播磨賛歌群
神亀三年十月に大規模な播磨国印南野への御幸があり、これに先立って従四位下門部王・正五位下多治比真人広足・従五位下村国連志我麻呂等十八人が、播磨国印南野の邑美(おみ:明石市金ヶ崎付近)の頓宮(かりみや)に対する造頓宮司に任命されています。この播磨国印南野への御幸では、関係する明石と賀古の二郡が報奨を得ていて、それは、ちょうど、山部赤人が詠う播磨賛歌と地域的に重なります。そこから、私は、この播磨賛歌群は、神亀三年十月の折の播磨国印南野への御幸の時の歌ではないかと想像しています。
山部宿祢赤人作謌一首并短謌
標訓 山部宿祢赤人の作れる謌一首并せて短謌
集歌933 天地之 遠我如 日月之 長我如 臨照 難波乃宮尓 和期大王 國所知良之 御食都國 日之御調等 淡路乃 野嶋之海子乃 海底 奥津伊久利二 鰒珠 左盤尓潜出 船並而 仕奉之 貴見礼者
訓読 天地(あまつち)の 遠きが如く 日月の 長きが如く 押し照る 難波の宮に 吾(わ)ご大王(おほきみ) 国知らすらし 御食(みけ)つ国 日の御調(みつき)と 淡路の 野島(のしま)の海人(あま)の 海(わた)の底(そこ) 沖つ海石(いくり)に 鰒(あはび)珠(たま) さはに潜(かづ)き出(で) 船並(な)めて 仕(つか)へ奉(まつ)るし 貴(とほと)し見れば
私訳 天と地が永遠であるように、日と月が長久であるように、照る陽に臨む難波の宮で吾らの大王がこの国を統治される。御食を奉仕する国、天皇への御調をする淡路の野島の海人が、海の底、その沖の海底にある岩にいる鰒の玉を大勢で潜水して取り出す。船を連ねて天皇に奉仕している姿を貴いと見ていると。
反謌一首
集歌934 朝名寸二 梶音所聞 三食津國 野嶋乃海子乃 船二四有良信
訓読 朝凪に梶(かぢ)の音(おと)聞こゆ御食(みけ)つ国野島(のしま)の海人(あま)の船にしあるらし
私訳 朝の凪に梶の音が聞こえる。御食を奉仕する国の野島の海人の船の音らしい。
山部宿祢赤人作謌一首并短謌
標訓 山部宿祢赤人の作れる謌一首并せて短謌
集歌938 八隅知之 吾大王乃 神随 高所知流 稲見野能 大海乃原笶 荒妙 藤井乃浦尓 鮪釣等 海人船散動 塩焼等 人曽左波尓有 浦乎吉美 宇倍毛釣者為 濱乎吉美 諾毛塩焼 蟻徃来 御覧母知師 清白濱
訓読 やすみしし 吾(わ)が大王(おほきみ)の 神ながら 高知らせる 印南野(いなみの)の 大海(おほみ)の原の 荒栲の 藤井の浦に 鮪(しび)釣ると 海人(あま)船散(さ)動(わ)き 塩焼くと 人ぞ多(さは)にある 浦を良(よ)み 諾(うべ)も釣はす 浜を良み 諾も塩焼く あり通ひ 見ますもしるし 清き白浜
私訳 四方八方をあまねく御照覧される吾らの大王は、神ではありますが、天まで高らかに知らしめす印南野の大海の原にある、荒栲を作る藤、その藤井の浦で鮪を釣ろうと海人の船があちらこちらに動き廻り、海水から塩を焼くとして人がたくさん集まっている、浦が豊かなので誠に釣りをする。浜が豊かなので誠に海水から塩を焼く。このようにたびたび通い御覧になるもその通りである。この清らかな白浜よ。
反謌三首
集歌939 奥浪 邊波安美 射去為登 藤江乃浦尓 船曽動流
訓読 沖つ浪(なみ)辺(へ)波(なみ)安み漁(いざり)すと藤江(ふじえ)の浦に船ぞ動(さわ)ける
私訳 沖に立つ浪、岸辺に寄す波も穏やかで、漁をすると藤江の浦に漁師の船がざわめいている。
集歌940 不欲見野乃 淺茅押靡 左宿夜之 氣長有者 家之小篠生
訓読 印南野(いなみの)の浅茅(あさぢ)押しなべさ寝(ぬ)る夜の日(け)長くしあれば家し偲(しの)はゆ
私訳 印南野の浅茅を押し倒して、寝るその夜が長く感じるので、留守にした家が偲ばれます。
集歌941 明方 潮干乃道乎 従明日者 下咲異六 家近附者
訓読 明石(あかし)潟(かた)潮干(しおひ)の道を明日(あす)よりは下咲(したゑ)ましけむ家近づけば
私訳 明石の干潟、その潮が引いた道を行くと、明日からは心が浮き浮きするでしょう。留守した家が近づくと思うと。
過辛荷嶋時、山部宿祢赤人作謌一首并短謌
標訓 辛荷(からに)の嶋を過し時に、山部宿祢赤人の作れる謌一首并せて短謌
集歌942 味澤相 妹目不數見而 敷細乃 枕毛不巻 櫻皮纒 作流舟二 真梶貫 吾榜来者 淡路乃 野嶋毛過 伊奈美嬬 辛荷乃嶋之 嶋際従 吾宅乎見者 青山乃 曽許十方不見 白雲毛 千重尓成来沼 許伎多武流 浦乃盡 徃隠 嶋乃埼々 隈毛不置 憶曽吾来 客乃氣長弥
訓読 味さはふ 妹が目離(か)れて 敷栲(しきたへ)の 枕も纏(ま)かず 桜皮纏(ま)き 作れる舟に 真梶(まかぢ)貫(ぬ)き 吾が榜ぎ来れば 淡路の 野島(のしま)も過ぎ 印南(いなみ)嬬(つま) 辛荷(からに)の島の 島の際(ま)ゆ 吾家(わぎへ)を見れば 青山(あをやま)の そことも見えず 白雲も 千重(ちへ)になり来ぬ 漕ぎ廻(た)むる 浦のことごと 往(い)き隠(かく)る 島の崎々 隈(くま)も置かず 思ひぞ吾が来る 旅の日(け)長み
私訳 たくさんのアジ鴨のその目のようにはっきりと愛しい貴女の姿を見ることが久しくなり、敷いた栲に枕を並べ貴女を手に捲かないかわりに、桜の皮を巻いて造った舟に立派な梶を挿し込んで、私が乗る舟を操って来ると、淡路の野島も過ぎて、印南妻、辛荷島の島の際から我が家の方向を見ると、青く見える山並みがどこの場所かも判らず、白雲も千重に重なりあっている。舟を漕ぎまわる浦のすべてで、舟の進みに隠れる島の岬の、その舟が廻り行く岬毎に旅の思い出が私の心に遣って来る。旅の日々が長くなったことよ。
反謌三首
集歌943 玉藻苅 辛荷乃嶋尓 嶋廻為流 水烏二四毛有哉 家不念有六
訓読 玉藻刈る辛荷(からに)の島に島廻(しまみ)する鵜(う)にしもあれや家念(おも)はずあらむ
私訳 美しい藻を刈る辛荷の島で、磯を泳ぎ回る鵜でもあれば、こんなに故郷の家を懐かしく思わないでしょう。
集歌944 嶋隠 吾榜来者 乏毳 倭邊上 真熊野之船
訓読 島(しま)隠(かく)る吾が榜ぎ来れば羨(とも)しかも大和(やまと)へ上(のぼ)る真(ま)熊野(くまの)の船
私訳 島が隠れてしまった。私が乗る舟を操って来ると、思わず吾を忘れてしまったことです。大和を目掛けて上っていく立派な熊野仕立ての船よ。
集歌945 風吹者 浪可将立跡 伺候尓 都太乃細江尓 浦隠居
訓読 風吹けば浪か立たむと伺候(さもろひ)に都太(つた)の細江(ほそえ)に浦(うら)隠(かく)り居(を)り
私訳 風が吹くので荒波が立つだろうと様子を覗って、都太にある小さな入り江の浦に避難しています。
過敏驚浦時、山部宿祢赤人作謌一首并短謌
標訓 敏驚(みぬめ)の浦を過し時に、山部宿祢赤人の作れる謌一首并せて短謌
集歌946 御食向 淡路乃嶋二 直向 三犬女乃浦能 奥部庭 深海松採 浦廻庭 名告藻苅 深見流乃 見巻欲跡 莫告藻之 己名惜三 間使裳 不遣而吾者 生友奈重二
訓読 御食(みけ)向(むか)ふ 淡路の島に 直(ただ)向(むか)ふ 敏馬(みぬめ)の浦の 沖辺(おきへ)には 深海松(ふかみる)採り 浦廻(うらみ)には 名告藻(なのりそ)刈る 深海松の 見まく欲(ほ)しと 名告藻の 己(おの)が名惜しみ 間(まつ)使(つかひ)も 遣(や)らずて吾(あ)は 生けりともなしに
私訳 御食を大和の朝廷に奉仕する淡路の島にまっすぐに向かい合う敏馬の浦の沖で深海松を採り、浦の磯廻りで名告藻を刈る。深海松の名のように深く貴女を見たいと、名告藻のその名のように名乗る自分の名前が惜しで言い伝えの使いも遣らないのでは、生きている意味が無いでしょう。
反謌一首
集歌947 為間乃海人之 塩焼衣乃 奈礼名者香 一日母君乎 忘而将念
訓読 須磨(すま)の海女(あま)の塩焼く衣(ころも)の馴(な)れなばか一日(ひとひ)も君を忘(わす)る念(おも)はむ
私訳 須磨の海女が塩焼くときに着ている衣がその体に馴れているように、貴女と体を馴れ親しまらせたら、一日だけでも貴女を忘れるなどとは思いません。
右、作歌年月未詳也。但、以類故載於此歟。
注訓 右は、作歌の年月未だ詳(つまび)らかならず。ただ、類(たぐひ)をもちての故に此に載せるか。
神亀三年十月に大規模な播磨国印南野への御幸があり、これに先立って従四位下門部王・正五位下多治比真人広足・従五位下村国連志我麻呂等十八人が、播磨国印南野の邑美(おみ:明石市金ヶ崎付近)の頓宮(かりみや)に対する造頓宮司に任命されています。この播磨国印南野への御幸では、関係する明石と賀古の二郡が報奨を得ていて、それは、ちょうど、山部赤人が詠う播磨賛歌と地域的に重なります。そこから、私は、この播磨賛歌群は、神亀三年十月の折の播磨国印南野への御幸の時の歌ではないかと想像しています。
山部宿祢赤人作謌一首并短謌
標訓 山部宿祢赤人の作れる謌一首并せて短謌
集歌933 天地之 遠我如 日月之 長我如 臨照 難波乃宮尓 和期大王 國所知良之 御食都國 日之御調等 淡路乃 野嶋之海子乃 海底 奥津伊久利二 鰒珠 左盤尓潜出 船並而 仕奉之 貴見礼者
訓読 天地(あまつち)の 遠きが如く 日月の 長きが如く 押し照る 難波の宮に 吾(わ)ご大王(おほきみ) 国知らすらし 御食(みけ)つ国 日の御調(みつき)と 淡路の 野島(のしま)の海人(あま)の 海(わた)の底(そこ) 沖つ海石(いくり)に 鰒(あはび)珠(たま) さはに潜(かづ)き出(で) 船並(な)めて 仕(つか)へ奉(まつ)るし 貴(とほと)し見れば
私訳 天と地が永遠であるように、日と月が長久であるように、照る陽に臨む難波の宮で吾らの大王がこの国を統治される。御食を奉仕する国、天皇への御調をする淡路の野島の海人が、海の底、その沖の海底にある岩にいる鰒の玉を大勢で潜水して取り出す。船を連ねて天皇に奉仕している姿を貴いと見ていると。
反謌一首
集歌934 朝名寸二 梶音所聞 三食津國 野嶋乃海子乃 船二四有良信
訓読 朝凪に梶(かぢ)の音(おと)聞こゆ御食(みけ)つ国野島(のしま)の海人(あま)の船にしあるらし
私訳 朝の凪に梶の音が聞こえる。御食を奉仕する国の野島の海人の船の音らしい。
山部宿祢赤人作謌一首并短謌
標訓 山部宿祢赤人の作れる謌一首并せて短謌
集歌938 八隅知之 吾大王乃 神随 高所知流 稲見野能 大海乃原笶 荒妙 藤井乃浦尓 鮪釣等 海人船散動 塩焼等 人曽左波尓有 浦乎吉美 宇倍毛釣者為 濱乎吉美 諾毛塩焼 蟻徃来 御覧母知師 清白濱
訓読 やすみしし 吾(わ)が大王(おほきみ)の 神ながら 高知らせる 印南野(いなみの)の 大海(おほみ)の原の 荒栲の 藤井の浦に 鮪(しび)釣ると 海人(あま)船散(さ)動(わ)き 塩焼くと 人ぞ多(さは)にある 浦を良(よ)み 諾(うべ)も釣はす 浜を良み 諾も塩焼く あり通ひ 見ますもしるし 清き白浜
私訳 四方八方をあまねく御照覧される吾らの大王は、神ではありますが、天まで高らかに知らしめす印南野の大海の原にある、荒栲を作る藤、その藤井の浦で鮪を釣ろうと海人の船があちらこちらに動き廻り、海水から塩を焼くとして人がたくさん集まっている、浦が豊かなので誠に釣りをする。浜が豊かなので誠に海水から塩を焼く。このようにたびたび通い御覧になるもその通りである。この清らかな白浜よ。
反謌三首
集歌939 奥浪 邊波安美 射去為登 藤江乃浦尓 船曽動流
訓読 沖つ浪(なみ)辺(へ)波(なみ)安み漁(いざり)すと藤江(ふじえ)の浦に船ぞ動(さわ)ける
私訳 沖に立つ浪、岸辺に寄す波も穏やかで、漁をすると藤江の浦に漁師の船がざわめいている。
集歌940 不欲見野乃 淺茅押靡 左宿夜之 氣長有者 家之小篠生
訓読 印南野(いなみの)の浅茅(あさぢ)押しなべさ寝(ぬ)る夜の日(け)長くしあれば家し偲(しの)はゆ
私訳 印南野の浅茅を押し倒して、寝るその夜が長く感じるので、留守にした家が偲ばれます。
集歌941 明方 潮干乃道乎 従明日者 下咲異六 家近附者
訓読 明石(あかし)潟(かた)潮干(しおひ)の道を明日(あす)よりは下咲(したゑ)ましけむ家近づけば
私訳 明石の干潟、その潮が引いた道を行くと、明日からは心が浮き浮きするでしょう。留守した家が近づくと思うと。
過辛荷嶋時、山部宿祢赤人作謌一首并短謌
標訓 辛荷(からに)の嶋を過し時に、山部宿祢赤人の作れる謌一首并せて短謌
集歌942 味澤相 妹目不數見而 敷細乃 枕毛不巻 櫻皮纒 作流舟二 真梶貫 吾榜来者 淡路乃 野嶋毛過 伊奈美嬬 辛荷乃嶋之 嶋際従 吾宅乎見者 青山乃 曽許十方不見 白雲毛 千重尓成来沼 許伎多武流 浦乃盡 徃隠 嶋乃埼々 隈毛不置 憶曽吾来 客乃氣長弥
訓読 味さはふ 妹が目離(か)れて 敷栲(しきたへ)の 枕も纏(ま)かず 桜皮纏(ま)き 作れる舟に 真梶(まかぢ)貫(ぬ)き 吾が榜ぎ来れば 淡路の 野島(のしま)も過ぎ 印南(いなみ)嬬(つま) 辛荷(からに)の島の 島の際(ま)ゆ 吾家(わぎへ)を見れば 青山(あをやま)の そことも見えず 白雲も 千重(ちへ)になり来ぬ 漕ぎ廻(た)むる 浦のことごと 往(い)き隠(かく)る 島の崎々 隈(くま)も置かず 思ひぞ吾が来る 旅の日(け)長み
私訳 たくさんのアジ鴨のその目のようにはっきりと愛しい貴女の姿を見ることが久しくなり、敷いた栲に枕を並べ貴女を手に捲かないかわりに、桜の皮を巻いて造った舟に立派な梶を挿し込んで、私が乗る舟を操って来ると、淡路の野島も過ぎて、印南妻、辛荷島の島の際から我が家の方向を見ると、青く見える山並みがどこの場所かも判らず、白雲も千重に重なりあっている。舟を漕ぎまわる浦のすべてで、舟の進みに隠れる島の岬の、その舟が廻り行く岬毎に旅の思い出が私の心に遣って来る。旅の日々が長くなったことよ。
反謌三首
集歌943 玉藻苅 辛荷乃嶋尓 嶋廻為流 水烏二四毛有哉 家不念有六
訓読 玉藻刈る辛荷(からに)の島に島廻(しまみ)する鵜(う)にしもあれや家念(おも)はずあらむ
私訳 美しい藻を刈る辛荷の島で、磯を泳ぎ回る鵜でもあれば、こんなに故郷の家を懐かしく思わないでしょう。
集歌944 嶋隠 吾榜来者 乏毳 倭邊上 真熊野之船
訓読 島(しま)隠(かく)る吾が榜ぎ来れば羨(とも)しかも大和(やまと)へ上(のぼ)る真(ま)熊野(くまの)の船
私訳 島が隠れてしまった。私が乗る舟を操って来ると、思わず吾を忘れてしまったことです。大和を目掛けて上っていく立派な熊野仕立ての船よ。
集歌945 風吹者 浪可将立跡 伺候尓 都太乃細江尓 浦隠居
訓読 風吹けば浪か立たむと伺候(さもろひ)に都太(つた)の細江(ほそえ)に浦(うら)隠(かく)り居(を)り
私訳 風が吹くので荒波が立つだろうと様子を覗って、都太にある小さな入り江の浦に避難しています。
過敏驚浦時、山部宿祢赤人作謌一首并短謌
標訓 敏驚(みぬめ)の浦を過し時に、山部宿祢赤人の作れる謌一首并せて短謌
集歌946 御食向 淡路乃嶋二 直向 三犬女乃浦能 奥部庭 深海松採 浦廻庭 名告藻苅 深見流乃 見巻欲跡 莫告藻之 己名惜三 間使裳 不遣而吾者 生友奈重二
訓読 御食(みけ)向(むか)ふ 淡路の島に 直(ただ)向(むか)ふ 敏馬(みぬめ)の浦の 沖辺(おきへ)には 深海松(ふかみる)採り 浦廻(うらみ)には 名告藻(なのりそ)刈る 深海松の 見まく欲(ほ)しと 名告藻の 己(おの)が名惜しみ 間(まつ)使(つかひ)も 遣(や)らずて吾(あ)は 生けりともなしに
私訳 御食を大和の朝廷に奉仕する淡路の島にまっすぐに向かい合う敏馬の浦の沖で深海松を採り、浦の磯廻りで名告藻を刈る。深海松の名のように深く貴女を見たいと、名告藻のその名のように名乗る自分の名前が惜しで言い伝えの使いも遣らないのでは、生きている意味が無いでしょう。
反謌一首
集歌947 為間乃海人之 塩焼衣乃 奈礼名者香 一日母君乎 忘而将念
訓読 須磨(すま)の海女(あま)の塩焼く衣(ころも)の馴(な)れなばか一日(ひとひ)も君を忘(わす)る念(おも)はむ
私訳 須磨の海女が塩焼くときに着ている衣がその体に馴れているように、貴女と体を馴れ親しまらせたら、一日だけでも貴女を忘れるなどとは思いません。
右、作歌年月未詳也。但、以類故載於此歟。
注訓 右は、作歌の年月未だ詳(つまび)らかならず。ただ、類(たぐひ)をもちての故に此に載せるか。
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