スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

勤勉家&正当化

2018-03-18 18:55:52 | 歌・小説
 十川信介の『夏目漱石』から,十川が作品の批評をしているのではない部分に,どのような形で十川の評価が紛れ込んでいるのかということを,一例だけ示しておきましょう。
                                     
 第一章の第三節では,漱石の小学生時代の記述があります。それによれば漱石は1874年の暮れから1876年の5月までに下等小学第四級を終了。実家に引き取られた関係から市谷学校の第三級に転校し,1877年12月には下等小学第一級を卒業。1878年の4月には市谷上級小学校の第八級も卒業し,10月には錦華学校小学尋常科第二級後期も卒業しています。当時の小学校には飛び級制度があったので,これほど早いスピードで漱石は次々と卒業していくことができたのでした。これについて十川は,漱石がいかに勉強に打ち込んだかの証明であって,家庭的な愛情を受けることがなかった漱石は,その「牢獄」から脱出するために勉学をせざるを得ない気持ちに追い立てられていたのだろうと書いています。
 このうち,最後の部分が十川の評価であることはテクストから明白です。漱石が家庭的な愛情を受けられなかったということは多分に事実と受け止めていいでしょうが,そのために勉学に打ち込む気持ちになったということは,明らかに十川の推測であるということが文章それ自体から明らかだからです。なのでこういうテクストは問題ありません。
 ではそれ以外がすべて事実かというと,僕はそうは読解しないのです。漱石が異例のスピードで次々と小学校の級を卒業したというのは事実です。だからといって漱石が勉強に打ち込んでいたということが事実だとは僕は解しません。それは事実ではなかったとはいいませんが,事実であったともいいきれないと読解するのです。なので勉強に打ち込んでいたということも,事実であるというより十川の評価であると僕は解します。漱石ほどの才能があれば,大した努力などしなくても,このスピードで卒業を重ねていくことが不可能ではないと僕には思われるからです。
 このように,著者の評価を対象の事実と勘違いしてしまいそうな部分が伝記には往々にして含まれます。これは伝記を読むときには常に注意しておかなければならないでしょう。

 第三部定理九備考では,僕たちはそれが善bonumであるがゆえにそのものを欲望するのではなくて,現実的に欲望しているものを善とみなすということがいわれています。この欲望cupiditasは希求するという意味であり,もし忌避することを欲望であるとみなすなら,それはそれを忌避することが善であるという意味になりますから,忌避しているものは悪malumです。ですから善と同じように,僕たちはそれが悪であるがゆえにそのものを忌避するのではなく,現実的に忌避しているものを悪とみなすということができるでしょう。
 正当と不当の場合にはこれをそっくりそのまま当て嵌めることはできません。ただ,一般的には正当であるとみなされる事柄は善であり,不当であるとみなされるような事柄は悪であると認識されるでしょうから,僕たちは僕たち自身の欲望については,可能な限りでそれを正当化しようとするという現実的本性actualis essentiaを有しているということは否定できないと思います。これは欲望している事柄を何らかの意味で実行しようとする前の段階,あるいは現に実行している段階,または実行してしまった事後の段階においても同様であるといえます。「ノスタルジア」では「人は誰も過ぎた日々に弁護士をつけたがる」と歌われていますが,これは事後の段階において人間は自己のことを正当化しようとするという意味のことをいっていると解せます。
 そのまま該当させられないのは,それでも例外というもの,いい換えればどんなに正当化しようとも正当化できないような事柄は現実的に存在する人間の精神mens humanaのうちに生じるからです。後悔とか反省といった語が意味をなすのは,このような例外が現に存在するからであるといえるでしょう。逆にいうならこうした語が現に意味を有しているということが,僕たちは自分自身の喜びlaetitiaについてそれを不当であると解する場合があるということを示しています。それはつまり,僕たちが自分の喜びを正当であるとか不当であると認識する場合に,一般的な真理veritasとしてそれが必然的にnecessario正当であるとみなせるように,悲しみtristitiaと比較してはいないということです。
 喜びが悲しみと比較されないなら,悲しみも喜びとは比較されません。

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