マル鉄・鉄道写真館

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ED75牽引貨物列車:東北本線(国鉄~JR)

2018-01-02 02:01:00 | 国鉄・JR電気機関車(交流・交直流)
ED75牽引貨物列車:東北本線(国鉄~JR)


平成30年1月2日、東北本線黒磯駅における交直流切替が地上方式から車上方式に切り替わるということです。
母親の田舎が南東北である私からすれば、毎年2~3度は通う東北本線で、黒磯駅と言えば関所のような存在でした。これは、普通列車の乗り換えばかりではなく、必ず停車する急行列車でも、通過となる特急列車にしても駅又は駅構内で受ける儀式であり、このことは幼少の頃から身体に叩き込まれてきたものでした。

そんな歴史が今、全国で一般的な駅間による車上切替方式へと移行され、車内灯が消え静寂を味わい、パンタの上げ下ろしと同時に電気が点灯してコンプレッサがフル回転して唸るような体験を味わうことができなくなってしまいました。

そんな一時代の終わりを記念し、東北本線において全盛期を活躍したED75牽引の列車をアーカイブしておこうと思います。
今回は、ED75が牽引する貨物列車に及び黒磯駅に係るものとし、走行区間については東北本線全線としました。



昭和58年10月5日 黒磯駅にて ED7583他重連牽引 上り貨物

まずは国鉄時代。黒磯駅5番線脇の上り側線に停車中のED75重連牽引の貨物列車。
当時だと、EF15かEF60、或いはEF65へのバトンタッチとなるシーンです。
本来なら出発待機は直流機が連結されていますが、到着してすぐに撮影したものかもしれません。



昭和58年10月5日 黒磯駅にて ED7578

これも同日に黒磯駅で撮影した78号機。
おそらく、上の写真の側線のさらに隣の留置線で留置中の78号機と思われます。
本来、交流機の留置場所は仙台寄りにあり、ここに交流機を留置しているところはあまり見たことが無いような気がします。
所属札が「長」になっており、当時の長町機関区所属を表しているのも懐かしい。



昭和59年10月14日 矢吹~泉崎間にて ED7516他重連牽引 高速貨物列車

59・2の貨物大合理化後に撮影したものですが、先頭は若番の16号機であり、運良く即廃車を免れたカマでしょうか?
後に連なるはコキ50000を中心とした高速貨物列車で、車掌車連結廃止前ということもあり、コキフ50000が連結されています。



昭和59年10月14日 矢吹~泉崎間にて ED75704牽引 ワム貨物列車

こちらも同日に撮影したもの。
本来なら奥羽本線や羽越本線でしか見ることのできなかった700番代が牽引しています。
59・2大合理化で初期車を大量に整理したため、車齢の若い700番代も広域で異動したようです。
後まで写っていないので詳細は分かりませんが、ワム80000ばかり組成されていますので、紙輸送の列車かもしれません。



昭和62年8月 撮影場所不詳(多分渋民辺り) ED75143他重連牽引 コンテナ列車

こちらはJR化間もない頃に撮影した写真で、かなり北部になります。
列車は短編成ながら重連牽引となっており、先頭の143号機にはJRマークが貼ってあります。殆どのカマはJR移行時にステッカーが貼られたと思っていたのですが、次位の機関車(カマ番不明)には貼られていないようです。
編成の中間にはコキフ50000が連結されていますが、既に一部の長距離列車?を除いて列車掛の乗務は廃止されており、しばらくの間はコキ代用として使用されていたようです。



平成2年7月1日 矢吹~泉崎間にて ED75120牽引 車扱い貨物列車

再び南部地域での撮影。
ワムとタンク車が連結された短編成の車扱い貨物列車のようです。
JR化直後はまだ車扱いの特殊なタンク車を使用した列車が多数設定されていましたが、徐々にトラック輸送への切替が進み、今では石油類やごく一部を除いて殆どが廃止又はコンテナ輸送へと切り替えられてしまいました。



平成2年7月1日 高久~黒磯間にて ED75143牽引 コンテナ貨物列車

さらに南下して高久駅に近いところ。
今の輸送と同じようなスタイルですが、この列車にはまだコキフが連結されているようです。
長距離の直行コンテナ列車では、少しの間だけ車掌業務が残っていたような話を聞いたことがあります。



平成23年7月8日 須賀川~安積永盛間にて ED751029牽引 コンテナ貨物列車

こちらは今と全く同じようなスタイルのコンテナ列車です。
1000番代を使用していますが既にP型の役割は終わっていますので、一般型と700番代共通であったと思います。
それでもまだEH500は製造数が少なく、ED75が主力の時代でした。


EH500が台頭するまでは殆どの列車が黒磯駅で機関車交換を行い、EH500へ完全に移行された後もEH500の走行距離を抑えるため交換作業を残していました。
しかし、津軽海峡線における運用をEH800に移行したことによりその調整も解除され、EH500のスルー運転化が可能に。
今回の切替方式の移行もこのことによって実現できたものと思われます。