「クロユリ」 大阪・鶴見緑地 (12-3-29)
ネットニュースで、勘三郎さんの訃報を知りました。
原因の分からない難聴で役者にとって、耳が聞こえなくなるって、大変なこと
だと心配しました。でもそれは克服されて一安心。だのに又、今度は「喉頭が
ん」益々、役者にとっては致命的、声帯が保たれるような治療をされるのだか
ら、きっと時間が掛かるだろうと、思っていました。だけど、今度は「肺炎」を併
発と聞いた時「肺炎? 肺ガンじゃないの?」ってとても不安だった。
一昨年(2010年11月)の大坂城公園の「平成中村座」が勘三郎さんの舞台
を見た最後になりました。
「夏祭り浪花鑑」の最後の方で、バックが取り払われると。ライトアップされた
大坂城が、すっぽり現れました。凄い演出だな~と大感激しました。
あの時勘三郎さんは、約束なさったよね「来年のここでの上演も決まっていま
すから…」って。でも興行はありませんでした。私は待っていましたよ。私の
誕生祝いは、息子からは、いつも「歌舞伎の指定席」をもらっていましたから、
来年も「平成中村座だ!きまり!」と決めていましたよ。
でも「勘九郎襲名披露」には行きましたよ。勘三郎さんの口上を楽しみにして
いたのですが、療養中でかないませんでした。代役は玉三郎さんでしたが、や
っぱり、実父の勘三郎の口上が聞きたかった。
京都の顔見世のは「勘九郎襲名披露」もかねていましたが、ここにもお出にな
れなかった。十分養生して、元気になって欲しいと思っていました。
東京・歌舞伎座の「こけら落し」に間に合うだろうってことでしたので、閉館の時
に行ったのだから、「こけら落し」にも行こう、そして、勘三郎さんに会おうと楽
しみにしていましたのに。
先代(お父さん)の勘三郎さんのファンだったから、勘九郎ちゃんと呼ばれて
いた、ちっちゃい頃から見ていますからね~、そして、大人になって「粋」な
役者さんだと大ファンだったのに…。
特に目が良かったわね。「目千両」って言葉があるけれど、勘三郎さんのため
の言葉だと思っていましたよ。
ご冥福をお祈りいたします。
(1990回)