非国民通信

ノーモア・コイズミ

英語とカタカナ語

2021-03-21 22:27:22 | 文芸欄

 海外スポーツ関係の報道を眺めていると、時に「臀部の故障(負傷)」みたいな報道を見かけます。スポーツ選手とは臀部を酷使する仕事なのだなと感心する人もいるでしょうか。どうもこの「臀部の故障(負傷)」、英語の記事では"hip injury"であることが多いようです。まぁ「ヒップ」すなわち臀部の故障と、そういう風に訳されるのは分からないでもありません。

 なお日本のカタカタ語で言うところの「ヒップ」は「臀部」に相当するわけですが、英語で言うところの"hip"の指し示すところとは少なからず異なりまして、英語で"hip injury"と言った場合は「ヒップ」ではなく「股関節」の故障であることが一般的らしいです。英語と、それに近い発音のカタカナ語は、時に日本語の手紙と中国語の手紙のように意味合いが異なることが分かります。

 そもそも英語の"sports"とカタカナ語の「スポーツ」はどうでしょうか。日本でも一時期「eスポーツ」が提唱されたことがありましたけれど、世の反応は「あんなものはスポーツではない」というものが多くを占めたわけです。国際的には"sports"のジャンルとして定着し、選手として大金を稼ぐ人も増えているところですが、それでもカタカナ語の「スポーツ」のイメージとは相容れないのでしょう。

 カタカナ語の「スポーツ」は英語で言うところの何に当たるのか、そこには「ヒップ」と"hip"における指し示す範囲の違いと同等の差があるように思います。カタカナで「スポーツ」と言ったとき、それは身体の運動を要件として捉える人が多数派という印象ですが、そうなると「スポーツ」を英訳するならば"athletics"あたりが近いような気がしますね。

 カタカナ語の「テンション」なんかも、英語の"tension"とは明らかに違う使い方しかされません。「テンション」をどう英訳して良いのか私にはよく分からないです。他に「ガバナビリティー」とかもコンサル用語で良く使われますが、英語の"governability"とは全く正反対の意味を持っているものと解釈できます。そして「プロフェッショナル」あたりもどうでしょう?

 英語で"professional"と言ったとき、それは「職業~」を指すものとされています。スポーツ界隈では失点を防ぐために行われる意図的な反則行為を"professional foul"と呼び、これはそのままカタカナ語でもプロフェッショナルファウルと伝えられるところですが、カタカナ語の「プロフェッショナル」のニュアンスと比べてどうでしょうか。どうも日本で言う「プロフェッショナル」と、あくまで仕事としての"professional"には溝があると感じます。

 ドイツには「連邦憲法擁護庁」と訳される組織があり、ドイツ語では"Bundesamt für Verfassungsschutz"、英語では"Federal Office for the Protection of the Constitution"と書かれます。要するに"Constitution"すなわち「国体」を守るための公安組織なのですけれど、日本人が「憲法擁護」という字面から想像するものは、もう少し別のものであるような気がします。

 勿論"Constitution"とは国家体制を意味すると同時に憲法をも意味します。"Constitution"を"Protect"するのであれば、それを「憲法擁護」と訳しても間違いとは言い切れません。しかし「憲法擁護庁」の実態と、日本人が抱くであろうイメージは大きく異なるはずです。国体と憲法を不可分の"Constitution"として認識する文化と、両者を別物と思いがちな文化であれば、使われる言葉が同じでも受け止め方は違ってくることでしょう。

 まぁ日本語の中でも、字面と意味合いが一致しない、言葉から受ける印象と実態が異なるものもあります。例えば「実効税率」など、あたかも実際に課される税率のように感じてしまう人は多いのではないでしょうか。これは給料の「額面」と「手取り」に例えれば前者に相当するもので、実効税率ではなく「額面税率」と呼ぶべきと私は提唱しているのですが、まぁ法人税負担を重く見せかけたい政財界の思惑とは相容れませんね。

 いずれにせよ、言葉によって想起されるものは時に実態と異なるわけです。誤ったイメージを与えないように誠実に言葉を選ぶことも出来れば、都合良く読者や聞く側が誤解してくれるよう言葉を選ぶこともできます。経営者が従業員に「プロフェッショナルであること」を要求したとき――給料のために働く以上"professional"であることは既に満たされているはずですが――そこにはどういう意図があるのでしょう。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 目標未達の責任は | トップ | 今年も人事は平常運転 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

文芸欄」カテゴリの最新記事