世界の中心で吉熊が叫ぶ

体長15センチの「吉熊くん」と同居する独身OLの日常生活

自治医大

2017年08月25日 23時58分33秒 | Weblog
朝から気温30℃のなかを汗だくで出勤。
会社に到着する頃には心臓がバクバクしてからね、もう。
うちの祖母(父方)は2回ほど自治医大で心臓のカテーテル手術を受けている。
1回目は私が小学校4年生の時。
夜、父が運転するブルーバードでほぼ毎晩、家族全員でお見舞いに行っていた。
雀宮から自治医大まで往復1時間。
ことの重大性を知らぬ身としては夜のドライブといった感じでちょっとわくわくしていた。
夜の国道4号線、丸大ハム工場の観音菩薩、自治医大の大きな建物、白い廊下、薬のにおい、寝間着を着た祖母、心電図の音。
祖母の病室に行く際に集中治療室の近くを通るのだが、幼心に震撼したのを覚えている。
あと、親戚の誰かが送ったのか、祖母は当時珍しかった小型テレビをゲットしていた。
お見舞いに行くと、イヤホンで小型テレビに映る番組に見入っていた祖母は「あら、よく来てくれたこと」と目を細めた。
あと祖母の見舞いで覚えているのは、帰りにジュースを買ってもらったことである。
駐車場の手前にあった自販機で毎回両親にジュースを買ってもらい(ヨーグルト味)、ご満悦で車に揺られるのだった。カテーテル手術はうまくいき、ほどなくして祖母は帰宅した。手術の感想を聞くと、造影剤が入るとき、全身が熱くなったなどと語っていた。帰宅する日はちょうど金管バンドのクリスマス会に呼ばれていたのだけれども、断って祖母の帰りを待った。父が「亮ちゃんはおばちゃんが帰ってくるのが嬉しくて誘いを断ってまで帰ってきたんだよね」と親戚の人に言っているのを聞き、恥ずかしくてモジモジしていた。

2回目は私が高校生の時。高校がある駅の1駅向こうにある自治医大駅で降り、そこから歩いて見舞いに行っていた。主に土曜日の午後に訪れていた。
前回の入院時のときは遠くに感じた自治医大が、このときは近くに感じた。
成長するにつれて行動範囲が広がると、今まで遠いなと思っていた場所が近くに感じることがあるが、そのときも然りだった。祖母は相変わらずニコニコと私を迎えてくれ、お小遣いまでくれた。

心臓に風船を入れて膨らますという手術を祖母が受けるということは、子供心に現実味がなかった。今思い返すと、ドキドキしてしまう。もし私がカテーテル手術を受けなければならない状況になったら、大騒ぎするに違いない。あの2回の手術のとき、祖母は淡々としていたような気がする。明治生まれの女は強いっていうが、強すぎである。自分の身に不利益なことを言われたりされたりすると「ああ、そうかい?」とスルーしていた。スルースキルが高く、そういう意味でも強かった。
2008年に他界。遺言は「元気なときにいっぱい美味しいものを食べなさい」だった。生きていれば105歳。たまに時々会いたくなる。
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花金

2017年08月25日 23時38分15秒 | Weblog
帰りにイタリアンカレーうどんを食べた。
クリーミーでスパイシー。
量的にはもっと食べたいところなのだが、腹八分目に医者要らずなので我慢する。


いつもいくドラッグストアに行った。
今日はポイント2倍デー。
しかもこのお店の金券があるのよー!ひゃっほう!
アイシャドーは年に一度、この金券を使わせていただいて購入している。

しかし、改装中で休業していた。
がーん。
仕方がないので、近隣のマツキヨの割引DMを行使して、アイシャドーをゲット。
金券の期限は今年末だから、開店したら使おう。

私の愛用するアイシャドーは、MAQuillAGEのRS721。
なかなか機能性が高く、発色もいい。

サンプルをどっさり、いただきマンモス。


火曜日の心療内科の待合室で、嶽本野ばら先生の「鱗姫」を読み返しはじめ、本日読了。10年ぶりにマジ読した。
皮膚が鱗に侵されていく少女のお話。
生まれつき上腕にボツボツがある自分は、読み進めるのが辛くて何度か挫折したことがある。
幼稚園のゆり組のとき、ミチコちゃんという子と彼女とつるんでるアマガイ君という男子が「そのボツボツなおらないし、つぶさないと増えていくよ」と言っていたのを思いだし、当時のやるせない気持ちを思い出しては頁を閉じてしまったことがある。
そんなかつての自分を懐かしく思いながら今回は読んだ。
主人公の楼子は、なんちゅうか、逆境に抗いつつも、ハッピーエンド(なのか?)を遂げ、幸せそうなので、私も幸せな気持ちになった。グロいけど美しい描写に、心が惹き付けられた。


今週も終わった。
週末は、ゆっくりして好きなことをしたい。