晴乗雨読な休日

休日の趣味レベルで晴れの日は自転車に乗ってお出かけ。雨の日は家で読書。

東野圭吾 『白夜行』

2009-02-04 | 日本人作家 は
今さら東野圭吾の書評なんて、どこでも誰でもやっていることですし、
それこそ、本好きにとっては耳にタコならぬ「目にタコ」ができるくらいでしょう。

しかし、恥ずかしながら、不肖ロビタは、初めて読んだのであります。
他の作品はまだ読んでいないので、世にいう「東野圭吾ワールド」なるものは、
じゅうぶん堪能していないのですが、それでも、うーん、どうだろう、だれの作品
以来かははっきりと覚えていませんが、だんだんと読み進んで、残りページが少なく
なっていくのを本を持つ左手に感じると、ああ、終わらないでくれ、もっとこの文中
の世界に浸っていたいのに、といったような気持ちにさせてくれるのですよ。

ミステリーとジャンル付けされる作品では、大抵というかほぼすべての作品で
人が殺されます。犯人を追う事件解明をする側(刑事だったり探偵だったり)
に気持ちを肩入れして、見事解決、犯人逮捕で爽快感を味わう小説もありますが、
ほんとうの秀逸なミステリーというのは、犯人側にたいし、同情というと言葉が
陳腐すぎますが、ある種、捕まらないでくれ、そして慈悲をむけたくなる気持ち
になることがあります。犯人の背景、憐憫、世の不条理などなど、それらがきちんと
描けていてこそのことなのですが、殺人を肯定するわけではありませんけど、
手前で、勝手ながら、情状酌量してしまうのです。森村誠一著『人間の証明』
の母のように。
コメント
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