スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

謎とき『悪霊』&説教の内容

2017-03-09 19:17:51 | 歌・小説
 『悪霊』の作品内作者である記者が,登場人物のひとりであるリーザに好意をもち,恋している可能性もあると指摘していたのは,亀山郁夫の『謎とき『悪霊』』でした。ドストエフスキーの長編小説に関する一連の「謎ときシリーズ」は江川卓が書いているのですが,この『悪霊』だけは亀山の著作となっています。
                                     
 江川による「謎ときシリーズ」は純粋なテクストの読解です。そこに作者であるドストエフスキーがどのような意味を込めようとしているのかを多角的な観点から分析するという意図があるので,作家論と作品論とを僕がしているような仕方で分節したとき,純粋な作品論であるとはいえません。しかしドストエフスキーの意向をテクストを解読することによって解明しようという営みですから,どちらかというなら作品論の色合いが濃いとはいえると思います。それに対比していえば,この本もテクストを基礎とした読解ではあるものの,もう少し作家論の色合いが濃くなっているといえます。ドストエフスキー自身の人生体験に絡めた読解の要素が,江川のものよりも強く出ているからです。実際にこの本の中には,テクストの読解だけでなく,ドストエフスキー自身の伝記がいくつか紹介されています。それは読解に対して必要であるから挿入されているわけですから,その分だけ作家論的要素が強くなっているというのはお分かりいただけるものと思います。
 全体は三部構成となっていて,第二部は2節あります。第一部が4章,第二部1節が4章,2節が3章,第三部は5章で計16章です。そしてこれらはすべてテクスト読解に費やされていて,第一部の直前と直後,第二部の直後,第三部の直後の4箇所に伝記が挿入されるという構成です。
 『悪霊』という小説は,分量という観点を別にすると,ドストエフスキーの小説の中で読むのが最も大変な作品だと僕は思っています。他面からいえば読んでも何だか分からない部分が最も多い作品だと思います。その不明な部分を読者なりに解釈する一助になる評論だと思います。

 スぺイクHendrik van der Spyckの一家がコルデスの説教を聞いて帰宅した後,スピノザがその説教から何を得たかしばしば尋ねたということについては,事実というには疑問とする面があると僕は判断します。
 まず,コルデスはコレルスJohannes Colerusの前任者でした。なのでコルデスとスピノザが良好な関係にあったことをコレルスに証言することは,スぺイクにとって大きな意味があったと考えられます。というのも,もしスピノザが生きていたら,スピノザとコレルスの間の関係がどのようなものになったか推測させる内容を有することになるからです。スぺイクはコレルスにスピノザに対して好印象を抱いてほしいと思っていたと僕は解していますから,スぺイクがコルデスについて証言する場合には,そうしたスぺイクの意図を無視するのは危険だと僕は考えるのです。
 次に,スピノザがキリスト教への信仰fidesを抱いていなかったのは間違いない事実と断定してよいでしょう。したがって,コルデスがどのような宗教的な説教をしようと,スピノザがそれに興味を抱くということはなかったと僕は推測します。そうであるならスピノザが積極的に説教の内容を教えてもらおうとするとは僕には思えないのです。
 ただし,スピノザとスぺイク一家との関係が良好であったということは事実です。したがってスぺイクとスピノザの間では,多くの日常的な会話もなされていたと解するのが自然です。そうした日常会話の中で,コルデスの説教の内容に関係する話があったとしてもそれは不思議ではありません。たとえば説教から帰ってきたスぺイクに対して,スピノザがどんな話があったのかを尋ね,コルデスがそれに答えるというようなことは,スピノザの信仰心とは無関係に,日常会話として成立し得るでしょう。また逆に,スぺイクの方から説教の内容についてスピノザに話すということなら,もっと大きな可能性としてありそうです。そういうことが日常的に繰り返されていたとしたら,スぺイクはスピノザがその内容を知りたがっていると認識したとしておかしくないように思えます。
 なのでスぺイクが意図的に噓の証言をしたとはいいません。でも事実でなかった可能性もあると思います。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« TOKYO MX賞フジノウェーブ記... | トップ | 僕の解釈&コルデス評 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

歌・小説」カテゴリの最新記事