スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

メジロラモーヌ&第四部定理三一証明

2008-01-22 20:18:37 | 名馬
 暮れに名古屋グランプリで初の重賞制覇を達成したフィールドルージュ。この馬の曾祖母,つまり母の母の母というのは,日本の競馬史に名を残す馬の1頭,メジロラモーヌです。
 1985年に2歳でデビュー。新馬を勝った後,重賞をひとつ負けましたが,特別,重賞と連勝して2歳戦を終えました。
 3歳初戦にはクイーンカップを選び,断然の1番人気に推されるも4着。この凡走は現在でも謎とされています。続いて桜花賞のトライアルへ。このレースから河内洋現調教師が手綱を取り,このレースを勝つと,桜花賞も勝って大レースを制覇しました。
 現在では桜花賞馬はそのままオークスへ直行するのが一般的ですが,この時代はトライアルを使うというのも普通のこと。この馬もオークストライアルを使って勝つと,さらにオークスも制覇しました。
 牝馬三冠の三冠目は今は秋華賞ですが,この頃はエリザベス女王杯が3歳牝馬限定のレースとして行われていて,これが三冠目。秋の目標はもちろんこのレースで,その前にトライアルのローズステークスを使ってこれを勝つと,エリザベス女王杯も勝利,日本競馬史上初の牝馬三冠馬となりました。
 この後,果敢に有馬記念に挑戦するもこれはさすがに9着。当時は古馬牝馬の大レースは皆無だったこともあり,これを最後に引退,繁殖牝馬となりました。翌年,顕彰馬に選出されています。
 秋華賞の時代になってから,スティルインラブが牝馬三冠を達成しています。ただしメジロラモーヌの場合は,トライアルも含めた三冠で,現在のローテーションの組み方からすれば,こんな馬はもう現れないのではないかと思います。僕の競馬キャリア始まりの年が三冠達成の年。つまりこの馬の3歳春までのレースは,僕はテレビを通しても見ていたというわけではありません。
 繁殖入り後,多くの馬を子孫に出しましたが,これだけの成績を残した馬にしては活躍馬は少なく,3代を経て出たフィールドルージュが,この馬の子孫としては初の重賞勝ち馬ということになります。

 明日は浦和でニューイヤーカップ。ここはブライトフェース◎に期待し,ギャンブルオンミー○とノースダンデー▲。ほかはロイヤルマコトクン△とモエレマジックマン△。

 これが証明されればスピノザがこの後の系で示していること,すなわち,あるものがある人間の本性とより多く一致するに従ってそのものはその人間にとってそれだけ善であり,逆にあるものがある人間にとって善あるいは有益であればあるほどそのものの本性はそれだけその人間の本性と一致するということもまた証明されるという前提で,第四部定理三一を証明します。
 まず,第四部定理三〇により,あるものがある人間の本性と一致する限りでは,そのものがその人間にとっての悪ではあり得ないということがすでに明らかになっています。したがって,あるものの本性がある人間の本性と一致する限りにおいては,そのものはその人間にとって善であるか,そうでなければ善ではないけれども悪でもないようなあるものであるということになります。
 そこでもしそれが善でも悪でもないとすれば,第四部定義一と二により,これはそうしたものの本性から,その人間にとって有益であるもの,すなわち,その人間の存在を維持するために役立つようなものも逆にそれを阻害するようなものもどちらも生じないということになります。
 しかし,第三部定理七により,そのものが現実的に存在する限り,そのものはそれ自身の存在を維持しようとする傾向を有します。つまり,少なくともそのものの本性から,そのもの自身の存在を維持するようなあることは生じるわけです。ところが,この定理の前提では,このもののそうした本性と,ある人間の本性は一致するということになっています。よって,そのものの存在の維持に有益であるようなことは,この人間の存在の維持にも有益であるでしょう。したがって,もしもあるものの本性がある人間の本性と一致するほど,そのものはその人間にとって善であり,逆にあるものがある人間にとって善であるほど,そのものの本性とこの人間の本性はそれだけ一致しているということになるのです。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« フローラルマジック&第四部... | トップ | ニューイヤーカップ&表現と... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

名馬」カテゴリの最新記事