昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

エッセイ(46)生きることの厳しさ

2011-03-30 05:36:06 | エッセイ
 大震災の影響で小学校の囲碁教室、童話教室、麻雀大会などが中止となり、このところ空いた日は歯医者通いをしている。
 歯だけは丈夫だと自負していて、梅干のタネを割るのを得意にしているほどだったのに。
 20年ほど前、それが原因で下の前歯を欠かした後も性懲りもなく固いものを噛み続けて上の前歯を二本欠かし、あまり上手でないと評判の近所の歯医者でブリッジ方式と差し歯方式で治してもらった。
 すぐ差し歯のほうが取れてしまったが、住まいが移転して遠くなってしまったのでそのままにしていた。

 そのうち、昔会社の近く新橋の歯医者で処置した下の歯もやはり取れてしまったが放置していた。
 時々痛くなることもあったが、キシリトールガムと朝晩の歯磨きで対処できると歯医者へ行くことはなかった。

 ところが、ひと月前、下の欠けた部分が猛烈に痛んだ。夜寝ることもできないほどだった。しかたなく近所の新しい歯医者へ出かけた。
 以前の歯医者と違って、若く精悍な先生だった。
 テレビ付きの最新鋭の治療台が3台、女性の看護師をふたり従えフル回転だ。
「ひどいですね。虫歯がいっぱいあるし、歯茎は抉れてガタガタですよ。それに何ですかこの入れ歯は。外したことはないんですか?」
 ぼくの歯を見るなり先生は言った。




「外すなんて指導はなかったので・・・」
 ブリッジの入れ歯は毎日外して洗わなければならなかったのだ。
 道理で家内が臭いと言っていたわけだ。

 というわけで毎日、ガリガリ、ギーッ、と道路工事のような処置が続いている。
 先生は3台の治療台の患者を順繰りに処置するのでしばしば放置されるが、ビデオを見ていれば退屈しない。
 最初、<アバター>をやっていた。
 昨日は<イエローストーンの冬>だった。
 零下40度の極寒に生きる動物たちの物語だ。
 あのでかいバイソンも吹雪の中、雪の中に埋もれたわずかな植物を求めて歩き回る。
 
 そしてこれ以上耐えられないというところで待ち望んだ春が訪れるという繰り返しだ。

 1匹の狐が雪原を食べ物を捜し求めてさまよい歩いている。

 雪の下に潜んでいるネズミを探しているのだ。
 かすかな音が聞こえる。鋭い耳をそばだてて雪の下をうかがう。
 いた! 背を丸めて跳躍すると鼻先から雪の中に突っ込む。空振りだ。
 何回も繰り返す。どうしても見つけなければならない。でないと間違いなく死が待っている。
 何かくわえた。魚だ。誇らしげに口にくわえている。
 遠くから3匹のかわうそがこの光景を恨めしげに眺めている。
 彼らが保存用に隠したものなのだ。
 何と生きることの厳しいことよ。

 この大震災で何千羽という鶏がやせ細って死んだというニュースがあった。

 おそらくこの大震災によって、人間に囲われた柵の中でなす術もなく死んでいく牛や豚もいるのだろう。
 生きるための無情に胸塞がる思いだ。

 <天然伝説>から、きょうもひとつ。

 ボクシングの<ガッツ石松>さん。

 池のふちのたて看板に「鯉のエサ100円」と書いてある。
「おっ、珍しいね。鯉が100円玉を食べるなんて」と言ってガッツさんは次々と100円玉を池に放り込んだ。
 
 
 

 


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