桜井昌司『獄外記』

布川事件というえん罪を背負って44年。その異常な体験をしたからこそ、感じられるもの、判るものがあるようです。

始まった

2010-08-24 | Weblog
人間の心は怖い。不運に苦しむ人がいれば、可哀想にと同情して手を差し伸べる人も人間だが、ひとたび不運に打ち勝って幸せになったりすれば、それを羨んだり、妬んだりするのも人間だ。
俺が裁判などで主張したい思いを「勝ったら言え、勝った後に言えば良い」と、弁護団に制止されたことがある。「勝ったらば言えなくなることもあるんですよ。まだ勝ってない、今しか言えないこともあるんです!」と言ったが、全く理解出来ないらしくて、そんなことも判らないのかと、少々呆れたことがあった。
勝って言いたいことを主張しょうものならば、どんな石礫が飛んで来るか判ったものではない。自分たちだけが勝って終わり、それならば構わない。石礫だろうが槍だろうが、跳ね返して声高に主張を重ねてやるが、布川事件は、そうはできない。他の冤罪仲間に力となる闘いを続ける使命がある以上、世論は敵に回せない。と思って来た。
昨年、再審開始決定も確定し、いよいよ勝利への道筋も見えて来たが、俺が案じていた人の心の怖さが案じていた通りに現れ始めた。
このところ、墓に行くたび、墓前の茶器が転がっている。一度や二度ならば偶然もあろうが、四度となれば偶然ではない。俺たちの勝利を妬み、快く思わない人の嫌がらせだろう。
こういうこともあろうと予測していたが、勝って万歳、万々歳にならない冤罪の大変さ、改めて感じる。まあ刑務所での日々を思えば大したことではないし、好きなだけやれ!と思うが、これからも闘いは続くね。

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