マル鉄・鉄道写真館

鉄道・バス・航空機・はたらくクルマなど、乗り物全般の歴史をご紹介しています。

JR貨物:EF651122

2021-04-14 07:47:00 | 国鉄・JR電気機関車(直流)
JR貨物:EF651122


EF65PFシリーズで、今回はJR貨物のEF651122です。


1122号機は、PFの最終グループに属するカマで、昭和54年5月9日に落成しています。
登場当初は下関運転所に配置され、主に山陽方面でブルトレの牽引などに充当され活躍していましたが、JR西日本に継承後、平成13年6月13日に廃車されています。

しかし、まだ車齢も若かったことから、同年8月1日付で車籍が復活となり、JR貨物で使用されることになりました。当初は高崎機関区に配置されたようですが、その後岡山機関区に配置となり、さらにEF65が新鶴見機関区に集中配置された際、同区への配置となっていました。


国鉄時代から変わらぬオリジナル塗装で活躍し、JR貨物所属となってからは青プレートに変更されたものの、変わらぬ外観で人気もありました。

なかなか地元で見るのが難しかったカマですが、新鶴見に配置となってからは狙う機会が多くなりました。



平成23年5月28日 単3055レ



平成23年6月12日 4094レ



平成23年6月18日 2082レ



平成23年12月24日 3071レ

その後遅れて合流した僚機のEF651121とまた同じ職場で同じスタイルで活躍をしていましたが、PFの2000番代化に伴い1121号機は2121号機と改番されたものの、1122号機は改番されることなく、新型電機の増備とともに運用から外れてしまいました。



平成24年2月11日 東所沢~新座間にて 8472レ

最後の撮影となった1122号機。
廃車が平成23年度中ということですので、この写真を撮って間もなく運用から外れ、廃車になってしまったようです。
記録を辿ると、同機の写真を撮ることができたのは、わずか1年弱の間だけでした。


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JR東日本:EF651106

2021-04-10 19:20:00 | 国鉄・JR電気機関車(直流)
JR東日本EF651106



国鉄時代に誕生してJR東日本へ継承されたEF651106。
JRになってからも永らく活躍していましたが、客車運用の減少や首都圏における貨物列車牽引からの撤退により、平成27年に廃車になってしまいました。

ホキ800によるバラスト輸送もいよいよキヤ化され、EF65PFの活躍もいよいよ終焉が迫ってきたようです。
今回、地元を走るホキ配の中に1106号機があったため、他に撮影した写真をすべてアーカイブしてしまおうと拾ったところ、たった3枚の写真しかありませんでした。



平成23年8月13日 蕨駅付近にて ????レ 単機



平成23年9月14日 蕨駅付近にて 配8936レ



平成24年8月25日 大宮駅にて ????レ 単機

ホキ配の写真はたった1枚だけ。他に撮ったものも単機回送が2枚と、大変寂しいものでした。
1106号機は、平成27年9月7日、秋田へ向け帰らぬ旅路へ発ちました。


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貨車入換用「動車てこ」

2021-04-08 01:52:00 | 駅・停車場・操車場
貨車入換用「動車てこ」


今回は、本館からのリバイバル記事となります。


「動車てこ」ってご存知でしょうか?
鉄道マニアでも、おそらくはご存じない方が殆どだと思います。


通常、構内での貨車の入換は必ず動力を用いますので、切り離したり連結をするのに人間が押して動かす必要はありません。
しかし、動力車を持たない駅や何らかの都合で動力車を使えない場合でも、なんとか貨車を動かさなければならないこともあります。


私が勤務していた大宮操車場。ハンプ入換も基本的には動力車で坂を押し上げ、下り坂を転がってくる勢いで連結が行われますので、原則は人が貨車を押すことはありません。
しかし、当て込みを行った際に失敗すると、当てられた貨車だけ勢い良く前に飛び出し、当てた貨車が「ピタッ!」っとその場に止まってしまうことが良くあります。
この場合、次にまた当て込む貨車がくればそれに頼ることもできますが、入換がここで終わってしまうと、機関車はとっとと逃げてしまいますので、人間がなんとかしなくてはいけません。





ただの棒のようですが、これが「動車てこ」です。

空車の2軸貨車や緩急車くらいなら、1人の職員が力を入れれば動くことさえありますし、ホキ2200や空車のコキ50000などは走り装置が非常に滑らかなので、ブレーキを外しただけで勝手に動くことさえあります。
ただし、動きの悪い2軸貨車など、貨物を積載していたら、人力ではまず動きません。
ここで登場するのが「動車てこ」です。

要は、てこの原理により、貨車を持ち上げるように横にずらして動きに変え、動き出したら人間が押して勢いを付けるということですね。
これを図にするとこんな感じです。




寸法とかの感覚を忘れてしまったのですが、大体、長さが1.5m~1.8mくらいだったように思います。
支点から作用点までの長さも、大体5cmくらいしかなかったと思います。ですから、50kgの力で力点を押せば、30倍以上の力で横にずらす力が生まれると言うことですね。

これによって、軽いものや走り装置が良い貨車ならば、3両でも1度に動かすことが出来ます。また、何両も止めてしまったときは、1両を逆方向に移動させてからまた元の方向へと動かし、当て込みを行うことで全体を動かす、というようなテクニックもありました。


そうは言っても、あくまでも付け焼刃な道具でありますので、例えば走り装置が良くない50t級のタンク車など、1両でも動かせないことがあります。「動車てこ」を車輪と線路に差したまま、全体重を掛けたら身体が持ち上がったまま・・・なんて無様な経験もありましたね(笑)。

操車場内では、そこら中にこの「動車てこ」が転がっていました。また、ブレーキパットが車輪に密着してしまった場合にも、このてこを使って叩いたりもしましたね。

今では動力車入換が原則となってしまいましたので、このような道具消滅してしまったでしょうか?もしかしたら、不連結の際の応急用として、操車場にまだ存在しているかもしれませんね。


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私有貨車 タキ6550形:タキ6560(日本ゼオン株式会社)

2021-04-05 06:58:00 | 貨車
私有貨車 タキ6550形:タキ6560(日本ゼオン株式会社)


大宮操車場勤務時代に撮影した写真でずっと気になっていたものがあります。

タンク車でありながら奇妙なデザインで、ちょっとコワい印象を持っていました。その風体から大柄な感じにも見えて、ちょっと近寄りがたいような。
いつも単車で運用されており、ほぼ毎日見ていたような気がします。もちろん、添乗したこともあります。



昭和59年1月? 大宮操車場 上りハンプにて

たまたま積雪の光景を撮った写真の中に写っていたタンク車の写真です。
非常にインパクトの強い貨車でしたが、小さめに写っているためナンバーが読み取れず、その実態が判らないままでした。拡大画像から見えるナンバーの印象から何度が調査し、今回、形式が初めて掴めました。

ヒントとなったのは微かに見える会社名。聞き覚えのある「日本ゼオン株式会社」。
ここからの方が意外と見つかるのが早かったですね。

形式は、タキ6550を名乗ります。塩化ビニール専用の30t積みで、日本ゼオン株式会社のみが所有し、常備は富山県の能町駅だったそうです。
昭和42年に8両が製造されたそうですが、その先がちょっと厄介で、ホキ5600形から3両、ホキ6000形から2両が改造により増備されたらしいです。

で、写真を拡大してナンバーの印象を推測すると、どうも6560っぽいな、ということになります。
タキ6560は、オリジナルのタキ6550形の8両ではなく、昭和43年に改造によりホキ5600形から編入された3両のうちの1両ということになりそうです。

ちなみに、このホキ5600が同類の貨車なのかと思いましたが、画像を検索してみるとまったく似つかない奇妙なスタイルの貨車でした。大規模な改造により編入されたようですね。
写真では足元から向こうが見えるため、スポーク車輪を装着しているのが判ります。種車は昭和36年くらいみたいなので、そのまま使用されていたようです。


今回の調査でほぼ全容が掴めたようで、安心してアーカイブできました。


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国鉄 チキ6000:チキ6132(佐久間レールパーク)

2021-04-03 18:09:00 | 貨車
国鉄 チキ6000:チキ6132(佐久間レールパーク)


前記事でチキ6000形をご紹介いたしましたが、もう一つチキ6000の写真がありました。

かつて保存車両を集めて展示していた、飯田線中部天竜駅構内に設置された「佐久間レールパーク」。
ここに操重車ソ180が保存されており、伴車としてチキ6132が手をつないで展示されていました。


※撮影は、平成21年8月22日 佐久間レールパークにて。



ソ180+チキ6132

チキ6000などの平板貨車は、主にレール輸送に使用されていますが、その昔はバスなどの大型自動車の運搬などにも使用されており、自衛隊車両の運搬は花形運用と言っていも良いかもしれません。
それ以外にも、工場からの大型部品等の運搬や、この操重車の伴車などにも使用されることがあり、これらの車両はボディが白く塗装されていることが多かったようです。特に、操重車はクレーンアームが長く、車両を吊り上げるために使用する大型の機材も必要となるため、車体長があるチキが必然となっていました。


私も大宮操車場勤務時代はチキに良く添乗しました。
写真手前に見えますが、チキはその使用目的からハンドブレーキが設置できないため側ブレーキとなっており(チキ6000は改造による)、添乗のための手すりは昇降式で下に落としてフラットにできるようになっています。添乗姿勢が非常に不安定になってしまうため、長い時間添乗すると非常に疲れる、あまり乗りたくない車両でした。

※追記
何度も添乗したことがあったチキですが、殆どは空車でした。
一番印象が強かったのが、キャタピラ付きの車体にカバーの掛かったチキが1両でハンプ山から落ちてきたことがあります。夜間だったのでなんの重機だろうと思って良く見たら、どうも重機にしてはゴツイな、と思いました。それは戦車でした。砲身が外してあったので、暗さもあって気付きにくかったのでしょう。今のようにデジカメがあったら、間違いなく事務所に戻ってカメラを持ってきたと思います。


ソ180を含めて鉄道遺産としては貴重な存在ですが、その大きさが災いとなってしまったか、リニア館に収蔵されることなく、佐久間レールパークの閉館と共に解体されてしまったようで、非常に残念です。


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