昭和のマロ

昭和に生きた世代の経験談、最近の世相への感想などを綴る。

三鷹通信(221)第25回読書ミーティング(3)

2017-10-24 04:59:05 | 三鷹通信
 「カズオ・イシグロの作品」(2)

 2005年世界のベストセラーになった代表作「わたしを離さないで」
 
 自他ともに認める優秀な介護人キャシーは、提供者と呼ばれる人々を世話している。
 彼女の育ったヘールシャムの仲間も提供者だ。
 共に青春の日々を送り、かたい絆で結ばれた親友のルースとトミーも彼女が介護した。
 図画工作に極端に力を入れた授業、毎週の健康診断、保護官と呼ばれる教師たちの不思議な態度。
 そしてキャシーと愛する人々がたどった数奇で皮肉な運命。
 彼女の回想はヘールシャムの驚くべき真実を明かしていく。       
 英米で絶賛の嵐を巻き起こし、代表作「日の名残り」を凌駕すると評されたイシグロ文学の最高到達点。

 
 田園の中にひっそりとたたずむこの施設・学校で3人は育った。
 何故この学校にいるかも知らず・・・。
 「本校の生徒は特別です!」
 「あなたたちの人生は決められています!」
 「ある(目的)のために生まれたのです!」
 その運命は見知らぬ誰かのために自らの臓器を提供すること。
 摘出手術が終われば死ぬだけのクローンなのだ。
 18歳になって、彼らは恋に落ちる。
 それが本物の恋ならば、わずかな間だが外出する特別許可が下りる。
 その結末は・・・。
「あなたたちに心があるなんて・・・」

 世界と繋がっているという幻想に隠された深淵を、偉大な感情力で明るみにしたイシグロの一連の小説を体現する代表作。

 生物学者、福岡伸一氏がこの作品に関して興味深い解説をされているので紹介します。
「ここでは生命操作の問題を取り上げているが、近代科学のことを批判することではなく、他のイシグロの作品と同様、ここで扱われるのは<記憶>の問題です」
「アイデンティティとして私たちを支え、私を私たらしめているのは<記憶>だとはいえないでしょうか」
 
「もちろん<記憶>も時間とともに変化します。私たちの体が最終的にはエントロピー増大の法則に屈し、崩壊せざるを得ないように<記憶>も儚いものです。そのつど更新され、変容していきます。けれど、人が亡くなったとき、その<記憶>はちりじりになって別の人々の<記憶>のなかに宿り、時を超えて生き続けていくことができる・・・」
「その不確かさにもかかわらず、ときには何にも増してそれが人を支えるということを、イシグロは巧みに物語にしてみせるのです」

 福岡氏は日本でイシグロ氏と面会したことがあるそうです。
「<記憶>を問う私に、イシグロ氏はこの小説を執筆中にジョージ・ガーシュインの曲を思い出したことぉ話してくれました」
 
 ・・・誰もそれを私から奪い去ることはできない・・・
「そうしてこう言ったのです。<記憶>は、<死>に対する部分的な勝利なのです」と。

 
 ─続く─