昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

小説「レロレロ姫の警告」改定版(5)誕生(1)

2018-01-08 06:49:12 | 小説「レロレロ姫の警告」改定版
 あの子が生まれたのは、東京の西北に位置する五日街道沿いの産婦人科病院だった。
 今から10年前の3月11日、風が時々強く吹いて病院の裏手の竹藪がざわざわと音を立てている、春まだ浅くうすら寒い日だった。
 
 
「もうすぐ生まれそうよ・・・」
 前日、夜遅く、おばあさんから連絡を受けたおじいさんは車で病院へ向かった。
 正面玄関は閉じられていたので裏門に回った。
 呼び鈴が目に入った。
 
 下に「御用の方はこのボタンを押してください」というメモが貼ってあった。
 押し続けるが応答がない。
 腕時計を見ると10時をまわっている。

 とつぜん、「ハイ・・・」という太い声が目の前の箱の網目から飛び出してきた。
「孫が生まれるということで・・・」
 おじいさんは訪問の目的を告げた。
「あっ、石田さんとこのね・・・」
 しばらくするとドアが押し開けられて中年の男が眠そうな顔を覗かせた。
「そこの階段を上がると、待合の席があるからそこで呼ばれるまでお待ちください」
 それだけ言うと、もう自分の用は終わったとばかり、右手の奥へその男は背中を見せてさっさと消えていった。

 二階に上がると、しーんと静まり返った廊下の片隅のベンチにおばあさんがひとりぽつんと座っていた。
「一時間以上待っているのにまだ生まれないのよ・・・」
 おばあさんの声には疲労がにじんでいた。
 おじいさんはそっとおばあさんの横に座った。

 「おかしいのよ。看護婦さんが何回も出たり入ったりしていて、もう生まれてもいい頃なのに・・・」
 「・・・」
「出てきたくないのかねなんて言ってるの。ちょっと心配ね・・・」
「じゃあ、また改めて、なんてことになるんじゃないのかな。明日とか・・・」
 おじいさんがおばあさんの不安を打ち消すように言った言葉が天井に低くひびいた。
「そんなわけないわよ。さっき男の先生が入って行ったからもうすぐかもよ・・・」
 おばあさんが口を尖らせた。

 それからまた一時間以上が経過した。
 もう二人には新しい命の誕生を待ち望む気持ちも消え失せようとしていた時だった。
 分娩室の中からあわただしい物音が聞こえてきた。
 
「いよいよよ!」
 おばあさんが腰を浮かせた。
 おじいさんも一緒に分娩室のドアの前にたたずんだ。
「ミャー、ミャー」
 かすかな泣き声が聞こえた。
「生まれたみたい・・・」
 ふたりは顔を見合わせた。

 それから何分かいらいらさせる時間が経過したが、とつぜんドアがさっと開いて、ミニガウンの若い女性の看護師さんが出て来た。
「おかあさん似かしら・・・。鼻筋の通ったかわいい女の子ですよ。母子ともにご健全です。どうぞお入りください・・・」
 なるほど、ママに抱かれたあかちゃんは、口もともかわいく、目も切れ長で、頭髪も黒々としている。
 
「いやあ、へその緒をつけてころっと出て来たときは感動して思わず涙が出ました」
 最初いやがっていたのに看護師さんの強引な勧めで出産に立ち会ったという、からだの大きなパパがそんなに大きくない目をいっぱいに見開いて顔を赤くしている。
 
「よかったね、よかったね・・・」
 おばあさんとパパが手を取り合わんばかりに興奮している。
 何十億何千万人目の新しい命が誕生したのだ。
「おめでたいことだ。これで日本も安泰じゃ・・・」
 日ごろ少子化を憂いているおじいさんが腕を腰に当てて、からだを反らせて言った。
「何それ! おとうさん、・・・もうおじいちゃんか・・・。おじいちゃんは大げさなんだから」
 ベッドの上で新しい命を抱いたママが顔をほころばせてあかちゃんに語りかけている。

「でもね、ちょっと泣き声がか弱いんだよね・・・」
 みんなの興奮が収まったところでパパがちょっと心配そうな言い方をした。
「だって、長いこと頑張ったから疲れちゃったんだよね・・・」
 おばあさんがあかちゃんの顔に覆いかぶさるようにして言った。

 ─続く─  
  
 昨日は三鷹三田会の幹事会でした。
 
 事前に東工大生の<早慶戦>に関する卒論のためのインタビューを受けたということで、その時銀座での祝賀パレードに使用した貴重な提灯をご披露頂きました。
 なお、朝日新聞の<みちものがたり>ランキングで日吉キャンパスの銀杏並木が第一位に輝いてことを、A.Tさんからお聞きしましたのでこれもここにご披露申し上げます。
 




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