッフの方と先生の奥様もいらして、わいわいテーブルを準備し、呑み、喰い、しゃべりました。

上の写真は、黄色いちゃんちゃんこと頭巾を身に着けてもらって記念撮影したものですが、
誰かが「この写真SNSにあげてもいい?ダメな人いる?」
と聞くと、先生がひとり「ダメ!」と手をあげていました。
沽券にかかわるそうです(笑)
でも、結局その場でみんなに却下されて、さっそくSNSで同窓生たちに回覧されていました。
ふふふ。

先生は、今月からヨーロッパへ2週間の旅行をされる予定で、
「お身体にさわるといけないから、あまり無茶な飲み方はしないようにしようね」
と事前にみんなで話していました。
2年前に同じ会を開いたときは昼から夜中の11時までやってしまってさすがに反省しました。

午後8時ごろになり「そろそろお開きにしましょう」と片付けはじめようとしたら・・・
先生が「まだ早いじゃないか」
と私の腕を持って椅子に引き戻しました。
こうなっては、お開きにするわけにはいきません(笑)

結局10時近くまで盛り上がり続け、先生がトイレに立った隙に「いまだ!」とばかりに片付け始めてお開きにできました。

先生元気すぎます。
私たちの方がねむくなったり疲れていましたよ。


(写真には少しぼかしをかけました)
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「ときを紡ぐ(上)昔話をもとめて」(2017)小澤俊夫著

2018年06月29日 | 恩師
ときを紡ぐ(上)昔話をもとめて
小澤俊夫
小澤昔ばなし研究所



先日「昔ばなし大学」の勉強会の2回目に参加させてもらって、その会場で買ってきた。
恩師の自伝。 
小澤昔ばなし研究所が発行している「子どもと昔話」という雑誌に連載されている、先生の文章をまとめたものだそうだ。
これまでにお聞きした話もあれば、初めて聞く話もある。
いま読んでいるのは、先生がまだ小学生だった頃のことで、満州、そして北京に住んでいらしたころの話。
おそらく、大きくなってから大人の話を聞いたりして記憶を補完したこともあるのだとは思うのだけど、小澤少年のみずみずしい感性がそのまま伝わってくる。
先生よく覚えているなぁ。


小学校の授業参観で、ほかの父兄から「君はキチョウメンね」といわれて、「キチョウメンってどんな帳面かな?僕の帳面は黄色じゃないぞ」と思ったとか。
小澤少年、カワイイ。



北京の「マントウ(中国式の万頭)売り」の売り声を楽譜で書いてある。
よほど、耳に残る売り声だったのだろう。

「ヤオチーコマントウ」と売りに来るらしい。
意味は「マントウいくついりますか~?」
中国語で書いたら「要幾個饅頭」となるだろう。

先生は幼い頃北京で育ったので、今も中国語できるらしい。


ほほえましい少年時代の思い出の中に昭和史の大事件が挟まる。
北京時代、夏休みを過ごすのに2泊3日の船旅をして大連近くの避暑地へ。
その道中も大嵐に遭ったり、弟の征爾さんが急病になったり大変なのだが、大連について「大和ホテル」(夏目漱石の写真が残されてるホテル!)滞在中、盧溝橋事件が起き、北京に帰れなくなってしまう。
こんなエピソードも授業参観と同じ口調で語られていく。


目で文字を追うだけではもったいなくて、声に出して夫によみ聞かせている。
波瀾万丈なのだけど、ほほえましい話が混ざっていて、先生の人柄を思い出し、くすりとする。
これから戦争の話はちょっとつらそうだけど、楽しみに読もうと思う。
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ヨーロッパの昔話 その形と本質 (岩波文庫)

2017年11月26日 | 恩師
先日、恩師からご連絡をいただいて、今度岩波文庫に入った自分の翻訳本についての講義を行うから時間が取れたらおいで、とのことだったので、同期たちを誘って出かけてきました。なんでも80分講義を3コマ行うらしい。
すごい。
相変わらず先生はすごい。
87歳ですよ。

ちなみに、テキストはこの本。マックス・リュティと言うスイスの研究者により1947年に書かれた本で、日本では1969年に小澤先生の翻訳により出版されましたが、今年の夏、岩波文庫から改めて発行されました。

ヨーロッパの昔話――その形と本質 (岩波文庫)
マックス・リュティ
岩波書店



会場は、代々木のオリンピック記念青少年センター。
天気も良く、代々木公園の紅葉もキレイでした。




会場に行ってみると、なんと200人教室。当日の参加者は180人を超えているそうです。(定員を超えてしまったので、追加日程を出して少し分散してもらったのだそう。大人気です。)参加者は、先生の主宰されている「昔ばなし大学」の研究会参加者(基礎コースが終わってさらに勉強を続けている人たち)の関東地区の人たち。この講義は、これから全国9カ所で開催されていくそうですよ。いったい日本中にどれだけの教え子たちがいるのでしょうか???



私たちには、ほかの招待客~~岩波書店の人や、他の出版社の方、通信社の方、先生のお仲間の研究者の方々~~と一緒に「招待席」が用意されてました。「のぞきにおいで」と言う話だから、後ろの方にこっそり立って見るのかと思いきや、良い席をご用意していただき、これはしっかり講義を聴かなくては!
はじめに招待客の紹介などもあったのですが、私たち大学の教え子は「応援団(=やじうま=遊び仲間)」と紹介していただきました。真面目な「昔ばなし大学」の皆様に対して、ふざけた姿勢が申し訳ない気持ちですが、先生の愛情を感じます。ありがたいです。





講義は、小澤先生とマックス・リュティ先生との出会い、本の翻訳のいきさつなどから始まりました。
リュティのこの原書との出会いは、先生が東北の薬科大でドイツ語の先生をしていたころ、東京の紀伊國屋書店の洋書コーナーでたまたまこの本を手に取ったのが始まりだったのだそうです。当時リュティと言う名前も知らなかったけど、「Merchen~メルヒェン」とタイトルにあったので、素通りできずに買ってきて、読みだしたらその内容の斬新さにショックを受けたそうです。
それで、自分で翻訳を始め、リュティ宛に翻訳の許可を求める手紙を書いたのだそう。住所なども当然知らないので「スイス、チューリッヒ市、●×出版社、マックス・リュティ様」で出したのだって。そしてその手紙は無事リュティに届き、翻訳OKの返事をもらったのだそうです。

でも日本で出版してくれるところを探すのは大変で、やっと出してくれる出版社が見つかったのはいいのだけど、条件が「印税などはなし」だったそうです。そのことをスイス側に伝えると「わかりました。では、象徴的印税として、出来上がった本を出版社に5冊、リュティに5冊送ってくれるなら出版を認めましょう」ということになり、1969年に出版できたのだそうです。
その後、ドイツの大学に研究者として滞在中に、スイスまでリュティに会いに行った話も面白かったのですが、多分この話は先生の出している雑誌「子どもと昔話」のどの号かに書いてあったと思います。




講義は、この岩波文庫を一文ずつ漏らさず読みながら進んでいきました。ぜんぶ先生が読んでくれて、そこに解説がいろいろな例を織り交ぜてちりばめられます。なんという贅沢。本を読むのに、こんなに丁寧に読んだことないかも。(今までで一番丁寧に読んだのはこのブログでも長く展開していた「SHERLOCK」のセリフですね^^)
ノートも取りましたが、先生の解説を本に直接書き込みました。

80分なんてどんなに長いのかしら?と思っていたのですが、あっという間に時間が過ぎていき、3コマ終わってしまいました。かなり集中してたので、脳みそは疲れ果てていましたが^^小澤先生の話は、「語りのプロ」だなぁといつも感心させられます。面白くて面白くて、いつまでも聞いていたいと思わせられ、面白いだけでなく、話の内容はすっきり理解できるようになっているんです。
そしてその先生は、3コマの講義後も疲れも見せず、夜の「交流パーティー」へ出席されていました。
脱帽・・・。


今年から「昔ばなし大学」に参加して『基礎コース』を受講している友人がいるのですが、「その会は相当高度な内容だよね、私なんかとてもとても~」と言っていたので、どうもとんでもないところにお邪魔させてもらったようです。
ありがとうございました。
わたしは「昔ばなし」を勉強しているわけではありませんが、この講義で、本の読み方を教わったように思います。また、勉強するテーマとの出会い、勉強(研究)への取り組み方、先達との交流の仕方のヒントなども教えてもらったと思います。あ~すごかった。
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共謀罪

2017年06月15日 | 恩師
改正組織犯罪処罰法は今朝参院通過して成立した。
「日本は終わった」などというひともいるけれど、明日からも私たちはここで生きて行くわけだから、投げるわけにはいかない。

「適切に運用する」を繰り返していた安倍内閣。
こうなったからには、本当に「適切に」運用されるかどうか、監視するしかない。
それも国民の役目。
それから、都民は都議選で意思表明をすることもできる。
都政と国政は別物ではあるけれど、我々が一番意思を表明できるのが選挙だし。

以前、FBでこの法案についての意見を一言書いたら、反対意見の友人が強く意見して来た。
どんな意見でも自由に言えるのがいい社会だ。
この法案によって、みんなが今以上に空気を読み始めて、口をつぐんで窮屈な社会になる。
なんてことにならないように。
そう願っている。
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昔ばなし大学25周年記念秋田大会 2日目

2017年06月03日 | 恩師
いよいよ最終日です。お土産色々買ったので荷造りがちょっと大変。
朝ごはんのときに同席になったのが、先生のラジオ番組を放送してるエフエム福岡のプロデューサーさん。若い女性でした。九州人同士すぐに意気投合です。
先生の姿を発見!昨日秋田の同級生に頼まれたお土産をお渡しします。こういうお土産って渡すタイミング難しいもので、宿で渡さないと荷物になっちゃうしってことで、本人は渡しそびれちゃったみたい。先生まだまだお元気そう。すごい87歳。

チェックアウトして8:30のシャトルバスで市民会館へ。今日は受付のお手伝いも不要とのことでどっぷりお話を聞けます。今日の午前中は、各地の土地言葉で語るおはなしの会。これは私みたいな素人にも楽しめるはず。


朝、ホテルからはこういうバスで移動です。

南の方から北に向かうということで、沖縄の方から始まりました。語りの訓練をしている方だからか、もともとそういうプロなのかわかりませんが、アナウンサーみたいです。とても聞きやすくて引き込まれます。昨日の各地の活動発表のときも思ったけど、話し方が美しいというのは姿が美しいのと同じですね。いやそれ以上かも。

各地の土地言葉で、ということだったのですが、沖縄の言葉はさすがにさっぱりわからないので、共通語での語りもありました。沖縄の方は、もう一人、今の沖縄の子どもたちにもわかるような話ということで、共通語混じりのウチナーグチでの語りもありました。

鹿児島、宮崎、熊本、福岡と九州が続きます。私が一番楽しく聞いたのは、大隅半島の方の言葉で語られた猫と犬と宝銭の話。男性の語り手だったのですが、この方の言葉は私が親しんだ熊本県南部の言葉に近くてすごく懐かしかった。同じ鹿児島でもいわゆる「かごんま」の言葉になると隔たりが大きくんじますね。熊本は菊池地方の言葉ということで、もちろん分かるのですが、やっぱり血が騒ぐのは大隅半島の方のでした。

中国地方、北陸、近畿、東海、関東、ときて、やっぱり東北もたのしみ!

東北も私にとっては言葉が難しいですが、なんとも味がありますね。会場が大ウケしていたのは、遠野の方で「むかしあったづもな」から始まった嫁姑問題の話。このテーマが客席の皆さんに直撃したものと思われます。嫁ぎ先で姑と折り合い悪く、姑を殺してしまおうと思いつめるお嫁さんの話です。
最後は北海道、アイヌの昔ばなしを聞いてたっぷり3時間、楽しかったー。

皆さん、各地でお話の会など活動されているんでしょうけど、こんなに全国のお話がいっぺんに聞けるのはそうそうないことかもしれません。日本一周したような気分でした。



つぎはいよいよ最後のプログラム「お別れ昼食会」です。
市民会館の隣の体育館に場所を移します。テーブルには500人を超える参加者全員分のお弁当とお味噌汁がセットされています。床にはシートが敷かれ、土足で上がれるようになっていました。ほんとに細かな心づかいですね。







私達が座った席は石垣島からの参加者の皆さんのテーブルでした。わ〜!はじめまして!!色々話してたら、是非遊びに来てください。なんて話になり、住所交換して写真をとりましたよ。「一期一会ですから」とおっしゃって、石垣の黒糖をいただきました。ありがとうございます。いつか訪ねていきます。

それと、今回ぜひお話したいと思っていたのが、鹿児島県徳之島からご参加の皆さん。前夜祭の日にスタッフの方と話してたときに「今回は遠くは、石垣島や徳之島の方もいらしてるんですよ」と聞いてたんです。徳之島は夫の実家のルーツ。なんと1600年頃からの家系図が残っているんです。夫の祖父の代に大阪に出てきているので、夫も徳之島の人と交流無いらしいのですが、話してみたいよね。
午前中の語りのときに登壇した鹿児島の方に話しかけて、徳之島から来たという方を教えてもらいました。徳之島からは3人いらしてて、夫のルーツの町の出身という方もいらっしゃいました。その方ももしかしたら一族かも。帰ってから家系図見てみよう。

いろんな楽しい出会いがあった秋田大会といよいよ終わり。体育館のステージでは小澤先生の挨拶、ウドーさんのスピーチなどあり、なまはげも登場!実行委員長の西村さんの歌のお見送りありで終了しました。

市民会館前からは田沢湖駅や秋田空港へのシャトルバスが出発します。また、せっかく秋田まで来たのだからという人のために、周辺を観光するエクスカーションも用意されていました。それぞれ出発していきます。私たちは少し遅めの新幹線を予約してたので、しばらくは市民会館ロビーでおしゃべりしていましたが、駅行の最終シャトルに乗り込みました。途端にどサーッと雨が(やっぱり誰かすごいパワーで雨を抑えていたね)

お世話になりました〜〜〜。





石垣島じゃなくて西表島の黒糖でした。
ありがとうございます!


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昔ばなし大学25周年記念秋田大会 初日2 潟分校の夕食会

2017年06月02日 | 恩師
先生の講演のあとは、仙北市民会館から場所を移して「思い出の潟分校」での夕食会です。
市民会館前からシャトルバスが出て、潟分校まで参加者を運びます。
この夕食会が楽しみで楽しみで、私の中ではこれがメインイベントです。(とにかく小澤先生から5年前の20周年の時に、この夕食会がどんなに楽しかったか、さんざん聞かされたことがこの25周年大会に行こうと思った動機ですから)
市民会館にいるときに雨が降ってきました。
あら~夕食会は校庭でやるはずなのに、大丈夫かしら??


私たちは、秋田在住の同級生の自家用車で会場へ向かいましたが、途中で空が明るくなってきました。
あ!虹が出てる!
すごい~。きれい~。
虹をよく見ようと車を停めて外に出たら、向こうから秋田犬を連れて散歩してる人が!
わ~!
秋田で秋田犬。
うれし~。





奇跡のような出来事。
ものすごいパワーを持ってる人がいますね。
小澤先生かな?やっぱり。


会場の「思い出の潟分校」に到着してびっくり!
雨天に備えて、テントを張るとは聞いていましたが、こんな立派なテントだとは思ってませんでした。
5年前は、運動会のテントだったそうです。
地元のみなさんの歓迎ぶりに頭が下がります。

校庭にずらり並んだテーブル。
そして地元の皆さんが用意して下さった郷土料理など。
屋台形式で、好きなものをもらってきてテーブルで食べる形式です。
鶴の湯さんの名物「山の芋鍋」とか虹の豚の焼きトン。美味しかった~。
日本酒もありました。








この「思い出の潟分校」は昭和40年代まで使われていた小学校を、乳頭温泉鶴の湯の社長さんが私財を投じて修復保存されている施設です。小澤先生がその精神にほれ込んで、ここで昔ばなし大学の勉強会を開かれたのが発端で、今に続くお付き合いとなっているのだそうです。
去年の夏にもここを訪れましたが、ほんとに素敵な場所です。
建物だけでなく、ここを守っている人たちもいい方ばかりで、今回再会できたのが嬉しかった。この分校の校区には「千葉」さんと「三浦」さんばかり住んでいらっしゃっるそうで、会う人会う人、千葉さんか三浦さんなの。前回校内を案内してくれた千葉さんにも三浦さんにも再会できました。




実行委員長さんの司会。
この方、「山のはちみつ屋」さんの社長さんです。
前夜祭のなまはげからずーっと大活躍でした。
この社長さんには7月にもお世話になったので、お土産持っていったら、結局帰りにまたお土産いただいちゃいました。ほんとありがとうございます。


地元の伝統芸能の表演などもあり、楽しませていただきました。


夕食会はにぎやかに楽しく進行しました。
すっかり雨は上がりました。
ちょっと寒かったけど(ストーブ置かれていました)
イワナが焼かれていた囲炉裏(みたいなもの)にあたって温まらせてもらいました。



潟分校でお料理をしてくださってる、地元のお母さんたちと記念写真。
7月にもお世話になったので、今回東京のお土産持って訪ねました。
山菜のこととか何でも知ってるかっこいいお母さんたち。
お母さんたちの作ってる「いぶりがっこ」が普段は分校で販売されてるんですが、今回はなくて残念!別のいぶりがっこ買って帰ってきたけど、やっぱり味がちがう~。またきっと買いに行きます。


この写真撮ろうとしてたら、どこからか、小澤先生がやってきてすーっと合流しました。
先生はこのお母さんたちととても仲良しなんです。
いろんな方とお話して、ほんとに楽しい会でした。




(おまけ)
宿までの帰り道、これも同級生の車で送ってもらったのですが、先生のドイツの友人ウドーさんも一緒に帰ることになりました。ウドーさんは先生が毎年昔ばなし大学の受講生と行ってるドイツ旅行の時のバスの運転手さんです。25周年大会のためにわざわざドイツから(自腹で)駆けつけてくださったんだとか。
私たちは初対面ですが、(英語で)いろいろお話しつつホテルへ向かいました。
途中で同級生が道がわからなくなり「ここ右折だっけか?」と車を停めてナビで確認しようとしました。その時ウドーさんが「ここはまっすぐだよ。宿から来るとき曲がるところはなかったはず」と言い出しました。そしてその言葉の通りだったのでした。
さすがはバスドライバー。プロですね!
外国に来てても、道を見てるんだなぁ。

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昔ばなし大学25周年記念秋田大会 初日1

2017年06月01日 | 恩師
二日目が大会の初日です。
午後からですが、9時半のバスで会場に向かってくださいと大会スタッフの方から司令がありました。今日は受付を手伝うのです。朝風呂温泉に入り、朝ごはんのときには、先生の息子さん夫妻と同席になりました。うちの近所に職場があるそうで、ローカルな話題で盛り上がり(?)ました。

大会は午後からですが、皆さん午前中から会場に来て、物販を見たり、旧交を温めたり。受付をしているとほんとに各地からいらっしゃってると実感します。
お昼は地元の方が屋台を出してくれてて、山菜そばや山菜おこわ、山菜豚汁など買って食べられました。

秋田市在住の同級生もやってきました。開会後は、受付の残りはスタッフの方に任せて私も客席へ。夫は今日もビデオ係。

第一部は全国各地の昔話大学の代表者による活動紹介。皆さん話がうまいし、喋るのが好きな方ばかりのようで相当時間がおしました。第二部は小澤先生の講演だったのですが、1時間の予定が20分になっちゃった。でも、先生としては自分の話より活動報告のシェアのほうが大切って思っていらっしゃることでしょう。

先生の講演は短かったけど、その場にいた人みんなの胸にズシンと響いたのではないかと思います。お話の内容は、先生が若い頃に柳田国男にあって日本の昔ばなし研究を託されたエピソードから、そのバトンをこれから皆さんが引き継いでいってほしいという話。先生の思いはまさにこの一点にあり、涙ぐみ声をつまらせてそう話される姿に感動しました。

柳田國男先生のエピソードはこの頃話すようにされてるようで、去年の田沢湖旅行のときもうかがったのですが、今回は魂の叫びのようでした。ここにいる人はみんな先生の後継者難だなぁ。
そうそう、舞台上では、ゲストたちの紹介もありました。先生のご家族、弟さんご夫婦、二人の息子さんたちご夫婦、そしてその子供たち。「オザケン」も来てたので、混乱するかもしれないから写真は遠慮してねと、ご注意がありました。流石にミーハーな私もオザケンとは話せなかったな〜。残念。

















夕食会へ続く
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昔ばなし大学25周年記念秋田大会 前夜祭

2017年05月31日 | 恩師

先週末、秋田田沢湖へ行ってきました。

この「昔ばなし大学」と言うのは小澤俊夫先生が主宰されている市民大学で、全国にものすごい数の学生がいます。1992年にスタートし、今年で25年。最初の頃の学生さんは、大学院に当たる「研究会」で今も勉強を続けていらっしゃいます。

今回の参加者も全国から500人以上が秋田田沢湖に集結!遠くは石垣島からもたくさん来ていらっしゃいました。

スケジュールは以下の通り。
5/26(金)夜、前夜祭@プラザホテル山麓荘
5/27(土)午後、大会開始@仙北市民会館
全国の昔ばなし大学の代表による自己紹介。小澤先生による基調講演。
夜、交流夕食会@思い出の潟分校
5/28(日)午前、各地の土地言葉による昔ばなし語りの会@仙北市民会館
お別れ昼食会@仙北市民体育館

2泊3日でたっぷり勉強(?)しました。交流って言う方があってるかな。
「昔ばなし大学」受講生でもないのに、おみそで混ぜていただいているので、前々から「何かお手伝いあったらやります!」とお伝ええしていました。~もともとはその日程で勝手に秋田に行って、ちらっとのぞかせてもらったり、お手伝いしたり、と思っていましたが、先生のご厚意で正式の参加者として加えていただきました~
うちの夫はずっと記録ビデオ係。
私は、2日目の受付をお手伝いしました。

去年の7月に大学の同期のメンバーで小澤先生と一緒に田沢湖一泊旅行しましたが、その時にお世話になった地元の方ともほとんど全員と再会できました。(この25周年大会は地元の方の強力なバックアップのもと実現しています。)去年ももてなしていただきましたが、今回は二回目だったのでもっと打ち解けてたくさんお話できました。きっとまた行こう!

前夜祭の様子から。
300人が参加しての前夜祭はホテルの宴会場2部屋使っての立食パーティー。
全国から集まった学生さんたち(女性が95%)が、久しぶりの先生との再会を喜んでいます。お!これは小澤俊夫ファンミか?!25年も続いているので、受講生同士の再会シーンもあちこちで。

私は受講生じゃないのですが、地元田沢湖の方(皆さん実行委員)にご挨拶したり、先生の弟さんとお話したりしてました。お酒も入って場が温まってきてからは受講生の皆さんとも色々おしゃべり。ほんとに全国から集まってます。

研究会などでグループで来てる方もすぐ仲間に入れてくれるし、一人で来てる方もいて、あまりアウェイ感はありませんでした。やはり昔話を語る人たち、おしゃべり好きですね。ヨカッタ。

前夜祭では、先生の挨拶に続き、先生のお孫さん(小学生)の赤ずきんちゃんの語りあり。可愛かった。後半は、コーラス。初めて聞く賛美歌、ラテン語の歌、そしてほたる来い。コーラス好きの先生なので、ここすごく力入ってました。

夫は仕事の都合で途中から参加。来るなりビデオ係を頼まれてました。ご苦労様。












指揮する先生


コーラスも上手な受講生の皆さん


最後にはなまはげ登場!!


いろんな方とお話して興奮して疲れたので、パーティ後は部屋に戻ってすぐ寝支度。でも先生はロビーでお酒飲んでらしたそうです。通りかかった夫が「何だ、もう寝るのか」って言われたらしい。先生ほんとお元気だわ。






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恩師を囲んで

2016年11月30日 | 恩師
夏の田沢湖旅行にも一緒に行った大学の後輩が先生を囲む会を企画してくれました。

先生の研究所に飲み物食べ物を持参して押しかけ、延々呑み続けるという企画。
昼過ぎから始まり、結局終わったの夜11時ごろ。
先生86歳なのに…無茶ですね。



参加できない秋田の同級生からお酒が届きました。
「阿櫻」と横手ワイン。


ずらりと並んだ酒瓶たち・・・
ちなみにこれ全部空です。
場所の問題もあって10人程度だったのに、こんなに飲むなんて!
このほかにビール多数。




今回は同期だけでなく、後輩もいたのでそれこそ何十年ぶりの再会もあり、楽しい話をいろいろ聞けました。
この日、私は途中で抜けて横浜ヘコンサート聴きに行きました。終演後連絡したらまだまだ佳境という感じだったので、また戻って飲み続けちゃいました。
もうお開きにしようと思って9時前に一旦片付けたのに、それまで座ってにこにこ皆の話を聞いていた先生が、やおら立ち上がり、冷蔵庫から酒瓶をもってきて「まだ酒あるぜ」って。
これは付き合わないわけには!

ほんと、先生お元気だなぁ。

今年は恩師に何度も会う機会があって幸せでした。
2/27 品川でちょっとご挨拶
5/2 博多で飲み会
5/24 吉祥寺で講演会
7/9-10 田沢湖一泊旅行
11/27 囲む会
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田沢湖と乳頭温泉へ 6

2016年07月20日 | 恩師
田沢湖一周

「思い出の潟分校」を出たのが2時頃でしたか。
これから田沢湖を見て、5時の新幹線で帰京の予定です。


田沢湖。
日本で一番深い湖。
自然いっぱいで、景色の美しい湖です。



タツコ像

いきなり異国情緒あふれる像が現れます。
これが今の田沢湖のシンボルのようですが‥昔ばなし研究者の先生からみると、ちょっといただけない像だったようです。「日本の女神は裸身では現れない・・・」

タツコ伝説では、むかしこのあたりにタツコという娘があり、美しくなるには水を飲むとよいと聞き、水を際限なく飲み続けているうちに、龍の姿になってしまった。というもの。





戦前の川の付け替えで水質が酸性になり、魚が住まない湖になってしまったことでも知られていますね。「クニマス」がいなくなった話…
今では水質改良を行い、魚はずいぶん戻ってきたらしいです。ちょっと見では水はとてもきれいで、魚がうようよいました。でも、やはりクニマスは見つからないままだそうです。悲しいですね。

途中雨も降ってきたので、昨日行った山のはちみつ屋さんのカフェでコーヒーブレイク。先生が、その昔新設の学校に頼まれて校歌を作った話などを聞いて盛り上がりました。


メンバーの中にマラソンランナーがいたのでとった写真。田沢湖マラソン。

田沢湖駅へ。



田沢湖は韓国のドラマIRISのロケ地になったそうで、ドラマのヒットを受け、ロケ地巡りする韓国からの観光客がどどーっと押し寄せたそうです。 IRISミュージーアムなんてものまでありました。気合入ってる! 観光案内所もマルチリンガル仕様。












新幹線で、東京へ。
帰りの新幹線の中でも話は尽きないのでした。



オマケ。
東京駅についたあと、これまた同期生が働いている駅前のレストランへ。
濃密な2日間になりました。
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田沢湖と乳頭温泉の旅 5

2016年07月17日 | 恩師
鶴の湯をチェックアウトして向かったのは「思い出の潟(かた)分校」
もともと昭和49年に廃校になった小学校の分校校舎を、10数年前に修復して平成16年から一般公開しているところです。鶴の湯のオーナーさんが私財を投じて修復したそうで、なんとも頭の下がる施設なのです。



行ってみると「本日開校中」の札があります。

ちょうど参院選の投票日ということで、体育館は投票所になっていました。
先生の顔で(?)中を見学させていただきました。木造の体育館は合掌造りです。




体育館の床は放置されていた間にデコボコになったそうで、全面張り替えたそうです。
わかります。わたしも去年のGWに、廃校になった母校の小学校をのぞきに行ったら、体育館の床が反ったりデコボコになったりと無残なのを見てきましたもの。
先生は以前から「昔ばなし大学」などの関係でこの潟分校を利用されているらしく、スタッフの皆さん全員と昔なじみのようにお話されていました。


なんとも懐かしい感じがする廊下。
私も小学校低学年の頃、このような木造校舎を経験してます。


見学料は200円です。
その他、維持のための募金箱も置いてありました。少額ですけどチリンと協力。

そして、ここでは予約をしておくとお昼ごはんが食べられるのです。厨房では地元のお母さんたちが腕をふるってました。厨房に、スタスタ入っていって、おばちゃんたちと賑やかにおしゃべりする先生。おばちゃんたちも先生のことが大好きなのが伝わってきます。いろいろ美味しそうなものがあって期待が高まります。



売店ではいぶりがっこやかき餅、黒にんにくなど手作りのお土産販売中。
しっかり買わせていだきました。



教室には、昭和40年代まで使われていたんだろう木造の机に椅子。



分校なので、1-2年教室、3-4年教室、5-6年教室と、複式学級になっていました。先生も3人くらいだったようです。学校に残されてたんだろうなという教材や、地元の人が、寄贈したんだろうという教科書などいろいろ珍しかったり、懐かしかったり。
戦前の教科書は興味深かった。
音読してみたんですが漢字が難しい。変な読み方すると、今は大学の先生になってる同級生から厳しいチェックが入る。ハハハ。







わらぐつ。ともう一つ奥のものわかりますか?
雪モッコという雪道を固めるものだそうです。

校内見学している間に、最初に見た教室に昼食の用意がされていました。


給食の時間です!


「潟の母さん弁当」


中身は豪華ですよ!山菜もりもり。
おにぎり2種。菜飯おにぎりともう一つは味噌焼きおにぎり。中にお漬物入り!
大ぶりのおつゆのお椀には、「ミズ」が山盛りに入ってます。
また山盛りのいぶりがっこ、蕨のおひたしなどもたっぷり。


枝豆、ゼリー


ミズたたき

食べきれないほどでした。
お腹が苦しくてウンウンうなっているところに、おばちゃんたちがやってきて、持ち帰り用の袋をくれたので、枝豆やらおにぎりやら漬物は頂いて帰ることにしました。

新幹線の中で食べよう~♪

デザートに出していただいた名前忘れたけど、ほんのり甘酸っぱいものは作り方をおそわりました。
 
 米粉 100
 水 1200
 砂糖 150
 酢  40

これを混ぜて火にかけて焦がさないように練る!
冷やして食べると美味しい。


食後はみんなで片づけをして、施設の方々とおしゃべりして、たっぷり潟分校を堪能しました。



外観。大きな木が印象的です。



これから田沢湖一周です。

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FM福岡「小澤俊夫 昔話へのご招待」

2016年07月16日 | 恩師
FM福岡のラジオ番組。過去の放送をネットで聞くことができる。主に昔話のことを話す番組なのだけど、教育者の立場から見た若者の話と親の話をしている回がある。この中の内容に、ハッとしました。

2010年7月30日放送 第52話『教師として見た若者の姿』

2010年8月6日放送 第53話『教師として見た親の姿』

大学生の子供のところに毎日電話をかける親とか、入学式や卒業式に親が出るとかそんな話が出てくる。(先生が大学で教えていたのは15年位前までだから、今とはまた状況違うかもしれないけど)

私が大学進学で家を出て関東で生活した4年間、両親はただの一度も私の下宿に来たことがなかった。学費や仕送りはもらっていたので、もちろん親の庇護の元にあったわけだけど、生活面への親の介入は全くなかった。入学式にも、引越しにも、とにかく一度たりとも来なかった。熊本からの交通費や時間の問題もあったと思うけど、一番の理由は私のことを信頼してくれていたんだろう。

1〜3年までは電話もなかったので、私は手紙で生活の様子を知らせたり、緊急の連絡は、学校に「電話をしろ」の伝言を残してもらって、それが掲示板に貼り出され、公衆電話からかけるという感じだった。

大学生になってすぐ、自分がもう親の管理下にないんだな、と実感したのが、1泊や2泊でどこかに出かけるにも、親に連絡しなくていいということだった。高校生の頃までは、外泊は許されていたけど、どこに誰と泊まるという報告はしていた。それが、大学生になったら、コンパで遅くなって朝帰りしようが、友達と小旅行に出かけようが、親に話す必要なんて全くなく、その分危ないことがあっても助けてもらえないけど、自由を満喫したものだ。一年生の一学期、新宿で高校の同窓会があって終電がなくなり、真夜中の歌舞伎町前でタクシー争奪戦に加わったことなんてきっと今でも親は知らないだろうな。アハハ。

私の18から22歳までの4年間は、自立を学ぶ期間だった。学校の勉強はあまりしなかった。小澤先生が言うところの「三年寝太郎理論」にバッチリと当てはまる。高校生までは、グレることもなく、それなりに優等生っぽく過ごしてきたけれど、大学は違った。思いっきり寝たといえるのだろう。

お金だけ出して、口は出さずに、この環境を与えてくれた両親には本当に感謝している。
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田沢湖と乳頭温泉の旅 4

2016年07月15日 | 恩師
一夜明け。さすがに東北の朝は早い。
山の朝の空気を吸いたいな~なんて思いましたが、「今日もいろいろあるし。もうちょっと体力温存」なんて7時くらいまではごろごろしていました。周りは起き出して、お風呂に行ってるような声が聞こえます。
やっぱり朝風呂は入りたいよね。

浴衣のまま、目指すは混浴露天風呂。
行ってみると、ちょうど我らの連れしか入ってない。
今のうちだ!


お風呂は撮影禁止なので、借りてきた写真です。
広いです。男性は露天風呂はこの一つしかないらしい。女性用はこのほかにも専用のが2つあります。
中央の方の底からポコポコ熱い湯が湧いていて、火傷しそうなくらい。
あたりは明るくなってはいますが、このように白濁しているので気になりません。

先生も加わってみんなで混浴露天風呂を楽しみました。

混浴と言えば、はるか昔一度だけ入った記憶があります。
宿から離れた山の中にあるところで、暗い道を上って行きました。
脱衣所が男女共用だったため、女性が先に脱衣所を使い、そのあと男性が入ってきて、男性が上がった後、女性が上がるという風に工夫して入ったのを覚えています。確か10数人くらいの男女グループだったと思うのですが、誰といったのかが全く覚えていなかったんです。
会社の人たち?
サークル?
長年謎だったのですが、今回判明しました。
同期のUくんが「確か4年生のときに鬼怒川温泉で混浴に入ったよね?」と言いだして、それだ!と分かったのでした。

話を聞くと、どうも4年の秋、卒論の中間発表を使用という名目で、同級生の希望者で温泉に行ったらしいのです。専攻もばらばらな人たちで、それでも真面目に卒論の進み具合などを、一人ずつみんなの前で発表して、「すごく貴重な意見もらったんだよね~」って。

全く覚えてない。
混浴露天風呂のことしか覚えてない・・・・^^;



長年の謎が解けたところで、朝食です。
写真撮り忘れて、友人の写真を借りました。(なのでごはん大盛り!私のではありません)



イワナの佃煮、山の芋のとろろ、そして山菜尽くし。
美味しかった!

隣で食べてた、秋田在住の同級生が「ばーちゃんちの朝ごはんと一緒だ」とボソッと言ってました。
こんなに珍しいものを食べてるんだ。
うらやましい。


朝ごはんのあと、自然発生的に先生のお話を聞くゼミが始まりました。
先生の人生の転機というべき柳田國男先生との出会いの場面の話です。
おもしろかった!!


ほとんど現役時代には先生の講義を聞いてなかった人たち(専攻が違うということも大きい)。
現役時代よりもみな熱心に話を聞いていますね。
この熱心さが若いころにもあったらなぁ・・・・。



朝の本陣。


せっかくなので、部屋の囲炉裏に火を入れてもらいました。
7月ですけど。
またまたみんなが火の周りに集まり、先生のお話を聞きました。
囲炉裏ってものすごく暖かいんですね。
冬にも体験してみたいと思いました。



さて、名残惜しいですが、朝10時にチェックアウトします。
また絶対行きたいです。
乳頭温泉郷、鶴の湯温泉、素晴らしいお宿でした。
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田沢湖と乳頭温泉の旅 3

2016年07月14日 | 恩師
夕食は先生の知り合いの地元の方も参加されるとのことで、宴会場でいただきます。先生が主宰されている「昔ばなし大学」の25周年大会が来年ここ田沢湖で開催されるそうで、その関係の方々です。お酒の差し入れなどもいただきました。御膳に土地の珍しい食べ物が並びます。



山菜など土地のものたくさん。


本来、上座にどなたが座って、とか席順をいろいろ決めるんでしょうけれども、交流を主眼にしようということで、地元の方を我らが取り囲むような席順にしました。私の隣は地元の教育長などなさった方。先生のおかげで、ただ旅行してたら出会えない方とお話することができました。秋田のお国言葉が新鮮!へば!



イワナ




山の芋鍋というのが名物らしく、囲炉裏に吊るした鍋で振る舞っていただきました。


これ美味しい!


イワナの刺し身と秘湯ビール。
秘湯ビールはかなり個性的な濃い味。ブナの酵母で作ってるんだそうです。


いブリ大根いぶり人参、緑色のは「ミズ」という山菜。茎は浅漬にしたり、お浸しにしたり、根の方は細かく切って叩くと粘りが出るそうで「ミズたたき」というものになり、葉は、天ぷらで出てきました。いま季節だそうで、ミズ尽くし。

それと、写真を撮り忘れたのですが、土地の人が「たけのこ」と呼ぶもののフライも出ました。「姫竹」(ネマガリタケ)と言うものでこの辺りの名産。秋田には孟宗竹はあまり育たないそうで、私達が普段「たけのこ」と言ってるものとは違うものです。

今年、クマに襲われた人たちが採っていた「たけのこ」というのはこれのことだそうです。私にとってたけのこは「掘る」ものですが、このたけのこは「とる」ものなんだって。やはりちゃんと聞かないとわからない話ありますね。あのニュース聞いたけのこ掘りを頭に思い浮かべていました。


お酒も秋田のしかもこの辺のお酒がズラリ並びました。
ズシンとしっかりした味で少し甘みもあり、普段好んで飲む新潟の酒とは全然違う個性で美味しかった。
翌日田沢湖のお土産店で「神代」というお酒を買って帰りました。




宴会のあとは、「ホタル鑑賞会」です。

この日程にしたのにはさらに理由があり、この辺りのホタルの出現特異日なんだとか。先生は数年前にたまたまこの日程で鶴の湯を訪れたそうで、その時ホタルを見たんだそうです。

「君たちも見たいだろ?この日が一年で一番ホタルが出るんだそうだよ。この日にしようぜ。」と先生。

蛍スポットまでは車でしばらく走ります。お酒を飲まなかった地元の方に運転していただいて連れて行ってもらいました。
沢の入り口に車を置いて歩いて真っ暗な沢沿いを登ります。先頭は御年86歳の先生です。
え??
地元の人が先頭を歩いてるんだと思ってました。
なんという健脚!

雨で濡れた真っ暗な山道を懐中電灯を手に一列縦隊で歩いていくと、蛍がぽおっぽおっと見え始めました。真っ暗な前方にもわぁっと白く光る滝が現れ、そこが蛍スポットのようです。
雨が多かったので、少し少なめだったのかもしれませんが、一帯に漂う蛍の光。
すごいなあと思ったのは、頭の上はるか遠くを飛ぶホタルです。滝のせいで高いところを飛んでるらしいです。写真は無理なので撮りませんでしたが、その分しっかりと目に焼き付けました。

蛍を堪能したくだり道、「ほらこれが夕食で出てきたミズだよ」と、地元出身の友人が路傍の草をとって見せてくれました。こういう沢のとこならどこにでも生えてるんだ。とのこと。


夜の鶴の湯

蛍を堪能したあとは、宿に戻り本陣の二間続きの「男子部屋」で宴会の続きです。
夕食時に飲み切れなかった日本酒の瓶が並ぶ並ぶ。




それと夕食のデザートのフルーツを持ち込んでの二次会です。

この鶴の湯のオーナーさんもやってきました。
せっかくなので、電気を消して灯油ランプの明かりだけで話をすることに。
そうすると不思議と声のトーンも落ちるんですね。

私は夕食時に飲みすぎたのか、ちょっと眠くなってきて、お酒は飲まず、ひたすら水を飲んでブドウやサクランボを食べていました。先生が請われて昔話などしてくださったんですけど、そのころには舟をこぐ有様。先生がお元気なのに、なんというだらしなさ。

23時を回ったころ、そろそろお開きにしよう。と声がかかり、片づけてそれぞれの部屋へ。真っ暗なので先生をお部屋までお送りして、私たちもすぐ寝ました。お風呂は24時間とのことで、きっとお風呂に行った人もいたんでしょうね。

隣の先生の部屋から、コンコンと咳き込む声など聞こえました。
もっと早くにお開きにするべきだったかな‥‥
などと思ううち、眠っていました。


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