桜井昌司『獄外記』

布川事件というえん罪を背負って44年。その異常な体験をしたからこそ、感じられるもの、判るものがあるようです。

大久保さん

2011-07-18 | Weblog
布川事件守る会事務局の1人に、大久保郁生さんがいる。
大久保さんは、まだ俺が千葉刑務所にいたころ、守る会が仮釈放を求めた総武線駅前宣伝を行っていたときに、船橋駅前で出会い、それ以来、16年ほど、熱く支援してくれた。
本当に大久保さんは熱い人で、我々や守る会員と、何度も衝突した。でも、不思議なのは、何度、激しい思いでぶつかっても、すぐにケロッとしているのだ。根に持った行動をすることは、全くなかった。
大久保さんの鶏のような健忘振りを、その風貌から「大久保さんは軍鶏だ」と、俺は言っていたが、俺も、何度も諍いを起こした。腹が立って、大久保さんの胸ぐらを掴んだこともあったし、中沢事務局長はじめ、事務局の皆さんからは「いい加減に冷静にならなくてはダメ」と、何度も諫められた。
大久保さんとの言い争いは、何回あったか判らないが、でも大久保さんは「桜井に死に水を取って貰う、布川事件は生き甲斐だ」と言い、何があっても変わらない支援をしてくれた。
その大久保さんが癌だと判ったのは昨年だった。竜ヶ崎市の支援者が、免疫力を高める「淘板浴」を始めて、末期癌の人やアトピーの人など、難病に苦しむ方が通って完治したり、生き長らえているのを知っていた俺は、すぐに大久保さんに行くことを勧めたが、大久保さんは1度行ったきりで、ビタミン注射療法をしたようだ。残念ながら効果がなかったようで、胆嚢癌が進行して手術となったが、それも行えないままに入院して、昨日、他界した。
今月は休みなく予定が入り、お見舞いに行けないでいたが、時間の合間を見て行った11日、もう大久保さんは自力では身動き出来なくなっていた。話すのも疲れるらしい様子から、早々に別れて来たが、抱き起こした身体の感覚は今も手に残っている。
大久保さんは逝ってしまった。

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1 コメント

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御冥福をお祈りします (たまご)
2011-07-20 12:59:42
桜井さんの無罪確定を見届けられ旅だってしまったのですね。
再審請求という針の穴にラクダを通すほどの狭い門が開かれるまでには、いろいろな葛藤や衝突もあったのですね。
大久保さんの御冥福を心より祈念申し上げます。
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