マル鉄・鉄道写真館

鉄道・バス・航空機・はたらくクルマなど、乗り物全般の歴史をご紹介しています。

【続】根室本線 混合列車:混441レ&混444レ

2021-07-07 23:16:00 | 国鉄・JR普通列車
【続】根室本線 混合列車:混441レ&混444レ

過去ログ『根室本線 混合列車:混441レ&混444レ』でご紹介いたしました根室本線の混合列車について、その興味から調査を引き続き行っており、いくつか分かったこと、前記事で記述していなかったことがありました。
そして、金町のHさんよりSL牽引時代の貴重な同列車の写真を沢山提供していただきましたので、その写真も交えてご紹介させていただこうと思います。



交通公社時刻表 昭和54年4月号より拝借

前記事では画像の容量の関係で掲載できなかった上りの時刻表を最小限の大きさで切り取ってみました。
下りの441レが到着後、程なくして直ぐに折り返しの混合列車となります。この上り444レについては、「北海ライナー」の結合前であるコキ10000を2両連結している写真を多く見受けることができました。


資料によると、上りの「北海ライナー」は、根室から釧路・帯広と編成を増やし、札幌タから高速貨物として隅田川を目指していたようですが、下りについては運転区間が隅田川~札幌タ間となっています。当然、上りの運用に就く車両を送り込まなければならない訳ですが、その送り込みがどのような設定になっていたのかが見えません。


根室本線の釧路~根室間については、客車運用が1往復の混合列車のみとなっており、他は急行列車も普通列車も気動車のみ。
さらに、貨物列車も2往復くらいは設定されていたようで、SL時代からの貨物列車の写真が見受けられます。
実は、直近で441レにコキ10000を連結していたという写真をようやく見つけたのですが、改めて見返してみましたら、編成順序から記述が誤っていることが判りガッカリしました。結局、送り込みは貨物列車で行われていた可能性が高いように思います。


今回の記事については混合列車としてご紹介させていただきましたが、何故1往復だけ客車列車による普通列車があったのか?と考えれば、やはり郵便及び荷物輸送のため、と考えるのが妥当かと思われます。
ちなみに、資料からの受け売りですが、この混合列車に連結される郵便車と荷物車は、いずれも急行「ニセコ」より継承して函館から根室までやってくるものですが、郵便車は急行「八甲田」に連結されて隅田川から、荷物車は急行荷物列車で隅田川から遥々やってくるものだそうです。ただ、上りについては急行「ニセコ」にマニが連結されないことから、他の荷物列車などで函館・隅田川を目指したものと思われます。




金町のHさんから提供を受けた画像から1枚だけご紹介いたします。
編成順序から上りの混444レのようで、最後尾にコキ10000が1両だけフルコンで連結されています。
しかも冷蔵コンテナが積載されており、高速冷蔵輸送創生期に新時代の「冷蔵コンテナ」を思いっきりPRしているようなデザインが、時代を感じさせます。


今回は文面が多くなり過ぎましたので、次回に貴重な写真をまとめてご紹介させていただこうと思います。とにかく、時代が時代なので、連結されているものが希少過ぎ!ちょっと時間をいただきます。


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根室本線 混合列車:混441レ&混444レ

2021-06-23 08:43:00 | 国鉄・JR普通列車
根室本線 混合列車:混441レ&混444レ


今回は写真ネタではないのですが、ちょっと身近で話題になっている時刻表ネタからご紹介します。


過去ログ『国鉄 釧網本線:混合列車&客車列車』において、北海道の混合列車をご紹介したことがありました。
資料によると、SL時代にはこの釧網本線だけではなく、石北本線や宗谷本線なども含め、北海道の幹線では至る所で設定されていたようです。
私が初めて北海道に行った昭和50年代半ばにおいても、根室本線では混合列車が走っていたようなんですが、当時はそのような情報を知る由もなく、非常に勿体ないことをしてしまいました。


今回話題になったのは、その根室本線の釧路~根室間に設定されていた客車列車。これがあまりにもすごい列車なので、写真が無いのが非常に心苦しいのですが、記事にしてみたいと思いました。



交通公社時刻表 昭和54年4月号より拝借

切り取りの関係で見えなくなっていますが、札幌~釧路間を走っていた夜行急行「狩勝」(のちの「まりも」)から、終点の釧路で接続するように、客車列車の441列車根室行きが設定されていました。
時刻表からはその接続を確認するだけに留まってしまわざる得ないのですが、実はこの列車が非常にクセものだったというお話。


この列車、他の方の記述によれば、旧型客車2両に郵便車1・荷物車1を合わせた4両編成が基本となっていたようです。しかも、その編成は、急行「狩勝」から寝台車をすべて外したものがそのまま根室に行くらしく、言い換えれば根室行きの急行「狩勝」と言ってもおかしくないわけです。ただ、旅行客はその1本前に急行「ノサップ」が接続していますので、旅行客は何もこの遅い列車を選択することはないでしょう。実際に、この列車は途中通学客でかなり乗車率が良かったようです。

そしてこの郵便車+荷物車ですが、隅田川から青函連絡船に乗り遥々とやって来た長距離ランナーで、急行「ニセコ」から引き続き「狩勝」となり、441レとなって根室まで来ていたというのだから凄いですね。

さらにもう一つ、最大のサプライズはこの列車に「北海ライナー」のコキ10000が2両連結されていたということ。ただし、441レの記録があるのか、上りの444レだけだったのか、この辺りは調べきれませんでした。


100km/hの高速で走ることのできるコキ10000が、最果ての地で混合列車となって根室までやって来ていたというのは想像できませんでした。北海道に何回も通っていながら実物を見ることができなかったのが非常に残念でなりません。


まあ、過去のことを今更悔やんでも仕方がないので、こんな良いネタをどうしたいか?と考えた時、真っ先に模型で再現できるじゃないか!となる訳ですね。
実編成の写真を色々と見てみたいと思うのですが、この根室本線の混合列車に関してはあまりHITしないんですね。コキ10000は連結されていても2両だそうですので、もうちょっと貨車を足しても有効長に収まりそうな感じです。
北海道らしさということであれば、レム5000やトラ、石油系のタキとかでも良いかもしれません。

なかなかレアモノだったんですね。


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東北本線 上野発:旧客普通列車3兄弟(上り編)

2021-02-25 08:06:00 | 国鉄・JR普通列車
東北本線 上野発:旧客普通列車3兄弟(上り編)


東北本線 上野発:旧客普通列車3兄弟(下り編)に続き、上り列車編をまとめました。

下り列車は、早朝・昼間・夕方に121レ・123レ・125レと規則的に分かり易い設定になっているのですが、上り列車は非常に厄介でした。まだ小中学生の頃でしたので、当時は時刻表を見ても全く理解できませんでしたね。

今回、時刻表や他の方の記事等を見て、やっと骨子が掴めた状態です。
ただ、昔の客車運用は、同じく気動車急行の運用と同様に、東北地域内における非常に複雑な運用を伴っているため、全貌までを掴むまでには至りませんので、その点はご勘弁ください。


※時刻表は、交通公社時刻表 昭和50年7月号から拝借しました。




まずは福島6:36発の上野行き122列車です。

列車番号が下り列車と対になっているため、分かり易い列車です。この列車には何回か乗ったことがあります。
編成は下り列車に準じますが、この列車には機関車次位(上野方荷物車のさらに機関車寄り)に回送車2両が連結されています。私が実際に見たものでは、スハフ32の確率が高かったように思います。この車両には客室に鍵が掛かっている時と掛かっていない時があり、中に入れれば貸切を味わうことができました。

この回送車ですが、残念ながらどこから連結されているのかは知りません。おそらく、翌朝の121列車の白河回転車になるのではないかと思われます。

※一番右端にある124レを覚えておいて下さい。後程出てきます。



昭和52年3月21日 栗橋駅にて 122レ

確か、有名な利根川橋梁に初めて写真を撮りに行った帰りに撮ったように記憶しています。日付はもしかしたら誤っているかもしれません。

唯一保存されているEF577が牽引しており、機関車の次位が荷物車ではないことが判ります。その状況もこの時に初めて知りました。

昼間の良い時間帯ながら、地元では本当に撮ったことのない列車でした。
それにしても、宇都宮の停車が48分間も。一体何をしているんでしょうか?




黒磯19:18発に2126列車というのがあります。
列車番号が4ケタなので分かりづらいですが、126レで区間が黒磯発となっているため2000番台を名乗っているものと思われます。
黒磯までこの列車に充当されそうな列車が見当たらず、時刻表からは推測できませんでした。

東北本線の最終上り列車は大宮止まりとなっているため、同列車が上野着の最終列車となっています。
おそらくはこの列車が翌日の125レになるものと思われますが、こんな時間のため実列車は見たこともありません。


ここで、通常の時刻表では上りの客車列車は2本しか見えず、謎を解くことは難しいのですが、夏号にだけこの謎を解くカギがあります。




宇都宮14:08発に48列車という荷物列車の番号を名乗る列車が上野行きとして設定されています。
これは多客期のみに設定される快速のような客車列車ですが、実は最初の時刻表に載っている124列車からの続きになっています。つまり、普段は仙台発上野行きの列車を宇都宮~上野間の客扱い無しとして運転されているものを、多客期のみ停車駅を設定して客扱いをしていたようなのです。
なぜ荷物列車の番号としているのか?実は、青森~隅田川間に48列車という急行荷物列車が設定されているのですが、同列車が仙台から38列車と名前を変えてしまっています。走行時間帯もこの客車列車の48列車はかなりズレていますし、そもそも上野行きと隅田川行きを併結させることも不可能なことから、何故このような設定になっているのかは全く謎です。

時刻表では黒ずんで分かりにくくなってしまいましたが、宇都宮で20分の停車中に、後続の黒磯発大宮行き普通列車に抜かれてしまいます。せっかくの快速運転による延長ですが、後続の列車の方が早く目的地に着いてしまいますので、どれほど意味があったのかはちょっと疑問です。



昭和52年8月 EF58103牽引 48レ


昭和53年10月頃? EF58牽引 48レ

客車が短編成で、しかも郵便車が連結されているという滑稽な編成で、何者か良く分かりませんでした。過去ログ『EF58牽引:謎な客車列車』でも謎の列車としてご紹介したものですが、今回様々な検証をしてようやく何者かが掴めました。
上のスハニ64と思われる車両を連結しているのは、検査等の回送を連結しているものと思われます。
結局、この列車が一ノ関行き123列車の対になる列車であることが判明し、その目的が郵便輸送のためであることも明確となりました。


今回の調査で、昔は知り得なかった概要を概ね掴むことができました。
しかし、123列車の仙台回転車がどの列車で戻って来るのかまでは判明しなかったことだけがちょっと残念です。


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東北本線 上野発:旧客普通列車3兄弟(下り編)

2021-02-13 17:22:00 | 国鉄・JR普通列車
東北本線 上野発:旧客普通列車3兄弟(下り編)


かつての上野駅では、各方面に多くの客車列車が走っていました。
115系の登場により、殆どの普通列車が電車化される中、最後まで残った3往復の旧型客車による普通列車が残っていました。

※時刻表は、交通公社時刻表 昭和50年7月号から拝借しました。




1本目は、上野5:30発の121列車 郡山行きです。
田舎に行く際、何回も利用した列車で、とにかく「遅い!」。途中までは追い抜かれる特急・急行が走っていないので小気味良く快走していきますが、宇都宮で機関車交換のため24分停車で、その場面から後発の特急・急行に次々と追いつかれ出します。やっと宇都宮を発車したと思ったら、次駅の岡本でまた10分停車と、とにかく進まないんです。
終点の郡山まで、特急なら2時間半のところ、この列車では6時間以上も掛かってしまいます。今なら乗り継ぎまちがあっても4時間程度で行けてしまうのでは?

この列車の特徴として、郡山方2両は途中の白河駅回転となっており、白河駅停車中の10分間の間に入換が行われます。


昭和53年頃 白河駅にて ED751003 121レ

残念ながら客車は写っていませんが、白河駅で入換中の121列車です。
ここで先頭2両を持ったまま側線に転線し、留置後再び戻って元の121列車を牽引し郡山を目指します。
なお、この回転車2両は白河13:47発の小牛田行きとしてミニ編成で出発し、仙台回転でこの日の運用が終るようです。この列車の小牛田行は白石駅から増結されるとされていました。

時間が時間だけに、何度も乗った割に地元では一度も撮ったことがありませんでした。





2本目は、上野11:19発の123列車 一ノ関行きです。
あまりの長距離運行のため、終点の一ノ関駅には22:42着で、11時間半近くを要します。
この列車の特徴は、荷物列車ではなく郵便車を連結していること。一ノ関方3両は仙台回転車になっていたということです。
さらに、快速とはしていませんが、途中の宇都宮までは多くの駅を飛ばしています。おそらくですが、優等列車の多い時間帯に走っているため、ただでさえ遅い客車列車ですので、115系普通列車並みのダイヤを確保するために、利用客の少ない駅を不停車にしていたのではないかと思われます。




前回、金町のHさんからご提供いただいた写真の前のコマを送っていただきました。
前記事アップの際、「サボが付いていないので謎があります」としましたが、反対サイドが見えるこの写真を拡大して見ると、確かではありませんがサボが取り付けられているようです。さらに、不鮮明ではありますが、最後部は郵便車のようですね。
時間帯と東北本線の定期列車であること、郵便車のみが連結されていることから、一ノ関行きの123列車に間違いないでしょう。

この列車も地元では良い時間帯に走っているのですが、撮影した記録が見つかっていません。一度だけ乗ったような気はするのですが・・・。





最後は、上野16:14発の福島行き125列車です。
勤め人の帰宅には早い列車ですが、長距離を通う上野近辺の高校生は利用していたのではないでしょうか?
この列車の牽引機は、上り「八甲田」で上京したカマが宇都宮に戻る仕業となっていましたので、「八甲田」にEF57が充当されると、学校が終ったら直ちに上野に向かうなんてことをしていました。それもたった1年弱でしたが・・・。



上野~尾久間にて 125レ

折しもEF57活躍末期の頃。冬場だと非常に厳しい時間帯でした。

終着の福島が22:45ですので、旅行にはとても利用価値はありませんでしたが、EF57のデッキに乗りたいため(←良い子は真似をしてはいけません)、古河まで乗って行ったこともありました。



昭和53年10月1日 EF651047牽引 125レ

EF57やEF58が牽引する定期客車列車として人気があった客車普通列車でしたが、時代の波には勝つことができず、昭和53年10月ダイヤ改正で一気に廃止されてしまいました。
最終日のトリとなった125列車は、特急列車牽引機として人気のあったEF65PFを充当するという、心憎い演出がされました。


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415系800番代:七尾線(新塗装)

2021-02-08 08:38:00 | 国鉄・JR普通列車
415系800番代:七尾線(新塗装)


七尾線一部電化から長年活躍してきた415系800番代が、令和3年3月のダイヤ改正で521系に全て置き換えられることになりました。

過去ログ『415系800番代:七尾線(旧塗装)』において導入時の塗装編成をご紹介したところですが、その後、晩年の塗装を1度だけ撮影したことがありますので、最後にまとめとしたいと思います。



平成27年1月23日 金沢駅にて



平成27年1月23日 金沢駅にて 859M



平成27年1月23日 本津端~中津幡間にて 836M

久し振りに訪れた北陸。
撮影の拠点が散らばりやすく、七尾線の415系を撮る機会もあまりありませんでした。

後発の改造415系だけあって重視していませんでしたが、その車籍を辿ると電車の中でも現役最古参に属する貴重な車両たちでした。


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