緑陽ギター日記

趣味のクラシック・ギターやピアノ、合唱曲を中心に思いついたことを書いていきます。

「傾聴」の重要性

2024-01-13 22:17:59 | 心理
今日、オンラインで産業カウンセラー養成講座の説明会を受けてみた。
産業カウンセラーとは、企業などに派遣され、そこで働く人々のメンタルヘルス、すなわちカウンセリングを手段として心の健康を維持できるよう手助けをする仕事を担う人のことを言う。
受講期間は10か月ほどだが、スケジュールを訊くと今年の受講は無理そうだった。
講座が土日中心のため、マンドリンクラブの活動と重なってしまうためだ。
なので来年、千葉のマンドリンクラブを休部して受講するか、今年4月からの再雇用後の勤務形態(勤務日数)を変更するなどして時間を確保しようと考えている。

今日受けた説明会で短時間であったが、傾聴法によるカウンセリングの基本が実体験でわかるワークがあり、そこで解説してくれた協会の方の対応がとても良かった。
この産業カウンセラーによるカウンセリングは、「傾聴」を基本とした来談者中心療法(カール・ロジャースが提唱した心理療法)を採用している。
昨今、来談者中心療法は古いやり方だとみなされ、NLPや暗示療法、スピリチュアルなどによるエネルギーワークなど短期解決を前面に謳う療法が中心になりつつある傾向だが、今日の説明会で、やはり人の心に大きな変化をもたらすのは小手先のテクニックではなく、人間の生の気持ち以外に無いという思いをあらためて考えさせられた。

今日の説明会の参加者の受講目的はアンケートによると「スキルを身に着けたい」という目的が多かったようだが、私は「人の役に立ちたいから」という項目を選んだ。この項目は私一人だけだったようだ。
私はこれまでカウンセリングなど数多くの心理療法は長きに渡って受けてきたが、心に大きな変化を感じたのは、それはたった1回だけであったが、当時、上智大学教授の故、小川捷之氏(山王教育研究所初代代表)のカウンセリンを受けたときしか記憶にない。
ロジャース派による来談者中心療法でも適性が全く無い、人の心に対する感性、感受性が鈍い、人の話を聴けない、などといったプロのカウンセラーはたくさんいる。
それはクライアントとして私が身をもって体験してきたことでもあるからだ。

近年、ネットで派手に心理セラピスト養成講座への受講を誘うサイトを目にするが、こういうのはたいがい心理療法をビジネス化している方であり、年商何億とかアピールすることが目的となっており、注意を要する。もちろん全てとは言わないがその内容は十分な実証もせずに拙速的に作成されたものもある(実際に体験有り)。
本当に実力のある方は、宣伝もせず、場末でほそぼそと一人ずつ丁寧に仕事をしているものではないかと思う。

企業などの職場内の人間関係で心を病む人は多い。
37年間の職場体験で、実に多くのさまざまな人と仕事をしてきたが、どこの職場にも危険な人は必ずいる。
驚くことに、一生記憶から抜けない程のダメージを与えるようなことを平然と言う人がいる。
ウソをつく、ミスを巧妙に隠ぺいする、他人になすりつける、思いつきで面倒なことを人に振る、虚偽の密告をする、他人の成果を自分のものとするといった、こういう幼稚園児レベルなことは日常よくあることだが、人の心に破壊的なダメージを何の罪悪感もなく与える人が一定数おり、そのような人から被害を受けた人を守り、立ち直ることを支援するためにメンタルヘルス、すなわち産業カウンセラーが必要なのである。

人の心に何の罪悪感もなくダメージを与えることの出来る人というのは、間違いなく心の病んだ人である。しかしそのことに本人は気が付いていない。
安全なターゲットを選んで、傷口から絶えず湧き出てくる膿を吐き出しているのである。身に危険を及ぼす相手は決して選ばない。計算高い人たちである。
そのような人は、目つきを見れば分かる。濁っているか、狡猾な光を放っている。
そして窮地に追い込まれると本性をあらわにする。頭隠して尻隠さずとはこのことである。

自分の身を守るためにはこのような人物と極力関わらないことが必須だ。
でももし万が一、このような人物から大きなダメージを受けたとしたら、徹底的に戦うことも必要だ。上司であろうが関係ない。捨て身で臨むのである。私はこのことを実行して救われたことが何度かあった。
リスクはあるが「この人を安易に攻撃したらこっちがダメージを食らう」ぐらいの反撃をする覚悟でないと複雑で難しい人間関係を生きていけないのが今の職場環境の現状であろう。

人は心の暖かい人に触れてはじめて安心感を感じ、ありのままの自分を開放するものだ。
傾聴とは決して形式的なテクニックではなく、実は人間的に成熟して初めて可能な行為であることが分かる。
傾聴が出来るか出来ないかというのは、人の心理的成熟度を測るバロメーターだと思っていいだろう。
職場でも傾聴の出来る方はごくわずかである。たいていは、自分の話ばかりしている。
管理職でも、相手が話をしている途中でさえぎってまでも自分の話を通そうとしたり、相手が言葉を選んでいる一瞬のスキをついて自分の話をし出す輩もいる。また相手の言わんとすることを先取りして発言して自分の優位性を確保しようとする人もいる。
とにかくこういう人たちがかなりいるのだ。笑ってしまうけど。

飲み会でも相手の話にじっくりと耳を傾けたり、自分の話題よりも相手から話を引き出そうとする方をたまに見かけるが、このような方は対人関係でかなり鍛えられてきた人だと言える。
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アルハンブラを半音上げて弾いてみた

2024-01-13 20:14:13 | ギター
先日、Youtubeで見つけた約48年前のNHK名曲アルバム「アルハンブラ宮殿の思い出」の荘村清志さんの演奏を聴いていたら、オリジナルのイ短調のキーよりも少し高いような気がした。
以前にも、これも約48年前に聴いたジェイ・ベルリナーの録音やレオ・ブローエルのライブ録音もキーがオリジナルよりも高かったので、もしかするとこれは意図的にやっているのではないか思った。
たしかに半音上げたキーで演奏されたアルハンブラの方が、アルハンブラらしい情感が感じられ、現地の情景も浮かびやすくなるようだ。
本当はこの曲はフラット3つの変ホ長調がベストなのかもしれない。しかし通常の調弦でこのキーでは演奏困難だ。
そこでこんなことを思いついた。
ペグを半音上げた調弦で弾くのではなく、1フレットにカポタストを装着して弾いてみるということ。

早速試してみたらこんな具合に。

①1回目の録音 2024年1月13日夜

②2回目の録音 2024年1月13日夜

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